21 集まったもの
貧民地区は昨日と変わらず、臭いが強い。
汗と糞尿と汚水の臭いが交じり合い、思わず顔をしかめたくなる。
陽も高くなりつつあり、暑さも加わってなんとも気が滅入る。
「ルカ、大丈夫か?」
少し元気がないように見えるルカに、声をかける。
しかし、彼女は「大丈夫」と言うように、首を縦に振った。
暑さも臭いもうんざりするけど、これも仕事だ。
早いところ、聞き込みをして、貧民地区から立ち去ることにする。
ルカの為にもその方が良さそうだ。
それにしても活気のない場所だ。
痩せ細った男が物乞いをしたり、どこかの川から拾ってきたのだろうか、ガラクタのようなものを売ったりしている。
わざと俺達の近くを歩き、スリをしようとする者もいる。
妖に比べれば動きは遅く、避けるのに苦労はない。
ルカもしっかりと避けている。
そんなルカの肢体を嫌らしい目つきで見る輩もいる。
なんか腹立たしい。
当の本人が気にしていないようなので、俺から何かすることはないけど。
それより、やはり気になるのは子どもの姿をあまり見ないことだ。
どこかの下働きに行っているのかもしれないけど、それにしても少なくないか?
その辺の大人の男に声をかける。
「この辺りで変わったことはないか?」
男は胡乱な目を俺に向け、返事をした。
「変わったことのない日なんてねぇよ」
そう言いつつ、右手の指で銭の形を作っている。
情報が欲しければ金を出せということらしい。なんとも逞しいことだ。
別にこいつに聞く必要もない。
しかし、どうもこういうことに慣れている様子だし、噂話を売って小銭を稼いでいるのかもしれない。
そう考えれば、こいつは当たりかもな。
それに、早いところ貧民地区から離れたいのもある。
これも必要経費と考え、少しだけ男に渡すことにする。そのための前金なんだしな。
男は受け取った小銭を数え、満足したように頷いてから、俺に言う。
「あんたら、ここの奴じゃねぇだろ。何が知りたいってんだ?」
小汚い格好同様に、吐く息も臭うけど、ここは我慢だ。
「子どもがやけに少ないけど、何か事件でもあったのか?」
「ああ……そういや最近めっきり減ったな」
男は周囲に視線を巡らせ、そう言った。
「原因は?」
「さぁな。死体はねぇから、どっかで生きてんのかもしれねぇ。俺らみてぇな最底辺には行くとこなんてねぇがな」
場所を移るにも金は必要だ。
旅をしている俺としては、身に沁みて分かっていることだ。
その日暮らししかできない、最も貧しい人たちが余所に行くことなど到底できることではない。
要するに、移動できないのに、姿が消えたということだ。
考えられるのは、人攫いがいてどこかに売ってしまうか、妖の餌食になったかだな。
前者なら衛士の仕事だけど、どうにも後者っぽい。
妖が視えないだろうこの男に尋ねても仕方ないかもしれないが、一応聞いておく。
「妖を見てはいないか?」
「あぁ? 妖? 視えねぇから分かんねぇ」
案の定の回答だった。
「まぁ、ガキが減ったんなら、口減らしになって良かったなんて言ってる奴もいるな……もう、いいか?」
最後にあまり聞きたくないことを聞いてしまったけど、これ以上、この男から得られる情報はなさそうだ。
ここの他の住人に聞いても、同じような答えしか返ってこない気がする。
俺の返事を待たずに、男はどこかにふらふらと立ち去った。
俺が渡した金で酒か食べ物でも買いに行くのかもしれない。
「ルカ、戻ろう。鼻がひん曲がりそうだ」
ルカが頷いたので、貧民地区を後にする。
◆
昼過ぎになり、小腹も空いたので、茶屋に寄ることにした。
酷い臭気にさらされた後ではあるけど、食欲は普通にある。
店先の長椅子に座り、俺もルカも団子を注文した。
団子はすぐに来た。
「きつかったよな、貧民地区。まだ鼻に臭いが残っている気がする」
「そうね……ごめんなさい、シンに全部任せっきりで」
貧民地区では、ルカはほとんど話していない。
口を開けば、あの臭気をたくさん吸い込むことになるし、分からなくもないけどな。
嗅覚が鋭いルカなら、なおのことだ。
「誰にでも向き不向きはあるし、別に構わないよ。一緒に行動してるわけだしね」
「シンって優しいわね」
別に優しさとかではないと思うんだけど。
団子を一口齧る。
