12.お茶会
その日、私はライナ王女主催のお茶会に参加することになった。
場所は王宮の南庭園。
季節の花々が咲き誇り、木陰には上品な天幕が張られている。
丸いテーブルには繊細なレースクロスがかけられ、可愛らしい花柄のティーセットが、陽の光を受けてキラキラと輝いていた。
――いかにも、貴族の社交場、という光景だ。
「皆さん、今日はどうぞ、ゆっくりと楽しんでくださいね」
ライナ様は、完璧な王女の微笑みを浮かべ、高く澄んだ美しい声でそう告げる。
その姿は、どこから見ても可憐で気品に満ちた王女そのものだった。
今日の私は、そんなライナ様と同じテーブルについている。
王女殿下の側付き侍女として。
ルート様は、護衛騎士としてライナ様の後ろに控えている。
背筋を伸ばし、周囲に鋭い目を配りながらも、時折こちらを気にしているのがわかる。
……それにしても。
なんだろう。この空気は。
紅茶のいい香りが漂う中で、私だけが、場違いな場所に座らされているような気分だった。
『ねぇ、あの方って、フォークト伯爵家の令嬢でしょう?』
『そうよ、ほら、あのルート様のご婚約者の』
『ええ、でも……王女殿下の側付きになったの?』
『どういうことなのかしら……』
ひそひそと交わされる、ご令嬢たちの噂話。
控えめな声のはずなのに、不思議と耳に届く。
――来た。
思わず、心の中で呟いた。
これまで私は、〝婚約者が王女とできている〟と噂される立場だった。
それが、いきなり〝浮気相手〟とされた王女の側付きになったのだから、みんなびっくりするのも当然だ。
『浮気というのは誤解だったのかしら?』
『もしかして、脅されているんじゃない?』
『ああ……それなら納得だわ』
刺さるような視線を感じる。
値踏みするようなものもあれば、興味、あるいは警戒している視線。
「マレーネ、こちらへ」
「はい」
そんな空気を切り裂くように、ライナ様が私を呼んだ。
促されるまま立ち上がり、ライナ様のすぐ隣へと歩み寄る。
すると、庭園に集まっていた視線が一斉にこちらへ集まった。
うわぁ……。
刺さるような好奇と探るような目。
けれど、ライナ様はまったく気にした様子もなく、優雅に微笑んだ。
「こちらは、私の側付き侍女になってくれたマレーネ・フォークトだ。最近、とても世話になっていてね」
私のすぐ隣に立ち、さらりと、けれどはっきりと告げるライナ様。
「私は――」
ライナ様は、ほんの一拍置いてから、ぱっと花が咲くような、あまりにも可愛らしい声で続けた。
「マレーネのことが大好きなの!」
「!!」
次の瞬間。
ぎゅっと、躊躇いなく抱きついてくるライナ様。
「ちょ、ちょっと、ライナ様……!?」
思わず小声で抗議すると、ライナ様は私の肩に頬を寄せたまま、楽しそうに笑う。
「マレーネも、私のこと好きでしょう?」
「え? えーっと、まぁ……」
美しい瞳をキラキラさせて、上目遣いでそんなことを聞かれれば、頷くしか道はない。
途端に、ざわざわと、令嬢たちが囁き合う。
『まぁ、なんて仲のいい……』
『素敵なご関係なのね』
『まるで姉妹みたい』
姉妹か……。うん、表向きは、そんな関係でいいかもしれない。
「だから――」
ライナ様は、にっこりと微笑んだまま、視線だけをゆっくりと周囲へ向けた。
「今後、マレーネの変な噂を流したり、困らせるようなことがあったら……」
ふわり、と。
ライナ様の周囲に、キラキラと小さな氷の粒が浮かび上がる。
それは光に反射して、宝石のように美しい――けれど。
「……わかるでしょう?」
声音はあくまでやわらかい。
笑顔も、完璧なロイヤルスマイル。
けれど、空気は一気に冷えた。
怖い。さすが、氷の王女(王子)。
「まぁ……」
「も、もちろんですわ、殿下」
「本当にお美しい友情ですのね……」
おほほほほ――。
令嬢たちはそう口にしながら、誰一人としてこちらを直視しなくなった。
「殿下……! 抱きつく必要はなかったでしょう!?」
ライナ様の後ろで、押し殺したような声がした。
ルート様だ。ルート様が、私からライナ様をべりっと引き離すように、間に入る。
「うるさいな。妬くな」
間髪容れず、ライナ様は小声で返す。
「……っ!?」
ルート様が声を詰まらせたのが、背中越しにもわかった。
私は苦笑しつつ、それでもこの三人の不思議な関係に、嫌な気はしなかった。




