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短編(異世界など)

百年しか生きないくせに、永遠を誓う人間たち

作者: みき
掲載日:2026/09/26

 人間というものは、ずいぶん大げさな生き物です。


 たかだか百年も生きられないくせに、すぐに「永遠」という言葉を使います。


 永遠に愛します。


 永遠に忘れません。


 永遠にあなたのそばにいます。


 それを聞くたび、わたしは空の上で笑っておりました。


 永遠とは、そんなに短いものではありません。


 わたしはこの国ができる前から生きています。山がまだ海の底にあったころも知っていますし、今では大河と呼ばれている川が、細いせせらぎだったころのことも覚えています。


 王国が生まれるところも、滅びるところも見てきました。


 人間が「永遠」と呼ぶ一生など、わたしにとっては春から冬までより短いものでした。


 ですから、ある春の日。


 一人の娘が教会で、騎士に向かってこう言ったときも、わたしはいつものように笑ったのです。


「あなたを、永遠に愛します」


 娘の名はリディア。


 地方領主の娘で、栗色の髪と、よく笑う目を持っていました。


 騎士の名はノア。


 平民の生まれでしたが、戦で功績を立て、二十五歳で王城の騎士となった男でした。


 二人は婚約したばかりでした。


 そのころの人間たちは、身分の違う結婚をあまり好みませんでした。リディアの父も最初はひどく反対しました。


「娘を騎士などにやれるものか」


 そう怒鳴った父親に、リディアは平然と答えました。


「では、私は一生結婚しません」


「そんな脅しが通用すると思うか」


「脅しではありません。予定です」


 わたしは少し笑いました。


 この娘は、なかなか面白い人間でした。


 結局、父親のほうが折れました。


 二人は一年後に結婚しました。


 小さな教会での式でした。


 そこでリディアは、もう一度言いました。


「永遠に愛します」


 ノアも言いました。


「永遠に」


 また永遠です。


 わたしは空から二人を見下ろして、思いました。


 では、見届けてやろう。


 人間のいう永遠が、どれほどのものなのか。


     


 結婚して最初の一年、二人はよく喧嘩をしました。


 ノアは靴を脱ぎ散らかしました。


 リディアは朝が苦手でした。


 ノアは食事の途中でも仕事の話をしましたし、リディアは怒ると三日ほど口をきかなくなりました。


 ある晩など、鍋の味つけをめぐって大喧嘩をしていました。


「塩を入れすぎだ」


「あなたが薄味すぎるのです」


「舌がしびれるぞ」


「では明日から、ご自分で作ってください」


「そうする」


「どうぞ」


 翌日、ノアが作ったスープはさらにひどいものでした。


 二人は顔を見合わせ、それから笑いました。


 人間の永遠とは、ずいぶん騒がしいものだと思いました。


 三年目に、子どもが生まれました。


 女の子でした。


 リディアは娘を抱きながら泣きました。


「どうして泣く」


 ノアが慌てると、リディアは笑いました。


「分かりません。うれしいからでしょうか」


 不思議な生き物です。


 うれしいのに泣く。


 悲しくても泣く。


 久しぶりに会っても泣く。


 別れるときにも泣く。


 神であるわたしには、長いあいだその違いがよく分かりませんでした。


 十年目。


 二人の家には三人の子どもがいました。


 家の壁には落書きがあり、庭には木剣が転がり、食卓では毎日誰かが騒いでいました。


「あなた、これ直して」


「明日な」


「昨日もそう言いました」


「明日は必ず」


「あなたの明日は、一年後ですか?」


 そんな会話が聞こえてきます。


 永遠を誓った二人は、永遠などという言葉をもうほとんど使わなくなっていました。


 代わりに、


「明日」


「来週」


「夕食までに」


「帰ったら」


 そんな短い言葉ばかり使っていました。


 わたしには、そのほうが不思議でした。


     


