35.この物語のハッピーエンドは
「セドリック様に、『ライナ殿下の秘密を知っている』と言われました」
「なんだって……!?」
ルート様とソファで向き合いながら、先ほどのことを簡潔に伝える。
ルート様は立ち上がりかけたけれど、すぐに思いとどまるように拳を握った。
そして低く息を吐き、改めてソファに腰かけ直す。
「……彼がどこまで把握しているのかが、問題だな」
「はい……」
ルート様の声は低く、慎重だった。
〝秘密を知っている〟
それはつまり、ライナ様が男であることを知っている、という意味だろう。
けれど。
それならなぜ、ルート様に向かって〝浮気しているくせに〟などと言ったのだろう。
知っていて、あえて言った?
どっちみち、彼から具体的な言葉は出なかった。
「もし本当にライナ様の正体を知っているのなら、あの場で口にすることもできたはずだ」
「ですよね……」
「だが、しなかった」
ルート様は顎に手を当て、思考を巡らせている。
「確証がないのか、あるいは――」
「切り札として温存しているか、ですね」
私が言うと、ルート様の視線が肯定を示した。
セドリック様がなんの秘密を知っているのかわからない以上、〝本当は王子だと知っているのですか?〟なんて、ストレートに確認することはできない。
いっそ、本当のことを話して説得する道は……難しいだろう。
むしろ、確信を与えてしまう可能性すらある。
私が彼を選ばなかったら、秘密をばらしたりするのだろうか。
……正ヒーローが闇落ち。
あり得なくは、ない……。むしろ物語的にはよくある展開だ。
「もし……もしも。秘密が明らかになったら、ライナ様はどうなるのでしょうか」
「……」
その問いに、ルート様はすぐには答えなかった。目を閉じ、ゆっくりと息を吐く。
そして。
「最悪の事態は、いくつも考えられる」
低い声で、はっきりと告げられた言葉に、緊張感が辺りを漂う。
「政治的混乱は避けられない。……最悪、暗殺の危険もある」
その言葉に、胸がぎゅっと締めつけられた。
「です、よね……」
やっぱり。そうなると、今度はライナ様の存在自体を隠すしかないだろう……。
今よりもっと自由がなくなるなんて、あんまりだ。
「……」
気づけば、私は膝の上で拳を握りしめていた。
私が、物語通りにセドリック様と結ばれたら、みんなハッピーエンドを迎えられる?
おそらく、ルート様がライナ様と数年の間、白い結婚をすることになって。
私は、正ヒーローであるセドリック様から溺愛されて。
平和に、何事もなく、日常を過ごすことができる?
……最初は、それでよかったはずなのに。
すべてを兼ね備えた、銀髪のスパダリヒーローに愛される未来が約束されているから、ルート様も、ライナ様も、どうでもよかったはずなのに。
今は、この三人の関係がなくなってしまうのが、とても怖い。
でも、私が余計なことをしたせいで――。
「大丈夫だ」
涙が溢れそうになって、俯いたとき。
低く、けれど、揺るぎない声が耳に届いた。
顔を上げると、ルート様がまっすぐに私を見つめていた。
「殿下のことは、俺が守る」
迷いのない瞳。静かな熱を宿した、優しい声。頼もしい表情。
この人は、本気だ。ルート様なら本当に、何があってもライナ様を守るつもりなのだと、わかる。
「それから――」
そう言って、ルート様は静かに立ち上がった。
そして私の隣へと歩み寄る。距離が近づくたび、私の鼓動は速くなる。
ルート様は、逃げ場なんてないくらい近くに来て、そっと――誓うように私の手を取り、言った。
「君のことも、離さない」
「え――」
思わず、息が止まる。
ルート様の手は大きくて、あたたかくて、力強い。
「俺は、君を失うくらいなら……全部を失ったっていい」
まっすぐな視線に、鼓動が跳ねる。
胸の奥が、熱くなる。
「それは……どういう……」
声が、うまく出ない。気を抜いたら、泣いてしまいそうだった。
「どうして……どうして、そんなことまで言ってくださるのですか?」
震える声で問うと、ルート様は一瞬だけ驚いたように目を瞬かせた。
そして、困ったように、けれど優しく笑った。
まるで、それが当たり前だと言うように。
「俺は、君のことが好きだからだ、マレーネ」
「……――!」
「これは政略的な婚約だった。だが俺は、本当にマレーネを愛している」
突然の告白に、胸がいっぱいになる。
初めてルート様の想いを聞いた。
ずっと聞きたかった言葉。
でも……まさか、こんな形で聞けるなんて。
「今まで言葉にせず、すまなかった。だが、これが俺の本音だ」
逃げない視線。まっすぐな想い。
それは隠しようもないほど真剣で、もう、涙を止められなかった。
「……ありがとうございます。ルート様のお気持ちを聞けて、嬉しいです」
こんなに嬉しいのに、胸が苦しい。
それでも、私もちゃんと伝えなくちゃ。
そう思い、涙を拭うと、私も彼の手をぎゅっと握り返した。
「私も、ルート様のことをお慕いしております」
「マレーネ……」
はっきりと告げると、ルート様の瞳がゆっくりと細められた。
その表情は、今まで見たことがないほど、やわらかくて。
まるで、胸の奥に大切にしまっていた宝物を見つけたみたいに、嬉しそうだった。
「ありがとう。マレーネの気持ちを聞ける日が来るとは……思っていなかった」
ルート様の腕が、そっと私の背中に回される。
まだ少し控えめだけど、それがとても彼らしい。
それでも私は、素直に彼の大きな胸の中に抱きしめられて、幸せを感じた。
物語がどうなろうと、私の気持ちはちゃんと伝えることができた。
「それに、何があっても……私も、ライナ様のことを守ってみせます!」
私は、ルート様もライナ様も、どちらのことも大好き。
絶対に、二人とも失いたくない。
「私も、ルート様と気持ちは同じです」
だから、その気持ちもお伝えした。
するとルート様は、少しだけ目を瞬かせてから、力強く頷いてくれた。
「俺は騎士として、殿下をお守りしてきた。だが、これからはマレーネと一緒に、友として――殿下をお守りしよう」
「はい!」
私は剣も握れなければ、炎を出して戦うこともできない。
ルート様は、これからも騎士としてライナ様をお守りするのだろう。だから、そう言ってくれたのは、私のためだ。
私も認めてもらえたようで、嬉しい。
私は、守られるだけのヒロインじゃない。
もう、怖くない。
ルート様が一緒にいてくれるなら。支え合えるなら。
だから、決めた。
ルート様と一緒なら、きっと大丈夫。
たとえ相手が正ヒーローでも。
私は、この漫画のヒロイン――いいえ、主人公なんだから!
この物語のハッピーエンドは、私が決める。
お読みいただきありがとうございます!
ついに想いを通じ合わせた二人です
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