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序幕 不可思議

初投稿です。よろしくお願いします。

まず、この話は完全にフィクションです。現実にある用語、武器、妖怪の名称を使っていますが、伝承などは一切関係ありません。あくまで「和風ファンタジー」としてお読みください。


怪異。

それは説明のつかない奇病や、奇妙な自然災害。人の強い強い恨みや願いで生まれた祟りや心霊現象。呪詛、術の被害。そして、神が創った神器が肉体を得た化け物『ツクモ』……。これらが引き起こす事件や事故、天変地異。

これらを解決する少女がいた。

 さぁ、さぁ、みなさん、新しい話を仕入れて来ましたよ。

 ぜひ聞いてってくださいませ。

 今回お話するのは、どんな怪異も解決する少女のお話でございます。

 え? 怪異って何かって?

 では、ご説明しましょう。

 怪異とは、説明のつかない奇病や、奇妙な自然災害。

 人の強い強い恨みや願いで生まれた祟りや心霊現象。

 私達が編み出した術による呪詛、術の被害。

 そしてみなさんご存知の、我が国にしか存在しない化け物『ツクモ』。そのツクモが生み出した下僕である眷属(けんぞく)。これらが引き起こす事件や事故、天変地異。

 これら様々な怪奇現象の総称が、怪異です。

 ……ああ、ツクモの事はご存知でしたか。そうそう。説明のつかない事は全部『怪異』って言うお人もいますね。

 話を戻しまして、それらを討伐し、謎を解き、祓い、解決するのが得意な少女がいるのです。

 しかも、その少女自体が奇妙奇天烈。

 まず、まだまだ子供の、十四歳なのです。

 え? 大人でも恐ろしい怪異を、子供が解決できるのかって?

 ――興味が出てきました?

 では、前置きはこの辺りにして、お話を始めると致しましょう。


*  *  *


 人を避けるように、道の端を歩く一人の少女がいた。

 土を固めただけの道で、左右には様々な店が建ち並ぶ商店街の様相だった。ほとんどが木造で、店先に店員が立って呼び込む声や、行き交う人々の雑踏で音が溢れている。

 昼時のこともあり、どこからか香ばしい匂いも漂って来ていた。

 少女は地面と自身の草履を見つめ、じゃりじゃりと音をさせながら歩く。

 名を檜皮世羅(ヒワダ・セラ)という。

 齢は十四。

 服装は、赤茶色の着物に黒い袴。片手には赤い風呂敷で包んだ荷物を持っている。長方形の形状になっていることから、何かの箱か、本ではないかと思われた。

 髪も結い上げたり簪をつけておらず、艶のある長い濡れ羽色の髪を三つ編みにして、左肩から前に垂らし、進むたびに毛先が少し左右に揺れていた。

 着物の色合いも相まって見た目は地味だが、一つだけ目立つ特徴があった。

 それは顔に付けている狐の面だ。

 顔全体を覆う物ではなく、額から鼻まで覆う代物で、いうなれば狐の顎を取り除かれたような『半面(はんめん)』を付けていた。

 面は、白地に左側だけ赤い隈取のような模様がされ、なるべく視界を遮らないよう、目元の穴は大きめにくり抜かれて日常的に付けられるように改良されていた。

 俯き加減で道の端を歩いていても、奇妙な面を付けた彼女は目立ち、気付いた人々は一瞬視線を送ると嫌な顔をし、そそくさと通り過ぎていく。

「ふぅ……」

 世羅は生まれ付いた能力で地面に視線を落としていても、彼らの動きは細部まで伝わり、煩わしそうに小さく溜め息を吐く。

 避ける人々も世羅も、実は人間ではない。

 通常の人間に加え、人とは違う特徴と特殊能力を持つ三種類の『亜人』がいる。

 彼らは共存せず、各種族ごとに国を興して暮らしている。

 大陸の名はディアマンテといい、国境は中心から縦に一本、横に一本。つまり大きな十字を描いて、右上、左上、右下、左下の四か所に国がある。

 世羅が住むのは『コクヨウ帝国』。

 大陸の北東……地図では右上を統治し、文化も一際独特で、他種族のような丸袖やズボンやスカートではなく、着物が主流で、特色も『和』の国だ。

 そして、コクヨウ帝国を治めているのが、『鬼人(きじん)』。

 人間に似てはいるが、頭部に角、鋭く尖った犬歯、瞳孔が猫のように縦に割れているのが基本の容姿だ。

 それに加え、四種族で一番とされている事が三つ。身長、戦闘力、寿命だ。

 鬼人は平均で成人男性は約八尺(約二四〇センチ)、はあり、筋骨隆々が多い。成人女性は、男性よりはすらりとした細身ではあるが、やはり筋肉質かつ約七尺(約二一〇センチ)という高身長だ。

