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20/29

20.へぇ、むっつりなんだ?

 そして――。


「……俺と二人きりで……怖くないのか?」

「え?」


 低い声で、静かにそう聞いてきた。

 私から視線を逸らしてそう呟いたルート様は、どこか緊張しているように見える。


「ルート様……」

「……」


 緊張感が、倉庫内に漂う。

 私は少し考えてから、正直に聞いた。


「もしかして、怖いのですか?」

「――は?」


 その途端、ルート様が目を見開いて私を見つめた。


「大丈夫ですよ! 少しの辛抱です! 私が一緒ですから、大丈夫!」


 彼を安心させたくて、明るく言う。

 恥ずかしがることはない。

 人にはみんな、苦手なものの一つや二つ、あるものだ。

 ルート様は暗闇が苦手なのかな? それとも、密室?

 とにかく、ルート様の意外な弱点を知れた気がして、なんだか嬉しい。


 そう思ったけれど。ルート様は言葉を詰まらせ、困ったように額に手を当てた。


「そうではなくて……。密室で俺と二人きりなんて、嫌だろう?」


 あ、なんだ。そういう意味か。

 ルート様が怖いのかと思ったけれど、どうやらそれは誤解らしい。

 

 とても言いにくそうに、そっと私に視線を向けて呟いたルート様。

 でも。


「嫌じゃないですよ」

「え――」


 思ったよりも、するりと言葉が出た。


「むしろ、ルート様が一緒で、安心しました」


 それは本当。

 いくらヒロインだから大丈夫という自信はあっても、こんなに暗くて冷たい場所で一人で待つのは、少し不安だった。

 だから、ルート様がいなかったら……少し怖かったかもしれない。


「ルート様がいてくれて、よかったです」

「……っ」


 本音を言って笑った瞬間。ルート様の手が躊躇うように動き、私の手を握った。


「ルート様?」

「……冷えてきたな」


 そう呟いて、ぎゅっと、でも強すぎない力で握る。

 先日の、ライナ様から私を庇うために、安心させるために握ってくれていた手の力とは、少し違う。


 まるで、逃がさない、とでも言うように。

 何か私に伝えたいことが、あるかのように。


「……ルート様?」


 彼がこんなふうに、大胆に触れてくるのは、珍しい。

 私たちは婚約しているけれど、ルート様は真面目で、紳士的な方だから。不用意に触れてはこない。


 それなのに、彼は冷たくなった私の手を、そっと自分の頬に当てた。


「……っ!」


 ルート様の肌は、とてもあたたかい。

 ……でも、なんだかドキドキする。


 ルート様の熱を、直接手のひらに感じる。

 更に、彼は私の指先をぎゅっと握ると、はぁ、と静かに息を吹きかけた。


「……!!」

「マレーネ」


 たちまち、胸がドクン、と大きく跳ねた。


 これは、本当に手をあたためようとしてくれているだけ!?


 顔が熱い。

 寒かったはずなのに、身体が熱い。


 こんな距離で、ランプの灯りだけが灯る薄暗い密室で、こんなふうに触れられて――。


 ルート様は、本当に素敵な人だと思う。

 漫画の主要人物だから、お顔は本当に格好いいし。


 顔がいいだけの、〝王女と浮気する婚約者〟だと思っていたのに、本当はそんなことなくて。


 真面目で、紳士的で、強くて頼りになる人だけど、時々可愛らしい一面も見せる。

 秘密を共有してからは、どんどん距離が近づいている気がする。


 でも、私たちの婚約は政略的なもの。

 ルート様が私をどう思っているのかは、わからない――。


「マレーネ」

「は、はい……っ」

「身体も冷えてしまっただろう。もっと、こっちに――」

「……っ」


 私の手を握ったまま、ルート様がそう言って力を入れ、ぐいっと身体を私に寄せてきた。


 え、待って。抱きしめられる――?


 そう、覚悟した、そのときだった。


 ――バンッ!!


