22 やるせない討伐
月明かりと行灯が照らす大通りを走る。
でかい子どもの妖が逃げるのを追っているのだ。
それにしても、あの妖、図体のわりに速いな。
ルカが俺に先行して、そいつを追いかけている。
半妖であるルカの身体能力もかなり高い。
俺は必死についていくだけだ。
ルカが時折、ちらりとこちらを振り返る。
少しずつ妖との距離が縮まる。
ルカが一気に加速して、妖の前に出た。そのまま、小太刀を妖に向ける。
行灯に横から照らされたルカの顔を見て、こんな時だというのに魅力的だと感じてしまった。
「……何、考えてるんだよ、俺」
独りごちてから頭を振って邪念を振り払う。
俺も刀を抜き、妖に向ける。挟み撃ちの形だ。
ただ、夜中で人通りが少ないとはいえ、大通りで刀を振るうのは危険だ。
それに、変に目撃されて衛士を呼ばれでもしたら、誤解を解くのに苦労する。
「人目のないところに追い込もう!」
そうルカに提案すると、彼女は頷いた。
「そうしましょう」
俺達に挟撃された妖はきょろきょろと周囲を見渡してから、大通りから伸びる小道を見つけたらしく、そっちに向かって再び駆け出した。
入り組んだ裏路地まで行かれたら、探すのが困難になる。
俺はすぐに妖を追いかける。
ルカに一瞬だけ視線を向けると、狼の耳と尾が見えた。本気になるようだ。
彼女は一足で大通り沿いの店の屋根に飛び移った。
なるほど。
上からなら妖の動きが分かりやすいだろう。相手の動向を見つつ、先回りするつもりのようだ。
身体能力の高い彼女にしかできない芸当だな。
しかも屋根瓦を踏む音も小さい。あれは初めてのことじゃないな。
彼女も場数を踏んでいるということか。
ちなみに、俺だったら屋根に上るのも一苦労だ。
ルカは時々、屋根から飛び降り、妖の進行方向を変える。
俺が妖を地上から追い、ルカが高い場所から追い立てる。
こうして、徐々に妖を人気のない方へ追い込んでいった。
ん?
鼻を突くような臭気が漂ってくる。
ここは……貧民地区じゃないか。
俺達の予想だと、でかい子どもの妖は貧民地区の子ども達の念が集まって生じたものだ。
帰巣本能のようなものなのだろうか。
……考えても分からない。
今、やるべきことはこの妖を斬るということだ。
主にルカの頑張りによって、逃げ場のないところに追い詰めることができた。
妖の向こうには宿場を囲う塀が見える。そこを跳び越えるという発想はないようだ。あるいは、できないのかもしれない。
現状、妖は俺と塀に挟まれている形だ。そこそこ開けた場所で、人目もない。
そこにルカが屋根から飛び降りて着地する。狼の耳と尾はすっと消えた。
妖は逃げ場がないと観念したのか、俺達と対峙した。
「ばあああぁぁぁぁぁ!」
子どもとも何とも言い難い叫び声を上げる。
祓われることを本能的に嫌がっているのかもしれない。
せっかく生まれたのに、消されることになるのだ。その気持ちは分からないでもない。
しかし、既に二人、被害者が出た。
放っておけば、被害者はもっと増える。
だからここで、確実に祓う必要がある。
妖の声は周囲の人間には聞こえないので、それで人が集まってくることはない。
俺は刀を構え直す。
少し離れたところで、ルカも同様に二振りの小太刀を構えた。
その手が少し震えているのが見えた。
妖とはいえ、見た目は子どもだ。それにその成り立ちを考えると、同情の余地はある。
ルカに躊躇いの気持ちもあるのだろう。
「俺がやる」
そう言って、俺は一歩前に出た。
「いえ、大丈夫よ」
ルカは深呼吸を一つした。それで彼女の震えは消えていた。
躊躇いはあっても、彼女もこいつを祓わないといけないことは分かっている。
それでも、俺はルカに余計な重荷を背負わせたくないと思った。
重荷というほどでもないけどな。
「ばあああぁぁぁぁぁ!」
なりふり構わず、妖が俺に突っ込んでくる。
手足をばたばたさせる様子は、まさに子どもみたいだ。
俺を掴もうとする右腕を、横に避けてから斬り落とす。
妖の腕は地面につく前に黒い靄となって消えた。
切り口からは黒い靄が漂っている。
ふと妖の顔を見る。
……泣いているのか?
