23 ヒトクチ
貧民地区で妖の気配を探る。
ついさっきでかい子どもの妖を祓った時は、他の妖の気配は分からなかった。
だが、今はなんとなくだけど、いるような気がする。
「子どもを囮にするみたいで、少しだけ気が引けるわね」
ルカがぽつりと言う。
気持ちは分かるけど、それで元凶の妖を祓えるなら、子どもでも何でも囮にする方がいいだろう。
「なに、子どもが喰われる前に対処すれば良かろう」
そう言うのはセツナだ。
今回は俺達についてきた。本当に気まぐれだな、この妖狐様は。
とはいっても、戦闘に参加することはないだろうけど。
ルカの感覚を頼りに歩を進める。
妖の気配を感知するのは、ルカの方が俺よりも優れている。
そんなことを考え、ルカをじっと見つめる。
「えっと、何?」
俺の視線に気づいたルカが首を傾げる。
「……いや、別に何もないよ」
「なら、いいけど」
ルカは前を向き直し、妖の気配を探る。
「ルカよ、シンは自信喪失しただけじゃよ」
「うるさい」
この狐……ついてきたらついてきたで、余計なことを言う。
「よく分からないけど、シンはとても頼りになるわよ」
ルカの気遣いが心に沁みる。
セツナを軽く睨むと、へらへらと笑ってやがった。
「セツナ、酒はしばらくお預けだな」
「殺生な……何故、かような酷いことを言うのじゃ」
今度は絶望の表情になった。
「自分の胸に手を当てて、よく考えろ」
「しっ」
くだらない話をしていると、ルカが不意に立ち止まった。
「見つけたわ。あれじゃないかしら?」
ルカが指差した方に目を向けると、そこには黒っぽくて丸い奴がいた。
月明かりしかないので、はっきりとは見えないけど、目や鼻はない代わりに、大きな口だけがある。
「なんだ、あれは?」
妖ということは分かる。あんな動物がいてたまるか。
手足も見当たらないけど、どうやって移動してるんだ?
そう思って観察していると、すすす、と横に移動した。
転がっているのではなく、ほんの少しだけ宙に浮いているようだ。
口がある方が正面だな。
「ほう、あれはヒトクチじゃな。ちゃんとした名前は知らぬが、妾はそう呼んでおる」
セツナが顎に手を当てて、解説する。
「あれの好物は人間じゃ。特に女の子どもを好んで喰う妖じゃが、男も大人も普通に喰らう。あのでかい口で一口で丸飲みにするからヒトクチじゃ」
それはまた分かりやすい命名だな。
そのヒトクチはきょろきょろと周囲を見渡す。
……目がないから、見えているのかは分からないけど。
獲物を探しているのだろう。
「あっちに行くわ。ついていきましょう」
その場から移動を始めたので、気づかれないように、後をつける。
しばらく進んだところで、そいつは止まった。
その少し先に子どもが寝そべっているのが見える。
地面で寝るなんて不用心な子どもだけど、ここは貧民地区だ。その程度は日常茶飯事なのだろう。
日中は暑いけど、夜は涼しくなるので、寝やすいのかもしれない。
寒い時期だとそれだけで命取りだな。
ヒトクチがその子どもに向かって、口を広げる。
「だめ!」
動いたのはルカだった。
ヒトクチが子どもにかぶりつく前に、ルカがその子を抱きかかえてヒトクチから距離を取る。
遅れて、ヒトクチの歯がガチンと鳴った。
目を覚ました子どもにルカが何か言うと、子どもは躓きながらも走り去った。
逃げるように言ったのだろう。
「ナンダ、オマエラ」
ヒトクチがざらついた低い声を出す。食事の邪魔をされて、どうやら怒っているらしいな。
セツナが「ほう」と感心したように呟いた。
それが何を意味するのかは後で聞くとして、一応ヒトクチに確認しないといけない。
「お前がここの子ども達を喰っているのか?」
俺の問いにヒトクチは、
「ゲヒャ。ヒトノコ、ウマイ。ウマイ、ウマイ。ゲヒャヒャ」
不快な笑い声でそう答えた。
俺は踏み込みと同時に抜刀して、ヒトクチを斬りつけた。
鈍い音がした。
柔らかそうな場所を狙ったんだけど、思いのほか硬いな、こいつ。
何度か試すが、硬質な音がするだけで、俺の刃が通らない。
ヒトクチはそのたびに耳につく笑い声を上げる。
その背後――背中があるのか? とにかく口がついていない側からルカが二刀で斬るが、やはり弾かれている。
「シン、助けが欲しくば言うが良い」
セツナが少しだけ嬉しそうに提案するが、ここは断っておく。
「……どうせ酒が欲しいだけだろ!」
「よく分かっておる」
