最終話 あわよくば
王宮の物流を私物化し、ヴァレンティン家へ不当な圧力をかけた罪により、ウィリアム・アスラントは近衛隊長を更怠、公爵家からも事実上の勘当を言い渡され、完全に失脚した。
だが、待っていた真の地獄はここからだった。
「ウィリアム様! 私のお腹の子をどうしてくれるのですか!」
ウィリアムが後ろ盾を失い、ただの平民同然にまで落ちぶれた途端、彼が『日替わりで、遊びで激しく抱いていた』愛人たちの妊娠が次々と発覚した。
それも、一人や二人ではない。
「たまにしか浮気をしないのであれば、それは異常であり、妻も寂しがるのかもしれない。だが、よくある異常が毎日であれば、それはもはや『平常』だろう。」
かつてアレクセイにそう豪語したドクズ理論のツケが、最悪の形で回ってきた。
毎日のようにウィリアムの元へ押し寄せる愛人たちと、その実家からの容赦ない認知の要求。
さらに、妻を寝取られていた夫たちからの容赦のない莫大な慰謝料請求。
男の甲斐性と信じ込んでいた不貞の数々は、いまやウィリアムの首を絞める無数の鎖となり、彼は財産も名誉も、そして正気すらも失って、借金まみれの泥沼へと引きずり込まれていったのだった。
◇◇◇
それから、数年の月日が流れた。
あの騒動の後、我がヴァレンティン家の交易事業は国王陛下の厚い庇護のもとで以前の何倍も繁栄し、私も充実した日々を送っている。
そして、私の隣には、いつも変わらず彼がいた。
王立士官学校の歴代トップという伝説の実力は伊達ではなく、アレクセイは数々の武勲を立て、異例の速さで出世街道を駆け上がっていった。
国宝級の天才騎士は、いまや王宮中の令嬢たちがこぞって黄色い悲鳴を上げる、誰もが憧れる若き英雄となっていた。
「エリーゼ! 今日のランチ、もし良ければ一緒にどう!?」
私に向けるひまわりのような笑顔も、耳を真っ赤にして慌てる姿も、数年前から何一つ変わっていない。
彼は、どれだけ周囲の令嬢に言い寄られても目もくれず、ただまっすぐに、私のことだけを想い続けてくれていた。
そんなある日、王宮中に特大の人事異動が発表された。
弱冠20代半ばにして、アレクセイ・ノードンが、新たな近衛隊長に抜擢された。
かつて元夫がいた、騎士の最高峰の座に。
その日の夕方。
お祝いのワインボトルを抱えて、私は誰もいない夕暮れの第三訓練場へと向かった。
そこには、新しく仕立てられた見事な近衛隊長の正装に身を包んだアレクセイが、一人で佇んでいた。
「――アレクセイ。」
「あ、エリーゼ……!」
振り返ったアレクセイは、隊長の服が気恥ずかしいのか、そわそわと襟元を触っている。
私は彼の前に歩み寄ると、深々と一礼をして最高の笑顔を向けた。
「近衛隊長、就任おめでとうございます。……本当に、凄いわね。」
「ありがとう。でも、俺がここまで来られたのは、エリーゼがずっと側で支えて、俺の背中を押してくれたからだ。エリーゼの存在が俺を強くしてくれた。」
アレクセイは愛おしそうに私を見つめ、それから、ふっと少し寂しげに眉を下げた。
「近衛隊長になっても、俺の隣にいてくれる?友達として、いや、あわよくばそれ以上でもいいんだけど。」
私は腕の中のワインボトルをギュッと抱きしめ、悪戯っぽく微笑んだ。
「――それ以上の関係で隣にいたいわ。」
「……え?」
アレクセイが動きを止めた。ポカンと、何を言われたのか理解できないという顔で固まっている。
「だから、いいわよって言ったの。じゃなくて、本当に。私と付き合って、アレクセイ!」
「え……っ、あ、ええええええっ!? 本当に、本当に!?」
「そうよ!こんなにも誠実で素敵な近衛隊長様を、これ以上『あわよくば』のまま待たせるわけにはいかないもの。」
次の瞬間、アレクセイの大きな身体が私を強く抱きしめていた。
あまりの勢いにワインボトルを落としそうになりながらも、彼の胸に顔を埋めると、トクトクと激しく、けれど愛おしいほど力強く脈打つ心臓の音が聞こえてくる。
「俺、絶対にエリーゼを幸せにする! 」
夕暮れの訓練場。
かつて灰色に閉ざされていた私の世界は、この誠実な騎士の腕の中で、見たこともないほど鮮やかで、温かな光に包まれていた。
「ほら、嬉しい日なのだからお祝いのワインを開けましょ?」
溢れる愛おしさに胸をいっぱいにしながら、私は彼の背中を優しくあやすように叩く。
傷ついた過去の先で、私はようやく一生をかけて愛したいと思える本当の光を見つけることができたのだった。
【完】




