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4話

全校生徒がそろった体育館に響き渡ったその言葉は、いったい何を意味しているのか。ほとんどの生徒はその答えを持て余していた。


理事長が失踪した。


人1人がいなくなったことは確かに問題なのだろうが、今まで1度も見たことがない人がいなくなったと言われたところで、『心配だ』とか『捜しに行こう』などと言う訳もなく、一様にポカンとした顔があちこちに見て取れる。


学校のトップがいなくなったことは問題だ、とも思えない。


業務のほとんどを校長が理事長代理として行っているはずだし、理事長の仕事のほとんどは最終判断を下す判を押すくらいだと言う。


ならば、生徒側からすればただ単に理事長が変わる程度に捉えることだろう。


「えー、理事長は人前に出ない方なので、皆さんのほとんどの方はどんな人なのか知らないと思います」


そう言っている3年の学年主任の後ろでは、滅多に使わないスクリーンを引っ張り出している。


「えー、スクリーンは写りますか?大丈夫?はい、えー、皆さんスクリーンを見てください」


窓から光が入ってきているため若干見辛いが、そこに映し出されたものは女性の画像だった。


その女性は黒のスーツに赤い縁のメガネをかけたショートカットの、一見するとキャリアウーマンのような印象を受けた。


「えー、この女性を最近見たという人、心当たりのある人はいませんか?」


館内がざわめき出す。


生徒たちは口々に『お前は見たことがあるか?』『見たことないな』と言っているが、心当たりがあると名乗り出るものはいなかった。


「お~、なかなか可愛い子じゃん。この子って誰なの?」


「私は知らないわ。もしかして理事長、ってこんなに若いわけないわよね」


映し出された人物は、どう見ても自分たちと同じくらいか、せいぜい20代前半といったところで、どう考えても学校経営のトップに立つ人物としては若すぎる。


そう考えているうちに画像が変わっていた。


その画像は先ほどのものとは違い、髪が伸び、服装もスーツからパーティードレスのようなものを着ていたため、先ほどよりも大人っぽい印象に変わっていた。


十数秒の後、再び画像が変わる。


今度は和服を着ているものだった。


「あっ」


そこで声が出た。


先ほどまでは髪が黒かったうえに印象があまりにも違ったため気が付かなかったが、この人は今朝学校の前で会った人だ。


「どうしたの?もしかして知ってる人だったの?」


「あぁ。今までのは印象が違って分からなかったけど、さっきこの人と会ったんだ」


オレたちの会話が聞こえたのだろう。


周りにいる生徒たちがこちらに注目しだした。


「えぇ~、こんな美人と知り合いなの~?俺にも紹介してよ~」


「知り合いっていってもちょっと話をしたくらいだし、それに、すぐに車でどっか行っちゃったから連絡も取れないぞ」


「なんだよ~、それなら先に言えよ~」


そんな実のない会話をしていると、いつの間にか何人かの教師が自分の近くまで来ていたことに気がついいた。


「君は…弓弦羽ゆづるは君だったかな。今言ったことは本当か?今朝この人と会ったんだな?」


「はい、そうです」


質問してきた教師の口調が、妙に威圧感があったことが気になった。


「そうか。カバンを持っているのか?ちょっと見せなさい」


またしても強めの口調でそう言われ、さすがにムカッとした。その上カバンを見せろなどという横暴を受け入れられるわけがない。


「嫌ですよ。どうしてそんなことしないといけないんですか」


周りにいた生徒の何人かは少し後ずさりしたのが分かったが、あくまで強気な態度を崩さずに教師に相対する。


すると、いきなり後ろから誰かに羽交い絞めにされた。


「ちょ、ちょっと!何するんですか!?離してください!」


それを確認して、数人の教師が足元に放り出されたカバンを漁りだす。


中から取り出される筆箱とノート、ファイルに飲みかけのペットボトルのお茶を見ていると、こんなことに意味があるのかと更に不快感を募らせていく。


「この紙袋は何だ?」


その言葉と共に取り出されたのは、カバンに入れた覚えのない茶色い紙袋だった。


大きさは、先に取り出した500mlのペットボトルが2本入るくらいだろうか。


折りたたまれた口を開いていく手元を見ていると、今度は不安と強烈な嫌な予感が過ぎった。


ガサガサという音が止み、中から取り出されたものを見てある少年は絶句し、大人たちは息を呑む。そして、そのほかの少年、少女たちはポカンとした表情を浮かべている。


「何?この茶色いビンは~」


どこからか間延びした、緊張感のない声が静かな体育館に響いた。


「それって…もしかして…いや、そんなはずは…」


何かの冗談かと思った。


それは、ほんの3,40分ほど前に路地裏で見た怪しい魔女っ子が手渡そうとした、今日のラッキーアイテムらしい薬品ビンにそっくりだった。


色といい、形といい、大きさといい、裏になって見えないが、ラベルが張ってあるのが見える。


自分の頭が結論を出そうとする。


どうしてか分からないが、自分はピンチなのだと。


「いやいや、何かと勘違いしてるんだ。あれは返したはずだし、ここに在るわけがない」


自分を落ち着かせるように小さな声で呟く。


「入っているのはビンと、ハンカチと…メモ用紙か」


追加で取り出されたハンカチを見て、更に旗色が悪くなる。


ただハンカチが出てきたのならまだ傷は浅いが、それがビニル袋に入っていて、それがさっき路地裏で見たのと同じ柄だとは。


「書いてあるのは…『これで捕まえて』か。弓弦羽、なにか言いたいことはあるか?」


汗で背中がベタついてきた。こんな状況では何を言っても言い訳にしか聞こえないだろうが、それでも何か言わなければ。しかし、そんな考えとは裏腹に頭はうまく動いてくれない。


