26 アカナ村の今
チスイクサのいた村からアカナ村はそう遠くなかった。
朝方に村を出発した俺達は、昼前にはアカナ村の近くまで来ていた。
村の外に広がっている田んぼはよく実っているとは言い難い。
そろそろ夏が終わることを考えると、収穫も近いはずだ。けれど、稲は疎らで、黒ずんでいるものもある。
このままでは来年まで持たないんじゃないだろうか。
……ああ、ここはアマチ家が管理していた田んぼだ。
数年前は父さんやリンと田植えをしていたことを思い出す。
まあ、リンはほとんど見ていただけだけど。
その田んぼは、もはや田んぼと呼べる状態じゃない。
枯れた雑草が一面に広がっていた。
畦道を進み、村を目指す。
日差しは暑いはずなのに、どこかうすら寒さを感じるのは、村から漂ってくる妖気のせいだ。
「妖気がすごい……」
ルカが呟いた。
俺よりも感覚が鋭い彼女は眉を寄せている。
「あそこがシンの故郷なのね」
「……ああ」
父さん、母さん、そしてリンが殺された場所だ。
「シン……」
「今からそんな状態じゃと、いざという時に動けぬぞ」
心配そうに俺を見るルカとは対照的に、セツナはやれやれという風に肩を竦めた。
ふぅ……。
セツナの言う通りだ。
この怒りは禍主を見つけた時まで取っておくべきだ。
そう考えると、少しだけ力が抜けた。
村の外れに差し掛かったけど、活気がない。
ここ数年のことは分からないけど、俺が暮らしていた時はもっと村人が畑の世話をしていたように思う。
休憩している様子でもないし、気になる。
村に入ってみても、雰囲気は変わらない。
むしろ妖気を感じやすくなった分、居心地が悪くなった。
チスイクサがいた村と同様に、雑草すら枯れてしまっている。
あの村よりも酷いかもしれない。
「あれ? 旅人さんかい?」
ふと声がかかった。
井戸に水を汲みに来た村人のおじさんだ。
その顔には見覚えがある。俺が子どもの頃に何度かお世話になったこともある。
「まさか、アマチさんとこの……?」
おじさんも俺のことを覚えていたようだ。
あれから何年も経ったし、俺は背が伸びた。顔つきだって変わっているだろうけど、面影は残っているのだろう。
「はい。シンです」
「やっぱり、そうか。大きくなったなぁ。もう五年くらいかな? アマチさんとこが大変なことになって、シン君の姿もないから心配していたんだよ」
俺が逃げるように村を去ったあと、アマチの家のことを気にかけてくれていたのか。
おじさんはセツナとルカを見て、こう続けた。
「しかも、別嬪さんを二人も連れて帰ってくるなんてなぁ」
「え、ちが……!」
突然の発言に動揺してしまった。
二人を振り返ると、ルカは困ったように笑い、セツナはなぜか得意そうな顔をしている。
「アマチさん宅は人が住める環境じゃないから、とりあえずうちにおいで」
人が住まなくなって、手入れする者がいなくなれば、荒れるのは早い。
俺の生家は荒れ果てていることだろう。
ルカも頷いたので、おじさんの言葉に甘えることにした。
◆
おじさんには、確か奥さんと娘さんがいたはずだ。
俺がいた頃は幼かった娘さんも、今では大きくなっているだろう。
おじさんが淹れてくれたお茶を一口飲んでから、尋ねてみた。
「奥さんと娘さんは……?」
「あー、まぁな」
どこか煮え切らない態度に、ピンとくるものがあった。
「もしかして、原因不明の衰弱していく病気ですか?」
そう聞いてみると、おじさんは躊躇いがちに頷いた。
奥さんも娘さんも病に臥せっているらしい。
「ここでも病気が流行ってるのね……。これだけ妖気が漂ってたら仕方ないわ」
ルカが俺にだけ聞こえるように呟いた。
ちなみにセツナは別行動だ。「周囲を見てくる」と姿を消した。
いずれ戻ってくるだろう。
「病気が流行り始めたのはいつ頃ですか?」
「半年ほど前からだな」
チスイクサの村より少し前からか。
時期的には符合するな。
「最初は畑の作物が成長しなくなってな。土が悪いと思って、土を入れ替えたりしたんだが、野菜が腐る一方で……」
おじさんが深い溜め息をつく。
「それから、倒れる者が出てきた。何の症状もないのに、動けなくなるんだよ。それで、俺の妻も娘もそいつに罹ってしまった」
今は奥の部屋に寝かせているらしい。
村全体に活気がないので、この家だけのことではない。
「他に変わったことは?」
「……そうだな。誰もいないのに、嫌な気配が時々あるくらいかな。視線を感じるというか、纏わりつかれるというか……なんとも気持ち悪い感じだ」
妖気が濃くて、妖が視えない人にも感じられるようになっているのか?
