表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
半妖少女とゆく禍主退治の旅  作者: 彼岸茸


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

3/30

3 妖を斬る刀

 宿場に着いたのは、それから数日後だった。


 森と畑と田んぼしかない村で生きてきた身には、宿場でも十分『町』に見えた。


 けれど、そこまで大きな宿場じゃないらしい。

 門もなければ、出入りする人間を誰かが見張っている様子もなかった。


「ここも、もう少しすれば賑やかになるやもしれんな」


 俺の隣を歩きながら、セツナがそんなことを言う。


「……正直、疲れた。こんなに歩いたの、初めてかもしれない」

「今からそれでは先が思いやられるのう。まだほんの入口にすぎんぞ」


 俺のぼやきに対し、セツナは涼しい顔で答えた。


 宿場の大通りを歩きつつ、俺は辺りを見回す。

 茶屋、飯屋、旅籠、馬を預かる小屋、それから道具屋らしい店なんかが立ち並んでいる。

 しばらく行くと、鉄の匂いと煙の上がる一角が目に入った。


「……あれが鍛冶屋か?」

「うむ。刀も扱っておるようじゃな。まずはあそこじゃ」


 妖を斬るための刀が必要だと、彼女は言った。


 鍛冶場に近づくと、かんかんと鉄を打つ音が響いてくる。

 店先には槍や農具が立て掛けられ、その奥に鞘に収められた刀が数本だけ並んでいた。


「おう、旅のお客さんかい? お嬢ちゃんは巫女さんかな?」


 ひげ面の男が顔を上げる。


「そのようなものじゃ。刀を見せて欲しい。斬れ味の良い、丈夫なものはあるか?」


 ……普通に会話している。


 俺は思わず、男とセツナを交互に見てしまった。

 村では、セツナが視えるのは俺だけだったはずだ。

 なのに、今の鍛冶屋は当たり前のように彼女を見て、会話をしている。


 そんな俺の視線に気づいたのか、セツナが横目でちらりと笑う。


「後で説明してやる。今は刀が先じゃ」


 そう言って、店の奥の刀に手を伸ばした。


「どれ、少し見させてもらおうかの」

「お、おう。気を付けてくれよ」


 セツナは鞘ごと刀を持ち上げ、刃を見たり軽く振ったりしている。

 俺も隣でそれを眺めるが、見てもよく分からない。


「さすがに緋鉄製はないか。期待はしていなかったが」

「緋鉄?」


 セツナは頷いて、少しだけ声を潜める。


「妖気を吸い、変じた金属のことじゃ。妖を斬るにはこれ以上ない素材じゃよ。ただし、希少過ぎてそうそう市場に出回ることはない」

「もっと大きい町ならあるかな?」


 首を横に振ったセツナは一番端に立て掛けられていた一本を手に取った。鞘の表面には、どこか不気味な文様が彫り込まれている。


「ほう、これは……悪くない」


 そう呟いて、ゆっくりと鞘から刃を抜いた。


 刀身は少し黒みがかっている。

 見ているだけで、ぞわりと背筋を撫でるような気配を感じて、俺は息を呑んだ。


「この刀、どこから仕入れた?」

「さあな。いつからか紛れ込んでいたんだ。俺が打ったもんでもねえし、安くしとくよ」


 鍛冶屋の男は肩を竦める。


「これを貰おう」

「……金はあるのか?」


 鍛冶屋の現実的な問いに、俺は言葉に詰まる。


 村を飛び出す時、まともに金目のものを持ち出す余裕なんてなかった。

 腰の小袋には、僅かな小銭が入っているだけだ。


「妾が出そう」


 懐から取り出したのは、小さな革袋だった。中から出てきたのは、見慣れない形の古い硬貨だ。

 鍛冶屋が目を丸くする。


「お、おい嬢ちゃん。こりゃ……随分と古い金じゃねえか。今でも使えなくはねえが、釣りが大変だぞ」

「釣りは要らぬ。取っておけ」


 セツナは気にした様子もなく言う。

 俺は思わず彼女を見た。


「……お前、どこでこんな金を」

「長く生きておれば、いろいろあるのじゃよ」


 軽く流されたが、その「いろいろ」の中身は怖くて聞けなかった。


 金の件が片付くと、鍛冶屋は刀をきちんと手入れしてから渡してくれた。柄や鍔も俺の手に合うよう、簡単に調整してくれた。


「不気味な刀だが、大事に使ってやってくれ」

「ああ……ありがとう」


 深く頭を下げてから、俺は刀を腰に下げた。

 店を出たところで、さっきから気になっていたことを口にする。


「なあ、セツナ」

「なんじゃ?」

「なんで、あいつ――鍛冶屋にもお前の姿が視えてたんだ? 村じゃ、視えてたのは俺だけだったのに」

「ああ、そのことか」


 セツナは歩きながら、当たり前のように言った。


「妾ほどの大妖になると、視えるも視えぬも自在じゃ。村では、視えぬようにしておったが、それでもシンには視えた。それだけのことじゃ。意外と、人の世に紛れて生きておる妖はおるぞ。気づいておらぬだけでな」


