8 報せと報酬
森を抜けて村に戻る頃には、空はうっすらと白み始めていた。
夜の冷え込みはまだ残っているのに、村の家々からはぽつぽつと灯りが漏れている。
小鬼騒動のせいで、誰もぐっすり眠れてはいないのだろう。
村長の家にも灯りがついている。戸口に立ち、声をかける。
「シン殿か?」
ややあって戸ががらりと開き、村長が顔を出した。
寝間着の上から羽織を引っかけただけの姿だが、その目は完全に覚めているようだ。
「戻ったのか。どうじゃ、村の外は……」
「小鬼は片付けた。ひとまずは安心していいだろう」
その言葉に、村長は大きく息を吐いた。
背中から力が抜けたように、柱に手をつく。
「……そうか、本当に……」
「ただ、洞窟の中で人骨を見つけた」
そう続けると、村長の表情が固まった。
「骨、とな」
「ああ。大人のものと、子どもの骨も混ざっていた。村長が言っていた行方不明者のものだろう」
しばし沈黙が落ちる。
「……場所を教えてくれんか」
村長は静かな声で言った。
「弔いの準備をせんといかん。骨だけでも、村に連れ帰ってやりたい」
「分かった。日の出を待ってからの方がいい。足場も悪いしな」
俺がそう言うと、村長は頷いた。
「男手を何人か集めておこう。シン殿、案内を頼めるか」
「ああ。小鬼が残っていないか、一応確認しておきたい」
村長はもう一度俺に礼をすると、家の中へ向き直った。
「おい、起きろ。皆を起こせ。人骨が見つかった。弔いの用意じゃ」
そうして、まだ明けきらぬ村が慌ただしくなった。
◆
簡単な朝餉を腹に入れ、村の男達と共に洞窟へ向かう。
男達は皆、提灯や縄、布を持っていた。
中には、口を一文字に結んでいる者もいる。行方不明者と縁のあった者なのだろう。
洞窟に入ると、昨夜の湿った空気がまだそのまま残っていた。
小鬼の気配は感じない。
「足元に気を付けろ。滑るぞ」
先頭を歩きながら声をかける。
昨夜より提灯の数が多い分、通路はだいぶ明るかった。壁の苔や岩の凹凸までよく見える。
骨が乱雑に積まれていた壁の凹みまで彼らを案内した。
「ここだ」
提灯の光を凹みに向けると、数人が顔を背けた。
「……こんな……」
村長が膝をつき、そっと骨に手を伸ばす。
指先が震えていた。
「全部、持ち帰ってやろう。誰の骨かは、もうよう分からんが……それでも、村で弔ってやらんとな」
男達は黙って頷き、持ってきた布を広げて骨を一つずつ丁寧に包み始めた。
俺は邪魔にならない位置で周囲を見回す。
……とりあえず、大丈夫そうだな。
骨の回収が終わる頃には、洞窟の入口から差し込む光が少し強くなっていた。
◆
村に戻ると、広場の真ん中に布が敷かれ、その上に骨がそっと並べられていった。
女達が香を焚き、白い煙が静かに立ち上る。
誰が誰の骨かは分からない。
けれど、それでも手を合わせ、泣き、名前を呼ぶ者がいる。
その光景を少し離れた場所から眺めていると、背後から声をかけられた。
「よぉ」
振り向くと、有志の男が立っていた。
昨日、森で俺の邪魔をした男だ。顔にはまだ土の汚れが残っている。
「怪我はどうだ」
「たいしたことねえよ。あんたに鳩尾をぶち抜かれた時は死ぬかと思ったけどな」
苦笑しながら、腹を軽くさする。
それから、広場の骨に視線を向けた。
「……結局、俺は何もできなかったな」
ぽつりと吐き出すように言った。
「俺らには妖は視えねぇ。あんたらみたいなのがいなきゃ、何も守れねえ。そういうことなんだろ」
声には自分への苛立ちと諦めが混ざっていた。
「お前がいなかったら、セツナを呼べなかった」
俺は言う。
「村から洞窟まではそれなりに距離がある。俺一人で走り回ってたら、討ち漏らしを全部片付ける前に、村の誰かが殺されていたかもしれない」
セツナの狐火に追い立てられて逃げ惑う小鬼達の姿を思い出す。
正直なところ、森に逃げられた時点で俺にはどうしようもなかった。
「お前がセツナのところに走ってくれたおかげで、俺は洞窟の中に集中できた。十分役に立ったよ」
それはお世辞ではなく、本音だ。
有志の男はしばらく黙り込んだ。
「……そう言ってくれるのは、ありがたいがよ」
彼は頭をがしがしと掻く。
「妖が見えなきゃ、やっぱり無力なんだなって思っちまったんだ。あんたやあの巫女みてぇなのを見ると、余計にな」