 この恵まれた体格に加え、身体能力もずば抜けて高く、戦闘本能も強くて好戦的のため、他種族から戦闘種族と揶揄されるが、だからと言って野蛮ではない。

 力を正しく使うために武道が発展し、子供の頃から武士道を叩きこまれ、戦いでも正々堂々と行い、敗者にも礼儀を忘れない、武を重んじる『武人』だ。

 そして寿命は、約千年にもなる。

 長寿な所為もあって、成長速度も独特だった。

 鬼人は他種族と同じく子供の頃は普通に成長するが、男なら声変わり、女なら月経の時点で、成長速度が著しく遅くなるのだ。

 簡単に言うと、『人間』の年齢で換算すれば『十年に一歳』の割り合いで老いていく。だから見た目と年齢の判別が最も難しい。

 かくいう世羅も、鬼人の一人だ。

 世羅もつい最近、初潮が始まり、めでたく大人の仲間入りをした。彼女が二十代の大人の見た目になるのはおおよそで六十年後だ。

 しかし世羅は、正面から見ると狐面の所為で、猫のような瞳も、角も隠れていて一見すると鬼人とは分からない。

「そこの狐面のガキ! てめぇが檜皮世羅か!」

 その時、前方から刺すような殺気と怒声を浴びせられ、世羅が立ち止まる。

「はぁ……」

 別の意味で再度ため息を吐き、僅かに顔を上げると、男が立ちはだかる。

 大人の足で五歩ほど開けたところに刀を腰に差した男が睥睨していた。

 背丈はかなり高く、筋骨隆々で、頭には太く鋭い角が二本。三白眼の瞳は、子供へ向けるには不謹慎なほど殺意を漲らせていた。

 世羅は身長差があり過ぎる男を見上げる。これでも世羅は人間の同年代ならば頭一つ抜けるぐらいの身長があるが、大人と向かい合えばまるで巨木を見上げるような気分だ。

 その時、彼女の狭い視界の端に、半透明の人物が見えた。

 ちょうど男の斜め後ろだ。四十代ほどの女性のようで、黄色い着物を着て、男を情けなさそうに見つめている。

 確認した世羅が口を開く。

「……確かに私が世羅ですが」

「ならば神器使い世羅! 決闘を申し込む! 我が名は……!」


「名乗るな!」


 突然、世羅が凛とした声で怒鳴りつけた。

 物静かそうな雰囲気かつ、子供と思っていたため、男が虚を突かれて口を閉じる。

 行きかう人々の中には遠巻きに立ち止まり、様子を窺い始める者が出始めた。

 男が一瞬静かになると、すぐさま世羅が話しかける。

「どこで聞いたか知りませんが、私は子供ですから、私に勝っても、貴方にとって不名誉でしかありません。大人げないと一蹴されるだけですよ」

 慣れた様子で訥々と諭す少女に、男が口元を引き()らせた。

 武士にとって戦闘前の口上、名乗り合う事は礼儀である。それを止められるのは武人の誇りを傷付けられるのも同義。その上で子供の分際で大人を諭すのもはなはだ無礼かつ屈辱だった。

 遠巻きの人々は増え、野次馬からは失笑も聞こえる。

「今なら間に合いますからそのまま引き返してください」

 世羅の忠告は、むしろ男への挑発と怒りを煽るには十分だった。

 何せ……呼び止めた時点でもうとっくに武士として引き返せはしない。

 彼の体からごうっ、と音を立てて炎があがった。

「ふざけるなよ……! 神器使(じんきつか)いを子供扱いするつもりもない! 怖いなら大人しく神器を寄越して子供らしくしていろっ!」

 緋色の炎が男の怒りを体現するように激しく燃え上がる。

 その炎が男の腕へ集中すると、細長く伸びて棒状になり、先端は刃へと変化し、炎の槍が彼の手の中に納まった。

 種族ごとに特殊能力があるが、その源は共通で、名を『魔力』という。

 しかし、コクヨウ帝国ではこの力は『霊力』と呼称されているので、ここでは霊力で統一する。

 この力には、風や土といった多種の属性があり、あらゆる物に宿り、空気中にすら混ざり合っているありふれた力の源として知られている。

 そして、鬼人が宿す霊力の属性が『火』であり、特殊能力は『形状変化(けいじょうへんか)』。

 つまり「火の形を変える力」を持つ。身体能力も相まって、四種族最強の殺傷能力を誇っていた。

 彼らはコレを『鬼火(おにび)』と呼び、その形によって武術を学ぶのが基本となっていた。

 鬼火の形状変化は変幻自在というわけではなく、個々に一つの形を持つのも特徴だ。大きく分けて二種類があり、武器や道具に変化させる静の型と、動物などある程度意思を持って動く、動の型に分けられる。

 どうやら目前の男は『槍の鬼火』だったようで、世羅の狐面の鼻先に炎の槍が突き付けられた。

 灼熱の風が彼女の髪と裾を煽り、さすがの野次馬もどよめきが起こる。

 火は平気でも、武器化して物理攻撃にもなっているため、斬られるし、刺さりもする。

 周囲に不安が広がる中、世羅は怯えもせずに微動だにしていない。

 面で表情は分からないが、全く怖がっていない事は明白で、男の方が背中にひやりとした悪寒がした。

 彼のわずかな動揺に世羅は慌てもせずに嘆息した。

「…………さては私の神器の能力も把握せずに来ましたね?」

 完全に呆れを含んだ声音に、男は動揺を隠して必死に怒鳴る。

「神器は神器だろうが! 所持しているだけで十分強力な兵器を子供が持ってていいとでも思ってるのか!? とっとと寄越せって言ってるんだ!」

 鬼人の間には、鬼人と異形の化け物に関する神話が伝わっている。

 その神話によれば、人間や亜人を創った神は個々にいたという。

 そのうちの一柱である戦闘と鍛冶を司る神が、鬼人を創造した。今なお、『武神』として信仰されている神だ。

 彼は鬼人創造の後に、別の神といざこざを起こしてしまった。

 戦闘を余儀なくされた彼は、自分の武器を創ることにし、天変地異すら引き起こす強力な【神器】を創り上げる。

 しかし神は完成した神器が気に入らず、納得がいくまで何本も、何本も、何本も創っていった。

 結果、百本目にして最高の神器を完成させた彼は、いざこざを起こした神を制し、他の神の仲裁もあってようやく和解したという。

 その後、武神は今まで創った神器をそのまま使わないのも勿体ないと思い、鬼人達に恩寵として授けようと思いつく。

 だが、強大な力を無償で与えるわけはない。

 神の試練として、神器には異形の肉体と意思を与え、それらを地上へと解き放ったのだ。

 それ以来、鬼人はツクモを倒し、あるいは認めさせる事で、核たる神器を得る事が出来るようになったのだ。

 いつしかその『九十九体の化け物』は、数を読み換えて〝ツクモ〟と呼ばれ、彼ら自身も名乗るようになる。

 ――という伝承があるが、真実は定かではない。ただ、従来の生物とは違う異形が存在し、ソレが強力な能力を持つ武器に変化こと、そして武器が本当に『九十九個』存在するのは事実だ。

