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半妖少女とゆく禍主退治の旅  作者: 彼岸茸


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30 復讐の果て

 腹を貫かれ、右腕を斬り落とされた禍主が両膝を地面につけている。

 俺を射殺さんとばかりに睨み上げてくるのを、俺も睨み返す。


「忌々しい。ヤマトの子め……!」


 それは俺の台詞だ。

 俺は大上段に緋色の刀を構える。

 今の禍主には、逃げる体力も幻術を使う力も残っていないようだ。


 勢いよく振り下ろす刀を避けようとする素振りすら見せない。

 潔い――そんな言葉で済ませていい相手じゃない。


 俺に躊躇する理由など一つもない。

 息を深く吸って、吐く。


 袈裟懸けに斬り下ろした。

 刃が空を切る音が遅れて耳に届いた。


 小妖を斬った時と違って、肉を断つ抵抗が大きい。骨に当たる硬い感触が腕に伝わる。

 それでも刃は止まらない。


 禍主の身体は左肩から右腰へ斜めに割れた。


 禍主はすぐには黒い靄にならない。

 最後の力を振り絞って、幻術を使ったのかと身構える。


 だが、そうではなかった。


「……許さぬぞ、ヤマトの子よ――」


 斬り口から黒い靄が滲み、空気に溶けるように広がっていく。

 そして、跡形もなく消えた。


 ようやく復讐を果たせた。


 ここまで来るのに長かった気がする。

 けれど、思い返せば短かった気もする。

 そして何より、呆気ない。


 これで家族の無念を晴らせたかなんて、分からない。

 結局は俺の自己満足だったのかもしれない。


 それでも――これでいい。

 そう思いたかった。


 ふと視界がぐらついた。

 疲労に加え、左腕からの出血がじわじわと続いていた影響かもしれない。

 目の前の脅威が消えたことで、張り詰めていたものが一気にほどけた。


 倒れないよう堪えようとしたけど、意識は沈んでいく。

 誰かに支えられる柔らかい感触があった。


     ◆


 目を覚ましたのは、昨日会ったおじさんの家だった。

 既に外は明るい。


 体を起こすと、左腕には包帯が巻かれていた。血が滲んでいるけど、出血は止まっている。

 傷薬の補充をしないとな。


「やっと起きたわね」


 ルカの声が聞こえた。どうやら様子を見てくれていたらしい。


「世話になったな」

「倒れそうになったシンをここまで運んだだけよ」


 それだけでもありがたい。

 しかも左腕以外にも、細かい怪我がいくつも手当てされている。激しい戦いで気づかなかっただけのようだ。

 誰が手当てしてくれたのかは明らかだ。


「ありがとう、ルカ」


 礼を述べると、彼女は微笑んだ。


「それにしても、その刀……凄いわね。禍主を斬っちゃうなんて」


 ルカが話題を変えた。


「俺もよく分からないんだよ。セツナに聞かないと」

「セツナ様なら隣の部屋にいるわ」


 立ち上がり、刀を持ってセツナのところに向かう。

 襖を開けると、セツナは一人で茶を飲んでいた。


 ……違う、酒だな。

 仄かに酒気を感じた。


「昼間から呑むなよ……」

「シン、息災で何よりじゃ」


 息災って……けっこう満身創痍なんだけど。


「この刀について教えてほしい」


 セツナの前に座り、ルカも腰を下ろした。

 緋色の刀をすっと前に出す。もちろん鞘に入れたままだ。


「前に妖気を吸った金属の話をしたじゃろう?」

「緋鉄だったか?」

「そう。その緋鉄を鍛えた刀がそれじゃ。緋影刀という」


 セツナはそう言うと、お猪口をくいっとあおり、緩んだ笑みを浮かべた。

 やれやれ、と言いたくなるけど、今はそれより先だ。


「なんでそんな刀が俺の家にあったんだ?」


 父さんはただの農民だったはずだ。

 なのに、どうして?