「あと、勘違いしてそうだから、一応言っておくわね。貧民地区の臭いが駄目なんじゃないわ」
ルカが苦笑しながら、そんなことを言う。
「そうなんだ」
「貧民地区自体にちょっと思うところがあるの。あたし、貧民地区で育ったから」
結構、重そうな話だった。
そこからどう話が進むのか、俺が聞いていいことなのか、少しだけ身構えた。
でも、ルカはそれ以上は言わなかった。
まあ、初対面に毛が生えた程度の関係しかないし、あまり深い話はしないよな。
俺だって、家族が禍主に殺された話はしていない。
「シンはどう思う? 貧民地区の子どもがいなくなったこと」
「人攫いよりは妖のせいな気がする」
ただの勘でしかない。
わざわざ痩せて力もない子どもを攫う利点がなさそうだし。
「あたしもそう思うわ。あの大きな子どもの妖……貧民地区の子どもたちの念が集まったものなんじゃないかしら」
それはありえそうだ。
さっきの男の口振りだと、子どもが急に減ったような印象だった。
別の妖が子どもたちを襲ったのだとしたら、死体がないのも頷けるし、そうして死んだ子どもの念が集合して、あの大きな子どもの妖になったとしてもおかしくない。
子どもの妖が大きくなっているのは、別の妖の被害に遭う子どもが増えているから――そう考えると筋が通る。
一本の線に繋がった気がする。
「そうかもしれない。子どもだから、他の家の子に興味を持ってもおかしくないしな。でも、そうだとすると――」
「セツナ様の言ったように、他の子を見るだけじゃ満足しないわ、きっと。絶対に手を伸ばす」
そうなると、貧民地区の子どもだけではなく、別の被害者が出る可能性がある。
「止めないといけないな」
「ええ」
妖関連の事件は手が届かないことや間に合わないことが多い。
でも、今回の件はまだ手が届く。
だったら、やることは一つだ。
◆
夜を待ち、暗くなってから『でかい子どもの妖』が出た家々を回っていると、移動中の妖を見つけた。
図体はでかいが、子どものような足取りで歩いている。
「……さらにでかくなってないか?」
「……そうね」
ルカは一瞬だけ悲しそうな表情を浮かべた。
貧民地区の子どもがまた被害に遭っただろうと考えたのかもしれない。
妖を追いかけようとすると、立ちふさがる者がいた。
「おい、お前ら。まだやってるのか」
朝も見た衛士達だ。
こいつら、朝も夜も働いているけど、いつ休んでるんだ?
いや、今はどうでもいい。
子どもの妖を追いかけないと。
視線をそちらに向けると、家の一つに入っていくところだった。
「悪いけど、急いでいるんだ」
俺とルカは衛士達の脇を抜け、子どもの妖が消えた家に走る。
回る予定だった家の一つだ。
「おい、待て!」
背後から衛士達が追いかけてくる足音が聞こえる。
しかし、彼らの相手をしている暇はない。
戸を叩くこともせずに、引き戸を開ける。
そこの主人と妻が驚いてこっちを見ているが、俺とルカは家の奥に目をやる。
子どもの妖が、この家の子に手を伸ばしている。
不安が的中した。
この家の子は遊びだと思っているのか、妖の手を取ろうとしている。
「やめろ!」
思わず叫んでしまった。
この家の子はびくっとして動きが止まったけど、妖の方はそうはいかない。
妖の手がこの家の子の手に触れた。
その瞬間、この家の子が急にぐったりした。
「シン、可哀想だけど、このままじゃあの子が危ないわ」
ルカが二振りの小太刀を抜き、妖に斬りかかる。
腕を斬られた妖が子どものような悲鳴を上げ、入口にいる俺に向かって走ってくる。
俺も刀を抜こうとしたが、追いついていた衛士が俺の腕を掴んだ。
「おい、民家で刀なんて抜くんじゃない!」
くそ、間に合わない。
妖は衛士の一人にぶつかり、その巨体に押されて衛士がよろめいて膝をつく。妖はそのまま通りを走っていった。
「ルカ、追いかけてくれ!」
「分かってるわ!」
ルカが先に行った。
一方、妖に押された衛士が、急にふらつく。顔色も悪い。
「おい、どうした。貴様、何をした!」
俺に詰め寄られても困る。
「俺じゃない。妖が触れたからだ。しばらくしたら良くなるさ。子どももじきに良くなるはずだ」
両親ともう一人の衛士に様子を見るよう言い残す。
そして、俺は逃げた妖を追って、夜の通りへ駆け出した。




