百年しか生きないくせに、永遠を誓う人間たち
人間というものは、ずいぶん大げさな生き物です。
たかだか百年も生きられないくせに、すぐに「永遠」という言葉を使います。
永遠に愛します。
永遠に忘れません。
永遠にあなたのそばにいます。
それを聞くたび、わたしは空の上で笑っておりました。
永遠とは、そんなに短いものではありません。
わたしはこの国ができる前から生きています。山がまだ海の底にあったころも知っていますし、今では大河と呼ばれている川が、細いせせらぎだったころのことも覚えています。
王国が生まれるところも、滅びるところも見てきました。
人間が「永遠」と呼ぶ一生など、わたしにとっては春から冬までより短いものでした。
ですから、ある春の日。
一人の娘が教会で、騎士に向かってこう言ったときも、わたしはいつものように笑ったのです。
「あなたを、永遠に愛します」
娘の名はリディア。
地方領主の娘で、栗色の髪と、よく笑う目を持っていました。
騎士の名はノア。
平民の生まれでしたが、戦で功績を立て、二十五歳で王城の騎士となった男でした。
二人は婚約したばかりでした。
そのころの人間たちは、身分の違う結婚をあまり好みませんでした。リディアの父も最初はひどく反対しました。
「娘を騎士などにやれるものか」
そう怒鳴った父親に、リディアは平然と答えました。
「では、私は一生結婚しません」
「そんな脅しが通用すると思うか」
「脅しではありません。予定です」
わたしは少し笑いました。
この娘は、なかなか面白い人間でした。
結局、父親のほうが折れました。
二人は一年後に結婚しました。
小さな教会での式でした。
そこでリディアは、もう一度言いました。
「永遠に愛します」
ノアも言いました。
「永遠に」
また永遠です。
わたしは空から二人を見下ろして、思いました。
では、見届けてやろう。
人間のいう永遠が、どれほどのものなのか。
結婚して最初の一年、二人はよく喧嘩をしました。
ノアは靴を脱ぎ散らかしました。
リディアは朝が苦手でした。
ノアは食事の途中でも仕事の話をしましたし、リディアは怒ると三日ほど口をきかなくなりました。
ある晩など、鍋の味つけをめぐって大喧嘩をしていました。
「塩を入れすぎだ」
「あなたが薄味すぎるのです」
「舌がしびれるぞ」
「では明日から、ご自分で作ってください」
「そうする」
「どうぞ」
翌日、ノアが作ったスープはさらにひどいものでした。
二人は顔を見合わせ、それから笑いました。
人間の永遠とは、ずいぶん騒がしいものだと思いました。
三年目に、子どもが生まれました。
女の子でした。
リディアは娘を抱きながら泣きました。
「どうして泣く」
ノアが慌てると、リディアは笑いました。
「分かりません。うれしいからでしょうか」
不思議な生き物です。
うれしいのに泣く。
悲しくても泣く。
久しぶりに会っても泣く。
別れるときにも泣く。
神であるわたしには、長いあいだその違いがよく分かりませんでした。
十年目。
二人の家には三人の子どもがいました。
家の壁には落書きがあり、庭には木剣が転がり、食卓では毎日誰かが騒いでいました。
「あなた、これ直して」
「明日な」
「昨日もそう言いました」
「明日は必ず」
「あなたの明日は、一年後ですか?」
そんな会話が聞こえてきます。
永遠を誓った二人は、永遠などという言葉をもうほとんど使わなくなっていました。
代わりに、
「明日」
「来週」
「夕食までに」
「帰ったら」
そんな短い言葉ばかり使っていました。
わたしには、そのほうが不思議でした。
二十年が過ぎました。
ノアは騎士団長になりました。
リディアの髪には、一本だけ白いものが混じりました。
その年、大きな戦が起きました。
ノアも戦場へ向かいました。
出発の朝、リディアは夫の鎧の留め具を直してやっていました。
「戻ってきてくださいね」
「ああ」
「絶対ですよ」
「ああ」
「約束できますか」
ノアは少し困った顔をしました。
そして、言いました。
「約束はできない」
