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半妖少女とゆく禍主退治の旅  作者: 彼岸茸


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4 茶屋の噂

 家族を禍主(まがつぬし)に殺されてから、何年かが過ぎた。


 思い返せば、よく生きてきたと思う。

 セツナには、妖の群れの中に「様子を見てこい」とだけ言われて放り込まれたり、気づいたら山奥に置き去りにされて「自力で下りてこい」と笑われたりした。他にもいろいろあったが、思い出したくもない。


 セツナとの模擬戦では、彼女の鉄扇で何度も叩きのめされたこともある。

 気を失った回数は途中で数えるのをやめた。


 けれど、本当に危険なところで、必ずセツナは手を伸ばしてくれた。

 ぎりぎり死なない程度に追い込んでくる――そういう意味では、「愛の鞭」なんだろうと、自分に言い聞かせることにした。


 そんな訓練の日々のおかげで、今の俺は村の畑を耕していた頃とは別人だ。

 刀を腰に差して、旅をしながら妖を斬る。そういう退治人の生き方にも、もう慣れた。


 これから、街道沿いの茶屋で昼飯だ。


     ◆


 藁葺きの屋根に、煤けた暖簾が下ろされている。

 中に入ると、煮詰めた醤油と焼いた味噌の香りが鼻をくすぐる。


「団子二串と、茶を二つ頼む」


 座敷に腰を下ろしながら注文すると、奥から「へいよ」と親父の声が返ってきた。

 旅人や行商人らしき客がちらほらいるが、昼時の割にそこまで混んでいない。


「しかし、相変わらず味気ないのう。たまには酒でも頼めば良いものを」

 

 向かい側に座ったセツナが、退屈そうに頬杖をつく。

 背が伸びて、筋肉も増えた俺に対し、セツナの見た目は少女のままだ。

 巫女のような白い上衣と緋袴という姿は目立って仕方がない。


「昼間っから飲んでたら、刀が鈍るだろ。夜に妖が出たらどうするんだよ」

「酔うたまま斬れば良かろう」

「……お前はいいかもしれないけどな」


 そんなやりとりをしているうちに、茶と団子が運ばれてきた。

 焦げ目のついた団子に甘辛いタレがとろりとかかっていて、腹が鳴る。


「お待ちどうさん。旅の人かい? この辺じゃ見ねえ顔だ」


 茶屋の親父が湯呑みを置きながら、じろりとこちらを見る。


「旅の退治人だよ。稼ぎになりそうな話があればいいんだけどな」


 軽く笑って返すと、親父がにやりと笑った。


「退治人様の稼ぎねぇ……なら、ちょうどいい話があるぜ」


 俺が団子にかぶりつく前に、その言葉が耳に引っかかる。


「何かあったのか?」

「この先に小さな集落があってな。そこの話だ」


 親父は声を少し落とした。


「最初は食い逃げやら物盗りやらが続いてたんだとよ。畑の作物が荒らされたり、納屋の干し肉が消えたり、家畜が一、二匹いなくなったりな。最初は人間の仕業だと思ってたんだが……」