「そんなものだ」
俺は肩を竦める。
「視えないもの相手に戦おうとするのは、無謀ってやつだ。そのために俺みたいな退治人がいるんだ。まあ、俺も毎回命懸けだけどな」
軽く言うと、有志の男は苦笑した。
「……あんたでもそうなのか」
「苦労ばっかりだ」
俺がそう言うと、男は少しだけ顔を上げた。
「俺にできるのは、畑を耕して、家族を守ることくらいだ」
「それでいいんじゃないか? 誰しも自分にできることしかできないんだからな」
有志の男は、何か言いたげに口を開きかけ、結局、飲み込んだ。
「……あんたがそう言うなら、そうなんだろうな」
ぽつりと呟き、骨の前へと歩いていった。
◆
一通り骨の並べ替えが終わった頃、村長に呼ばれた。
「シン殿、セツナ殿。こちらへ」
案内されたのは、村長の家の座敷だった。
畳の上には布包みが置かれ、その横には干物と小分けにした米を詰めた籠があった。
「多くはないが、皆で出し合った」
村長は布包みをこちらに差し出した。
「金のほかに干物と米を少々入れておる。長く旅をされるのであろう?」
布包みを受け取ると、ずしりとした重みが掌に伝わった。
中身を見ずとも、そこに込められた気持ちが分かる。
「ありがたく頂こう」
報酬を受け取るのは、退治人として当然のことだ。冷たい言い方かもしれないけど、無償でやるべきではない。
「ふむふむ」
横からセツナがひょいと身を乗り出し、籠の中を覗き込んだ。
「これはなかなか。干物が充実しておるのう」
言うが早いか、小ぶりな干物を一枚つまみ出す。
「おい」
「味見をしてやろう」
ぱり、と音を立てて齧る。
「……旨い。程よく塩が効いておる。酒のあてにちょうど良いな」
勝手に満足そうに頷いている。
村長は苦笑しながらも、何も言わなかった。
「本来なら宴でも開いて礼をしたいところだが、今はそのような気分にもなれんでな……」
「気持ちだけで十分だ」
死者が出ている以上、賑やかに飲み食いするのは違うだろう。
こうして静かに礼を受ける方が、俺としても落ち着く。
◆
村長の家を辞し、荷物を整える。
と言っても、元々多くはない。金と食料と、刀があれば十分だ。
一息ついていると、隣にセツナが腰を下ろした。
その手にはしっかりと干物を持っている。
「しかしのう、シン」
干物をつまみながら、セツナがぽつりと言った。
「こんな何もない村にしては、小鬼の増え方は異常じゃ」
「異常?」
「うむ。小鬼自体はどこにでもおる取るに足らぬ妖じゃが……」
セツナは干物を指先でくるりと回しながら続ける。
「短い間にあれだけの数が一箇所に集まるのは、ちと妙じゃ」
「まさか……禍主か?」
自然と、その名が口をついた。
セツナは干物を一口齧ってから、曖昧に笑う。
「どうじゃろうな。禍主なら、もっと濃い妖気が残っておるはずじゃ」
「じゃあ、禍主とは無関係か」
「無関係とは言い切れぬが、決めつけるのも早計じゃな」
セツナは空を見上げた。
朝の光が、ようやく村全体を照らし始めている。
「世の中はのう、禍主のように分かりやすく悪いものばかりではない。人の業や、土地に溜まった澱みが、結果として妖を引き寄せることもある。淀んだ水に虫が湧くのと同じじゃよ」
「淀みの原因は一つじゃないってことか」
「そういうことじゃ。考えすぎても仕方あるまい。何にせよ、汝のやることに変わりはなかろう」
そう言って、セツナは残りの干物を口に放り込んだ。
「まあ、考えすぎても仕方ないか。……と言うか、食べ方が汚いな」
「ほんがいふはくへのう」
「頬張ったまま喋るなよ……そいつが存外旨いのは分かったから、俺の分も取っておいてくれよ」
セツナはごくんと飲み込んでから答えた。
「ふふふ、早い者勝ちじゃ」
「はいはい」
俺は立ち上がり、腰の刀に手を添える。
「さて、やることはやったし、そろそろ行こうか」
「うむ」
セツナも立ち上がる。
「いずれ禍主とも、いやでも相見えることになるじゃろうからな。その前に、腕を磨いておくがよい」
「そのつもりだよ」
村の外れの道を振り返ると、何人かの村人がこちらを見ていた。
深々と頭を下げる者もいる。
俺は軽く手を挙げて応え、セツナと並んで村を後にした。




