10.わかるわ、いじめられる展開ね?
「ねぇ、あなた」
ライナ様の側付き侍女として王宮に泊まり込むようになって、数日が経った。
……うん。そろそろ来るだろうな、とは思っていた。
王宮の裏庭。人目の少ない場所にわざわざ私を連れてくる時点で、もうテンプレの香りしかない。
「最近、随分とライナ殿下に気に入られているみたいだけど……勘違いしていない?」
眉尻を上げて、つん、と鋭い視線を私に向けて。
同じような年ごろの侍女が、三人。
――はいはい。囲まれるパターンね。
「調子に乗るんじゃないわよ」
「……!!」
きたーーーー!!
私は、久しぶりに興奮した。
これぞテンプレ!
王女(王子)に特別扱いされるヒロインが、先輩侍女にいじめられる展開!
この後、絶対、スカッとするざまぁ展開が来るやつ!
「ルート様の婚約者だからって、調子に乗らないで。私たちは何年も殿下にお仕えしてきたのよ?」
「うふ、調子に乗っているわけではないんですけど――」
ちょっと、言い返してみる。
どうしても笑顔が浮かんでしまうけれど、こういうとき黙っているだけのヒロインちゃんよりも、自分で言い返すほうが好きだから。
そしたら――!
「口答えするんじゃないわよ!!」
バシャッ――。と。
スカートに、思い切り水をかけられた。
あー。典型的。でも、頭からじゃないなんて、優しくない?
っていうかその水、どこから出てきた? というのは、この際気にしないでおく。これはテンプレ展開だから。
「あーあ、だらしない。そんなんで殿下の側付きが務まるの?」
「駄目よ。無礼だわ」
先輩侍女たちは、楽しそうにくすくすと笑っている。
でも。
「……生ぬるい」
「は?」
「この程度では生ぬるいですよ!! やるならもっと酷いことをしないと、ヘイトが稼げません!!」
つい、熱くなって、言ってしまった。
これでは中途半端なざまぁになってしまう。
「……え?」
「私のドレスを破くとか、水ではなく、ワインを頭からかけるとか……あと、階段から突き落とされたと言ってヒーローにすがるのもお約束展開……!」
ヒーローが誰だか、知らないけれど。
もしかして、ここでついに銀髪のヒーローが登場するのだろうか?
「な、何言ってんの……あんた」
「この子、ちょっと怖いんだけど……」
明らかに戸惑っている先輩たち。というか、引いている。
メタ発言はまずかったかもしれない。
「私たちは、あんたをいじめたのよ!?」
「そうよ、もっとこう……泣いたりしなさいよ!」
先輩侍女が、ついにキレ気味に言った、その瞬間。
「へぇ。いじめたんだ」
涼やかな声が、背後から落ちてきた。
ひゅっと、まるで空気が凍るような気配。
「……え?」
「!! ライナ殿下!?」
振り返った先にいたのは、金色の長い髪を風に揺らめかせた、美しい氷の王女――否、氷の王子。
その一歩後ろには、怖い顔をした炎の騎士、ルート様。
「マレーネは、私の側付き侍女なんだけど? 彼女を、いじめたの?」
「……あ、あの……これは……!!」
氷の結晶を宙に浮かせているライナ様に、侍女たちの顔色が一瞬で青ざめる。
私はというと――。
やっぱり興奮していた。
王子と騎士の、イケメンセット、来た……!!
(銀髪のヒーローじゃなかったけど)
それでも、お約束の展開に、思わず心の中で盛大に拍手をした。
「王宮では、随分と暇を持て余している者がいるようだな」
「殿下、違うんです、これはその……! 誤解です!!」
「誤解? 今、いじめたって自分で言ってたけど?」
ライナ様は、にっこり笑っている。
でも、それがかえって恐ろしい。侍女たちは今にも凍ってしまいそう。
その後ろでは、ルート様が燃えている(ように見える)。
「ルート」
「はっ。該当侍女たちには、配置換えと再教育を提案します」
「まぁ、とりあえずそれでいいか。うんときついやつね」
「当然です」
「……そんなっ!」
あっさり決着。
先輩侍女たちは、泣きそうな顔でルート様に連行されていった。
ざまぁ的にはやっぱりちょっと甘いけど、そんなに酷いことをされていないから、このくらいが妥当だろう。
とはいえ、これまで王女殿下の侍女をしていたのに、下女に降格というのは非常にきつい。仕事内容だって全然違う。
もしかしたら、耐えられなくて辞めるかもしれない。
「ライナ様。すみません……お手数を……」
「ん? 気にするな」
一応、侍女として殿下に頭を下げると、ライナ様は私を見て不思議そうに口を開いた。
「それよりマレーネ、なんか楽しそうじゃなかった?」
「え」
しまった。
「いじめられていたのに、全然落ち込んでいないな」
「い、いえ……その……」
どう説明すればいいんだろう。
テンプレ展開が嬉しかったなんて。
「……まぁ、無事でよかったけど」
「ライナ様?」
「私のせいで嫌な思いをしただろう。すまない」
その真剣な声音に、胸がきゅっとする。
私は一人で楽しんでいたのに、ライナ様とルート様には心配をかけてしまったのね。
「いえ、本当に大丈夫です」
「そうか。君は強いな」
「ふふ……」
強いのとは、少し違うのだけど。
今は、そういうことにしておこう。
王子と騎士が助けに来るという、鉄板イベントも無事回収できたし!!
……それにしても。
また、銀髪のヒーローは現れなかった。
本来なら、こういう場面で颯爽と現れて、私を助けてくれるはずの人。
この漫画の、正ヒーロー。
「……本当に、いるよね?」
「何か言ったか?」
「いえ、なんでもありません!」
まぁ、いっか。
銀髪のヒーローがいなくても、この世界は想像以上に楽しいし。
私は今日も全力で、この物語の主人公を楽しんでいる。
「……」
そんなマレーネを、影から見つめている人物がいることに――。
彼女はまだ、気づいていないのだった。
次回、ついに銀髪のヒーローが出そうな予感です……!!
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