 男の殺気にも怒鳴り声にも鬼火にも怯まない世羅が淡々と告げる。

「私が持つ神器の能力は『火耐性(ひたいせい)』。おじさんが元から持ってるものです」

「……は? 火耐性?」

 聞いた彼がさすがに呆けた声を上げ、フッと炎の槍も掻き消える。

 世羅は片手を軽く上げて、ひらひらと袖を振って見せた。

「そうですよ。しかも衣服型の神器で、今来ている着物がそうです。もしおじさんにあげたら私は素っ裸で帰らされることになります」

「な……そっ……そんな役に立たない神器持っててどうする!」

「いえ、私には必要なんです。私は完全に霊力がありません。火は、私にとって脅威なんです」

「は……?」

 男が訳が分からないと眉を(ひそ)めると、世羅は片手を頭の後ろに回して紐を解き、自分の面に手をかけ、ゆっくりと外した。

 その顔を見た彼は、思わずたじろいてしまった。

 顔立ちは当然だが幼さがあり、頭部には小さな白い角が二本、二重の瞳は月光を封じたような美しい金色で、子供らしからぬ落ち着いた光を宿している。鼻は小さく低く、唇は薄くて淡い桃色をしており、顔全体も整って愛らしいが、それすら掻き消すモノが彼女の顔にはあった。

 それは、左の額から頬のかけ、左目の上に痛々しく赤く歪んだ痕。

 火傷の痕だった。

 ほぼ世羅の事を調べてないのだから、当然だが男は素性も全く知らない。しかしこの町では醜聞としてその素性も知れ渡っている。



 他種族にも言えることだが、宿している属性に関する『耐性』を持ち合わせている。

 鬼人であれば、耐性がなければ炎を発した体が炭化してしまうということだ。これはもはや『体質』として扱われているもの。

 彼らの場合は『火耐性』と呼ばれる発火しても体が燃えることも熱くもなく、衣服も道具も燃やすか燃やさないか選ぶ事が出来る能力だった。

 とはいえ能力は万能ではなく、鬼人でも火傷をする場合はある。

 火耐性は霊力の強さによって、炎熱を防ぐ『温度』が違ってくるのだ。極端な例えをするならば、霊力の強い最強の武人ともなれば溶岩だろうと温泉に浸かっているように浴びても平気だが、これが一般の鬼人なら重度の火傷で激痛に苛まれることになる。

 要するに、火耐性があっても霊力が弱い者ほど火傷しやすい。

 一般人でも武術を嗜むほど戦いが日常な鬼人にとって、少しでも火傷があれば、弱い霊力しかない弱者、恥ずべき傷であり、敗者の証。

 鬼人にとって『火傷』は差別の対象なのだ。

 しかも『霊力が弱い』ならまだしも、世羅は完全に無い。

 そうと分かったのは、生まれた直後だった。

 鬼人の赤子は生まれた瞬間から、産声と共に炎を発して誕生する。それこそが元気な証とされている。それが、彼女は泣くだけで、火の粉すら出さなかった。

 立ち会った産婆や医者はそれでも問題ないと思っていた。

 生まれたての時に、火を出さない赤子もいるのだ。そういった場合は、ほんの少しの火を、霊力が溜まりやすい角や頭部付近に近づけてやれば、ロウソクの火を新しいロウソクに付けてやるように、体が発火して、火を使うようになる。

 その時も産婆が手に火を灯して彼女の左の顔に触れた。

 ジュッ!

 刹那、肉の焼ける嫌な音を立て、彼女の顔は赤く焼け爛れた。

 ここでようやく医者たちが慌てふためくこととなったのだ。

 すぐに霊力を感じ取る事が得意な者が呼ばれ、霊力の有無を調べたが、先天的に霊力を持たない事が分かり、大騒ぎになった。

 同時に、呪いも疑った医者は、近隣の寺の住職を呼ぶことにした。

 その住職というのが武芸に秀で、さらに特殊な術を使いこなす怪異の専門家だった。怪異の相談や解決、怪異の所為で普通の生活が送れない子供も預かって育てる人物で、周囲からも信頼されているのだ。

 数日後、やって来た住職は居間で親子三人の向かい側に端座していた。

 二十代後半から三十代ほどに見える男性で、端正な顔立ちをしていた。住職らしく法衣を纏っているものの、剃髪(ていはつ)はしておらず、白髪の長い髪を首筋で紐で結んでいるだけだ。角は額に一本。鼻筋も通っていて、切れ長の瞳は陽光に透かした若葉のような緑色。薄い唇は朱色で、微笑しているように見える。誰もが気を許すような穏やかな雰囲気を纏っている人物だった。

 名は、白露(ハクロ)というらしい。

 二百年以上前からこの土地に住んでいるはずなのだが、見た目が全く変わっていないという鬼人の中でも奇妙な話しがある住職だ。

 噂では彼の得意な特殊な術によって、若さを保っているのでは、と云われているが、真相は定かではない。

「お話はあらかた聞いております。霊力を宿していない子が生まれたから、呪われていないか調べてほしい、という話でしたな」

「は、はい」

 ゆったりとした口調で話しかけた白露は、緑の瞳で世羅を一瞥する。

 母の腕の中にいる世羅は、白い布でくるまれていた。

 顔の半分を覆う包帯で痛々しいが、数日が経って痛みも引いているようで、ウトウトと瞼が重そうだ。

「ではさっそくですが、一つ術を使わせてください。それで色々と分かるはずです」

 白露はそう言うと、黒い袖から複雑な模様が描かれた長方形の紙を一枚取り出した。

 夫婦はソレが何なのか、住職が何を得意としているかは知っていた。

 あれは、霊符と呼ばれるお札だ。

 彼が使うのは『符術(ふじゅつ)』。ツクモに対抗するために編み出された術や技の一つだ。

 一定の模様や文字を紙に書いて霊力を付与し、詠唱で発動させ、様々な現象を引き起こす。この帝国でも面妖とされ、才能がなければ使うこともできない術だ。

 どんな術があるかなど、詳しい事は夫婦にはさっぱりだが、怪異解決においてこの辺りで彼の右に出る者はいないと言わしめているのだから、黙って見守るしかなかった。

 白露は霊符を口元へ近づけると、何事か呟き、フッと紙へ息を吐きかけた。彼の手から離れた霊符は、ひらりと空を舞ったかと思うと掻き消える。

 驚く夫婦だったが、白露が微動だにしないため、固唾を呑んで何が起きるか見守ることしか出来ない。

 すると、夢の中へ船をこぎ始めていた世羅が右目を開け、視線をさ迷わせると、なぜか虚空へ小さな腕を伸ばした。そしてきゃっきゃっと笑って両手を振り始めた。それはまるで何かを掴もうとしているような仕草だった。

