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半妖少女とゆく禍主退治の旅  作者: 彼岸茸


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27 アマチの家

 俺の生家はアカナ村の中でも比較的大きな家だ。

 立地的にも悪くない場所にある。


 子どもの頃はそれが普通だったから、なんとも思っていなかった。

 でも、旅をするようになって、町や村の大きな家にはそこの有力者が住む傾向があることを知った。


 父さんは村長だったわけでもないし、今にして思うと不思議だ。

 ただの農民だったはずだけど、何か事情があったのだろうか。


 ……もう、父さんに聞くことはできない。


「ルカ、こっちだ」


 ルカを俺の家に案内する。

 歩くほどに、妖の気配が濃くなっていく。

 それを感じ取ったのか、ルカの顔も少し険しくなる。


 俺の家の前に誰かが立っている。

 あれは……セツナか。あの巫女姿は本当に目立つな。

 どこに行っていたのかと思ったら、こんなところにいるなんてな。


「シン、覚悟はできたのか?」


 俺に気づいたセツナが声をかけてきた。

 どこか俺を試すような口調だ。


 不安や恐れがないと言えば嘘になる。

 家族が殺された場所に戻ってきて、平静を保てる方がおかしいだろう。


 だけど、この程度のことを乗り越えられないようであれば、禍主に遭遇した時、動くことさえできないかもしれない。


 ――五年前の俺は、動けなかった。いや、動けるわけがなかった。守るものが目の前で燃えて、壊れて、消えていくのに、何もできなかった。


「覚悟はずっと前から決まってるよ」


 だから、俺はそう答えた。


「ふむ。良い答えじゃ」


 セツナはふっと笑い、俺の家に視線を戻した。

 俺も同じ方を向く。


 庭は雑草が生え放題だ。五年間も放ったらかしにしてるから、それもしょうがない。

 ただ、どの草も枯れていた。ぐずぐずになっているものもある。

 この村の中で、一番妖気の影響を受けているようだ。


 それもそうだろう。

 妖気の発生源はアマチ家みたいだからな。

 家自体ではなく、そこに棲みついた妖のものだ。


「……いるわね」


 ルカがぽつりと言った。

 妖が縁の下や物陰に潜んでいるのが見える。小鬼や毛玉みたいな奴など、いろいろだ。

 こっちを見ている。見ているだけで出てこようとはしない。まるで、家の中へ入る俺達を眺めているようだった。


 今すぐこちらに害をなそうとしてくる気配はないので、放置しておく。

 いちいち倒していたらキリがない。


 家に近づくと、カビの臭いがした。

 長年風雨に晒され、手入れもされていないので、仕方のないことだ。

 だが、鼻に入ってくるこの臭いは、それだけじゃない。


 肉や骨が焼けるような臭いが混じっている気がした。


 いや、そんなわけはない。

 俺の記憶が勝手に臭いを作っているだけだ。


 ……五年か。


 俺がここを逃げたときから、それだけ経っている。

 俺にとっては、怒りや後悔の場所でもあるけど、同時に家族と過ごした思い出の場所でもある。

 同じ場所なのに、温かい記憶と冷たい現実が胸の奥でぶつかって息が詰まる。


 玄関先の化粧柱に残っている傷を見て、懐かしい気持ちが湧いてくる。

 小さい頃、リンと遊んでいてつけてしまった傷だ。俺はそこに軽く触れた。

 指先に、木目のざらつきを感じる。


 リンの笑い声や怒ったふりをして笑っていた父さんを思い出す。

 ――次の瞬間、笑い声が途切れて、燃える火の音が頭の中で鳴った。


「シン……」


 ルカが心配そうに俺を呼んだ。


「……行こう」


 化粧柱から指を離し、玄関に手をかける。

 逃げた時、鍵をかける余裕なんてなかった。家族の遺体を埋葬してくれた村の人達も鍵の場所なんて知らないから、玄関は開いているはずだ。


 そう考えて横に引いたが、引き戸は少し開いただけで、それ以上動かない。

 建付けが悪くなったのか、それとも反対側で何かが引っかかっているのかもしれない。

 隙間から覗く室内は真っ暗だ。


 仕方ない。


「二人とも、ちょっと離れててくれ」


 セツナとルカを下がらせ、俺は引き戸を思い切り蹴り破った。

 ベキッという木の割れる音がする。引き戸は外れ、向こう側に倒れた。

 埃が舞い、一段とカビの臭いが強くなる。

 その向こうに、昔の家の輪郭だけがぼんやり浮かんだ。知っているはずの場所なのに、他人の家みたいだ。


「豪快じゃのう」


 セツナが面白そうに笑う。

