1話
よろしくお願いします。
人生にはいくつもの分かれ道が存在している。
人は生まれてから人生の終着点へ向かって寄り道をしたり、回り道をしたり、運が悪いと最短ルートを通ってしまったり、しかし、立ち止まりはするが、決して戻ることはせず、確実に前へ進んでいく。
それが人なのだと、少し哲学的な考えに浸ってみたりする今日この頃。
ならば、その分岐はどんなことで起こるのだろうか。
例えば進学、恋愛、就職、結婚…そんな人生のビッグイベントがそれに当たるだろう。
そこでどう考え、何を感じ、どう行動したかで起こる結果で真っ直ぐ進むのか、あるいは曲がってしまうのか、はたまた道を外れてしまうのか、ということが決定されるのだと思う。
でも実際、80年近い長い人生の中で数回しか起こらない、そんなことで人生が形作られるとは正直思えない。
まあ、ここで言いたいことは『日常』にありふれている、取るに足らないような小さな選択の積み重ねが大事だということだ。
あえて例を挙げてみるならば、いつもと違う道を通ってみたり、普段はあまり話さないような人と話してみたり。
もっと小さなことなら、いつも和食だった朝食を洋食に変えてみたり、前髪を5ミリくらい切ってみたり、新品の靴を履いてみたり。
『塵も積もれば山となる』と昔のお坊さんが言ったのだから、きっとそうなのだ。
逆説だが、結果を見れば過程を推測できるのでは、とまたしても哲学じみた考えが浮かんでくるが、それは一先ず置いておこう。
ならば、自分はいったい今までどんな選択をしてきたのだろう。
そして、どこをどう間違えていればこんな結果が転がり込んでくるのか。
知りたいが、知ったところでもどうにもならない、そんな話を一つ。
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ピピピッ!ピピピッ!ピピピッ!ピピ…
午前7:00
いつもと同じ時間に、同じ目覚ましの音で目が覚めた。
いつものように食パンをトースターに入れ、お湯を沸かしている間にフライパンで卵を炒めて目玉焼きを作って、ピーピーと煩く鳴いているやかんを火から外してコーヒーを淹れる。
いつも見ている朝のニュース番組は、特筆するような内容もなく、有名なアナウンサーが淡々と番組を進行していく様を見ながら朝食を済ませ、身支度を整える。
ここまではいつも通り、なんら変わりない日常だ。
午前7:58
今日は家を出る時間が少しだけ遅くなってしまった。今朝の目玉焼きは我ながら、なかなかいい出来で…と、それはどうでもいいか。
バタバタと片づけをしていると、付けっぱなしだったテレビに『目覚めろテレビ』の占いコーナーが映っているのに気が付いた。
アナウンサーの…名前は思い出せないが、この占いは当たらないことで有名らしい。
だが、年に数回当たることがあるらしく、巷ではカルト的な人気があるとかないとか聞いたことがある。
『当たるも八卦、当たらぬも八卦』と言うくらいのものだから、オレは占いというものを信じていない。
特にこの占いコーナーはひどかった記憶がある。だいぶ前だが、確か『ラッキーアイテムは奈良公園の鹿』みたいな事を言ってたなことがあった。
どう考えてもありえない、と世間一般の人は考えるだろう。
だが世界は広い。
こんな信じられない占いを真に受けたヤツが実際に鹿を捕まえようとして警察に捕まったと、ネットで大騒ぎになったというオチがついた。
そんなことを思い出していると、画面上ではたった1分少々のコーナーとはとても思えない派手なCGを駆使した演出で今日の運勢ナンバー1を発表するところだ。
「今日、一番運勢のいい人はふたご座のあなたでーす!今日一日はヒットマンさんや、宇宙からのお客様にキャトられることなく、つかの間の平穏な一日を過ごせそうでーす!」
ほら、こんなデンジャラスな日々を送っているふたご座が日本にいるハズがない。世界中捜してもいるわけがない。オレは絶対に違う!断じて違う!
「ラッキーアイテムは発信機!これで気になるあの人も逃がさない!」
公共の電波を使ってストーカーを肯定する人がいるなんて…よくもまあ、こんなモノを放送できるな。BPOは何をしてるんだと思わずにはいられない。
朝っぱらからモヤモヤした気分になったが、今日は1月7日。新学期が始まるから、と気持ちを切り替えて駅へ向かう。
自宅から最寄の駅までは徒歩3分。
そこから電車に揺られること15分、駅を出て5分ほど歩いたところに自分の通う学校がある。
新年最初の登校日にもかかわらず、遅刻気味だったオレは少し早足で学校へ向かう。
さすがに新学期。いつもなら自分と同じように遅刻ギリギリのせめぎ合いをしている生徒がいるのだが、今日は自分以外は誰もいない。
いるのはサラリーマン風のお兄さんが4,5人と幼稚園か保育園に向かうのであろう親子くらいだった。
何かイベントがある日にだけ遅刻しないように気をつけて登校するのは何かおかしな感じがする、などと考えながら、さらにピッチを上げて学校を目指す。
「ちょっと、ちょっと。そこのお兄さん。」
急に聞こえた、どこか親しみのある声が誰かを呼び止めている。
自分じゃないな~などと思ったが、一応周りを見てみる。
「あなたですよ、今きょろきょろしてる、白いマフラー巻いた紺色のブレザーのお兄さん。」
どうやら呼ばれているのはオレだったらしい。
まあ、周りに人がいないのだから当然といえば当然だが。
急いでいるから、と無視しようとも思ったが、気づいてしまった以上このまま学校に行くのは失礼だろうと、声の主を捜す。
振り返っても、そこには離れたところをサラリーマン風の人が数人歩いているだけで、女性と思われる声の主は見当たらない。
すると、見慣れない風景が目に入った。
それは、三階建てのビルと今は閉まっているが、去年の夏ごろまで文房具店だった建物の間の路地に在った。
学校の教室に置いてあるものより少し大き目の机と、その上に置かれたいかにも占いに使いそうな水晶玉が一際目を引く。
「あぁ、良かった。無視されたらどうしよっかなー、なんて思ってましたよ。」
声の先には魔法使いのような黒いローブを頭から被った女の人が座っていた。
顔が隠れているため、口元しか見ることが出来ないが、どこか微笑みを浮かべているように見える。
突っ込んで欲しいのか?
