16.絡まれ展開、きた
馬車が止まり、扉が開いた瞬間、外から一気に街の音が流れ込んできた。
呼び込みの声、行き交う人々の話し声、焼き菓子の甘い匂い。
王宮とはまるで違う、少し雑多で、でも生き生きとした空気。
「わぁ……」
思わず、声が漏れる。
私は、あまり街に来たことがない。
ルート様とデートだってしたことがないし、街に行く機会はそうあるものではない。
……デート?
そんなことを心の中で考えて、ふと引っかかる。
これは、デート……では、ないわよね。三人だし。
でもルート様と一緒に出かけること自体が、初めてだ。
婚約者とお出かけ……。
ちょっと憧れていたシチュエーションだ。
私は前世でも、仕事が忙しすぎて恋人がいなかった。
楽しみは、大好きな異世界系少女漫画を読むことだけだった。
「……」
ちらりと隣を見上げれば、現実離れしたイケメンが――。
この人、私の婚約者なんだよね……?
冷静に考えると、こんなに格好いい人が婚約者って……普通にすごいことよね。
ルート様はライナ様と浮気して、私との婚約はすぐに解消されるだろうと思っていたから、少し忘れてたけど。
このまま、本当に何事もなく。私はルート様と結婚するのだろうか――。
「人が多いですね。二人とも、はぐれないように」
「は、はい……!」
ルート様を盗み見ていたら、彼は真剣な表情でそう言った。
返事をした直後、ルート様の手が、私の背にそっと添えられる。
触れるか触れないかの、ぎりぎりの距離。
……護衛。これは、護衛の性だ。
あまりに自然な仕草に、少しだけドキリとしたけれど、ルート様の表情は硬い。
辺りを警戒していて、すっかり〝護衛〟の顔になっている。
気にしちゃ駄目よ、マレーネ。
それから、三人で露店を覗いたり、通りを歩いたりして、お忍びの外出を楽しんだ。
ライナ様も男の格好で気が楽そう。けれどしっかりと街の様子を観察していて、息抜きがてら、ちゃんと視察もしていることが窺えた。
そんなときだった。
「おい、嬢ちゃん」
背後から、耳障りな男の声。
振り返ると、無駄に体格のいい二人の男が、にやにやとした視線を私に向けていた。
……きた!
テンプレ展開だ。
正直、怖いはずなのに……胸の奥が、わくっとしてしまった。
だって私は漫画の主人公。
しかも今は、王子と騎士が一緒。
そしてこれは、想像通りのお約束展開……!!
「俺の連れに何か用か?」
やっぱり!!
すぐにルート様が前に出た。
声は低く、静か。でも、それだけで空気が変わる。
「なんだよ、兄ちゃん。ちょっと話しかけただけじゃねぇか」
「こんな可愛いお嬢ちゃんと、羨ましいねぇ」
「俺たちとも遊んでくれよ」
男たちは昼間から酒を飲んだのか、酔っている様子だ。
怒っているルート様に気づいていないのか、判断力が鈍っているのか、こちらに向かって手を伸ばしてきた。
「っ――!?」
「触るな」
短く、それだけ。
ルート様は、私に向かって手を伸ばした男の手首を正確に掴み、ひねり上げた。
無駄のない動き。
大事にするわけでもなく、暴力で解決するわけでもない。でも、逆らえないと一瞬でわかる制圧。
さすが、護衛騎士――!
「かっ……」
かっこいい……!!
思わず、心の中で全力で拍手を送る私をよそに、男たちは青ざめて後ずさる。
「わ、悪かったよ! そこまで怒ることないだろ!?」
「行くぞ!」
案外あっさりと去っていく背中を見送り、ルート様はこちらを振り返る。
「大丈夫か、マレーネ」
「は、はい……!」
もう、大興奮です。
テンプレお約束展開を、生で! この目で! こんなに近くで!!
見ることができたのだから。
「……さすがだな」
ライナ様は、その様子をずっと落ち着いて見ていた。
ルート様を信頼しているから、自分が手を出す必要はないと、わかっているのだろう。
「ほんと、格好よかったですよ! さすが、騎士様!」
「……っ、声が大きい……!」
「あ、すみません……」
興奮のあまり、つい大きな声で〝騎士様〟と口走ってしまった。
慌てたルート様が、咄嗟に私の口を覆って「シー!」と人差し指を立てる。
「あ……その、すまない」
「いえ……」
すぐに、パッと離れたけれど、ルート様の手のひらの温もりが、私の唇に残る。
ルート様の手のひらに、私の唇が触れてしまったのだ。
「……」
「……」
なんだか、妙に気まずい。
そんな空気を裂くように、ライナ様が帽子の影からふっと笑った。
「それにしても、マレーネは全然怖がらないんだな」
「え……? ええ、ルート様を信頼していますから!」
私は漫画の主人公なので――とは言えないから、そう言って誤魔化しておく。
「ふーん。よかったな、ルート」
「……っ」
ニヤっと笑うライナ様。
「当然のことです……!」
ルート様に視線を向けると、彼は耳まで赤くして不自然に私から目を逸らした。
あれ?
なんだろう。この感じ。
……やっぱり、これは元サヤ展開なのだろうか?
元サヤというか、ルート様の浮気は誤解だったのだから、そもそも私たちは一度も別れていないのよね。
「……」
漫画の世界に転生していることを知った私は、何か……とんでもない思い込みをしていたのかもしれない。
お読みいただきありがとうございます!
お忍び外出、もう少し続きます!( ¨̮ )




