39.ピンチの時に現れる
「ううん、あなたより上がいいわね。私を殿下のメイン侍女にして。それから、セドリック・エーレンベルク様を紹介してちょうだい」
「……は?」
そして今度は、セドリック様の名前が飛び出した。
一瞬、本気で意味がわからない。
「見たわよ。あなたがセドリック様と親しげに話しているところ。でもあなたには婚約者がいるのだから、彼は私にちょうだい」
「ちょうだいって……物じゃないんですから」
あまりの言い方に、呆れの言葉が出た。
本当だったら彼女は、ヒロイン(私)からヒーローを奪おうとする、悪役よね。
テンプレ通りすぎて、逆に感心するレベル。
でも私にはルート様がいるし、紹介するのは全然構わない。けれど、その言い方はどうなの? と思う。
というか、この人本気で、自分の要求が通ると思っているの?
こんな脅しで。
でも、さすがセドリック様。さすが、正ヒーロー。モテるのね。
……って、感心している場合じゃない。問題は、そこじゃない。
この場は一旦、この人の要求を呑むふりをして、ルート様に報告する?
セドリック様を紹介したら、案外本当に秘密を守ってくれたりして――って、そんなにうまくいくはずないでしょう。
だいたい、セドリック様を紹介したからといって、彼と付き合えるわけじゃないんだから。
こういう人は、何をしてくるかわからない。
こんな人をライナ様のそばに置くことなんて、できない。
認めてしまえば、〝秘密〟を利用して、また脅迫してくるに違いない。
「ねぇ、どうするの? 私の要求を呑む?」
私はゆっくりと息を吸った。
顔を上げて、まっすぐ彼女を見つめる。
「お断りします」
そして、はっきりと言った。迷いなく、逃げずに。
「殿下の側付き侍女の任は、あなたが思っているよりも大切なお役目です。個人的な取引でどうこうしていいものでもありません」
その言葉に、彼女の顔が徐々に険しいものへと変わっていく。
それでも私は、続けた。
「それに、ライナ様は女性です。あなたのような方を、殿下のそばに置くことは反対です」
にっこりと笑って告げると、彼女の顔がぴしりと凍る。
「……あんた、自分の立場わかってんの?」
「はい。わかったうえで、お断りしております」
「……っ」
沈黙が、数秒続いた。
そして、拳を握ってぶるぶると震える彼女が、真っ赤になった顔を上げた瞬間。
「何様のつもりよ!?」
叫び声が、物置に響き渡った。
「ちょっと殿下に気に入られているからって! 調子に乗らないでよ!!」
怒りで呼吸が荒い。肩が大きく上下している。
「落ち着いてください――」
「私はね! あんたなんかよりずっと先に仕えていたのよ! ずっと努力してきたの!!」
「はあ」
「それを全部奪っておいて! 偉そうに!! あんたさえいなければ――」
彼女の手が、私に伸びた。
力強く、思い切り突き飛ばされて、身体が後ろに吹き飛ぶ。
「痛……っ」
足がもつれ、身体が傾き、床に思い切り尻餅をついてしまった。
ヒロインでも、痛い思いするんだ……完全に油断した。
確かにちょっと、調子に乗ってしまったかもしれない。
「いいわ……いいわよ……」
それでも尚、彼女は荒い息を吐きながら、私を見下ろしている。
目が血走っている。
……これ、もしかしてまずいかも?
「じゃあ、秘密をばらしてやる! あんたのせいよ! あんたのせいで、殿下の秘密がばれるんだからね!!」
〝ざまぁみろ!〟
そう言って、彼女は高らかに笑った。
「待って……、ライナ様は本当に――」
「あんたは明日の朝まで、ここで反省してな!」
結局私を閉じ込めるつもりらしい。
彼女はそう言うと、扉に向かって歩き出した。
けれど、その瞬間。
――ガタン。
物置の扉が、外側からゆっくりと開いた。
「え?」
冷たい夜の空気が流れ込む。
そして、大きな影が現れるのと同時に、低い声が響いた。
「……今度こそ、俺の出番だ」
「ひっ……!」
大男を前に、彼女の足が止まる。
私も一瞬、息を呑む。
逆光の中、ゆっくりと一歩踏み込んでくる、長い影。
「マレーネをいじめる奴は、俺が許さない」
月光に照らされ、銀色の髪が輝いた。
そう。現れたのは、この漫画の正ヒーロー――セドリック・エーレンベルク、その人だった。
さすが正ヒーロー!待ってたよ( ;ᵕ;)行け行け!!(笑)




