01.浮気される漫画のヒロインに転生した
私の婚約者は、王女殿下の護衛騎士。
いつも、いつも――王女の傍にいる。
『……あの二人、今日もご一緒ですわね』
『本当に仲がよろしいこと』
『でも、とてもお似合いだわ』
『あら? ルート様には、婚約者がいらっしゃるのでは?』
『そうでしたわね』
ひそひそと交わされる囁きが、夜会の音楽に紛れて耳に届く。
今夜もまた、婚約者である私ではなく、王女ライナ様の隣に立っている婚約者――ルート・ヴェルナー様。
炎魔法を得意とすることから、「炎の騎士」とも呼ばれ、漆黒の髪に、燃えるような赤い瞳を持つクールな騎士。
侯爵家の嫡男でありながら剣の腕を認められ、二十一歳という若さで王女様の専属護衛騎士を任されている。
長身で、クールで真面目で、背筋は常にまっすぐ。
騎士として鍛えられている身体はたくましいが、ムキムキすぎるということもなく、立っているだけで人の視線を集めてしまう。
そんな、誰もが認めるほどに格好いい人だ。
さすが、漫画の登場人物。
――そう。私は前世で読んだ異世界系少女漫画の世界に、転生した。
私は過労死した(たぶん)。
前世での最後の記憶。寝る前(死ぬ前)に読んだ漫画の世界。
冒頭しか読んでいないけれど、婚約者が王女ばかりを優先して浮気する話。
ある日の夜会で婚約者と王女が二人で消えて、ヒロインが悲しんでいるところに、確か銀髪のヒーローが現れて……。
さぁこれからざまぁ展開よ! ってところまでしか覚えていないのが、非常に残念ではあるけれど。
たぶん今日がその日。
つまり続きを生で見られるってこと。
前世では異世界系の漫画を読み漁っていた。だから、その世界の主人公に転生して、生で体験できるなんて、すごすぎる。
もし自分が転生したら……なんて想像は、何度もした。
だから、前世の記憶を思い出した瞬間、思わず歓喜したわ。
もちろん、今世の記憶もちゃんとある。
私、マレーネは、フォークト伯爵家の次女として生まれた。
淡いピンクブラウンの髪に、薄紅色の瞳。漫画のヒロインらしい、派手すぎない美人。
そして、古くから続く由緒正しい家で、血筋がいい。
そんな理由で、私はルート様の婚約者に選ばれた。
恋愛結婚ではないけれど、貴族の間ではよくある話だ。
家と家とを結ぶための、政略結婚。
十八歳になり、ルート様とともに社交場へ出る機会も増えた。
彼を支える妻として相応しい淑女になれるよう、立ち振る舞いも、言葉遣いも、必死に身につけてきたつもりだ。
けれど彼はいつだって、王女ライナ様の隣にいる。
ライナ様は、「氷の王女」と呼ばれている。
サラサラの長くて美しい金色の髪と、氷のような青い瞳を持つ、誰もが認めるほどに美しい王女様。
年は私より一つ下だというのに、背は私よりも高く、すらりとした立ち姿には、どこか近寄りがたい気品がある。
婚約者は未だに決まっておらず、どんな貴族男性から声をかけられても素っ気ない。
口数は少なく、感情を表に出すこともほとんどない。
その白い肌は、首元から指先にいたるまで、いつも上質なドレスと手袋で覆われていた。
――美しい肌を穢されぬよう、過保護なほど大切に育てられてきたのだから。
ライナ様は、若き日の国王が愛妾との間にもうけた子だった。
正妃の子ではない。けれど、国王の長子でもある。
あれほど美しい王女なら、大切にされて当然だ。護衛であるルート様がいつも一緒にいるのも頷ける。
そう思う気持ちと同時に、私の胸には拭いきれない不安が芽生え始めていた。
夜会の場で、ルート様がたびたびライナ様と姿を消すようになったから。
ライナ様も、ルート様にだけは気を許しているのだ。
「仕事だから」
そう言われてしまえば、それまでだった。
護衛騎士なのだから、王女のそばを離れられないのは当然だと、頭では理解していた。
真面目で、責任感の強いルート様を、疑いたくもない。
けれど彼は、侍女以上にライナ様と一緒にいて、ちょくちょく二人きりで部屋に籠もる。
ルート様と部屋から出てきたライナ様のドレスが、着替えられていたこともあった。
そのとき、不意にライナ様と目が合った。
私を見て、ほんの一瞬、ライナ様が小さく笑ったような気がした。
この顔、知ってる――。
その瞬間、私は前世の記憶を思い出したのだ。
漫画の展開通りに、その後ルート様に「何をしていたのですか?」と尋ねてみると、
「着替えを手伝っただけで、何もない」
そう、きっぱりと言い切られた。まさに漫画の台詞と同じだった。
私は興奮で震えた。
漫画では、
〝あんなにも美しい王女様の、着替えを手伝った……? 侍女ではなく、護衛騎士のあなたが?〟
と、憤りを覚えたマレーネ(私)は、
「……そんなの、おかしいわ」
と言って泣きそうになっていた。
それでもルート様は、
「そう言われても、事実なんだ。信じてくれ」
と言うだけで、それ以上この話を続けるつもりはないというように、私から視線を逸らし、すぐにライナ様のもとへと戻っていった。
まぁ、読者的にも信じられるわけがないのよね。
浮気は絶対に許さない! 早く二人をざまぁして!!
そんな気持ちで漫画を読んだのを覚えている。
そしてそれを物陰から見ていたヒーローが、後日、私の前に現れて、二人をスカッとざまぁしてくれるのよね!
……最後まで読んでいないから、たぶん、だけど。
でもその展開はお約束だし!
とにかく私は、せっかく大好きな異世界系少女漫画の主人公に転生できたのだから、この展開を思いっきり楽しもうと思う。
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