06.これは、逃げられない展開?
「しかし、せっかく私の正体がバレたのだから、彼女にも協力してもらったほうがいいのは確かだろう?」
「せっかくって……」
改めて、そんな言葉を軽く口走るライナ様。
もしかして、正体をバラすために、わざと私をこの部屋に誘い込んだわけではないですよね?
思わずそんなことを考えてしまう。
「ちょうどいい。マレーネ、ドレスを着るのを、手伝ってくれないか?」
「ええ……いいですけど」
そういえば、男の身体を晒したままだったライナ様。
「俺がやりますよ」
「いい。おまえはコルセットを締めるのが下手だ。まるでテクニックがない」
「な……っ!? なんですか、その言い方は……これまで男だとバレなかったのは、誰のおかげですか!」
「ドレスを着せるのは、女であるマレーネのほうが上手いだろう?」
「まぁ……確かにそうでしょうけど」
ルート様は少し不服そう。
私だって貴族令嬢で、家では侍女が着替えを手伝ってくれる。
それでも、男であるルート様よりは、慣れているはずだ。
「では、失礼いたします」
「頼むよ、マレーネ」
にこりと可愛く笑うライナ様。
先ほどルート様がしていたように、私がライナ様の後ろに回り、腰のコルセットを締めた。
「やっぱり、マレーネのほうが上手いな。全然痛くない」
「締められる者の気持ちは、わかりますからね」
「さすがだ。ルートも一度、ドレスを着てみろ」
「なぜ俺が……」
私がコルセットを締めていく間も、ライナ様はルート様に軽口を叩く。
二人の仲が本当にいいことは、わかった。
もちろんそれは、恋仲ではなく、友情に近いものなのだろうけど。
……ちょっと残念、なんて思ってないわよ!
「――できましたよ」
「おお、さすがだな」
コルセットを締め、ついでに胸の詰め物も入れ直し、ライナ様の肌を布で綺麗に覆う。
全身鏡の前に立ったライナ様は、再び美しい王女様の姿に戻った。
……やっぱり、このお顔に男の身体は、とても慣れない。違和感がすごかった。
「ライナ様、お美しいですよ」
「……これなら、今夜は持ちそうだな」
「お役に立ててよかったです。それでは、私はこれで失礼いたします」
にこり、と淑女の笑みを浮かべて、さぁこれからどうしようかと考えながら会場に戻ろうと思った、そのとき。
「――待て」
ライナ様に腕を掴まれ、振り返る。
「……はい?」
「先ほども言ったが、私の正体を知る者は限られている」
「はい」
「だからマレーネ、君を私の侍女にする」
「…………はいっ!?」
想像もしていなかった展開に、またまた不敬な声を出してしまう。
「殿下、なにを勝手な……!」
「いいだろう、ルート。私だって、おまえと浮気していると思われるのは、嫌なんだよ」
「しかし彼女は……!」
「侍女、というより、私の側付きになってほしい。着替えは君に頼みたいが……待遇は、うんとよくするから」
「……」
ルート様は反対のようだ。困ったように、言葉を考えている。
いやでも待って。
婚約者の浮気相手だと思っていた王女が実は王子で、しかも突然その人の側付きって……。
「お断りするという選択肢は――」
「ないな。これは命令だ」
「ですよね……」
ライナ様は美しい笑顔を浮かべている。けれどそれは、有無を言わせない口調だった。
男だろうと女だろうと、相手は国王の大切な長子。
お約束の展開とは違った今、この後どうすればいいのか私にはわからない。
ざまぁ展開はなかったし、銀髪のヒーローは現れなかった。
……もしかしてこれ、逃げられない展開?
ここは密室。
婚約者が一緒にいるとはいえ、彼は王女(王子)の護衛騎士。
断ったら、私が消されたりして……?
「……もちろん、お引き受けいたします」
「そうか、よかった!」
こうなった以上、お断りするという選択肢はない。
だったら、この物語の主人公として、この展開を楽しむしかない。
そう。私は漫画の主人公。
どんな展開を選んでも、ハッピーエンドになるだろう(たぶん)。
それならば、〝王女のふりをしている王子の側付き〟なんて美味しい役職……乗らないわけにはいかないわよね!?
本当は二人が浮気しているというBL展開も……可能性がゼロになったわけでは……まぁ、ないか。
「マレーネ、本当にいいのか?」
お断りする道はないとわかっているだろうけれど、ルート様が改めて確認してきた。
「大丈夫です。このままルート様がライナ様の着替えを手伝い続ければ、いずれよからぬ噂が広まってしまいます」
それならルート様の婚約者である私が、ライナ様の侍女としてそばにいれば、誤解はあっという間に解けるだろう。
ライナ様の正体を明かすわけにもいかないし。
「私とライナ様が親しくしているところを周囲に見せれば、変な噂はすぐになくなりますよ」
「マレーネ……」
再び淑女の笑みを浮かべると、ルート様は私の優しさに感動したようだ。
「ありがとう。これまで本当にすまなかった」
「いいえ」
ルート様も、この秘密を抱えているのが辛かったのだろう。ずっと一人で抱えていたのだろう。
それなのに浮気を疑って、しかも「早くざまぁされろ!!」なんて思って、こちらこそごめんなさい。
心の中でだけそう思いながら、私は目の前の真面目な婚約者に微笑む。
「……私の前でいちゃつくのは禁止な」
「いちゃついたわけでは……!」
そんな私たちを見て、ライナ様はつまらなさそうに白い頬を膨らませた。
こうして見ると、本当に美しくて可愛い王女様だわ。