「特に夜がひどい。そこかしこに何かいるような気配があって、薄気味悪いんだ」
おじさんは身震いするように自分の腕を抱いた。
「中でもアマチさん宅はその気配が濃いんだ。シン君にいうのはあれだけどね」
俺の生家に妖が集まっているということか?
理由が気になるな。
後で見に行かないといけない。
いずれにせよ、行くつもりではあったけど。
両親と妹の遺体を放置したまま、逃げ出してしまった。だから、家族の遺体がどうなったかは気になっていたのだ。
「アマチさん宅と言えば、シン君の家族のお墓は勝手に作らせてもらったよ。誰も残ってなかったけど、さすがにそのままにするわけにもいかなくてね」
そのまま捨て置いたら、腐ったり野犬が来たりするという現実的な面もあっただろう。
それでも、ちゃんと弔ってくれたのなら、感謝しかない。
俺は頭を下げた。
「ありがとうございます」
おじさんは場所を教えてくれた。
村の外れだ。もともとお墓が並んでいた場所だし、俺もまだその場所くらいは覚えている。
だが、今はまだ墓参りに行く気はない。
行くのは、禍主を祓ってからだ。
ちゃんと仇を取ったと報告したい。
「でもシン君が戻ってきてくれて良かった。ここ最近は村を捨てる家もあってね」
謎の病気が流行って、畑も腐ってしまった。
分からない話ではない。
「こんな村にいても先がないってのは、俺も分かっちゃいるんだが」
「おじさんは出ていかないんですか? 村を出ていけば、奥さんと娘さんも良くなるはずです」
家族が臥せっているから村を捨てられないというのは理解できる。
だけど、村よりも家族の方が大事だと、俺は思う。
だからそう伝えた。
「まあこの村に愛着もあるからなぁ……シン君、今の口振り、この病気が何なのか知っているみたいだが?」
おじさんは身を乗り出して、俺に詰め寄った。
知らないと言えば、嘘になる。
そもそも、嘘をつく必要がないので、正直に答える。
「妖のせいですよ」
「妖?」
「普通の人には視えません。でも、俺には視える」
おじさんは少し考えるように顎に手を当てた。
「……シン君は小さい頃もそういう話をしていたね。今でも視えるのかい?」
この村の人は俺が視えることを知っている。
それでも「ちょっと変わった子」程度の扱いだった。
「視えるどころか、退治して回ってますよ」
「……まさか、退治人様になったのかい?」
俺は頷く。
「そっちのお嬢さんも?」
ずっと黙って、俺達の話を聞いていたルカも首肯する。
「そうか。それは大変だったろう」
「いえ。家族を殺された復讐を果たすためですから」
ルカが息を呑む気配を感じた。
腰の刀を握る手に力が自然とこもる。
たぶん、今の俺は酷い形相をしているだろう。
おじさんは驚いて、言葉に詰まっている。
そういえば、ルカには俺の家族が殺された話はしていなかったな。
「話を戻します。この村の異常は妖によるものです。そして、俺は妖を退治することができます」
ここで禍主の話をする意味はない。
おじさんは禍主なんて知らなくていいことだし、知ったところで余計な不安を抱えるだけだ。
「じゃあ、シン君がこの病気を治してくれるのかい?」
「俺には病気は治せません。大元を断つだけです」
それで、妖気による病は自然と快方に向かう。
「頼むよ、シン君。俺はこの村を捨てたくないんだ」
今この村には禍主がいるはずだ。
セツナによると、禍主は大妖であり、強力な存在だ。
だが、絶対に祓う。
「分かりました。頼まれなくても、そのつもりでしたから」
◆
俺達はおじさんの家を後にした。
ルカに謝らないといけない。
「勝手に妖退治をするとか約束して、ごめん、ルカ」
「ううん。そのために来たんでしょう?」
ルカは優しくそう言ってくれた。
陽はまだ高い。
暗くなる前に、アマチ家に寄ることにする。
家族が殺された場所。
俺が逃げ出した場所。
不安と緊張は当然ある。
それでも対峙しなければならない。




