33.ずっと見てきた
「――これで、よし!」
銀髪――セドリック様からの贈り物は、とりあえず丁寧にクローゼットへしまっておいた。
使うつもりはない。
……いや、正確には、使えない。
だってよく見たら、ネックレスとイヤリングだけではなく、指輪や腕輪や髪飾り――すべてに、紫色の宝石があしらわれていたから。
さっきは量の多さに圧倒されて忘れていたけれど、紫はセドリック様の瞳の色だ。
この国では、恋人や婚約者の髪や瞳の色の宝石を身につける……というのが、流行っている。
異世界系少女漫画でもおなじみの、あの鉄板演出である。
ルート様の髪色は黒、瞳は赤だ。
「……やっぱり、あの場ですぐにお返しするべきだったかもしれない」
そんな後悔が胸をよぎるけれど、今さらどうしようもない。
とにかく、使用することはないだろう。
そう結論付けて、荷物の整理を終えた、そのときだった。
〝コンコンコン――〟
扉がノックされた。
誰――?
ルート様は、ライナ様と一緒にいるはず。
公爵家の使用人が、忘れ物でもしたのかしら?
「はい、どうぞ」
他に私を訪ねてくる人物に心当たりがないまま返事をすると、ガチャリと開けられた扉の向こうから現れたのは――。
「マレーネ」
「銀ぱ……、セドリック様!?」
なんと、銀髪の正ヒーロー。セドリック・エーレンベルク、その人だった。
「突然すまない。驚かせてしまっただろうか」
扉の前に立つセドリック様は、どこか落ち着かない様子だった。
堂々としているはずの公爵家嫡男が、わずかに視線を泳がせている。
「はい。……あ、いいえ……その、どうされたのですか?」
思わず頷いてしまった。
だって、ついさっき、公爵家の使用人は帰ったばかりですけど?
まさか本人が来るなんて……普通、思わない。
「贈り物、受け取ってくれたと聞いた。気に入ってもらえただろうか?」
ほんのりと頬が赤い。声も、どこかぎこちない。
……え。
あれだけ大量に送りつけてきたのに、本人はこんなに照れているの?
行動力と感情の差が……。
あと、私との温度差もある。
「お気持ちは嬉しいですし、〝礼として〟ありがたくちょうだいしました。ですが」
ここで曖昧にしてはいけない。
私は小さく息を吸い、覚悟を決めた。
「私には婚約者がおります」
「知っている」
即答だった。迷いの間もない。
でも、彼から笑顔が一切消えた。
「ですから、今後は……このようなことはなさらないでください」
できるだけ、やわらかく。でも、はっきりと告げた。
「……」
何も答えないセドリック様からは、悲しみと――わずかな不満が、隠しきれないまま滲んでいた。
「……おかしい」
「え?」
そして、ぽつりと呟かれる。
「君を〝政略〟の中に閉じ込めていたくない」
まっすぐに向けられる瞳は、さっきまでとはまるで違っていた。
真剣で、逸らせないほど強い光を宿している。
「セドリック・エーレンベルク――俺は、マレーネ、君を愛している。ずっと見てきた」
「……」
鼓動が、どくんと大きく跳ねた。
迷いのない声音。飾りのない言葉。
それはまさに、漫画の中の正ヒーロー、そのものだった。
「彼は、君を愛しているのか?」
「それは……」
答えに詰まる。
それは、わからない。
ただ、私たちは〝婚約している〟という事実があるだけ。
それでもルート様は誠実な方だ。優しく、頼もしく、私を大切にしてくれているのも伝わってくる。
でも……〝愛している〟のかと問われると、それはわからない。
「……それでも、私は」
ルート様の手の温もりを思い出し、私はきゅっと指先を握って顔を上げた。
「ルート様を、お慕いしております」
それが、すべてだ。
ルート様とは政略的な婚約だけど。でも、私はルート様のことが好き。
これは、この物語の進むべき展開と反しているのかもしれない。
でも、それでも……私にも、心がある。
私は、ただのキャラクターじゃない。この世界で、ちゃんと生きている。
「おかしい……。そんなの、あり得ない」
はっきりと伝えたのに、セドリック様は納得していなかった。
俯き、小さく何度も否定的な言葉を繰り返している。
そして、ふいに顔を上げたかと思うと、とんでもない言葉を口にした。
「……俺は、ライナ殿下の秘密を知っている」
「え――?」
その瞬間、ひやりと、冷たいものが身体を突き抜けた。
あああ、銀髪……!!
続きます!




