13.入浴の見張りが私の仕事です
ある日の夜。
王宮は既に静まり返り、回廊に灯るランプの光もどこかやわらかい。
私はライナ様の私室の一角、控えの椅子に腰かけながら、そわそわと落ち着かない気持ちで待っていた。
ルート様は今、ライナ様の入浴の手伝いをしている。
いつもは、マリアさんが世話をしている、という体になっている。
実際のところは、ルート様が担当しているのだけれど。
でも今日は、マリアさんが腰を痛めてしまい、しばらく休養に入ることになった。
そのため、私がライナ様の入浴を手伝っている、ということになっている。
よって、私はここを動けない。
もし今、誰かにこの場を見られたら、それこそ大変なことになる。
ルート様とライナ様が一緒に入浴なんて……。
浮気確定だ。
しかも、婚約者(私)公認という、最悪の噂が完成してしまう。
〝マレーネは、少しだけここで待っていてくれ。すぐに終わるから〟
ルート様にそう言われて、私はライナ様の私室に備えつけられた浴室の前に座っている。
扉の向こうからは、かすかにお湯の音が聞こえてきた。
『それにしても、殿下は少しマレーネとの距離が近すぎますよ』
『はぁ? なんか文句でもあるのか?』
『大ありです。殿下は男なのですから、接し方に気をつけてください』
お湯の音に混じりながら、二人の会話もはっきり聞こえてくる。
『私は女だと思われているのだから、おまえとより、マレーネとの距離が近いほうが自然だろう』
『……それはそうですけど。では俺との距離も、気をつけてください』
『何を今さら。今日だって、マレーネではなく、私の肩を掴んで引き離したのはおまえだろう。……ああ、自分がマレーネに触れられないから、私に八つ当たりしているのか』
『ち、違います……!』
バシャバシャバシャ――。
彼らは一体、なんの話をしているのか。
「……聞こえていますよー」
私もそう呟いてみるけれど、彼らはお湯の音が近いせいか、こちらの声は届いていないようだ。
『それよりルート、もっと強くしろ』
『ですが、これ以上したら殿下のお身体が……』
『いいって言ってるだろ? もっとだ』
『知りませんからね……後で文句言わないでくださいよ?』
……おそらく今は、ルート様がライナ様の背中を流しているのだろう。
わかってはいる。わかっては、いるのだけれど。
なんというか、こう……別の想像が、勝手に膨らんでしまう。
いやいや、ライナ様は男だし。あり得ないと、今ではわかるのだけど。
……でも。
ここに待機しているだけの私はちょっと退屈で、よからぬ妄想がはかどってしまう。
二人ともあんなに美形なのだから、BL展開になっても美しいだろうな……いやいやいや、ないって。
頭の中だけでとはいえ、王子様と騎士様を穢しては駄目よ。
彼らは単なる物語のキャラクターではなく、実在しているのだから。
いつまでも読者気分でいては駄目ね――。
そんなことを考えて、一人で楽しんでいた――そのとき。
浴室の扉が、ふいに開いた。
「ライナ様、まだ濡れております……!」
ルート様の切羽詰まった声に、はっとして背筋を伸ばす。
……ちがう。
今の言葉は、決して変な意味ではない。
王子と騎士を穢しては駄目だってば、マレーネ……!
頭をぶんぶんと横に振り、顔を上げた、その瞬間。
「マレーネ」
「――あ」
そこには、裸にタオルを一枚巻いただけのライナ様が立っていた。
一瞬、時間が止まったような気がした。
濡れた金色の髪が肩に張りつき、湯上りの肌はほんのりと上気している。
湯気をまとったままの姿は、あまりにも無防備で。
本当に、美しい人だ。
まるで天使か、あるいは絵画の中の神話の存在が、間違って現実に降りてきてしまったみたいだった。
漫画の中の王子様だから、それに近い存在ではあるけれど。
「殿下!! せめてバスローブを羽織ってください!!」
「ああ、そうだな」
慌てたように、浴室から飛び出してきたルート様が、素早くバスローブを差し出す。
ライナ様は素直にそれを受け取り、羽織った。
彼の身体が隠れると、腰に巻かれていたタオルがぱさり、と音を立てて足元に落ちる。
……ふーん。今度はバスローブ一枚ってことね。
「申し訳ない、マレーネ」
「い、いいえ」
そう言ったルート様も、いつもの黒に赤い差し色が入った騎士服の上着を脱いでいて、白いシャツ姿のまま、袖を肘まで捲っている。
なぜか髪が少しだけ濡れていて、前髪がわずかに乱れていた。
胸元のボタンもいくつか外され、そこから覗く鎖骨が、やけに目に入る。
鍛えられた腕の筋が浮かび上がり、いつもの隙のない騎士らしさとは違う、妙に大人びた色気を纏っている。
……ふーん。
ルート様って、やっぱり立派に正ヒーローを務められるポテンシャルを持っているのよね。
いつもは本当にきちっとした人だから。こんな姿を見せられると、どうしても……。
じっと見ているつもりはなかった。
けれど、その視線に気づいたのか、ルート様がふと私と視線を合わせた。
ぱちっと、一瞬目が合う。
「……マレーネ?」
「……!」
低く、少しだけ硬い声。
そのまま一歩、さりげなく前に出て、私に近づくルート様。
当然だけど、ライナ様よりも背が高くて、近づかれると自然と見上げてしまう。
騎士として鍛えられた肉体がたくましいことは、シャツ越しにもよくわかる。
浴室の蒸気のせいだろうけど、なんだかルート様の頬がほんのりと赤く染まって見えて、彼の体温すら近くに感じたような気がした。
「マレーネ――」
「ねぇ、髪を拭いてくれる?」
ルート様が何か言おうと、私に手を伸ばした瞬間だった。
ライナ様が、その声に被せるようにそう言って、私の手を引く。
「えっ、ええ。もちろんです」
「早く、あっちで!」
「は、はい……!」
ルート様をわざとその場に残すように私だけを引っ張って。
ライナ様は、私をソファへと導いたのだった。
リアクションボタンや感想など、ありがとうございます!
読んでおります!励みになります!( ;ᵕ;)
更新頑張ってお返ししたいと思います……!
次回、ルート視点!お楽しみに…!!