リディアは手を止めました。
「戦だからな」
「……そうですね」
「だが」
ノアは妻の手を握りました。
「戻るつもりで行く」
昔なら、「永遠にそばにいる」と言ったかもしれません。
けれど二人はもう、言わなくなっていました。
人間は年を取ると、永遠を信じなくなるのだろう。
そのときのわたしは、そう思いました。
戦は一年続きました。
ノアは戻ってきました。
左脚を引きずっていました。
剣を振るうことは、もうできませんでした。
リディアは何も言わずに彼を抱きしめました。
「ただいま」
「おかえりなさい」
それだけでした。
永遠という言葉はありませんでした。
三十五年目。
三人の子どもはみな家を出ていました。
広くなった家で、二人はまた二人暮らしを始めました。
ノアは庭仕事をするようになりました。
リディアは編み物を始めました。
「花は嫌いじゃなかったか」
「あなたが育てた花は好きです」
「何が違う」
「値段がかかっていません」
「そういう理由か」
二人は笑いました。
四十二年目。
リディアが病に倒れました。
一度目は治りました。
二度目も治りました。
三度目は、長くかかりました。
夜になると、ノアは妻のベッドの横に椅子を置いて眠りました。
「自分の部屋で寝てください」
「嫌だ」
「風邪を引きますよ」
「お前が起きたとき、一人だと困るだろう」
「困りません」
「俺が困る」
そう言って、ノアは動きませんでした。
人間は、面倒な生き物です。
自分のためにしていることを、相手のためだと言います。
相手のためにしていることを、自分のためだと言うこともあります。
わたしは何千年も人間を見てきましたが、それはいまだによく分かりません。
五十年目。
二人は結婚五十年を祝いました。
子どもも孫も集まりました。
「おばあさま、おじいさまは今でも好き?」
小さな孫娘が聞きました。
リディアは考え込みました。
「そうねえ」
「考えるのか?」
ノアが言うと、みんなが笑いました。
リディアも笑いました。
「好きですよ」
「なら早く言え」
「でも、昔とは違います」
「どう違う」
リディアはしばらく夫を見ました。
「昔は、この人がいない人生なんて考えられないと思っていました。でも今は、この人がいる人生を長く生きすぎて、いない人生の考え方を忘れてしまいました」
ノアは黙っていました。
「何か言ってください」
「うれしくて何も浮かばん」
また、みんなが笑いました。
わたしは笑いませんでした。
なぜでしょう。
その言葉が、妙に胸に残ったのです。
神には心臓などありません。
それでも、胸と呼ぶよりほかにない場所に、何か小さなものが落ちたような気がしました。
六十二年目。
ノアは朝、リディアの名前を呼ぶことが増えました。
「リディア」
「何です?」
「いや」
「用もないのに呼ばないでください」
「いるか確認しただけだ」
「いますよ」
少したって。
「リディア」
「何ですか」
「何でもない」
「もう」
そのやり取りを、一日に何度も繰り返します。
わたしには理由が分かっていました。
ノアの目は、だんだん見えなくなっていたのです。
顔が見えなくても、声が聞こえれば安心するのでしょう。
七十年目。
二人は九十歳を越えていました。
ノアはほとんど歩けなくなっていました。
リディアも耳が遠くなりました。
昔のように喧嘩をすることもありません。
というより、喧嘩をするほど元気ではありませんでした。
ある冬の日。
二人は暖炉の前に並んで座っていました。
「覚えているか」
ノアが言いました。
「何をです?」
「結婚式の日」
「覚えていますよ」
「お前、永遠に愛すると言った」
「言いましたね」
「俺も言った」
「ええ」
ノアは笑いました。
「若かったな」
「若かったですね」
「永遠なんて、無理なのにな」
リディアは何も答えませんでした。
わたしは少し驚きました。
ようやくこの人間も、分かったのだと思ったからです。
そうです。
永遠など、人には無理なのです。
人は死にます。
どれほど願っても、どれほど愛しても、百年ほどで土へ帰ります。