そう思わずにはいられないほど彼女の姿は突っ込みどころ満載だ。
まずよく見みてみると、水晶の他にタロットカードに振り子、ホロスコープ、亀の甲…分かるものから見たこともないものまで、テーブルの上に所狭しと並べられていた。
こんなに置いてあるが、全部使うつもりなのか。どちらかと言えば、とりあえずいろいろ手を出してみる節操なしにしか見えない。
さらに、足元に置かれたカバンらしきものからは、『姓名判断入門』、『猿でも分かる・六星占術』なる本の背表紙が見て取れる。
これだけ大風呂敷を広げておきながら、まだ何かやろうとしている。正直、この人は情熱を注ぐ方向を完全に間違えているように思える。
何よりもこの格好。ハロウィンでも年に2回のイベントでもないのにこんな姿を目にするなど、夢にも思わなかった。
この格好でここまで来たのか、それともここで着替えたのか。どちらにしても普通じゃない。
口に出さないように気をつけるが。
他にもいろいろあるが、それは限がないから割愛する。
まとめると、この人は何がしたいんだろう?あれか?新手の新興宗教なのか?そんな疑問で頭の中が埋め尽くされていく。
見れば見るだけ怪しさと疑問を増す女性を目の前にして、必要なのは情報だと判断する。
「えーと…なにか用でしょうか?」
「そうなんですよ!実はあなたによくない『相』が出ているのですよ!!」
ビシッ、という効果音がピッタリな勢いで、右手の人差し指でオレを指差してくる。
うすうす感じてはいたが、また占いか。今朝の占いコーナーといい、目の前にいる魔法使い風占い師といい、今日は占いに縁がある日らしい。
しかも変な占いばかり。
「そんな不安そうな顔をしなくても大丈夫なのですよ!」
オレが『よくない相がある』、などと言われて動揺したと勘違いしたのか。この怪しい魔法使い風占い師は『私が助けてあげますよ~』と言わんばかりの勢いだ。
「いえ、別に心配なんてしてないですよ。むしろ、占いなんて信じてませんし。」
そう言うと、魔法使い風占い師はなにやらショックを受けた顔をした後、なにやらぶつぶつとつぶやきだした。
これ以上は関わらない方がいいとインスピレーションが告げている。
「あのー、僕急いでいるので、これで失礼します。」
「待ってください!!せめてこれを持っていって下さい。きっと役に立つハズですから!」
必死になって呼び止めるものだからちょっと気になってしまった。
ここで『幸運を呼ぶ~シリーズ』が出てきたら、それはそれで納得できる。だって、こんなに怪しいのだから。
「どうぞ貰ってやって下さいな。」
だが期待は裏切られた。
手渡されたのは『クロロホルム』と書かれた褐色のビンだった。
…気になって損した。本気でそう思った。
「あの、これをどうしろと?」
一応聞いてみる。嫌な予感しかしないが、ぜひとも外れて欲しいと願いを込めて。
「これですか?まず、ハンカチかタオルを用意してですね、こうやって染み込ませて…」
「あぁ、いいですよ!実演なんてしないでください!!」
予想通りの使い方に、分かっていてもショックを受けた。しかも、手馴れている気がして二重のショックだ。
これでどうしろというのか。犯罪者への道を突き進めとでも言うのか。そして、どうしてこんなモノがラッキーアイテムになり得ると思うのだろうか。
この人の言った使い方は確実に犯罪者になるだろうし、そもそも一般人である自分が持っていて良いものだろうか。持っていただけでアウトな物だったのなら、もうどうしようもない。
「こんなモノいりません!」
先ほどまでよりも少し強い口調で、ビンを突き帰す。
すると、またショックを受けたような顔をしたかと思えば、すぐに真面目な顔をして、
「いいんですか?後悔しても私は責任持てませんよ!」
と、強気で言われてしまった。
「いいですよ、こんな危険物…」
そう言って気が付いた。
ポケットから携帯電話を取り出し、現在の時間を確認すると顔をしかめる。
8時53分
登校時間は20分以上過ぎている。新年最初から遅刻なんて、それこそ『良くないこと』だ。
「遅刻か、なんか新年早々縁起が悪いな。」
ため息を一つつき、怪しい占い師を軽く睨む。
「じゃあ、学校の時間なんで失礼しますね。」
彼女が口を開き、何かを言いかけたが、視線でそれを制する。
これ以上はどう考えても不毛だ。
肩を落として申し訳なさそうにしている口元を見て、少し罪悪感を感じてしまった。
だからするつもりはなかったが、軽く頭を下げて路地を後にする。
白い息を弾ませながら、学校への道を小走りで行く。
こうして、中々に不幸で貴重な一日の始まりが告げられた。