 さらに見ていると、彼女の手の周りで小さな金色の火花がいくつも散った。

 そして小さな紅葉のような手で何か握る仕草をする。

 すると彼女の手に、紙で複雑に折られた小さな蝶が握られていたのだ。

「え」

 娘の様子を見下ろしていた母親が絶句すると、そこまで見ていた白露は緑の瞳を剣呑に細め、すぐに重々しく頷いた。

「なるほど……」

「な、何か分かったんですか?」

 彼の言葉に父親が即座に反応した。

「ええ。ご心配なく、お子さんは呪われてはおりませんな。本当に体質ですよ」

「え? で、でも、こんなことってあるんですか? 霊力が全然無いなんて……周りの人も、呪いだって……」

 母親の声はか細く、最後の方は本当に消え入りそうなほどだった。父親もそんな彼女の肩を抱いて寄り添っている。

 人の性なのか、その体質の『原因』を噂し合い、あっという間に広まっていた。その全てが、世羅の親が原因ではないか、というものだった。

 曰く、両親が何かツクモの怒りを買うようなことをした。

 曰く、両親の先祖がツクモと契約しており、それが子供の代で代償を支払わされた。

 曰く、両親がどこかの術師に悪さをして、恨まれて呪いを受けていた。

 などなど、似たような噂が絶えなかった。

 白露が来る日まで、父親も直に質問までされていて、耐え切れなくなっていた。

 夫婦の様子を見た白露は念を押して断言した。

「ふむ……実はお二人の先祖の誰かが呪われてでもいたのかと思って、術で辿ってもみたのですがね。何もありませんね。その子は、本当に、霊力が無いという体質なだけです」

「し、しかし……」

「ああ、帰りに周りの民家に言って回っておきます。彼女と接する時の注意点と一緒にね。みなさん噂好きのようですから、すぐ広まるでしょう」

「は、はい。ありがとうございます」

 白露の配慮に父親が深々と頭を下げる。申し訳ない気持ちもあるが、信頼の厚い彼の言う事なら誰でも信じてくれるだろうし、そうして貰えると大変助かる。

 白露は紙の蝶々を口にくわえて涎だらけにしている赤子に気付き、指を自分へ向けて軽く引く。それだけで紙の蝶は紅葉のような手から脱出し、まるで本物のように手元まで戻って来る。

 彼は涎だらけのそれを別の紙で包んで袖に仕舞うと、夫婦に話しかけた。

「ただですね、他の能力が発現してしまっています」

「え? の、能力? なんですか……? 良くない事なんですか?」

 父親は嫌な予感がよぎってぎこちなく聞くと、白露は暗澹と眉を下げた。

「彼女は『見鬼』です」

「けんき?」

 母親が反芻(はんすう)し、夫と一緒に顔を見合わせると、白露が続ける。

「目に見えない存在……幽霊や姿を消しているツクモや眷属の姿を『()る』ことが出来る鬼人の事を言います。見鬼は鬼人の中でも一握りしかいません」

「ゆ、幽霊が見えるんですか?」

「ええ。今、見せた蝶なのですが、姿を消す術を使っていました。それとは別に霊力で蝶の形をさせたのを数匹飛ばしていたのですがね。普通はお二人のように気付かないのですが、その子は霊力の蝶にも触れて消してましたし、紙の蝶も掴みました」

「そ、そんなことをしてたのですか」

 白露の言っている現象が見えていなかった父親は目を丸くして我が子を見る。

「鬼人ならいつでも発現しうる能力ではあるのですが、生まれつきは珍しいんです。符術師や神職などの特殊な職の者が長い鍛錬で発現させるか、術で無理矢理視えるようにするような能力です」

「ど、どうしてそんなことに……」

 父親の最もな意見に白露は訥々と説明する。

「人というのは何か欠ければ他の何かで補おうとするものです。例えば、目が見えなければ、耳や鼻が鋭敏になり、肌で空気の流れを感じ取って周囲を知覚するようになる。彼女もまた同じです」

「えっと……この子の場合は……?」

「彼女は、霊気感知能力が非常に高いんです。あ、霊気というのは属性の無い大気中に散らばっている『霊力の源』と思ってください。霊力が全くないからこそ、その霊気を感じ取って生き残ろうとしたんでしょう。その弊害で見鬼に目覚めてしまっています」

「そ、それって、何か役に立つんですか?」

 母親も不安にかられて詰問すると白露は頷いた。

「霊力とは全てに宿り、霊気も風と同じく流れがあって常に動いています。霊気が障害物で反射して、それを形となって感じ取れますから……」

「え、えっと……?」

「あー、さきほどの盲目の人の例えと同じです。暗闇の中で障害物にぶつからず、普通に生活できます。修行すれば、相手の体内の霊力の流れで動きを先読みできるし、霊気を操って霊符への付与も、術を使うこともできるでしょう。火が弱点なのは変わりませんが、『危機回避』という意味なら長けてるはずです」

 白露の説明に夫婦が我が子の才能に顔を見合わせるが、その表情は曇ったままだ。霊力が無い理由を聞きたかっただけなのに、まさかそれとは別に特殊な力を持っているなど思ってもみなかったのだろうから当然だろう。