そのはずでした。
けれど、しばらくしてリディアが言いました。
「でも、私は嘘をついたつもりはありませんよ」
「俺もだ」
「では、それでいいのではありませんか」
「そうだな」
二人は手をつなぎました。
しわだらけの手でした。
昔、教会で握り合った若い手とは、まるで違いました。
わたしは、その手を長いこと見ていました。
その春。
ノアが死にました。
朝でした。
庭では、彼が若いころ植えた花が咲いていました。
リディアは泣きませんでした。
夫の冷たくなった手を握り、長いこと座っていました。
「先に行ってしまいましたね」
そう言っただけでした。
その夜。
わたしは、初めて人間の夢の中へ降りました。
本来、神が一人の人間にそこまで近づくことはありません。
けれど、どうしても聞きたいことがあったのです。
夢の中で、リディアは若いころの姿をしていました。
わたしは尋ねました。
「お前は、永遠に愛すると誓ったな」
「はい」
「だが、夫は死んだ」
「そうですね」
「お前も、もう長くない」
「でしょうね」
「それでも、永遠だったと言うのか」
リディアは少し考えました。
そして、わたしに尋ねました。
「神さまにとって、永遠とは何ですか?」
「終わらないことだ」
わたしは答えました。
リディアは笑いました。
「人間には、それは難しいですね」
「だから言っている」
「でも」
彼女は言いました。
「終わるから、永遠ではないのでしょうか」
わたしには意味が分かりませんでした。
「私とあの人の時間は、もう増えません。でも、なくなりもしません。初めて話した日も、喧嘩した日も、子どもが生まれた日も、あの人が戦から帰ってきた日も、全部あったことです」
「過去だ」
「はい」
「過去は終わったものだ」
「でも、なかったことにはならないでしょう?」
わたしは答えられませんでした。
リディアは続けました。
「私たちの永遠は、未来に続いていくものではなかったのかもしれません。ただ、最後の日まで、同じ人を選び続けることだったのだと思います」
「選び続ける?」
「ええ」
「相手が年を取っても?」
「もちろん」
「病気になっても?」
「はい」
「喧嘩をしても?」
「たくさんしました」
「嫌いになる日があっても?」
リディアは笑いました。
「そんな日は何度もありましたよ」
「それでも?」
「次の日には、また隣にいました」
わたしは黙りました。
その答えを、わたしは知らなかったのです。
リディアは、その夏に亡くなりました。
九十六歳でした。
二人は同じ丘に埋葬されました。
墓石には、二人の名前と、生きた年が刻まれました。
それだけです。
「永遠に愛した」などという言葉は、どこにもありませんでした。
それから長い年月が流れました。
二人の子どもも死にました。
孫も死にました。
ひ孫も死にました。
家はなくなりました。
国の名前も変わりました。
丘の墓石は雨と風に削られ、やがて文字も読めなくなりました。
さらに長い時間が過ぎ、墓石そのものも土へ帰りました。
けれど。
わたしは覚えています。
庭の隅でノアが花を植えていたことを。
リディアが塩辛いスープを作った日のことを。
戦から戻った夫を、彼女が黙って抱きしめたことを。
用もないのに、ノアが妻の名前を何度も呼んだことを。
そして、二人が若い日に交わした約束を。
「永遠に愛します」
昔のわたしなら、その言葉を聞いて笑ったでしょう。
百年も生きられない人間が、何を言っているのだ、と。
今は笑いません。
人間の一生は短い。
それは今でも変わりません。
けれど、わたしはようやく知りました。
永遠とは、時間の長さだけをいうのではないのです。
たとえいつか終わるとしても。
終わるその日まで、何度でも同じ人を選ぶこと。
人間は、それを永遠と呼ぶのでしょう。
だから今でも。
教会で若い恋人たちが手を取り、
「永遠に愛します」
と誓うたびに。
わたしは空の上から、そっと答えることにしています。
――どうか、その永遠が、あなたたちの最後の日まで続きますように。