「だが?」

「ここ最近は、夜中に人が襲われるようになった。それに、行方の知れない奴が何人かいるって話だ」

「衛士はいないのか?」


 衛士――町の治安を預かる役人だ。


「そんなもんが常駐するほどの場所じゃねえよ。村の有志が夜回りしたらしいが、空振り続きらしい。そろそろ怖じ気づいてる頃じゃねえかな」


 親父は肩を竦めて、茶釜の方へ戻っていく。


「ま、噂話さ。気になるなら行ってみるといい」


 そう言い残して、別の客の相手をしに行った。


 団子を一口かじる。

 向かいのセツナは既に団子を食べ終え、茶を啜っていた。


「……聞いたか?」

「全て聞いておった。妖の匂いがする話じゃのう」


 セツナは湯呑みを置いた。


「じゃが、小物じゃな。あまり稼ぎにはならぬぞ」

「小物かどうかは分からないだろ。それに少しでも稼いでおかないと、酒が買えない」


 俺がそう言うと、セツナがじっとこちらを見た。真剣な表情を浮かべている。


「汝が行くと言うなら、妾はついて行こう」

「酒のためだろ?」

「無論じゃ!」


 にへらと笑い、取ってつけたように付け加えた。


「あ、汝のことが心配じゃからな」

「はいはい」


 茶代と団子代を払い、俺達は茶屋を後にした。


     ◆


 村は茶屋からそう遠くない場所にあった。

 畑の広がる先に、木と土でできた家々が寄り集まっている。

 門はないけど、入口付近に鍬を握り締めた男が立っていた。


「あれが村の有志って奴か。一人しかいないけど」

「気が立っておるようじゃのう」


 近づいていくと、向こうもこちらに気づいた。俺達を睨みつけ、太い声で話しかけてきた。


「おい、お前ら。ここから先は立ち入り禁止だ。引き返しな」


 年は三十前後か。汗と土と、焦りの臭いが混ざっている。


「退治人だよ。茶屋で噂を聞いてな。何か力になれればと思っただけだ」


 俺は腰の刀に手をやりながら、できるだけ穏やかに答えた。

 けれど、男は警戒を解かない。


「他所者が首を突っ込む話じゃねえ。ここは俺がなんとかする」

「なんとかできてないんだろ? 人死にも出てるんじゃないのか?」


 男の眉間に皺が寄った。


「村長と話をさせてくれないか? 話を聞いて、無理だと判断したら引く。少し話をするくらいはいいだろう?」


 男はしばらく唇を噛んでいたが、やがてふいっと顔をそらした。


「……好きにしろ。ただし、足手まといになったらすぐ帰れよ」

「ありがとう」


 俺が礼を言うと、セツナが小声でくすりと笑った。


「挑発に乗らなんだのは、褒めてやろう」

「乗ったら乗ったで、お前が喜びそうだからな」

「妾のことがよう分かっておる」


 そんなやり取りをしつつ、俺達は村長の家へ案内された。


     ◆


 村長の家は集落の中心にある一番大きな家だった。

 と言っても、大きめの農家といった感じだ。少しだけ俺の実家を思い出す。


 縁側に通されると、白髪交じりの老人が現れた。腰は曲がっているが、目にはまだ力がある。


「わしがこの村の長をやっておる」

「シンだ。こっちはセツナ。妖退治をして回っている」


 セツナは軽く会釈をするだけで何も言わない。

 村長はじっとこちらを見て、俺の腰の刀に視線を落とした。


「……噂には聞いたことがある。妖を斬って稼ぎを得る者がいると」

「まあ、そんなところだ」


 余計なことは言わずに頷く。

 村長は一度目を閉じ、ゆっくりと語り始めた。


「最初は、食い物が盗まれる程度じゃった。畑の作物が荒らされ、納屋の干し魚や干し肉が消える。村の犬が吠えることもあったが、誰も姿を見とらん」


 隣の部屋から、すすり泣く声が聞こえてきた。

 ちらりとそちらを見ると、まだ若い女が膝を抱えて座っている。目は真っ赤だ。


 村長が続ける。


「それから、家畜がやられるようになった。鶏や山羊が喰いちぎられてな。そして……ついに人が襲われた」


 女の肩がびくりと震えた。


「旦那か?」


 小声で尋ねると、村長が頷いた。今後のことを決めるために村長の家に来ていたらしい。


「夜中にそいつの悲鳴が聞こえてな。近所の者が駆けつけたが、もう床に血が広がっておるだけじゃった。体の一部が喰いちぎられておったが……相手の姿を見た者はおらん。他にも行方不明が何人かおる。血の跡だけ見つかった者もおれば、布切れだけ残されておった者もおる」


 村長の声が僅かに震える。


「誰かが妖を怒らせたのかもしれん、と言う者もおってな……」

「怒るほどの妖なら、とっくに村ごと消えてるよ」


 ぽろりと本音が出た。

 村長が目を瞬かせたので、少しだけ言葉を継ぐ。


「……そうなっていないなら、こいつはまだ小物だ」


 セツナが横で、くすりと笑った気配がした。


「もちろん、小物でも人間には十分脅威だけどな」

「……そうか」


 村長は長く息を吐いた。


「退治を頼めるか?」

「報酬次第だな」


 こういうときは、はっきり言った方がいい。

 村長は奥から小さな木箱を持ってきて、蓋を開けた。


「村の者でかき集めた。どうじゃ?」


 箱の中には、古い硬貨がぎっしりと詰まっている。

 少なくない額だ。村の規模を考えれば、かなり無理をしているはずだ。それほど困っているということなのだろう。

 金の準備をしていたということは、もともと退治人に依頼するつもりだったのかもしれない。


「引き受けよう」


 そう言うと、女が涙を拭いながら顔を上げた。


「お願いします……どうか……」


 言葉にならない声に、俺はただ頭を下げた。


     ◆


 村長の家を出ると、夕日が山の端に沈みかけていた。


「どうするつもりじゃ?」


 セツナが隣で歩きながら尋ねてくる。


「夜に動くなら、こっちも夜に合わせるしかないだろ。襲われた家の近くで張る。動きが分からないうちはそれしかない」

「ふむ。愚直じゃが、悪くはない策じゃ」


 村長の家からの帰り道、村の者が酒と簡単な飯を持ってきてくれた。

 お礼だと言うので断るわけにもいかず、囲炉裏端で軽く腹を満たす。


「存外旨い酒よ」


 セツナはすっかり上機嫌で、貰った酒をくいくいとやっている。

 頬がほんのり赤くなっている。


「おい、飲みすぎるなよ。今夜は――」

「心配するな。妖は汝に任せた」


 あっさりと言われて、言葉に詰まる。


「……そう来ると思ったよ」

「夜道は危険じゃ。これを持っていけ」


 そう言うと、セツナはどこからか提灯を取り出した。

 丸い紙張りのそれには、既に火が灯っている。


「ほれ、足元をすくわれぬようにな」

「いつの間に」

「村の者から借りたまでじゃ。返すのは明日でよかろう」


 提灯を受け取ると、小さな炎が揺れて、俺の手と顔をほんのり照らした。

 日が完全に落ちれば、これが頼りになる。


「じゃあ、行ってくる」

「ああ。せいぜい、喰われぬよう気をつけるのじゃぞ」

「俺が喰われるなんて思ってないだろ?」

「妾が鍛えたからのう」


 提灯を掲げて、夜の村へと歩き出す。

 家々の灯りが一つ、また一つと消えていく。静けさが増し、空気が冷たくなったように感じる。


「……来るなら、今夜来いよ」


 小さく呟いて、俺は闇の中で息を潜めた。

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