 白露は気まずそうに続ける。

「話を戻しますが、その『見鬼』というのも悪い一面がありまして」

「ど、どのような……?」

「見鬼の力が強すぎると視えているモノが、生者か死者か、分からない場合があります。つまり、気付かずに自分から怪異に遭う事が多いということです」

 その言葉に夫婦は危機的状況なのだと理解して、血の気を引かせて顔を強張らせる。

「しかも今が一番危険です。知識もなく無垢なままナニカを視線で追って、『視えている』と()()()に気付かれれば、何をしてくるか分かりませんから……」

「そ、そんな……守る方法は?」

「私が術で見鬼を封じることもできますが、それでは感知能力を失い、危険予知すらできなくなる……火が身近に溢れる中だと、むしろそちらの方が危ないでしょう」

「そんな、それじゃあ、どうすれば……」

「……言い辛いですが、怪異が起きてもそれを対処できる人が傍にいるしかありません」

 最善策を提示した白露の言いたいことを汲んで、夫婦が身を固くする。

 つまり、最も怪異に精通していて、かつ対処も出来る者……身近だと白露に預けるしかないと。寺で問題を抱える子供達を育てた経験者なのだから、彼が打ってつけだ。

 白露は苦々しい顔をして二人を見つめる。

 生まれたての赤子を預かると自分から言うのを憚って遠回しに伝えたが、初めての我が子をいきなり手放せる親などそうそういない。

 部屋に耳が痛くなるほどの静寂が訪れるが、それを破ったのは父親だった。

 彼は涙目になって、ゆっくりと平伏した。

「こんなお願い出来るのは貴方しかいません。この子を貴方の寺で預かっていただけませんか。お願いします。どうか、この子を守ってやってください」

「――……」

 まるで誘導しているような形になり、白露は押し黙ったままだ。

「私からも、お願いします……。私達では、きっと、守れません……」

 母親も今にも泣きそうな声で頭を下げた。

 居間に耳が痛くなるほどの静寂が訪れ、その少し後にすすり泣く母親の声が響く。

 黙って二人を見据えていた白露は、さらに数瞬二人が顔を上げないのを見て、ゆっくりと口を開いた。

「その決断で後悔しませんね?」

「…………はい」

 長い逡巡の末の父親の振り絞る声を聞き、白露は膝立ちになって二人へ近づいた。

 そして目の前で再び正座をする。

「この子に名は?」

「いえ、まだ……」

「では付けてあげてください。ご両親からの最初の贈り物は名なのですから」

 二人は顔を上げ、泣き濡れた顔で我が子を見下ろした。

 父親が我が子の頬をソッと撫でる。

「色んな名前を考えていたんですが、やはりこの子にはこの名前を……」

 彼の口から名と、その名に込めた意味を聞き、白露は鷹揚に頷く。

「分かりました。しかし、その『名前』は私とお二人以外に知られてはいけません」

「ど、どういうことでしょうか」

「彼女はこれから数多の怪異に遭うでしょう。その化け物達は魂を縛り、操る術を持つ者も多い。その縛り方は魂と結びついた『真の名前』を呼ぶこと……つまり決して今の名前を呼んだり、誰かに言ってはいけません」

「そ、そんな……」

「ですから、私のような怪異に関わる者は本名とは別に名を付けます。武家もツクモとの戦いのために『字』を付けたり、あだ名で呼んだりして防ぐんです。……ですので、私からも普段呼ぶための名を授けましょう」

 白露は目を閉じてしばし考えてから、瞼を開けて彼女を見下ろす。

「では、私からは真名に込められた意味に加えさせてもらって……これから修羅の世界でも遥か彼方まで長生きできますように……偽名は『世羅』としましょう」

 こうして世羅は親元から離れ、寺で暮らすこととなったのだ。



 結局、両親は子供を手放した事で誹謗中傷が酷くなり、しばらくして引っ越した後は、行方が分からなくなってしまった。世羅は、親の顔も知らないのだ。

 そのことも含めての醜聞。しかも鬼人にとっても聞いたことがないような極端な事例な上、彼女の場合は普通の火ですら命に係わる。

 この町では既に、『世羅の前で火は使わない』という話は周知されている。しかもよりにもよって顔に火傷がある所為で、事情を知っていても顔を顰めてしまう者が多い。

 なるべく顔に出さないようにしていても、子供は過敏であり、いつの間にかお面をつけるようになっていた。

 逆に面が良い目印でもあるため、住民は注意しやすくなってはいるが。

「母ちゃん、アレなぁに?」

 野次馬に混じっていた子供が世羅の傷を指さして親に訊ねる声がする。

 知識のない子供にとって火傷を見ることもないから、当たり前の質問だが、大人である彼らは空気の読めなさに苦虫を噛み潰したような顔をした。

 母親は口元を引き攣らせ、気まずそうに子供を諭す。

「えっと……後で教えてあげるからね。人に指を指しちゃ駄目よ?」

 無垢な子供の発言を聞き流し、世羅が再び面を付けて後頭部で紐を結びながら言う。

「御覧の通りです。幸運なことに、神器を得た者は霊力に関係なくその力を使えますから、私はこの服がなければ道も歩けません」

「ぐ……」

 戦意喪失した男を見上げ、世羅はついでとばかりに教える。

「それに私の神器使いの称号は戦闘能力皆無のため〈最弱〉といいます」

「称号については領地の沽券に関わるから、変えてほしいんだけど」

 野次馬が茶々を入れ、周りも大きく頷いた。

 ついでに言うと、称号とは神器使いや功績を立てた者、重要な役職の者などが国から与えられる異名のことだ。称号の付け方も様々で、国で代々使われている称号を皇帝から授与されるもの、さらに調査による周辺での通り名からの名付けられたり、本人が申請したものなどなど、多岐にわたる。

 彼女の場合は、申請。

 しかもしっかりした理由もある。武を重んじる鬼人は、弱者と分かれば手を出さないからだ。弱いと名乗っているのに挑むということは、非難される的になるわけだから、手を出すわけがない。

 国はもちろんこの蔑称に等しい称号に渋ったが、理由を聞き、子供であることや、体質のこと、神器の事情からも加味され、『自衛になる』ということで採用された。

 しかし時折この目の前の男のように、己の名誉や周囲からの非難も無視して挑む者も現れる。

 世羅は咳払いをして話を戻す。

「私と戦って勝ったとて、『火耐性』の神器なんて持っていても笑われますよ」

「う、ぐぅ……」

 すると最初から見ていたらしい野次馬から再び声がかかる。

「おい、あんちゃん、今のうちに立ち去っとけ。名乗ってないんだから恥じにはならんて」

 その指摘に、男はやっと世羅が名乗らせなかった意味を悟った。

 武士として名乗りを上げていたら、嫌でも噂が立ち、罵倒の的になっていただろう。将来どこかに士官しようとしても、その話は必ずどこかで入手され、追い返されて就職などできなくなる。

 それを配慮して、世羅は最初の名乗りを遮ったのだ。

 男が視線だけで野次馬を見れば、全員が生温い視線を彼に向け、『大人げない事をするな』と無言の圧力をかけていた。

 本当は、大人げない事をしていると、彼も分かっている。

 しかし、彼にも引けない理由がある。

 それは女手一つで育ててくれた死んだ母の墓前で、己の力で名声を勝ち取ったと報告するため。そして今まで自分と母を住み込みで働かせてくれた武家の当主への恩返しのためでもあった。

