31.高価な〝お礼〟
それは、仮面舞踏会から数日が経った、ある昼下がりのことだった。
公爵家の紋章が刻まれた、上質な木箱。
それがひとつ、またひとつと、私の部屋に運び込まれていく。
「……え、まだあるんですか?」
思わず声が出た私に、公爵家からやってきた使用人は、丁寧な口調で淡々と答えた。
「はい。こちらもすべて、マレーネ様宛でございます」
「はあ……」
――エーレンベルク公爵家嫡男、セドリック様からの贈り物。
そう。それはつまり、あの銀髪のヒーローから――ということだ。
彼、セドリックという名前だったのね。
本人から聞く前に、使用人の方から聞いてしまった。
まぁ、それは今はいいとして。
問題は、この突然のプレゼントの量だ。
気づけば、部屋の中央には箱が積み上がっている。
大小さまざまなそれらは、まるで無言の圧力のようにそこに鎮座していた。
どうして、こんなに……。
背中に、うっすらと冷たいものが走る。
扉のそばに立つルート様と、腕を組んで様子を眺めているライナ様の視線を感じ、私は小さく息を吐いた。
「早く開けてみてよ、マレーネ」
ライナ様の声は軽い。けれど、どこか面白がっているようでもある。
「開けてみても……いいのでしょうか」
「宛名はマレーネなんだから。中身を確認しないわけにもいかないじゃん?」
それは、確かにもっともな言葉。
けれど、ルート様は何も言わない。ただ、ライナ様の少し後ろに立っているだけ。
……なんとなく、お顔を見ることができない。
「では、開けてみますね……」
最初の箱に手をかける。一体何が入っているのか……それを想像すると、指先がほんの少し震えた。
小さな箱の中身。そこには、深い蒼色のビロードの上に、繊細なネックレスが乗っていた。
光を受けて、紫色の宝石がきらりと輝く。
「……綺麗」
思わず、素直な声がこぼれた。
とても高価なものだとわかる。前世の私のお給料、何ヶ月分? いや、年収レベルかもしれない。
「ふーん。ネックレスか。そっちのは?」
「はい……」
再びライナ様に促され、次の箱に手を伸ばす。
中には、小さなイヤリング。ネックレスと同じ紫色の宝石は、控えめな輝きなのに、目を引く上質さだった。
その次は、髪飾り。
その次は、指輪。腕輪――。
どれも華美すぎず、それでいて上品で。不思議と、私の好みを言い当てられているような気がした。
どうして? ヒーローチートなの……?
たまたま偶然、ヒロイン(私)の好みを知っていたというの??
「これ全部、本当に私に……?」
「はい」
使用人は、やはり淡々と応えた。
その声音には一切の揺るぎがない。まるで当然のことを告げられているかのように。
けれど――さすがに最後の箱を開けた瞬間、私は言葉を失った。
中に入っていたのは、淡い色合いのドレスだった。
春の花のようなやわらかな色合い。派手さはないのに、布の質も仕立ても一目で上等だとわかる。
胸元の刺繍も控えめで、繊細。私の好みど真ん中だった。
「本気だな、セドリック」
ぽつりと、ライナ様が呟く。
「アクセサリーだけじゃなく、ドレスまで贈ってくるとは。抜かりがない」
「……」
こんなに素敵な贈り物、私は前世でももちろんもらったことがない。
目の前にすると、素直にすごいと思ってしまう。嬉しい気持ちだって、確かに少しはある。
でも、それ以上に――重い。
私とセドリック様は、こんなものをいただくような間柄じゃない。
「せっかくですが……さすがに、いただけません」
こほんと咳払いをひとつして、勇気を出してそう言うと、使用人は決まっていた台詞を読み上げるかのように口を開いた。
「先日助けていただいた礼だと、セドリック様から申し付かっております」
「ですが……」
助けたと言っても、そんなに大したことはしていない。
仮面舞踏会で、ちょっと令嬢たちを追い払っただけ。命を助けたわけでもない。
やっぱりこれは、重すぎる……。
「返すつもりなら、最初から箱ごと送り返すべきだったな。開けた以上は、受け取ってあげないと」
ライナ様が、他人事のように言った。
「ライナ様が開けろとおっしゃったのではないですか……!」
「そうだっけ?」
思わず言い返してしまったけれど、彼女(彼)は、わざとらしく首をかしげ、そのまま悪びれもせず、にこりと笑って誤魔化した。
そんな可愛い顔をしたって、駄目ですよ!!
「しかし、すぐにこれほどまでの品物を用意するとは……さすが公爵家」
「……感心している場合ですか」
そこで、ようやくルート様が口を開いた。
「こちらの事情を鑑みず、一方的に送り付けてくるとは」
低い声。抑えてはいるけれど、不機嫌なのがはっきりわかる。
先ほどからずっと、何かを我慢していたのが窺える。
確かに、その通りではある。突然こんなに高価なものをいただいても、こちらは困ってしまう。
そう思い、肯定の意味を込めて溜め息をこぼした、そのとき。
「――で、ルートはマレーネに贈り物をしたことはあるのか?」
何気ないライナ様のその問いに、一瞬空気が凍った。
ルートピンチ……!? 続きます!




