42.嘘が本当に
その後、あの先輩侍女は王宮勤めを正式に解雇された。
あれだけの騒ぎを起こしたのだから、当然といえば当然の処分だろう。
けれど――。
なんと彼女に、結婚相手が決まったらしい。
なんとめでたい。
しかも相手は、辺境の地に領地を持つ貴族だという。
ずっと、彼女が望んでいたことだ。本当にめでたい!
――かなり年上で、年齢は彼女の倍以上あるそうだけど。
……うん、まぁ、それはそれとして。
でもきっと大丈夫。
年寄りの辺境伯に嫁ぐはずだったのに、実は若くて超絶美形だった、なんて展開、漫画ではよくあるお約束だもの!
……まぁ、本当にそんな奇跡が起きるかどうかはわからないけれど。
とにかく。
しっかりと反省して、今度こそ穏やかに幸せになってほしい。
もう誰かを困らせたり、余計なことを企んだりしない人生を歩んでくれたら、それで十分だ。
「――ありがとう、マレーネ。よくやった」
事情を聞いたライナ様は、私に労いの言葉をかけてくださった。
私が物置にいるとわかったのは、ライナ様から持たされていた、魔導具のペンダントのおかげらしい。
これは通話できるだけではなく、私の居場所までわかるのだとか。
……つまり、追跡機能つき。
GPSみたいな?
すごい。すごいけど……便利すぎて、ちょっと怖い。
思わず首元のペンダントを指でつまみ、じっと見つめる。
でも――。
そのおかげで、ルート様がすぐに来てくれたのだ。
そう思うと、文句は言えない。
今回は、ライナ様はあえて自室で待機していたらしい。
あの侍女と直接顔を合わせていたら、間違いなく事態はもっと大きくなっていただろう。
それを考えると、冷静な判断だったと思う。
……それにしても、セドリック様はどうして私が物置にいるとわかったのかしら?
ルート様は、魔導具のおかげ。
でも、セドリック様は違う。
偶然? 直感?
それともやっぱり、ヒーローチートなの?
本来の物語では、あそこでマレーネ(ヒロイン)とセドリック(正ヒーロー)のイベントが発生していたのかもしれない。
危険→助けられる→好感度爆上がり、みたいな。
……うん、ありそう。
でも今回は、色々とイレギュラーすぎた気もする。
ルート様も来たし、セドリック様とライナ様の結婚宣言は飛び出すし……っていうか、セドリック様が掴んだライナ様の秘密はどうなったの?
闇落ちは? 自分で結婚宣言していたけれど……侍女が暴れたことで、闇落ちを回避できたのかしら?
ともあれ。あの騒動以来、王宮には再び静かな日常が戻った。
廊下には穏やかな光が差し込み。
侍女たちはいつも通り忙しく行き交い。
庭には季節の花が咲き。
食堂からは美味しそうな匂いが漂ってくる。
何も起きない、平和で穏やかな毎日。
――ただひとつ。
あのときセドリック様が言った〝嘘〟が、本当になってしまった。
なんと、ライナ様とセドリック様が、正式に婚約したのだ。
その話を聞いたとき、私は驚いて声も出なかった。
だって、正ヒーローが浮気相手のはずだったライナ様と婚約って……そんな展開あり!?
しかもライナ様は男性だ。
頭の中がこんがらがる。
セドリック様があのときライナ様と結婚すると言ったのは、あの場を収めるための方便だったはずなのに。
今、目の前でライナ様は、まるで当然のことのようにそれを受け入れている。
「本当に、よろしいのですか?」
「ああ。もちろん白い結婚だけどね」
ライナ様の自室で、思わず確認してしまった私に、彼女(彼)は、いつも通りの美しい表情で、静かに答えた。
「いずれ誰かとこうなることは避けられない。だったら事情を呑み込んでくれるあいつがいい」
「なるほど……」
そう言いながらも、ライナ様の視線はどこか遠くを見ているようだった。
不本意では、あるのだろう。
けれど、仕方のないことだと。
ライナ様は、美しい。
結婚したら、相手から〝妻〟としての役目を求められることは避けられない。
血筋を残すことを期待され、身体を見られる機会も出てきてしまう。
つまり、いずれ必ず、男性であることがばれてしまう。
地位があり、秘密を守る度量があり、ライナ様が男であることを知ってなお白い結婚を受け入れ、裏切らない人物。
そんな人間、そういない。
下手をすれば、王族の弱みを握ったと脅すこともできる。
政治的取引に使うこともできる。
最悪、反逆の口実にだってできるのだ。
……まぁ、漫画の世界ではよくあることだけれど。
そして、そういう白い結婚は、必ずと言っていいほど、本物の愛に変わるのがお約束だ。
……もしかして、セドリック様とライナ様も――って、ないない。ないってば!
「まずは婚約で、結婚はまだ先だけどね。これでようやく父上も納得した」
ライナ様は机に肘をつき、どこか肩の力を抜いたように言った。
「セドリック様は……」
「あいつも、私の本当の性別には気づいている。だが、あえてそこには触れないようにしている」
「え」
「余計なことは知りたくないのだろう。まぁ、あいつがそれでいいなら、そのほうがいい」
確かに、知らないほうがいいこともある。
知ってしまえば、責任が生まれる。守秘義務が生まれる。
〝知らなかった〟ということにしておいたほうが、面倒は避けられる。
「それに、あいつには好きな女性がいるようだし?」
そう言って、ライナ様はにやりと笑った。完全に、面白がっている顔だ。
それは、私のことよね?
そう思ったけれど、口には出さなかった。
「あいつなら、間違っても私に手を出してくることはないだろう。それにしても、そこまでするなんて、驚いたよ」
ライナ様は小さく笑った。
もしかしてセドリック様は、私のために――?
「マレーネは、さっさとルートと結婚しといたほうがいいかもね?」
「えっ!?」
唐突に私たちの結婚の話題になって、思わず声が裏返った。
「それって、どういう意味ですか……?」
「さぁ?」
ライナ様ははぐらかすようにクスっと笑って見せたけど。
その目は――笑っていない。
正ヒーローであるセドリック様に婚約者ができたなら、むしろ安心なのでは?
私がセドリック様と結ばれなくても、この世界はうまくいく流れなのでは……?
まるで、何かが起きる前触れみないな……フラグが立つようなこと、言わないでください……!!
この物語は。
本当に、このまま無事にハッピーエンドを迎え、
『いつまでも幸せに暮らしました――』
と、なるのだろうか?
あと二話で完結です!ラストまで一気に、今日中に更新する予定です。
最後までお付き合いいただけると嬉しいです!