伊達に何年もの付き合いがあるわけではない。
というか、きっとルカにもバレてるぞ。
「あたしに任せて!」
ルカが少しの間、攻撃の手を止める。
すぐに狼の耳と尾が現れた。どうやら小太刀も彼女の妖気で強化されているようだ。
なら俺も負けてられないな。自分の刀に呪力を流す。
これで多少なりとも攻撃が通るようになるはずだ。
「オマエラ、クウ! ゲヒャ!」
口を大きく開けたヒトクチが俺に滑るように迫る。
俺は横一閃に刀を振るう。
ギィンと嫌な手応えが走った。
ヒトクチは俺の刀を噛んで止めた。引っ張っても刀が抜けない。
しかし、ヒトクチの後ろから本気のルカが連続で斬りつける。
衝撃で僅かに開いた口から刀を抜くと、ヒトクチの身体を蹴った。
「ゲ!?」
ルカは続けて身体ごと回転させ、水平に並べた二刀で斬る。
さらに、俺が上段から思い切り斬り下ろす。
小間切れとはいかないけど、合計六つに斬られたヒトクチはやがて黒い靄となって消えた。
しかし、最期に残した言葉が耳にこびりついた。
「マガツヌシサマ……アカナムラ……」
◆
上がっていた息がようやく落ち着いてくる。
刀に呪力を流すと切れ味が増すことが分かった。だけど、疲労感が強い。
ルカが俺の方を向いて、ぎょっとした顔をした。
「シン……どうしたの? 酷い顔をして……」
……なるべく考えないようにしていたけど、まったく隠せていなかったみたいだ。
ヒトクチが禍主の名前を出してから、憎しみや悔しさといった感情が渦巻いて、目の前が真っ赤になっている。
努めて笑顔を作ろうとするけど、うまくいかない。
「シンよ、落ち着け。この場にあやつがおるわけではない」
いつもへらへらしているセツナも、俺の顔を心配そうにのぞき込む。
「……分かってるさ」
深く息を吸って、ゆっくり長く吐く。
それを何度か繰り返す。
「もう、大丈夫だ……ヒトクチの言葉は手がかりだよな?」
「ヒトクチは本来あのような知能は持ち合わせておらぬ。おそらく禍主の影響を受けておるのじゃろう」
セツナは俺の言葉を肯定した。
「アカナ村と言っていた。俺の故郷じゃないか」
俺が育った村。
俺の家族が殺された場所。
あいつはまた俺の村を襲っているというのか。
「一体、何があったの?」
ルカが俺に尋ねる。
興味本位ではなく、本気で俺の状態を心配しているのが伝わってくる。
でも、今は――
「ごめん。また今度、ちゃんと話すよ」
「ううん、あたしこそごめんなさい」
ふとセツナが肩を竦めて言う。
「やれやれ、女子に謝らせるとは汝も未熟じゃのう」
「うるさい」
セツナの軽口で心が少しだけ軽くなった気がした。
それでも、宿に戻るまで会話はなく、布団に入ってもなかなか眠りに落ちることができなかった。
◆
翌朝、宿の女将さんに事の顛末を話し、成功報酬を受け取った。
その後、茶屋で軽く朝食を食べている。
「ふわぁ……」
あくびが漏れた。
昨夜はいつの間にか眠っていたようだけど、眠りは浅く、疲れが取れていない。
「うなされておったぞ」
そう言うのは、セツナだった。
ルカはあれ以上、何も聞いてこなかった。その距離感が少しだけ嬉しい。
「おい、昨日は逃げやがって」
のんびりと団子を食べたい俺に、通りがかった衛士が声をかけてきた。
もはや顔馴染みといえるかもしれない二人連れの衛士だ。
「そっちの衛士さんも元気になったみたいで良かった」
でかい子どもの妖に押しのけられた衛士だ。すっかり体調が戻ったようで何よりだ。
衛士がまた何か言いかけたので、先に告げておく。
「もうこの宿場は出ていくから、気にしないでくれ」
すると衛士は考える素振りを見せてから、
「余所の町でも同じようなことをするんだろう。あまり民を惑わすなよ」
そう言い捨てて、立ち去った。
俺はそれを見送ってから、ルカとセツナに問う。
「行きたいところがある」
「アカナ村でしょ? いいわよ」
まあ、昨日の今日だ。俺の言いたいことくらい分かっていただろう。
ルカは全てを語らずとも同意してくれた。
「シンが行く覚悟があるのであれば、妾はついていくだけじゃよ」
セツナはいつものように答えるだけだった。
アカナ村に行けば、禍主の手がかりを得ることができるかもしれない。
禍主本人がそこにいる可能性だってある。
かつて逃げ出した場所に、もう一度向き合うことになる。
家族の仇は必ず取る。俺はあらためて、そう決意した。