 二十年が過ぎました。


 ノアは騎士団長になりました。


 リディアの髪には、一本だけ白いものが混じりました。


 その年、大きな戦が起きました。


 ノアも戦場へ向かいました。


 出発の朝、リディアは夫の鎧の留め具を直してやっていました。


「戻ってきてくださいね」


「ああ」


「絶対ですよ」


「ああ」


「約束できますか」


 ノアは少し困った顔をしました。


 そして、言いました。


「約束はできない」


 リディアは手を止めました。


「戦だからな」


「……そうですね」


「だが」


 ノアは妻の手を握りました。


「戻るつもりで行く」


 昔なら、「永遠にそばにいる」と言ったかもしれません。


 けれど二人はもう、言わなくなっていました。


 人間は年を取ると、永遠を信じなくなるのだろう。


 そのときのわたしは、そう思いました。


 戦は一年続きました。


 ノアは戻ってきました。


 左脚を引きずっていました。


 剣を振るうことは、もうできませんでした。


 リディアは何も言わずに彼を抱きしめました。


「ただいま」


「おかえりなさい」


 それだけでした。


 永遠という言葉はありませんでした。


     


 三十五年目。


 三人の子どもはみな家を出ていました。


 広くなった家で、二人はまた二人暮らしを始めました。


 ノアは庭仕事をするようになりました。


 リディアは編み物を始めました。


「花は嫌いじゃなかったか」


「あなたが育てた花は好きです」


「何が違う」


「値段がかかっていません」


「そういう理由か」


 二人は笑いました。


 四十二年目。


 リディアが病に倒れました。


 一度目は治りました。


 二度目も治りました。


 三度目は、長くかかりました。


 夜になると、ノアは妻のベッドの横に椅子を置いて眠りました。


「自分の部屋で寝てください」


「嫌だ」


「風邪を引きますよ」


「お前が起きたとき、一人だと困るだろう」


「困りません」


「俺が困る」


 そう言って、ノアは動きませんでした。


 人間は、面倒な生き物です。


 自分のためにしていることを、相手のためだと言います。


 相手のためにしていることを、自分のためだと言うこともあります。


 わたしは何千年も人間を見てきましたが、それはいまだによく分かりません。


     


 五十年目。


 二人は結婚五十年を祝いました。


 子どもも孫も集まりました。


「おばあさま、おじいさまは今でも好き?」


 小さな孫娘が聞きました。


 リディアは考え込みました。


「そうねえ」


「考えるのか?」


 ノアが言うと、みんなが笑いました。


 リディアも笑いました。


「好きですよ」


「なら早く言え」


「でも、昔とは違います」


「どう違う」


 リディアはしばらく夫を見ました。


「昔は、この人がいない人生なんて考えられないと思っていました。でも今は、この人がいる人生を長く生きすぎて、いない人生の考え方を忘れてしまいました」


 ノアは黙っていました。


「何か言ってください」


「うれしくて何も浮かばん」


 また、みんなが笑いました。


 わたしは笑いませんでした。


 なぜでしょう。


 その言葉が、妙に胸に残ったのです。


 神には心臓などありません。


 それでも、胸と呼ぶよりほかにない場所に、何か小さなものが落ちたような気がしました。


     


 六十二年目。


 ノアは朝、リディアの名前を呼ぶことが増えました。


「リディア」


「何です?」


「いや」


「用もないのに呼ばないでください」


「いるか確認しただけだ」


「いますよ」


 少したって。


「リディア」


「何ですか」


「何でもない」


「もう」


 そのやり取りを、一日に何度も繰り返します。


 わたしには理由が分かっていました。


 ノアの目は、だんだん見えなくなっていたのです。


 顔が見えなくても、声が聞こえれば安心するのでしょう。


 七十年目。


 二人は九十歳を越えていました。


 ノアはほとんど歩けなくなっていました。


 リディアも耳が遠くなりました。


 昔のように喧嘩をすることもありません。


 というより、喧嘩をするほど元気ではありませんでした。


 ある冬の日。


 二人は暖炉の前に並んで座っていました。


「覚えているか」


 ノアが言いました。


「何をです?」


「結婚式の日」


「覚えていますよ」


「お前、永遠に愛すると言った」


「言いましたね」


「俺も言った」


「ええ」


 ノアは笑いました。


「若かったな」


「若かったですね」


「永遠なんて、無理なのにな」


 リディアは何も答えませんでした。


 わたしは少し驚きました。


 ようやくこの人間も、分かったのだと思ったからです。


 そうです。


 永遠など、人には無理なのです。


 人は死にます。


 どれほど願っても、どれほど愛しても、百年ほどで土へ帰ります。


 そのはずでした。


 けれど、しばらくしてリディアが言いました。


「でも、私は嘘をついたつもりはありませんよ」


「俺もだ」


「では、それでいいのではありませんか」


「そうだな」


 二人は手をつなぎました。


 しわだらけの手でした。


 昔、教会で握り合った若い手とは、まるで違いました。


 わたしは、その手を長いこと見ていました。


     


