6 骨の間
セツナにもらった提灯で足元を照らしながら、洞窟内を慎重に進む。
狭いところや天井の低いところがある。
ときどき水が滴る音が聞こえてくる。ぽた、ぽた……と規則的に落ちる音がやけに耳に残る。
湿った土の匂いが漂い、床や壁には苔が生えている場所もある。
提灯の揺れに合わせ、岩の影が揺れる。
提灯の灯りも遠くまでは届かず、洞窟は曲がくねっていて、先の見通しは悪い。
もしここで提灯の火が消えると、本当に何も見えなくなるだろう。
もっとも、灯っているのは蝋燭ではなく、セツナの狐火だ。風が吹こうが水に濡れようが、火が消える心配は無用だ。
蝋燭や油を使っていないので、火が燃え広がることもない。
通路は狭いけど、俺一人が歩くには十分だ。
念のため、壁や天井を刀の鞘でつついてみたが、崩れる様子はない。
多少の制限はあるものの、刀も問題なく振れる。
少し進んだところで、左手の壁に凹んだ場所を発見した。壁伝いに身を寄せ、気配を殺してそっと中を覗く。
むわっと生臭さが鼻を突いた。
肉が腐った臭いに、湿気と土の臭いが混ざっている。
聞こえてきたのは、小さな羽音だ。灯りに驚いた小蠅の群れが一斉に飛んだ。
そうして現れたのは、ところどころ赤いものが付着した白っぽいものだ。
細長い形のものや、平たく湾曲したものなどいろいろある。小さなもの、大きなものが雑に混ざり合って積み上げられている。
「う……これは、人骨か?」
臭いの原因はこれだ。
目の前の光景に吐き気を催す。
実際に吐くほどやわではないけど、見ていて気分のいいものじゃない。
村長は行方不明になった者が何人かいると言っていた。ここにあるのはその成れの果てだろう。
小さい骨は子どものものかもしれない。
今は埋葬する余裕などない。
洞窟の奥にいる小鬼どもを放っておいたら、被害者が増えるだけだ。
生きている者を守るのが先だ。それを終えてから、村人に骨のことを知らせればいい。
俺は手を合わせてから、洞窟の奥に進む。
幸い、洞窟内に分岐はない。
右へ左へと曲がりはするが、枝道は見当たらなかった。
代わりに前後の感覚が掴みづらい。
戦闘になった際に、どっちが出口か分からなくなる、なんてことになれば目も当てられない。
セツナは今頃、酒でも飲んでいるのだろうか。
ふとそんなことを考える。
これまでも、俺が妖退治をする時についてくることはほとんどなかった。で、彼女のもとに戻ると大体酔っている。
俺が妖に殺されないと信じているのか、「死んだらそれまで」と割り切っているのかは分からない。
……今は余計なことを考えている場合じゃないな。
ここは妖の住処なんだ。
油断して小鬼にやられるなんて、笑い話にもならない。
俺には禍主を討つという目的がある。それまでは死ねない。
息を深く吐き、気を引き締め直す。
その時だった。
前方から、ぺちゃ、ぺちゃと湿った足音が近づいてきた。
水溜まりを裸足で踏む音だ。短い間隔で続く足音は一つではない。
暗闇の奥から、低い鼻息のようなものも聞こえる。
提灯を掲げてみたが、曲がった通路の先までは届かない。
あちらには灯りがない。暗くとも見えているということでもあり、それが妖であることの証左でもある。
隠れる場所もないため、真向から迎え撃つ必要がある。
刀の振りやすそうな、比較的広い場所に陣取る。そこで提灯を足元に置き、小鬼が来るのを待つ。
曲がり角の向こうで、足音が止まった。
相手も俺の存在に気づいたのだろう。
「ギギ……ギ……」
「……ギギギ……」
なんとも不快な声が聞こえてくる。
知能は高そうに見えなかったけど、互いに意志疎通くらいはできるのかもしれない。
しばらく相手の出方を待っていると、急に曲がり角から飛び出してきた。
相手は二体。
人間の子どもほどの大きさで、足は三本指だ。
手には白くて細長いものを握っている。赤黒いものが付着していて、血が滴っているのが見えた。
成人男性の大腿骨だろうか。詳しくは分からないけど、とにかくそれを高く掲げながら、俺に向かって突進してくる。
「ギャギャギャ!」
先頭の小鬼が耳障りな雄叫びを上げる。
踏み込みと同時に抜刀し、横一閃に斬る。
「ギヒャ……?」
身体を上下に分断された小鬼は間の抜けた声を上げ、そのまま黒い靄となって消えた。
持っていた骨が地面に転がった。
残るは一体。
そいつは俺に向かって、持っていた骨を投げてきた。
「ちっ」
刀で飛来する骨を弾くと、かんと乾いた音を立てた。跳ねた血が俺の頬を掠める。
次いで、飛び掛かってきた小鬼を袈裟掛けに斬る。