いや、考えるな。
ここで情けをかければ、本物の子どもが倒れることになる。
俺は続いて、妖の左腕を斬り落とす。
そこで、妖は踵を返し、今度はルカに向かって走り出す。
俺は力強く踏み込み、妖の背後からその首を刎ねた。
その瞬間、この妖はどんな表情をしていたのだろうか。
妖の向こうで、ルカが少しだけ悲しそうな顔をした。
妖はすぐに黒い靄となって、霧散した。
刀を鞘に戻すと、涼しげな音が鳴った。
ルカも二刀を腰の鞘に納めた。
「……ちょっと胸が痛くなるわね」
「そうだな」
俺達は短く言葉を交わし、宿に戻ることにした。
◆
「首尾はどうじゃ?」
宿では、セツナが甕をいまだに名残惜しそうにいじっていた。
昨夜、ルカと二人で空にした果実酒の甕だ。
「でかい子どもの妖は祓ったよ」
「……やるせない気持ちになりますね」
俺が簡潔に報告し、ルカが感想を述べた。
「そうか。ご苦労じゃったな」
宿でごろごろしていただけの奴に言われると、なんとなく腹立たしいな。
今に始まったことでもないので、諦めるしかないけど。
「ただのう」
セツナはそう呟いてから続ける。
「あの手の妖は放っておくと被害が大きくなるからのう。シンとルカが退治してやって、この宿場にとっては助かったと思うぞ」
「そういえば、昨日セツナが言ったように、人の子どもに手を伸ばしていたよ」
その報告も一応しておく。
「あの子、具合が悪そうだったけど、大丈夫かしら」
心配そうにルカが言う。
「生じたばかりの妖の気に当てられただけじゃろう。今頃、もう元気にしているじゃろうよ」
「それならいいけどな」
セツナがそう言うなら、きっとそうなのだろう。
俺をからかって遊ぶことはあるけど、基本的に嘘はつかない。
それに妖についての知識も多い。さすがは千年を生きる大妖だ。
「セツナ様、あの大きな子どもの妖を放っておいたらどうなるんですか?」
ルカが斬らなかった場合のことを尋ねた。
妖とはいえ、見た目が子どもだったので、斬るのはやはり心に来るものがあったのかもしれない。
最期の顔をルカに見せたのは、あまり良くなかったかもな。
「さっきも言うたが、被害が増える。言ってしまえばそれだけじゃな。妖気に当てられた子どもが衰弱死すれば、その子どもの念も妖に取り込まれよう。どんどんでかくなるわけじゃ。そうして次は少年や少女を食らうようになり、最終的には大人が犠牲になる。それだけの話じゃ」
……『それだけ』で済ませられる話じゃない。
たぶん、そこまでいけば、祓うのにもっと苦労しただろう。
ルカも同じ考えに至ったのか、安堵の表情を浮かべた。
しかし、気になることがある。
でかい子どもの妖は、何人もの子どもの念が集まったものだ。
犠牲になった子どもを殺した奴がいるということだ。
死体がないということは、別の妖が喰ったということで間違いないだろう。
「子どもを食べた妖はどこにいるのかしら」
「そいつを放っておいたら、今度は大人を喰らうかもしれぬのう」
セツナはそう言って笑った。
いや、笑い事じゃないんだけど。
「もしそうなったら、でかい大人の妖が生まれるってことか?」
「そうじゃな」
それは子どもの妖よりも厄介そうだな。
「だったら、大元の妖を祓わないといけないわね」
心情的にはそうだ。
しかし、依頼を受けたわけではない。
今回の依頼は、『でかい子どもの妖の調査と討伐』だ。
大元の妖はそこには含まれない。
仕事として退治人をしている以上、依頼を受けて、ちゃんと報酬で動くということが重要だ。
冷たいようだが、それが仕事だ。
そんな俺の考えとは異なり、ルカはどうにかしたいという気持ちが強いようだ。
「はぁ……」
俺は溜め息をついて、頭をがしがしと掻いた。
それから、顔を上げてルカに言った。
「ただ働きは好きじゃないけど、仕方ないか……」
俺一人だったら、動かなかっただろう。
でも今は、ルカがいる。
彼女の気持ちを無視することもできない。
とりあえず、今後も同じようなことがあるかもしれないから、そういう時にどうするかは話し合うとして……今回は、ルカの気持ちに沿うことにする。
まあ、『でかい子どもの妖の調査』の延長ということに拡大解釈しておこう。
「まずはその妖を探さないといけないな」
「ええ、絶対に祓いましょう」
元凶の妖はおそらく貧民地区に出る。
まだ、夜は長い。今から探しに行けば、見つけることができるかもしれない。
俺達は下ろした腰を上げ、もう一度貧民地区に向かった。




