15.お忍びですか?
タイトル変更してます(こそっ)
それは、翌日の午後のことだった。
私はライナ様の私室で、書類の整理をしていた。
最近は、こうしてライナ様のそばに控える時間が、すっかり当たり前になっている。
ライナ様は意外にも真面目に執務をこなすし、ルート様も護衛としてただ立っているだけではなく、必要とあらば自然に手を貸している。
だから私も、ただ座って待つだけではなく、できることは積極的に手伝うようにしていた。
「……よし」
そのとき、不意にライナ様が小さく呟いた。
机に広げていた書類を揃え、トン、と軽く叩く。
「今日はここまでだな」
「え、もうよろしいのですか?」
「うん。これ以上やると、頭が固まる」
冗談めかしてそう言い、椅子から立ち上がるライナ様。
動作はいつも通り優雅なのに、その表情はどこか晴れやかで――いや、明らかに楽しそうだ。
なんだか、わくわくしているように見える。
「ルート」
「はい」
呼びかけに、ルート様が即座に応じる。
今日も背筋の伸びた立ち姿で、騎士服は寸分の乱れもない。相変わらず、無駄のない人だ。
「今日は外に出る」
「……お忍び、ですか」
「そう。少し街の様子も見てくる」
そのやり取りを聞いた瞬間、胸の中でカチリ、と何かがはまった気がした。
ルート様は、特に驚いた様子もない。むしろ、「いつものですか……」と言いたげに、小さく息を吐いた。
ということは――。
二人でお忍びに出かけるの、よくあることなのね?
「マレーネも、息が詰まっているだろう?」
「私ですか? それほどは――」
そう答えかけて、はっとする。
その視線、その言い方。
もしかして、今日は私と三人で出かけるつもり?
「変装して出かければ、王女だとバレることはない。安心して一緒に来い」
「えええっ!?」
やっぱり!
私は久しぶりに興奮した。
しかも、変装って――。
これ、よくあるやつじゃない!?
お忍びで外出したら、誰かに絡まれたり、事件に巻き込まれたりする、あの定番展開!
胸の奥が、一気にざわつく。
「しかし、無理に一緒に来いとは言わな――」
「行きます! もちろん、ご一緒いたします!!」
「……」
「そうか、よかった」
ルート様が何か言おうとしたけれど、私は言葉を遮るように張り切って答えていた。
だって、そんなお約束の展開に遭遇できるかもしれないのに、行かないはずがないじゃない!
王女(王子)殿下と護衛騎士……そして、漫画のヒロインである私。
その三人での、お忍び外出。
ああ……そんなの、何も起きないはずがない。
そう思うと、自然と口元が緩んでしまうのだった。
*
服を着替え、私たちは王宮の裏手に用意された馬車へと乗り込んだ。
まず目に飛び込んできたのは――男装したライナ様の姿だった。
長い金色の髪は、つばの広い帽子の中にすっかり隠されている。
仕立てはいいが装飾のない外套に、すらりとしたズボン姿。
いつもの華奢で儚げな「王女」の面影はなく、どこか気だるげで無愛想そうな若者、といった雰囲気だ。
……誰、この人。
思わず浮かんだ正直な感想が、それだった。
男装していても顔立ちそのものは相変わらず整っているけれど、しっかり〝男〟に見える。
これは確かにバレないだろう……。
よーくよーく顔を見ないと、彼が〝ライナ王女〟だとは、誰も思わない。
「どうだ?」
そんな私の視線を感じ取ったのか、ライナ様は口角を上げて、にやりと笑った。
「と、とてもお似合いです」
「そうだろう? 本来の私の姿は、こっちだからな」
どこか誇らしげで、満足そうな声音。
本当に、普段からこの格好だったら、女性から相当モテると思う。
「決して帽子は取らないでくださいよ?」
「わかってるって」
私の隣に座るルート様が、念を押すようにそう言った。
ルート様もまた、いつもの騎士服ではない。
深い色合いのシャツに、動きやすそうな上着。
装飾は一切ないのに、布の上からでもわかる肩幅と体格。
……市井の格好をしているのに、どうしてこんなに目を引くんだろう。
騎士服のきっちりとした印象とのギャップだろうか。
少しだけ力の抜けたその姿は、普段よりもやわらかく見えて――これはこれで、良い。
さすが、漫画の主要人物……。
二人とも、いつもと違う方向で破壊力が高すぎる。
そんなことを考えながら観察していると、ふいにルート様と目が合った。
「……その格好」
「え?」
私も、市井の服に着替えている。
淡い色合いのワンピ―スで、飾りは控えめ。動きやすくて、普段のドレスよりずっと軽い。
「とても……似合っている」
ルート様は、少しだけ言葉を選ぶようにしてそう言った。
そして言い終えた直後、ほんのりと頬を赤らめて、視線を逸らす。
「ありがとうございます……」
胸の奥がきゅっと鳴った、その瞬間。
「ほんと、何を着ても可愛いよ、マレーネは」
さらりと、当たり前のように。ライナ様はにっこり笑ってそう言った。
「えっ!?」
ストレートすぎるその言葉に、私もルート様もライナ様に視線がいく。
今日は男の格好をしているから、なんだか調子が狂う。
いつもなら、〝可愛い王女様の言葉〟として受け取ることもできるのだけど。
「殿下……全部持っていかないでください」
「おまえがはっきり言わないからだよ」
馬車がゆっくりと走り出す中、私は小さく微笑みながら、これから起きるだろう〝お約束展開〟に胸を高鳴らせ、窓の外へと視線を向けたのだった。
お読みいただきありがとうございます!
お忍び外出、続きます!