「ギギ……」
斬り口から黒い靄が噴き出て、すぐに全身が黒い靄となって跡形もなく消えた。
俺は頬についた血を拭うと、置いていた提灯を手に取り、曲がり角の手前まで行く。そして、提灯だけをすっと前に差し出す。
「ギギ!」
提灯に向かって一体の小鬼が飛びつこうとしたので、提灯を引っ込める。
やっぱりもう一体いたか。待ち伏せをするとは、少しは知恵が回るようだ。
「ギ?」
当てが外れてきょとんとしている小鬼を、容赦なく上段から斬り伏せる。
黒い靄となって消えたのを確認してから納刀した。チンと涼しげな音が狭い通路に響いた。
この感じなら、一番奥にはもっとたくさんの小鬼がいるかもしれない。
そう考えると、納屋で一体逃がしてしまったのは、僥倖と言えるかもな。あそこで終わらせていたら、残りの小鬼は生き残っていたわけだから。
小鬼の巣まで案内してもらったと考えると、悪くはないな。
その後は他の小鬼に遭遇することなく、進むことができた。
通路は相変わらずくねくねと曲がっているが、奥へ行くほど天井が高く、幅も少しずつ広がっていく。
やがて少し広い場所に到着した。
そこはぽっかりとした広間だった。
天井は高く、俺が背伸びをしても届かない。
……随分といるな。
薄暗いのでよく見えないけど、見える範囲だけで十以上の小鬼が確認できる。
互いに争っている様子はなく、今まさに食事中というわけでもなさそうだ。大きさもまちまちだ。
この中に首領のような存在がいたら厄介だ。いくら小鬼が強くないとは言え、統率の取れた行動を取られたら面倒になる。
提灯を高く掲げれば、すぐにこちらの存在がバレる。
だから、今は光を抑え、広間の手前の影から、じっと様子を窺うことにした。
小鬼達の動きや配置、逃げ道になりそうな穴や狭い通路がないか、目を凝らす。
ふと、じゃりと足音が背後から聞こえた。
咄嗟に刀を抜き、音がした方に向ける。
「待ってくれ。俺だよ、俺」
ついさっき聞いた男の声だ。俺の邪魔をした有志の男だな。
男はもう邪魔をする気はないとばかりに両手を上げている。
「はぁ……何しに来たんだ?」
俺は溜め息をついてから、声を落として男に尋ねた。
ちらりと小鬼達に視線を向けたが、気付かれた様子はない。ほっと胸を撫で下ろす。
「あんた、強いんだな」
男は悠長にもそのようなことを言うので、睨んでやる。
「わ、悪い……いや、俺も手伝おうと思って。これでも村を守りたいって気持ちは本当にあるんだ」
男は頭を掻きながら、そんなことを言う。
でも、正直な話、妖を視ることができない奴がいても邪魔なだけだ。
「心意気は買ってやる。でも、お前じゃ足手まといにしかならない」
だから正直にそう伝える。守りながらの戦いなんてしたことがない。
「だが――」
「お前にあれが視えるのか?」
なおも食い下がる男に、小鬼の群れを指す。当然、男の目に映るのは、ただ岩がゴツゴツした暗い空間が広がっているだけだろう。
「……あそこに何かいるのか?」
「ああ。小鬼がびっしりとな」
少し過剰に伝えておけば、男も逃げ腰になるだろう。
「な、何も見えねぇ」
「だったらお前にできることは何もない。俺の邪魔にならないように――」
そこで言葉を切る。
おそらく何を言っても退かなさそうな雰囲気だ。
だったら役割を与えてやったらいいんじゃないか?
目の前の小鬼の数は多い。全滅させるつもりではいるけど、逃げる小鬼がいるかもしれない。
森に逃げられたら、俺では追うことができない。
だったら先に手を打っておく方がいい。
「いや、お前に頼みがある」
「頼み?」
男が目を丸くする。
「俺と一緒に来た、巫女みたいな格好の少女に伝えてほしい」
「あ、ああ」
「小鬼が逃げる可能性があるから、逃げた奴を祓ってほしいと伝えてくれ」
後で文句を言われるかもしれないけど、小鬼を取り逃がして村に再度被害があったら大変だ。
村のためでもあるけど、退治人として依頼をきちんとこなすという自尊心の問題だ。
「任せろ」
男は頷くと、足音をできるだけ殺そうとしているのか、意外なほど静かに去っていった。
よし。これで邪魔者はいなくなった。
俺は刀の柄に手を添える。
さあ、小鬼の殲滅の開始だ。
※お知らせ
前作が先ほど完結しました。
「あ、前作あったのか」という方がいれば、お時間あるときにでも読んでいただけたら嬉しいです。
『平穏を望む転生魔王、今度こそ世界を変える』
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