 そのためなら、神器を宝の持ち腐れにしている子供から奪い取っても、白い目で見られようとも構わない。いずれは、神器使いとして名を馳せて払拭すれば……。

 思考を巡らせている間に、世羅が嘆息した。

「しょうがないですねぇ……」

 そうして男からわずかに視線を逸らし、彼の斜め後ろの半透明の女性に声をかけた。彼女はいつの間にかすすり泣いている。

「そこの、後ろで泣かれてる方。黄色の着物の……そう、あなたのことです。視えてますから、何か伝えたいことがありましたらお伝えしますよ」

「は?」

 唐突な世羅の発言に訳も分からず男が怪訝な顔をし、振り返るが、同じく奇妙な表情をしている野次馬だけで、黄色い着物を着ている者も、泣いている者もいない。

 彼女は気にすることなく呼吸を二回数えるほどの間を開け、不意に彼へ話しかける。

「…………秋坊さん」

「っ!?」

 その名に、男がギョッと目を剥く。

 名乗りもさせてもらえず、初対面であるはずなのに、なぜこの少女は母しか呼ばないあだ名を知っている。

「なん……なんで、そのあだ名……」

「二年前に亡くなった御母堂が守護霊で、ずっとあなたと一緒にいるんですよ」

 唐突な発言に男は思わず周囲を見渡すが、懐かしい姿はない。しかもそれが本当なのなら、母が泣いていたということになる。

 世羅が嘆息した。

「子供相手に怒鳴って鬼火まで向けてなんて情けないのか、と泣かれておられます。神器を得てご当主様に認めて貰おうと屋敷から飛び出してから、ご当主様は心配で心配でずっと探してるから、早く戻れと」

「……!」

 驚き過ぎたのか、彼はふらふらと数歩下がり、その場で尻餅をついた。

 その間に追加で何か聞いたのか、世羅は何度か首肯する。

「ふむふむ……。ご当主様の奥方が懐妊されていることはご存知で?」

「え……」

「ご当主様はその子の護衛をあなたに任せたいと思っておられるそうです。早く故郷に戻らないと、奥方の出産に立ち会えませんよ」

「そ、そんなデタラメ……」

「御母堂しか使っていなかったあだ名を言っても信じられませんか? お屋敷に戻って確認してくるだけでも問題ないはずですよ。私は逃げも隠れもしません。間違っていたのなら戻って来てください。今度は正々堂々勝負しましょう。町の外れで『怪異相談所・不可思議』という店をやってますので、いつでもどうぞ」

 訥々と告げる世羅の追い打ちに、男は数拍の間動かなかったが、やがて這うように立ち上がり、彼女に背を向けて野次馬を押しのけて走り去っていく。

 世羅が何もない場所へ視線を巡らせると、半透明の女性が頭を深々と下げて霧散する。

 溜め息を吐くと散開していく野次馬の中から指摘の声が聞こえた。

「わざわざ面を外したり神器の説明しなくても、最初からそういうこと言って脅せばよかったじゃん」

「あるいは領主様の名前出しなよ。あんた、専属符術師の家臣様なんだからさぁ」

 大人達の助言に世羅は遠い目をする。

 確かにその通りで、彼女は自覚は薄いが、本来は一般人なら平伏せねばならない立場にあるのだ。

 たった六歳で『ツクモ』を倒し、その核となっている『神器』を獲得して国に登録されている史上最年少神器使い。

 さらに八歳で、住職と一緒に数々の怪異を解決し、すでに一人でも平気だと太鼓判を押されて、寺に傍の家を借り、『怪異相談所』なる店までやっている。

 十歳になる頃には、メノウ領領主である刈安家の専属符術師にも就任しているのだ。

 それだけの地位にいても、彼女は驕らず無闇に名乗ろうとしない。いや、いまだに子供で、名乗るべき時の『作法』が理解できていないのだ。さらに言うと、忌避されている事を十分に分かっているため、目立ちたくないことが災いして、作法を無視した行動をとってしまう。

「……次からはそうします」

 食い下がってきた男を思い出し、世羅は嘆息した時、上空に影が横切った。

 カァー!

 鴉の声がし、世羅が振り仰ぐと、青い空を旋回して彼女の前に着地する。

「世羅様、怪異が起きました」

 唐突に鴉が澄んだ女性の声を発すると、面の奥で剣呑に目を細める。

「おとう……住職様は?」

「出かけておられます。怪異は子供に起きているので、急ぎお戻りください」

「分かった。じゃあ急ごうか」

 世羅は懐から札を取り出して小さく呟くと、ポンと小さな白い鼠に姿が変わる。

「頼むよ、忠太」

「合点承知」

 忠太と呼ばれた鼠が少年のような声を上げると、その刹那、世羅の姿が掻き消え、中空に小さな鼠だけが残って着地する。

 これは忠太の能力だ。無尽蔵に同じ鼠を増やす増殖能力と、その増えた鼠同士の場所を入れ替える転移能力を持つ。後者の応用で、一匹に触れていると能力に巻き込まれる形で一緒に移動が出来る。今のは世羅の家に置いていた鼠と入れ替えたのだ。だから、家にいた鼠がその場に残ったのである。

 役目を終えた鼠はまだ地面にいる鴉へと駆け寄ってその背に乗ると、待っていたかのように鴉が飛翔する。

 野次馬でほんの少し残っていた人たちは鴉を見上げて目を据わらせた。

「今の見せて脅してもよかったのにねぇ」

「本当に……もっと怖がらせていいんだって説明しとかなきゃな」

 先ほど逃げ出した男を思い出し、人々は生温い表情を浮かべるのだった。


*  *  *


 メノウ領の中心地である町の中央に天守閣を有した城がある。

 他の領地の城と同じように、敵の侵入を防ぐために城の周囲は水堀があり、町へ向かって緩やかに川が流れていた。

 さらにその周囲を家臣達が住まう武家屋敷が建ち並ぶ。この光景もまたどこの領地でも似たようなものだろう。そこから町の治安を守る『メノウ守護部隊』の武士達の組屋敷、そこからは商店が並び、最後に領民が暮らす家屋が広がっている。

