7 小鬼の殲滅
広間に足を踏み入れると、薄闇の中で小鬼どもが蠢いているのが見えた。
腰に差した提灯が揺れ、橙の灯りが壁の凹凸に陰影を落とす。
(数は……ざっと十数体ってところか)
一番近くの小鬼がこちらに気付く前に、一息で距離を詰めた。
「ギ?」
小鬼は何も分からないまま、首筋から腰にかけて両断され、黒い靄となって霧散した。
その瞬間、残りの小鬼の目が一斉に俺の方を向いた。
「ギギギィ!」
薄闇の中、鈍く光る黒い瞳がずらりと並び、背筋にぞわりと冷たいものが走った。
恐怖ではなく、生理的な嫌悪感だ。
「来いよ」
「ギャア!」
手前にいた一体が甲高い叫びを上げた。
真正面から両手を広げ、俺の顔に向かって飛んでくる。
横に一歩、滑るように身体をずらして避ける。
すれ違いざまに、上段から斬り下ろす。
刃が頭頂から腰までを一息に断った。二つに分かれた体が床に落ちる前に黒い靄となった。
その靄を踏み越えるように、次の小鬼が迫ってくる。
今度の小鬼は、助走をつけて跳躍してきた。
さっきのよりも少し体が大きいそいつは、俺の頭上を越えようとしている。
(背中を取るつもりか)
悪くない発想だけど、それを許すほど甘くはない。
頭上を過ぎる際に、その無防備な身体を両断する。
「ギャッ」
そいつの顛末を確認することなく、次の相手に意識を割く。
不意に左脛に鈍い痛みが走った。
「……っ」
死角から這い寄ってきた小鬼が噛みついていた。
だが、肉が裂けるような痛みではない。
脚絆が小鬼の歯を受け止めていた。
布越しに伝わる圧力はあるけど、皮膚までは破られていない。
「力は弱いな」
そのまま小鬼の頭上めがけて、真上から刀を突き立てた。
鈍い手応えとともに、頭蓋を貫通する。
腰の提灯が揺れる。その光に照らされて、別の小鬼がこちらに突進してくるのが見えた。
片腕を大きく広げ、もう片方の腕を前に突き出している。
掴みかかってくるつもりらしい。
真正面から両腕を伸ばしてくる瞬間を狙い、一刀で両腕を切り落とす。
「ギギィ!」
手を失い、悲鳴を上げる小鬼の首を横一閃に斬る。
落ちた頭が空中で黒い靄に変わった。
ここまでは順調だ。
数は多いが、互いに連携を取ることはない。一対一を続けるだけだ。
そこで、一際大きな影が動いた。
他の小鬼を押しのけるようにして、広間の奥から一体の小鬼が前へ出てきた。
他よりも頭一つ分ほど背が高い。身体つきもがっしりしていて、腕も太い。
そいつは人間の上腕骨と大腿骨と思しきものを二本、棍棒のように握っていた。
他の小鬼と違い、俺を睨んでくる。
「ギ……ギャァァ!」
咆哮とともに、地を蹴った。
邪魔な小鬼を殴り飛ばしながら突進してくる。その勢いは他の小鬼とは段違いだ。
少しばかり強い個体のようだ。
こいつを放置しておくと、他の小鬼を束ねる厄介な存在になりかねない。
骨の棍棒が振り下ろされる。
刀を横にして、それを受けた瞬間、腕に重い衝撃が走った。
「……っ」
骨と鉄がぶつかる音が狭い洞窟内に響く。
骨の方が砕けるかと思ったが、意外にも折れない。ひびが入りつつも、形を保っていた。
すぐに別の角度からもう一本の棍棒が横薙ぎに振るわれる。
屈んで躱すが、棍棒が頭上を掠め、風が髪を揺らした。
周りの小鬼達も、じりじりと間合いを詰めてきていた。
強い個体の相手をしている間に、別の小鬼に掴まれる――というのが一番避けたい展開だ。
「さっさと片付ける」
息を整え、集中する。
強い小鬼が再び棍棒を振りかぶる。
なるほど。多少強かろうと、動きは単純で大振りだ。
ならば対処は難しくない。
刀を斜めに構え、棍棒を受け流す。そこから斬り上げ、強い小鬼の脇腹から肩口に深い傷を刻む。
さらに返す刀で、その首を斬り落とした。
悲鳴を上げる間もなく、体ががくりと崩れ、黒い靄となった。
周囲に集まっていた小鬼達を一体ずつ確実に潰していく。呼吸がわずかに乱れるが、刀の軌道は滑らかだ。
その間に――
「ギギ!」
「ギィ!」
何体かの小鬼が、広間から出ていくのが見えた。懸念していたことだ。
「くそっ、逃げるか」
追いたいところだが、まだ広間には数体の小鬼が残っている。
ここで背を向けるのは危険だ。挟撃に遭うのは避けなければならない。