 その春。


 ノアが死にました。


 朝でした。


 庭では、彼が若いころ植えた花が咲いていました。


 リディアは泣きませんでした。


 夫の冷たくなった手を握り、長いこと座っていました。


「先に行ってしまいましたね」


 そう言っただけでした。


 その夜。


 わたしは、初めて人間の夢の中へ降りました。


 本来、神が一人の人間にそこまで近づくことはありません。


 けれど、どうしても聞きたいことがあったのです。


 夢の中で、リディアは若いころの姿をしていました。


 わたしは尋ねました。


「お前は、永遠に愛すると誓ったな」


「はい」


「だが、夫は死んだ」


「そうですね」


「お前も、もう長くない」


「でしょうね」


「それでも、永遠だったと言うのか」


 リディアは少し考えました。


 そして、わたしに尋ねました。


「神さまにとって、永遠とは何ですか?」


「終わらないことだ」


 わたしは答えました。


 リディアは笑いました。


「人間には、それは難しいですね」


「だから言っている」


「でも」


 彼女は言いました。


「終わるから、永遠ではないのでしょうか」


 わたしには意味が分かりませんでした。


「私とあの人の時間は、もう増えません。でも、なくなりもしません。初めて話した日も、喧嘩した日も、子どもが生まれた日も、あの人が戦から帰ってきた日も、全部あったことです」


「過去だ」


「はい」


「過去は終わったものだ」


「でも、なかったことにはならないでしょう?」


 わたしは答えられませんでした。


 リディアは続けました。


「私たちの永遠は、未来に続いていくものではなかったのかもしれません。ただ、最後の日まで、同じ人を選び続けることだったのだと思います」


「選び続ける?」


「ええ」


「相手が年を取っても?」


「もちろん」


「病気になっても?」


「はい」


「喧嘩をしても?」


「たくさんしました」


「嫌いになる日があっても?」


 リディアは笑いました。


「そんな日は何度もありましたよ」


「それでも?」


「次の日には、また隣にいました」


 わたしは黙りました。


 その答えを、わたしは知らなかったのです。


     


 リディアは、その夏に亡くなりました。


 九十六歳でした。


 二人は同じ丘に埋葬されました。


 墓石には、二人の名前と、生きた年が刻まれました。


 それだけです。


「永遠に愛した」などという言葉は、どこにもありませんでした。


 それから長い年月が流れました。


 二人の子どもも死にました。


 孫も死にました。


 ひ孫も死にました。


 家はなくなりました。


 国の名前も変わりました。


 丘の墓石は雨と風に削られ、やがて文字も読めなくなりました。


 さらに長い時間が過ぎ、墓石そのものも土へ帰りました。


 けれど。


 わたしは覚えています。


 庭の隅でノアが花を植えていたことを。


 リディアが塩辛いスープを作った日のことを。


 戦から戻った夫を、彼女が黙って抱きしめたことを。


 用もないのに、ノアが妻の名前を何度も呼んだことを。


 そして、二人が若い日に交わした約束を。


「永遠に愛します」


 昔のわたしなら、その言葉を聞いて笑ったでしょう。


 百年も生きられない人間が、何を言っているのだ、と。


 今は笑いません。


 人間の一生は短い。


 それは今でも変わりません。


 けれど、わたしはようやく知りました。


 永遠とは、時間の長さだけをいうのではないのです。


 たとえいつか終わるとしても。


 終わるその日まで、何度でも同じ人を選ぶこと。


 人間は、それを永遠と呼ぶのでしょう。


 だから今でも。


 教会で若い恋人たちが手を取り、


「永遠に愛します」


 と誓うたびに。


 わたしは空の上から、そっと答えることにしています。


 ――どうか、その永遠が、あなたたちの最後の日まで続きますように。

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