「禍主が何度も『ヤマトの子』と言うておったじゃろう?」


 セツナの声が少しだけ硬くなる。


「禍主を封じた男――ヤマト。アマチ家はその家系の一つじゃ。要は退治人の家系じゃな。近年は妖を視る力も失われていたから、田畑を営んでいたというわけじゃ」


 ……そういうことだったのか。


「父さんは知ってたのか?」

「さあのう。だが『奥の刀には触れるな』と言うておったんじゃろう? 何かは知っておったじゃろうな」


 胸の奥が痛んだ。

 父さんは俺に伝える前に死んだのか。


 ヤマトの家系……禍主が忌々しげに俺のことをそう呼んだのにも納得がいった。


「緋影刀で禍主を斬った。あいつは黒い靄になって消えた……本当に終わったのか?」


 禍主の最後の言葉と笑みが思い出される。

 セツナが表情を引き締めた。


「……終わった、と言ってよかろう」

「本当か?」

「汝が斬ったのは確かに禍主じゃ」


 胸の奥に溜まっていたものが、少しだけほどけた気がした。

 だが、セツナはそこで言葉を切らない。


「あやつは封印を破って出てきたばかりじゃ。封印を破るだけで相当な力を使う。そこから姿を成すのにも、さらに力が要る。力の戻らぬあやつは、まずは自らを滅ぼしうる緋影刀を壊しに来たのじゃろう」


「じゃあ俺にとってはちょうど好機だったというわけか」


 逆にあいつにとっては不運だったということだ。


 俺は口にしながらも、どこかで「やっぱりな」と思っていた。

 大妖にしては手応えが軽すぎたのだ。


「……じゃあ、五年前に家族を殺したのは?」


 喉の奥がひりつく。

 言葉にするだけで、あの夜の匂いが戻ってくる。


「五年前は、封印の綻びから漏れた妖気で、禍主が一時的に形を成したものじゃろう。長く外に留まれたわけではない……それでも、汝の家族を焼くには十分じゃった」

「……ああ」


 終わった。

 俺は確かに、あいつを斬った。

 半ば騙し討ちの形であろうと、家族の復讐は果たせた。


 終われば心がすっきりするかと思っていたけど、そんなことはなかった。

 達成感があるわけでもない。


 ただ、今はゆっくり休みたい。

 家族の墓参りもしておきたいしな。


     ◆


 おじさんに泊めてもらった礼を言うと、逆に感謝された。

 寝込んでいた家族が少しだけ元気になったらしい。妖気が薄れたのだろう。


 墓に行く途中、アマチ家の前を通ったけど、アマチ家は完全に焼け落ちていた。

 思い出の場所がなくなったことに、胸が締め付けられる。


「シン、大丈夫?」

「ああ……最初からこの家に戻るつもりなんてない」


 心配そうに俺を見るルカにそう答えておく。

 嘘ではない。けど、強がりでもある。


 村の外れにある墓地にはすぐに着いた。

 『アマチ』と彫られた墓石はすぐに見つかった。

 他の墓より少し大きい。


 ……ここに父さん、母さん、そしてリンが眠っている。


 俺は両手を合わせる。

 ルカも同じように手を合わせ、セツナは静かに目を閉じて黙祷だけした。


 風が頬を撫でた。


 目を閉じると、あの夜の匂いが蘇る。

 煙と熱気、そして肉が焦げる臭い。


 この感傷もいずれ褪せていくだろう。


 手を合わせ終え、立ち上がる。


「……行こう」


 俺が言うと、ルカが小さく頷いた。


 村を出る前に、俺は彼女に向き直った。

 改めて言わないといけない気がした。


「ルカ、これからも一緒に旅をしてもらってもいいか?」


 俺の都合にばかり付き合わせるみたいで、気が引ける。

 だけど、彼女がいると心強い。


 ルカは一瞬だけ視線を逸らした。

 それから、短く息を吐く。


「……いいわ」

「嫌なら断って――」

「嫌じゃないわ。前も言ったでしょ。あたしも一人だと限界を感じてたって」


 そう言って、ほんの少しだけ口元を緩めた。


「シンよ。妾には何か言葉はないのか?」


 セツナが悪戯っぽく笑う。


「セツナにはもともとついてきてもらうつもりだからな。時々酒を買ってやるよ」

「酒に釣られるわけではないが、仕方ないから同行してやろう。良い酒を期待しておる」


 しっかり釣られてるじゃないか。

 思わず苦笑してしまったけど、おかげで肩の力が抜けた。


 二人と並んで村を後にする。

 今度は――一人じゃない。

ここまでお付き合いいただきありがとうございました。

本作は一旦ここで完結です。続きは未定ですが、気が向いたらまた書くかもしれません。

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