 そんな中、北東側の町はかなり荒れている。

 手つかずの森や山が鬱蒼と広がって人の立ち入りを拒んでいる上に、ツクモや眷属達のほとんどがそこを通って町に侵入してくるからだった。

 その町はずれの人通りもまばらな場所に、小さな寺がぽつんと建っていた。

 小さいと言っても荒れているわけではなく、きちんと掃除も行き届いていて、設備も必要なものは揃っている。

 簡素な門は閉ざされて今は入れないようになっているのは、住職が留守にしているためなのだと分かる。

 その道を挟んだ向かい側は木造の小さな家屋が立ち並んでいた。とは言っても、化け物が多い所為でほとんどが空き家だ。手入れもされていないため、寂れて破損している家が多かった。

 そんな荒れた場所だが、寺のちょうど向かい側の小さな家だけは小綺麗で人が住んでいると分かる。その家の玄関先に、看板が立てかけられた。

 『怪異相談所・不可思議』。

 達筆な字で書かれたそれは、店であることを示していた。

 店名の由来は、称号に不満があった市民達が勝手につけた世羅のあだ名だ。

 霊力もなく、顔には火傷、不幸な生い立ちの憐れな子。

 しかし大気の霊力を操って符術を使いこなし、弱いはずなのにツクモも倒し、常識では不可能だと断じられている事を、全て覆す不思議な子供。

 『不可能を可能にする不思議な子』……掛け合わせて、〈不可思議〉。

 このあだ名を育ての親の住職・白露が気に入って、店の名前にしてしまった。

 世羅は店名など無頓着なのでそのまま決定してしまったというわけだった。

 本来ならば、領主の家臣が住むべきは武家屋敷だし、拝領もすると言われたが、彼女自身が断ったのだ。

 理由も単純明快で、他の大人達に遠慮してのことだ。

 領主に謁見し、専属符術師になった時に控えていた家臣達も、住民たちのように偏見の視線は変わらなかった。

 顔に火傷があり、霊力もなく、水の術で戦う卑怯者。そんな子供と一緒に仕事がしたい大人などいるはずもなく、領主の傍にいるだけで、主人自身が中傷の的ともなってしまう。

 そのため、前代未聞の我が儘で週に一度だけの出仕かつ、『事件』があった時にのみ呼び出しを受けるという形で、『専属符術師』を引き受けたのだった。

 その小さな家の玄関に、世羅が瞬時に姿を現した。

 まず家の中から、子供のけたたましい泣き声が耳に付いた。

「うあああああん! いたいよぉ! うあああん!」

 すぐに入ると、泣きじゃくる少年を抱きかかえた女性が、青ざめた顔で必死にあやしていた。

「もう少しだから我慢して……ああ!」

 戸の音ですかさず気付いた女性が世羅へ駆け寄る。

「世羅ちゃん! 世羅ちゃーん! お願い助けて!」

 女性は商店街の一角にある呉服問屋の若女将で、五年前に男子を生み、店の経営も上手くいっていて今まさに幸せの絶頂な方だった。しかも周囲と違って偏見もなく、世羅の体質も力も気にせず接してくれる心の広い女性でもあった。

 大人が小さな子供に頼っている姿は滑稽だ。

 だが、この町では奇妙な事が起きれば、まず符術を教えてくれた住職か、世羅を頼る。

 というのも、怪異が起きても領主達はすぐには動かない。いや、動けないのだ。

 まず、本当に怪異かどうか調査が行われ、正式に怪異だと断定されてから、やっと領主が抱える正規の符術師部隊が派遣される。これは国の法律のため、領主も従わなければならないのだった。

 命がかかっている事態だったら、絶対に間に合わない。

 だから、急を有する事態では、即座に動いてくれる住職か世羅が頼みの綱になる。他の領地にも、我流で学んだ者や政治を疎んだ『無所属』の術師は至る所にいて、彼女のような商売をしているのだ。

「落ち着いて、まず事情の説明をお願いします」

「う、うぅ……そ、そうよね。これ見てちょうだい」

 若女将は涙と鼻水で顔を真っ赤にして泣きじゃくる少年の右腕をソッと手に取って袖をめくりあげる。

 その小さな腕には四つの小さな穴……ナニかの噛み傷があり、少し血が滲んでいた。それを中心に赤黒く腫れていて、さらに赤黒くなっている周辺は青い鱗のような痣が、今もじわじわと広がっていた。

「あの、傷だらけで骨も剥き出しのボロボロの蛇が、家に入って来て……この子の腕に噛みついたの……! しかも急に縮んで、噛んだ傷からするっと腕の中に入ったのよ! そしたらこの痣が出て来て……い、言っても信じて貰えないだろうけど……」

「信じますよ」

 錯乱しかけつつも必死に説明する若女将を落ち着かせるように世羅は頷いた。

 そして右手を口元へ添えると人差し指で唇をとんとん、と叩きながら聞き取れないほど小さく呟き始める。

 これは呪文を唱えているのではなく、彼女の癖だ。何か考え事をしている時や、こういう怪異の話を聞いた時に、住職から聞いた話や、書物を読み漁った知識から最善策を考える時、集中しやすいのかよくやっている。

 わずか数秒で世羅は手を降ろし、若女将に訊ねる。

「それいつ頃?」

「噛まれてからすぐ来たけど、四半刻(三十分)ぐらい経つかも……」

「分かった。すぐに追い出さなきゃ」

 世羅はすぐに懐から小さな竹筒と、それに括りつけている筆、そして人の形に切られた紙……『形代』と呼ばれるものを取り出した。

「名前は『良彦』君だったね?」

「ええ! どうすればいい? 何かできることある?」

「今から痛くて暴れると思うからしっかり抱き締めてて。右腕は触らないで」

 世羅は手早く括りつけた筆を取り、竹筒の上部を開け、中に入っている墨で筆先を濡らすと、形代に少年の名前を書きつける。さらにその形代に傷から滲んだ血を付け、泣きじゃくる彼の口元に近づけて呼気も吹き付ける。

 そうしてから形代を誰もいない方へと放って小さく詠唱する。

「偽りの器。その身は盾。その身は贄。災禍を移し退けよ――従式・呪詛転移」

 ひらりと床に落ちた形代が淡く光った刹那、良彦と瓜二つの少年がその場に居た。

 若女将が目を白黒させていると、世羅はさらに二枚の霊符を取り出し、本当の良彦の腕を手に取り、傷より上に一枚の霊符を張り付けると、人差し指と中指を揃えて添えて小さく祝詞を唱え始めた。

