20.へぇ、むっつりなんだ?
そして――。
「……俺と二人きりで……怖くないのか?」
「え?」
低い声で、静かにそう聞いてきた。
私から視線を逸らしてそう呟いたルート様は、どこか緊張しているように見える。
「ルート様……」
「……」
緊張感が、倉庫内に漂う。
私は少し考えてから、正直に聞いた。
「もしかして、怖いのですか?」
「――は?」
その途端、ルート様が目を見開いて私を見つめた。
「大丈夫ですよ! 少しの辛抱です! 私が一緒ですから、大丈夫!」
彼を安心させたくて、明るく言う。
恥ずかしがることはない。
人にはみんな、苦手なものの一つや二つ、あるものだ。
ルート様は暗闇が苦手なのかな? それとも、密室?
とにかく、ルート様の意外な弱点を知れた気がして、なんだか嬉しい。
そう思ったけれど。ルート様は言葉を詰まらせ、困ったように額に手を当てた。
「そうではなくて……。密室で俺と二人きりなんて、嫌だろう?」
あ、なんだ。そういう意味か。
ルート様が怖いのかと思ったけれど、どうやらそれは誤解らしい。
とても言いにくそうに、そっと私に視線を向けて呟いたルート様。
でも。
「嫌じゃないですよ」
「え――」
思ったよりも、するりと言葉が出た。
「むしろ、ルート様が一緒で、安心しました」
それは本当。
いくらヒロインだから大丈夫という自信はあっても、こんなに暗くて冷たい場所で一人で待つのは、少し不安だった。
だから、ルート様がいなかったら……少し怖かったかもしれない。
「ルート様がいてくれて、よかったです」
「……っ」
本音を言って笑った瞬間。ルート様の手が躊躇うように動き、私の手を握った。
「ルート様?」
「……冷えてきたな」
そう呟いて、ぎゅっと、でも強すぎない力で握る。
先日の、ライナ様から私を庇うために、安心させるために握ってくれていた手の力とは、少し違う。
まるで、逃がさない、とでも言うように。
何か私に伝えたいことが、あるかのように。
「……ルート様?」
彼がこんなふうに、大胆に触れてくるのは、珍しい。
私たちは婚約しているけれど、ルート様は真面目で、紳士的な方だから。不用意に触れてはこない。
それなのに、彼は冷たくなった私の手を、そっと自分の頬に当てた。
「……っ!」
ルート様の肌は、とてもあたたかい。
……でも、なんだかドキドキする。
ルート様の熱を、直接手のひらに感じる。
更に、彼は私の指先をぎゅっと握ると、はぁ、と静かに息を吹きかけた。
「……!!」
「マレーネ」
たちまち、胸がドクン、と大きく跳ねた。
これは、本当に手をあたためようとしてくれているだけ!?
顔が熱い。
寒かったはずなのに、身体が熱い。
こんな距離で、ランプの灯りだけが灯る薄暗い密室で、こんなふうに触れられて――。
ルート様は、本当に素敵な人だと思う。
漫画の主要人物だから、お顔は本当に格好いいし。
顔がいいだけの、〝王女と浮気する婚約者〟だと思っていたのに、本当はそんなことなくて。
真面目で、紳士的で、強くて頼りになる人だけど、時々可愛らしい一面も見せる。
秘密を共有してからは、どんどん距離が近づいている気がする。
でも、私たちの婚約は政略的なもの。
ルート様が私をどう思っているのかは、わからない――。
「マレーネ」
「は、はい……っ」
「身体も冷えてしまっただろう。もっと、こっちに――」
「……っ」
私の手を握ったまま、ルート様がそう言って力を入れ、ぐいっと身体を私に寄せてきた。
え、待って。抱きしめられる――?
そう、覚悟した、そのときだった。
――バンッ!!
鉄の扉が、怒りを叩きつけるような音を立てて開いた。
振り向くと、その扉には大きな氷の塊が叩きつけられ、べっこりとへこんでいるではないか。
「私の護衛と侍女はどこへ行ったのかと思ったら――」
低く、凍りつくような声。
反射的に肩が跳ね、そっと顔を上げると、そこに立っていたのはまさかのライナ様だった。
後ろには、驚いたような顔をしたマリアさんの姿もある。
「あらあら、まぁまぁ」
「二人で逢引きか? ルート。ずいぶん楽しそうじゃないか」
ライナ様が、にこりと微笑んだ。
けれどその笑顔は、氷点下。氷のスマイル。
そしてその視線が、すっと私たちの間に落ちた。
正確には、未だ繋がれたままの、私とルート様の手に。
「……ほう」
ライナ様のこめかみに、ぴくりと青筋が浮かぶ。
なんだか、とっても機嫌が悪そう。陛下との食事中に、なにかあったのかしら?
「仕事中にいちゃついていいと、誰が言った?」
「ち、違います!」
ルート様が、はっと我に返ったように、一歩前に出る。
「これは、何者かに閉じ込められて……! 中はとても冷えていたので、それで……!」
「とか言いながら、いつまで握ってるんだ」
いつまでも離されない私の手を奪うようにして、ライナ様に取られる。
そのままぐいっと引かれて、私の身体は外に出た。
「それに扉くらい、おまえなら簡単に壊せるだろう!」
「いや……壊したら、修理するのも大変でしょう」
「どうだかな」
苦し紛れの言い訳みたいなことを言ったルート様に、はっと短く息を吐き、腕を組むライナ様。
結局ライナ様が扉を壊してしまった。
たぶん外からなら、鍵は簡単に開けられたはずなのに。
ライナ様は苛ついた様子のまま、私に視線を落とした。
「大丈夫か、マレーネ」
「は、はい……」
「身体が冷えてしまったな。部屋であたたかい紅茶を飲もう」
「ありがとう、ございます」
言いながら、自分の肩にかけていたストールを、私にかけてくれる。
「……」
一瞬。本当に一瞬だけ、その様子を見たルート様の顔が、歪んだ。
眉を寄せ、唇を引き結び、ライナ様を睨むその目は、明らかに不服そう。
もしかして、邪魔をされて怒っている……?
っていうか、ルート様なら簡単に扉を壊せたの?
それじゃあ、出ようと思えば、すぐに出られたってこと?
ちらりとルート様を見ると、目が合って、気まずそうに逸らされた。
もしライナ様が来なかったら、私たちはあの後どうなっていたのだろう。
ルート様に、抱きしめられていた……?
いやいやいやいや……!!
それを考えたら、胸の奥がじわっと熱くなった。
「仕事中は私の侍女だ。マレーネを一人占めするな」
「……申し訳、ございません」
いつも以上に苛ついているライナ様に、ルート様は反論しない。
しないけれど、わずかに視線を私に向けて、どこか名残惜しそうに、また逸らし、ぎゅっと拳を握った。
その手は、先ほどまで私の手を握っていた。
「それから、マレーネ」
「はい」
「こいつ、こう見えてむっつりだから、気をつけたほうがいいぞ」
「え?」
ライナ様の突然の爆弾発言に、目を瞬かせる。
その言葉に、ルート様の肩がびくっと跳ねた。
「……聞こえていますよ、殿下!」
怒りを抑えたような、低い声。
「なんだよ、事実だろう」
「そんなことは……!!」
むっつり……。へぇ、そうなんだ。
ルート様って、むっつりなんだ。
婚約者の新たな情報をゲットしてしまった。
それにしても……。
また、銀髪のヒーローは現れなかった。
もしやこれは、婚約者との距離を縮めるための、お約束展開だったの……!?
ふーん。むっつりなんだ……( ˇωˇ )笑
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