 鉄の扉が、怒りを叩きつけるような音を立てて開いた。

 振り向くと、その扉には大きな氷の塊が叩きつけられ、べっこりとへこんでいるではないか。


「私の護衛と侍女はどこへ行ったのかと思ったら――」


 低く、凍りつくような声。

 反射的に肩が跳ね、そっと顔を上げると、そこに立っていたのはまさかのライナ様だった。

 後ろには、驚いたような顔をしたマリアさんの姿もある。


「あらあら、まぁまぁ」

「二人で逢引きか? ルート。ずいぶん楽しそうじゃないか」


 ライナ様が、にこりと微笑んだ。

 けれどその笑顔は、氷点下。氷のスマイル。

 そしてその視線が、すっと私たちの間に落ちた。

 正確には、未だ繋がれたままの、私とルート様の手に。


「……ほう」


 ライナ様のこめかみに、ぴくりと青筋が浮かぶ。

 なんだか、とっても機嫌が悪そう。陛下との食事中に、なにかあったのかしら?


「仕事中にいちゃついていいと、誰が言った?」

「ち、違います!」


 ルート様が、はっと我に返ったように、一歩前に出る。


「これは、何者かに閉じ込められて……! 中はとても冷えていたので、それで……!」

「とか言いながら、いつまで握ってるんだ」


 いつまでも離されない私の手を奪うようにして、ライナ様に取られる。

 そのままぐいっと引かれて、私の身体は外に出た。


「それに扉くらい、おまえなら簡単に壊せるだろう!」

「いや……壊したら、修理するのも大変でしょう」

「どうだかな」


 苦し紛れの言い訳みたいなことを言ったルート様に、はっと短く息を吐き、腕を組むライナ様。

 結局ライナ様が扉を壊してしまった。

 たぶん外からなら、鍵は簡単に開けられたはずなのに。


 ライナ様は苛ついた様子のまま、私に視線を落とした。


「大丈夫か、マレーネ」

「は、はい……」

「身体が冷えてしまったな。部屋であたたかい紅茶を飲もう」

「ありがとう、ございます」


 言いながら、自分の肩にかけていたストールを、私にかけてくれる。


「……」


 一瞬。本当に一瞬だけ、その様子を見たルート様の顔が、歪んだ。

 眉を寄せ、唇を引き結び、ライナ様を睨むその目は、明らかに不服そう。


 もしかして、邪魔をされて怒っている……?

 っていうか、ルート様なら簡単に扉を壊せたの?

 それじゃあ、出ようと思えば、すぐに出られたってこと?


 ちらりとルート様を見ると、目が合って、気まずそうに逸らされた。


 もしライナ様が来なかったら、私たちはあの後どうなっていたのだろう。

 ルート様に、抱きしめられていた……?


 いやいやいやいや……!!


 それを考えたら、胸の奥がじわっと熱くなった。



「仕事中は私の侍女だ。マレーネを一人占めするな」

「……申し訳、ございません」


 いつも以上に苛ついているライナ様に、ルート様は反論しない。

 しないけれど、わずかに視線を私に向けて、どこか名残惜しそうに、また逸らし、ぎゅっと拳を握った。


 その手は、先ほどまで私の手を握っていた。


「それから、マレーネ」

「はい」

「こいつ、こう見えてむっつりだから、気をつけたほうがいいぞ」

「え?」


 ライナ様の突然の爆弾発言に、目を瞬かせる。

 その言葉に、ルート様の肩がびくっと跳ねた。


「……聞こえていますよ、殿下!」


 怒りを抑えたような、低い声。


「なんだよ、事実だろう」

「そんなことは……!!」


 むっつり……。へぇ、そうなんだ。

 ルート様って、むっつりなんだ。


 婚約者の新たな情報をゲットしてしまった。


 それにしても……。

 また、銀髪のヒーローは現れなかった。


 もしやこれは、婚約者との距離を縮めるための、お約束展開だったの……!?




ふーん。むっつりなんだ……( ˇωˇ )笑

お読みいただきありがとうございます!!

お一人お一人の反応に支えられております( ;ᵕ;)

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