 俺は思わず周りを見回してしまった。

 茶屋の娘、荷車を引く男、走り回る子どもたち。誰も「妖」には見えない。

 セツナはくすくすと笑って、宿場の外れに向かって歩き出した。


「さて、刀も手に入れたことじゃし――次は汝の体を鍛えねばならぬ。ついて参れ」


     ◆


 宿場の外れに林があった。

 薪を採ったり、子どもが隠れて遊んだりする程度の、小さな林だ。人気(ひとけ)はなく、訓練にはちょうどよさそうだった。


 まずは刀を抜いてみる。

 ずっしりとした重さを感じ、それ以上に禍々しい気配があるのが気になった。


「この刀は何なんだ? 悪くないって言ってたけど」

「妖の骨が使われておる。緋鉄ほどでなくとも、今のシンには十分じゃ。むしろ最初から緋鉄製の刀を使うと、基礎を疎かにする者もいるからのう。慢心せぬためにはちょうど良い」


 セツナはどこか楽しそうに話す。


「まずは構えじゃな」


 俺はぎこちなく両手で柄を握り、構えてみる。


「……こんな感じか?」

「なかなか様になっておるのう。じゃが、肩に力が入りすぎておる。腕だけで振ろうとするな。足と腰を意識せい」


 セツナが俺の肩を扇で軽く押す。ぐらりと体が揺れた。


「ほれ、簡単に崩れる。これでは一太刀交えたら、すぐに転がる」

「いきなり厳しいな」

「心配するな。妾がみっちり鍛えてやる」


 言葉は辛辣だが、教え方は的確だった。

 足の幅、膝の曲げ方、腰の落とし方、背筋の伸ばし方。一つひとつ、セツナは手を添えて直していく。

 素振りをするよう言われ、上段からの振り下ろしを何度かする。


「柄は握り込むな。指で包むように、少し余裕を持たせて持て」

「こうか?」

「そうじゃ。その方が、衝撃を受け流しやすい。今の汝は刀に振られておる」

「そうは言ってもだな」

「初心者じゃからな。こればかりは慣れるしかない」


 軽く笑って、セツナは俺の前に立つ。


「本格的な稽古の前に、まずは素振りじゃな。それから、いくつか型をやって、妾との模擬戦をやって……実践はそれからじゃ」

「気の遠くなる話だ」

「じゃが、やると決めたのじゃろう?」

「もちろん」


 それからはセツナに姿勢や握りなどを矯正されつつ、素振りをした。


 気づけば、息は上がり、汗が額から滴っていた。

 それに対して、セツナは相変わらず涼しい顔だ。


「……楽しんでないか?」

「多少はな。妾も久しぶりなのじゃ。こうして、誰かに教えるのは」


 セツナがふっと目を細める。


「昔、似たような者と旅をしたことがある。あやつも妾の言葉を信じ、最後には命を賭けた」

「……その人も、妖を斬るために?」

「そうじゃ。あやつは汝よりもう少し口が悪かったがのう」


 セツナは楽しそうに笑った。その笑い方には、ほんの少しだけ寂しさも混じっているように見えた。


「そいつは、どうなったんだ?」

「……いつか、話してやろう」


 その問いには答えず、セツナは話を打ち切るように手を叩く。


「さて、休憩は終わりじゃ。素振りを百回」


 彼女の口元は、どこか愉快げだった。


「ひゃ――」

「すぐに慣れる」


 結局、刀の重さだけはよく分かるようになった。


     ◆


 夕焼けが林の木々の間から差し込む頃、腕は鉛のように重くなっていた。汗で着物が肌に貼り付き、足も棒だ。

 湯に浸かりたい……。


「……九十九、百っ」


 最後の一振りを終えた時、全身から力が抜けそうになる。手に力が入らず、刀の柄が滑りそうになる。

 だが、刀は何とか落とさずに済んだ。


 肩で息をしながら、刀を納める。

 セツナがぱちぱちと、わざとらしく手を叩いた。


「少しずつ良くなっておる」

「自分じゃ分からないな」

「まずは基礎を続けることじゃな。それが禍主を討つことに繋がろう」


 大げさだと思ったけど、その通りなのだろう。


 俺は刀の柄にそっと手を添え、アカナ村の方角の空を見上げた。

 金の瞳の黒い少女と横たわり動かない家族……全部が一度に押し寄せる。


「……必ず、あいつを見つけて討つ」


 口に出してみると、その言葉は自分のものじゃないみたいに震えていた。

 それでも、胸の奥にこびりついた何かが、少しだけ形を持った気がした。


 セツナがゆっくりと頷く。


「その心を忘れぬようにな。明日からはもう少し厳しめに行くぞ」


 その声は、いつものからかうような調子ではなく、不思議と静かで重かった。


「ああ、望むところだ」


 俺はもう一度だけ柄を握り直し、これからの長い道のりを、とりあえず一歩分だけ実感した。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