「あぁ、分かった!ヤッシーがあの薬で理事長を眠らせて誘拐したんだ。だから今日は遅刻したし、カバンの中から証拠が出てきたんだ」


「ち、違う!これはあの魔女っ子が無理やり入れたんだ!!オレはこんなの知らないし、使ったこともない!!」


思わず大声が出てしまって後悔した。


友人だと思っていた人が裏切ったこともそうだが、緊張感に満ちた体育館で、しかも全校生徒が耳を欹てている中で『魔女っ子』などと叫ぶ人間がいるとするなら、それはまともな思考をしているとは思わないだろう。


「魔女っ子?…それは何のことだ?」


自分以外の驚きの声が耳に入ったことに少し驚いた。


しかし、これはチャンスなのでは。


ここで攻めなければ後はないと一気に捲くし立てるように口を開く。


「信じてもらえないかもしれないですけど、学校の近くに去年潰れた文房具店がありますよね?あの横の路地で会ったんです。その人が無理やり押し付けてきて。でも、それは返したはずなんです!」


しばしの沈黙に包まれる。


意味が分からないといった様子で顔を見合わせる生徒、呆れ顔の生徒、笑いを堪えている生徒と様々だが、最初に口を開いたのは米粒ほどの笑顔もない、真剣な顔をした教頭だった。


「そうか…やはりヤツらと繋がっていたのか…」


「へ!?いや、だから何の関係もないんですけど!?」


一瞬期待したが、儚くも散ってしまった。理由は分からないが、先ほどよりも悪くなっているようだった。


そんな追い詰められたオレの耳に、占い好きと女好きの間抜けなトーンが届いてきた。


「ねえねえ、『ヤツら』って誰かな?」


「さぁ?ていうか俺に聞かれても分かるわけないじゃんさ~。お~い、そこんとこどうなのさ、社く~ん?」


なぜこっちに振ってくるんだ。


常識的に考えれば知らないと何度も言っているし、知っていても答えられるわけがない。この状況で。


「だから知らないって言ってるだろ!!つーか、お前らは助けようとは思わないのかよ!?友達が無実の罪で捕まりそうになってるんだぞ!普通は庇うとか、抗議するとかするだろ。お前らは鬼か!」


「鬼じゃないよ、由夏だよ」


「知ってるよ!そうじゃなくて…お前、ワザとやってるだろ」


「いやー、私だって本当は助けてあげたいよ。でも今日は『人助けNG』の日だからしょうがないの。残念だなぁ、ホント残念だわ。占いでなければ手を貸したのに」


人の悪そうなニヤニヤを貼り付けている占いバカを見ていると頭痛がしてきた。


人助けがダメで、ラッキーアイテムが骸骨だのお化けだのという、わけの分からない占いを誰が信じるんだろう。


ほら、教頭も呆れ顔で…え!?


「松本、お前も関わっていたのか」


巻き込み事故が起こった。


「え、ちょ、ちょっと!?私は関係ないですよ!!そうだよね、ヤッシー!?」


「…」


ダメだ。助ける気が1ミリも湧いてこない。


「ヤッシー?ちょっと、何か言ってよ?」


「…スイマセン。実は彼女に言われてこれを運ぶ役になってたんです。主犯は彼女です」


自分はきっと助からない。ならば醜いと分かっているが絶対にみちずれにしてやる。


「ヤッシー私を売るのか!?っていうか違うでしょ!ウソ言わないでよ!あ、先生、そんな恐い顔してどうしたんですか?ヤダなぁ、ウソですよ。社は虚言癖があるんですよ。信じたら負けですよ」


こんな不毛な争いは世界でもなかなかお目にかかれないだろう。


建物全体に呆れた空気が満ちてきた頃に、


「2人とも教頭室に来なさい。話はそこでたっぷりと聞かせてもらう」


いつの間に来たのか、教頭がこめかみに青筋を立てながら言った。


「ヤッシー!!私を巻き込まないでよ!!私に恨みでもあるの!?この鬼畜!!」


「誰が鬼畜だ!それに先に裏切ったのはそっちだろ。恨み?吐いて捨てるほどあるわ!!」


それでも止まらない。


「仲良いな~、羨ましいぞ」


茶々が入っても、


「「ウルサイ!このロリコン!!」」


一蹴するほどに。


「ヒドッ!?」


そんなヒートアップしたオレと由夏の首元を掴むと、体育教師はすごい力で引きずるように出口に歩を進める。


「ドナドナってこういう状況だよね~」


「「黙れ!熟女マニア!!」」


静まり返る体育館。


もしかしたら、圭介が1番損をしたかもしれないと思ったりした。


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