流れ作業のように残りの小鬼を片付ける。
提灯を掲げて広間を見渡したが、出入口は俺が入ってきたところだけのようだ。
「……追うか」
刀を握り直し、逃げた小鬼達の跡を追って、来た道を駆け戻ることにした。
◆
洞窟の通路を駆け足で引き返す。
さっき自分でつけた足跡と、小鬼達の三本指の足跡が、ぬかるみの上で混ざり合っていた。
小鬼達の足跡は、小さく、軽い。
だが、数が多いせいで、土がところどころぐちゃぐちゃに掻き回されている。
やがて、前方がじわりと明るくなり始めた。
洞窟の出口だ。
外に出ると、冷たい夜気が一気に肌を撫でた。
月明かりが森を薄く照らしている。洞窟内で鈍っていた目には、それだけでも十分な明るさだ。
「ギャッ!」
すぐ近くで、小鬼の声がした。
洞窟の口から少し離れた場所で、一体の小鬼が木の根を蹴って跳ね上がり、こちらに飛びかかってきた。
反射的に刀を振り上げ、袈裟掛けに斬り下ろす。
黒い靄が森の中に煙のように散った。
周囲を見回す。
他にも、数体の小鬼の影が木々の間を駆けていくのが見えた。
「逃がすか」
追う。
枝に足を取られないよう気を付けながら、目の端に映る小さな影を刈り取っていく。
一体、二体……
斬り伏せるたびに、黒い靄が広がり、すぐに消えていった。
だが、すべてを追い切れたわけではない。
木の根の陰や茂みの裏に紛れ、森の闇に溶け込むように逃げていった個体もいた。
追いかけ過ぎれば、逆に自分の位置を見失う。
森の中で迷子になれば、自分が危険だ。いや、セツナが見つけてくれるだろうけど、すごく笑われそうで嫌だ。
どうするか、と考えかけた時だった。
視界の端で、ふっと橙の灯りが揺らめいた。
「……狐火?」
小鬼が一体、森の奥から飛び出してくる。
その背中を追うように、橙の火の玉がふわふわと漂っていた。
「ギギギ!」
悲鳴を上げながら、小鬼は逃げ道を失ったのか、半ば転がるようにこちらへ向かってきた。
狐火が後ろから追い立て、俺が正面に立つ。
退路を完全に塞がれた小鬼は、混乱したように目を白黒させていた。
「悪いな」
短く呟き、一歩踏み込む。
上段からの斬り下ろしで、小鬼はあっけなく黒い靄となって消えた。
狐火がふわりと浮かび上がり、その場で二、三度くるくると回ってから、ふっと消える。
代わりに木々の陰から、巫女姿の少女が現れた。
「討ち漏らしは妾が片付けておいた」
白い袖を軽く払いつつ、セツナがこちらへ歩いてくる。
さっきまで酒を飲んでいたとは思えない、しゃんとした足取りだ。
「シン、汝もまだまだじゃな」
いつもの調子で、唇の端をほんの少しだけ吊り上げる。
「助かった、セツナ」
「小汚い男が息を切らせて妾のところへ転がり込んできてな」
ふふ、と口元だけで笑う。
「息災で何より。じゃが、この貸しは大きいぞ」
小汚い男というのは、有志の男のことだろう。
あいつ、ちゃんとセツナのところへ行ってくれたらしい。
「お前には借りしかないけどな」
家族を殺された俺の面倒を見てくれたのはセツナだ。妖との戦い方を教えてくれたのも。
もはや返しきれない借りだ。
「ふふふ、旨い酒を頼むぞ」
「はいはい」
「安心せい。他に小鬼の妖気はない」
だったら、これで終わりだ。
いざという時は本当に頼りになる妖だ。
でも、セツナをなるべく頼らないようにしたいものだとも思う。
「相手が多いと、どうしても俺一人だと厳しいな」
「汝の手は二本しかないからのう」
「まあな。仲間でもいたらもっと戦いやすいのかもしれないけど」
望んだところで、そうそう得られるものでもない。
それは今後の課題として、小鬼退治が済んだことを村長に報告しないといけない。
「村に戻ろう。セツナ、助けてくれてありがとな」
「良い良い。酒が妾を待っておるからのう」
セツナの反応に苦笑しつつ、洞窟の方を一度だけ振り返る。
あの中には、まだ人骨が残っている。村に戻ったら、村長に伝えなければならない。
「しかし、シンよ」
「なんだ?」
「汝、あの程度の小鬼相手に、脛を噛まれるとは――」
にやりと、悪戯っぽく笑う。
「汝もまだまだじゃな」
「うるさい」
そう言いながらも、口元が少しだけ緩むのを自分で感じた。
俺達は並んで森を抜け、村へと続く道を歩き始めた。