 生家を壊すことに思うところもあるけど、どうせ戻ってくるつもりはない。


 ここで禍主を倒せたとしても、俺はもう退治人としての生き方しかできないからな。


 ――それでも、壊したのが自分の足だという事実が、少しだけ心苦しい。


 俺達は家の中に土足のまま踏み入った。

 床板は腐って変色している。変に柔らかくなったり、穴が開いていたりするので、慎重に進む。

 踏みしめるたび、みしりと嫌な音がする。


 最後の日、母さんに切ってもらおうと、冷えた西瓜を持ってこの廊下を歩いたのを思い出す。

 母さんはそこの部屋で死んでいた。


 襖は開け放たれている。

 炭のようになった母さんが横たわっていた場所をじっと見つめる。


 ここに、母さんはいた。でも、もういない。

 頭では分かっているのに、目が勝手に「今もいたかもしれない人」を探してしまう。


「シン……その、ここでシンのお母さんが……?」


 ルカが言葉を選んで、俺に尋ねる。

 ここまでついてきてもらって、隠すのも変な話だな。

 俺は正直に話すことにする。


「ああ。ちょうどその辺りで、母さんが真っ黒になってたんだ」


 口に出した瞬間、胸が痛んだ。

 別の部屋に移動してから、同じように言う。


「そっちでは父さんが死んでいた」


 なるべく感情を込めず、事実だけを並べる。


 そして、台所に行く。

 リンが燃やされていた場所だ。火を消そうとして、中身をぶち撒けた水桶がいくつか転がっている。

 あの時のままだ。


「……リンもここで殺された」


 俺は天涯孤独というわけだ。

 心が重くなる。

 禍主を祓えば、軽くなるだろうか……


 ルカは申し訳ないような表情をしている。彼女が気にするようなことではないけど、きっと心根が優しいのだろう。

 一方のセツナはにやりと笑う。


「なに、妾がおるじゃろう」

「いや、セツナは家族じゃないからな」

「なんじゃ、つれないのう。せっかく慰めてやろうと思うたのに」


 だけど、セツナの軽口で少しだけ気分は晴れた。

 千年も生きていれば、茶化していい場面とそうでない場面の判断もできるのだろう。

 お調子者に見えるセツナだけど、そっとしておいてほしい時はそうしてくれるんだよな。


「村の人たちがリンたちの墓を作ってくれたみたいだし、後で墓参りでもしよう。今は感傷に浸っている場合じゃない」


 気を取り直して、ぼろぼろになった生家の観察に戻る。

 埃がたまったり腐ったりはしているけど、思いのほか荒らされていない。


 割れた板戸から雨が吹き込んだのか、窓際の畳は完全に腐っていた。

 天井には雨漏りの染みもできている。


 そんな荒れ果てた状態だけど、人に踏みにじられた感じじゃない。

 好き好んで他人が死んだ家に入りたいとは思わないだろう。


 さっきからずっと床下や天井裏から妖の気配を感じるけどな。

 床に開いた穴からじっと覗いてきたり、腕を伸ばしてきたりするのは、分かっていても驚くのでやめてほしい。

 たまに、小さな笑い声が聞こえてくる。


 それにしても広い家だ。

 部屋もたくさんあるので、一つずつ見て回った。


 幼い頃の記憶を思い出すこともあった。

 柱の高さに刻んだ背比べの跡や、土間の隅に残る欠けた茶碗がそのまま残っていた。

 リンが隠したお菓子の場所も覚えている。隠したことを忘れるから母さんによく怒られていたな。


 当たり前だった日常が、ここには確かにあった。


「妹さんと仲が良かったのね」


 そう評したのはルカだ。


 兄妹だし、仲は悪くはなかったと思う。

 妹のくせにやたら俺の世話を焼きたがるのは釈然としなかったけど。


 ――だからこそ、最後に守れなかったのが胸に刺さる。俺がもっと強ければとか、もっと早く帰っていればとか。

 益体のないことばかりが浮かんでくる。


 そんな俺の昔話をしながら、家中を見て回るうちに外が暗くなり始めた。

 最後に一番奥の部屋の戸に手をかけたところで、外が妙に静かになっていることに気づいた。


 妖気の影響で虫の音も疎らだったが、今ではそれがぴたりと止んでいる。


 何よりも外から感じるこの気配。


「――禍主か!」


 五年前にも感じた嫌な気配だ。

 外にあいつ――家族の仇がいる。


 俺は踵を返し、屋外を目指す。

 後ろでセツナとルカが何か言っているけど、耳に入ってこない。


 鼓動が速い。

 息が浅い。

 なのに視界だけが妙に冴えていく。


 刀の鞘を握る手に力が自ずと入った。

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