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29.誰にも渡さない

「いやー、今日は本当に楽しい夜だった」

「それは、よかったですね」


 仮面舞踏会を終え、人目につかぬ裏廊下を通って、殿下の私室へ戻ってきた俺たち。

 マレーネも人目につかぬように、俺たちとは別に、先に部屋へ戻している。


「ルートも楽しめたか?」

「……」

「なんだ、楽しくなかったのか。せっかくの仮面舞踏会なんだから、たまには他の女とも話せばよかったのに」


 殿下はソファに腰を下ろし、足を組んでくつろいでいる。

 仮面を外したその顔は、いつも通り飄々(ひょうひょう)としていた。


「俺はマレーネ一筋ですから」


 殿下の前で姿勢よく立ったまま、俺は即答した。


「ふーん。おまえは本当に真面目だな」


 つまらなさそうに短く息を吐く殿下。

 俺が楽しそうにしていない理由を勝手に決めつけた殿下に、ついムキになってしまった。

 まぁ、いつもの殿下の冗談であることは、わかっているが。


「……見てしまったんですよ」

「何を?」

「セドリック・エーレンベルクが、マレーネに告白している場面を」

「え……本当か?」


 その名前を口にした瞬間、殿下の表情がわずかに曇った。


「間違いありません。彼は仮面を外していたので」

「……なんでそんなことに」


 珍しく、殿下が露骨にげんなりとしている。


 セドリック・エーレンベルク。

 公爵家の嫡男で、銀の髪に紫の瞳を持つ男。

 歳は俺より二つ上。整った容姿で、高い身分。

 社交界では知らぬ者のいない存在だ。


 昔から夜会のたびに話題をさらい、女性の視線を集めている。

 というのに、いつまで経っても婚約者を決めない男。


 彼の父――エーレンベルク公爵が、「息子をライナ殿下と結婚させたい」と画策しているという話も、俺は耳にしている。

 だが、セドリック本人が殿下に気があるようには、どうしても見えなかった。


 それよりも。

 あいつの視線は、いつも――。


 社交の場で、無意識のように、しかし確実に向けられていた視線。

 その先にいたのは、決まってマレーネだった。


 俺が、気づいていないはずがない。


 直接話しかけているところは、これまで見ていなかった。

 だから、油断していたのかもしれない……。


 それにしても、まさかいきなり告白するとは思わなかった。


 しかも、仮面舞踏会だというのに仮面を外し、あの〝ご自慢の顔〟を晒して。

 明確なマナー違反だ。


 マレーネが、見た目だけで男に惹かれるような女性だと思ったのか?

 思い出すだけで、イライラしてくる。


「随分怒っているな?」

「当たり前です。マレーネは俺の婚約者ですよ?」


 語尾に力がこもる。自覚はなかったが、気づけば拳を握りしめていた。


「あの男が本気を出したら、マレーネはおまえとの婚約を解消したいと言い出すかもしれないぞ?」

「え……?」


 耳を疑う言葉だった。


「なんてこと言うんですか。冗談でもやめてください!」


 即座に否定したものの、胸の奥がざわつく。


「冗談でもない。おまえたちの婚約は、政略的なものだろう?」


 いつもの冗談かと思ったが、殿下は真面目な表情で俺を見据えた。


「おまえはマレーネに、きちんと気持ちを伝えたことがあるのか?」

「それは……」

「ないんだろう。だったら、マレーネの気持ちもわからないな」

「……っ」


 喉が詰まったように、息が苦しい。何も言い返せない。


 俺は彼女のことが好きだ。しかし、彼女の気持ちはわからない。

 少し前まで、彼女は俺と殿下が浮気していると勘違いしていた。

 そんな状態で、好意を向けられているはずがない。

 もしかしたら、嫌われている可能性だって――。


 もし、マレーネが殿下の秘密を知らないままだったら。

 今頃、セドリックに奪われていたかもしれない。


 その想像をするだけで、背筋が冷たくなる。


「ま、俺はたとえ〝ふり〟でも、セドリックと結婚するのは御免だから、いっそあいつが誰かとくっついてくれたほうが嬉しいけどな」

「誰かって……マレーネは駄目ですよ!」


 殿下はあいつの味方なのかと、思わず声に力が入る。


「じゃあ、しっかり捕まえて、逃がすなよ」

「……」

「婚約しているからと安心するなって、前にも言っただろ?」

「……わかっています」


 もちろん、わかっている。

 マレーネは美しく、優しく、明るくて。誰の目にも魅力的な女性だ。


 本音を言えば、今すぐにでも〝妻〟として迎え、一緒に生きたい。

 誰にも触れさせたくないし、奪われる可能性なんて、一瞬たりとも考えたくない。


 しかし、俺には殿下の秘密を守るという重大な任務がある。

 結婚は、どうしてももう少し先になる。


 ……ふりでもいいから、殿下がさっさと誰かに嫁いでくれたらいいのだが。


「なんだ、その目は。何か言いたげだな?」

「……別に」

「あ、おまえ。いっそ私とセドリックが婚約すればいいと思っているな?」

「さすが殿下。人の心を読むとは。お見事です」

「ふざけるな! 誰が男と結婚なんかするか!」


 怒る殿下を横目に、俺は強く誓った。


 マレーネは、誰にも渡さない。

 たとえ相手が、公爵家の嫡男であっても。


 ましてや想いを伝えずに失うなど、絶対にあってはならないのだから。



次回、銀髪視点です。何かが明らかに……!?

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