 すると良彦の腕がぴん、と伸ばされた。

 今までの比ではない悲鳴が上がり、若女将が右腕以外の我が子の体が暴れないよう必死に抱きすくめる。

「うええええん! いやぁ! 痛い! いたぁい!」

 悲痛な声を上げる良彦の腕に異変が生じる。四つの小さな穴から青黒い液体が溢れ、それがどんどん丸く膨れ上がって行く。その逆に、腕に浮き上がっていた青い鱗の痣が消えていく。彼の腕から押し出されているのだ。

 その間にも痣がすっかり消えると、腕の上には青黒い液体が良彦の頭ほどにまで膨張して浮かんでいた。

 次の瞬間、液体が(うごめ)くと生き物のように伸びあがり、長い体の蛇へと変じる。若女将の言う通り、青い鱗の蛇だったが、ところどころ肉が腐り落ち、骨が剥き出しになっていた。それでも動いている蛇は、ギラギラとした深紅の目を突っ立っている偽の良彦へと向け、口を大きく開いて飛び掛かった。

 蛇が偽の良彦の腕に噛みつくと同時に形代に戻った刹那、待っていた世羅が素早く手に持っていたもう一枚の霊符を放つ。

「引き裂け、『白銀(しろがね)』!」

 黒い霊符が瞬時に、注連縄の首輪をした白い毛並みの狐に変じた。

 白銀と呼ばれた狐は深紅の眼光が炎のように煌めき、形代に噛みついていた蛇の頭部に噛みつくと、ボロボロの胴体を前足で抑えつけて顔を上げるようにして引っ張った。

 ぶちんっ!

 太い紐がちぎれるような音を立て、頭と胴が泣き別れる。

 頭を失った蛇の体は一瞬だけ大きく跳ねると、動かなくなり、黒い煙になると中空でそれすら霧散する。

 白銀は役目を終えると世羅の足元までやって来て頭を垂れ、再び霊符に戻った。

「ご苦労様」

 世羅は霊符を懐へ直し、形代へ近づいて拾い上げた。それには右腕にあたる部分に四つの穴が空き、黒ずんでいる。この紙を良彦の身代わりにし、彼に逃げられたと蛇に勘違いさせて襲わせたのだ。

 世羅は形代も懐へ入れると、親子へ近づいて若女将の肩を叩く。

「もう大丈夫。蛇も出て傷も毒も移したから」

 若女将が顔を上げると、いつの間にか泣き止んでいる少年が、母の腕の中でもぞもぞと動いた。

「かあちゃん、くるしいよぅ……」

 いつもの我が子の声を聞き、見下ろしてみると腕は噛まれた跡すらなく、綺麗になっていた。平気そうな顔をして、鼻をすすりながら見上げる良彦を見て、若女将がボロボロと涙を流す。

「……っ! ああ……よかった……! よかったぁ……! ありがとう……ありがとう、世羅ちゃん……!」

 安堵する若女将に世羅が問いかける。

「ここ数日で蛇を殺したりした?」

「え……? あ、そういえば……この子が目を離した隙に庭に入り込んだ蛇を鬼火で殺しちゃったのよ。この子には夫と一緒に叱って、蛇は庭に埋めたんだけど……まさか、それがいけなかったの?」

「ただの蛇だったら怒って終わりでよかったんだけど、運悪くその蛇がツクモの霊力に影響を受けた奴だったみたい。眷属になりかけの蛇だったってことね」

「そ、そんな……」

「名前はね、〝手負蛇〟っていうの。生きてる時は普通の蛇でなんだけど、死んだら眷属になるの。死んでしばらくたって復活するから体が腐ってボロボロなのが特徴なんだ」

 十四歳とは思えない知識を披露する世羅に若女将が絶句する。

 眷属とはツクモが創り出した下僕、手足となって動く分身のような存在で、これもまた鬼人にとって厄介な存在となっている。

 時には従来の動植物や煙や風などの自然現象、近くにいるだけで影響を受け、強大な霊力を与えられ、眷属に変異する場合もある。今回はこの後者にあたる一件だった。

「今のはなりたてで力がなくて、弱い子供の中で完全に眷属になるつもりだったみたい。あと殺された仕返しね」

「そ、そんな恐ろしい状態だったの……」

「埋まってた所も浄化しよう。瘴気が土に沁み込んで悪いモノが来ちゃうからね。庭に案内して?」

「え、ええ……。本当にありがとうね」

 若女将は感謝し、きちんと代金も払った上で、世羅と一緒に自宅へと向かった。

 その後、世羅の術によって瘴気も浄化され、良彦も怪異にあったとは思えない程元気なった。おまけで浄化の術が他の不浄も祓ったのか、経営もますます上向きになったという。


*  *  *


 ――とまぁ、こんなことが日常茶飯事なわけで。

 え? 解決するのは凄いが、称号が酷いって?

 私もそう思います。

 〈最弱〉なんて酷いったらありゃしません。

 ああ、でも、ご安心ください。

 最近、あの称号は取り消されましてね。皆さんでも知ってる有名な役職名ともなっている称号を皇帝陛下から授与されたんです。もうお分かりの方もおられますが、今は帝都で符術師としてお勤めされてるのです。

 その時にも帝都で起きた怪異をいくつか解決されて、陛下の覚えも良かったのですよ。

 え? その話を聞きたい?

 しかし、特殊な解決の仕方をしたり、お武家様の不祥事もあるので……おや? 許可が降りましたね。

 うん? 誰もいないのにどうして許可が降りたか分かるのかって?

 ふふふ、秘密です。

 では、称号についてもお話の中で明かしましょう。複数の怪異の話にもなりますので、少々長いお話となりますが、しばしご清聴。

 信じるか、信じないかは貴方次第。

 怪異ならなんでも解決――怪異相談所『不可思議』。

 はじまり、はじまり。


いかがだったでしょうか。

長編のつもりで、事前に世界観設定などを入れねばと思って書いていたら、こんな説明文たくさんの文章になってしまいました……。

読みづらい、設定がおかしい等ありましたら、遠慮なくコメントお願いします。

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