20 衛士と退治人
ひとまず、対象の妖は確認できた。
なんだか不気味な奴ではあったけど、敵意や悪意みたいなものは感じなかった。
とはいえ、放置というわけにはいかないだろう。
だいぶ夜も更けてしまったので、一旦、そこで調査は打ち切りとした。
宿に戻ると、果実酒の甕をほぼ空にしていたセツナが上機嫌に俺達を出迎えた。
「どうじゃった? 何か見つかったかのう?」
頬がほんのり赤い。結構、量があったはずなんだけど。
「セツナ様、あたしの分のお酒……」
ルカはセツナに分けてもらうことを忘れていなかったようだ。
少しだけしょんぼりしているけど、
「安心せい。汝の分はちゃんと残しておる。妾は約束は守る女じゃ」
というセツナの言葉に、顔をぱっと明るくした。
どいつもこいつも酒飲みばかりだ。
いや、俺も酒くらい呑むけどさ。
それよりも、今は報告だ。
セツナは酔っていても、意外と頭が回る。
ルカのお猪口に果実酒を注いでやっているセツナに報告をする。
酒気と果実の豊潤な香りがふわっと鼻をくすぐった。
「でかい子どもがいた」
「ほう、でかいとな」
ルカがお猪口をぐいっとあおってから、俺の代わりに答える。
「はい。シンよりも少し大きいくらいでしたけど、見た目は幼い子どもでしたね。人の子をそのまま大きくしたような感じです」
奇妙な話ではあるけど、実際にそうとしか表現できない。
まあ、妖のことなので、奇妙も何もないけど。
「とりあえず、悪そうな奴ではなかったから、放置してきた。セツナの意見も聞いておきたくてな」
「放置というより、勝手に消えたわよね」
確かに、少しルカと話をしている間に、どこかに姿を消してしまった。
別の家に行ったのか、それとも昨夜はあれで終わりだったのかは分からない。
「まあ、良いのではないか?」
セツナはそう言った。彼女がそう言うのであれば、危険な妖ではないのだろう。
しかし、セツナはこう続けた。
「今後はどうなるか分からんがのう」
「どういうことだ?」
俺が問うと、俺の隣でルカも聞く姿勢になる。
「今は見ているだけかもしれぬ。じゃが、見るだけで済むじゃろうか。手を伸ばせば届くところに子どもがおるのじゃ」
セツナが右手を俺の方に伸ばす。
ちなみに左手には果実酒の入ったお猪口を持っている。それをあおり、彼女は続ける。
「届くものには触れたくなるものじゃ」
そう言って、俺の頬に触れる……ふりをして、にやりと笑い、額を軽く弾いた。
「痛っ……何するんだよ」
「今くらいで済めば良いが、その妖、見た目は幼子なのじゃろう? ならば、心も童心かもしれぬ。悪意がなかろうと、害をなすやもしれぬ」
手を引っ込めたセツナのお猪口に、ルカがすっと果実酒を注ぐ。
ついでに自分のお猪口にもなみなみと注いでいる。
「要するに、人間の子どもが虫を捕まえたいのに、誤って殺しちゃうのと同じことが起こると?」
殺さないまでも、妖気に当てられれば病気にもなるというものだ。
「あくまで可能性の話じゃがな。それに少しばかり、気になることもある」
「気になること?」
「うむ。汝は気付かなんだか?」
何の話だろう。
……そういえば、貧民の一角を横切った時に違和感を覚えた。
あれが何だったのか、あの時は分からなかったけど、セツナが言っているのはたぶん、そのことだ。
こういう時、セツナは答えが分かっていても、手がかりしかくれない。
自分で考えろということなんだろう。
うーん……
貧民、茶屋、旅籠、衛士、子どもの妖……
この宿場に来てからのことをざっと思い出すけど、繋がりそうで繋がらない。
「あ」
声を上げたのはルカだった。
「ルカは気付いたか」
「……貧民はいっぱいいたのに、子どもの姿が少なかったような気がします」
言われてみれば、確かにそうだ。
俺が感じた違和感はそれだ。
ああいう場所って子どもが多くて、うるさいくらいなんだけど、それがなかった。
「その子どもがいないのと、でかい子どもの妖に関連があるってことか?」
わざわざセツナが指摘してきた以上、無関係ではないだろう。
「さての。妾からの助言はそこまでじゃ」
まあ、肯定しているようなものだ。
明るくなったら、貧民が集まる一角に行って、調べないとな。
依頼を引き受けた以上は、ちゃんと解決しないと退治人の沽券に関わる。
「ルカ、明日は貧民地区に行ってみよう」
「そうね。そうしましょう」
ルカの表情には少し影が差している。
半妖の彼女は俺よりも鼻が敏感だろうし、あまり近付きたい場所でもないのかもしれない。
しかし、そうと決まれば、明日に備えてしっかりと休養を取らないといけない。
「じゃあ、俺はそろそろ寝るよ。お前達も酒はほどほどにな」
「もう残っておらぬ」
「セツナ様、美味しかったです」
女将さんが既に布団を敷いてくれていた。
俺は端の布団を他の布団から少しだけ離し、横になる。
さすがにルカと寝床が近いのは、なんというか……気まずいからな。
山村からの移動と宿場での調査で疲れていたのだろう。
目を閉じると、あっという間に眠りに落ちた。
◆
翌朝、まだ少し涼しいうちに動き出す。どうせすぐに暑くなるんだけどな。
貧民地区に行く前に、念の為に他の家にも大きな子どもの妖が来ていないか聞きに行くことにする。
昨日の茶屋で、女房連中に聞いた『大きな子どもが出る』家を回ってみた。
どうやら出たり出なかったりで、それも日によって変わったりして、規則性はなさそうだ。
その聞き込みの中で、ひとつ気になる話を聞いた。
『大きな子ども』は、少しずつ大きくなっているのだという。
成長しているというより、子どもの姿のまま、全体が大きくなっているらしい。
その証言をしたのは子どもだったので、どこまで信憑性があるかは分からない。
だが、まったく無視していい話でもなさそうだ。
そんなふうに聞き込みを続けていると、二人組の衛士が近付いてきた。
昨夜も話しかけてきた二人だ。
「お前ら、変なことを聞いて回っているそうだな」
「なんでも妖がどうとか」
二人して、あからさまに俺とルカを睨んでくる。
「俺達は退治人だ。妖の噂を聞いたから、それを調べているんだ」
まあ、こうした問題は時々起こる。傍から見れば、怪しいのは確かだしな。
「妖? 退治人か何か知らんが、見えないものを退治とはご苦労なこった」
片方の衛士が馬鹿にしたように笑う。
こいつらには妖は視えない。視えないものは存在しないのと同じだ。
存在しないものと戦う俺達は、こいつらから見ると滑稽に映るのだろう。
「ああ、本当に苦労させられているよ。人間と違って、そうそう尻尾を掴ませないからな」
衛士の反応はだいたいどこもこんなものなので、その対応には慣れている。
あまり気持ちの良いものではないけれど。むしろ、イラッとするくらいだ。
ちらりとルカを見ると、彼女もむっとした表情をしていた。俺と同じように思っているらしい。
もちろん、ここで問題行動を起こすつもりはない。
視えない者に「妖はいる」と言ったところで、信じてもらえないしな。
そう考えると、退治人に依頼をしてくる人ってのは、その辺の柔軟性があるのかもしれない。
衛士には頭が固いのが集まっているとも言えるかな。
「まあいい。お前らが妖などと連呼するせいで、住民が怖がっている」
「これ以上、不用意なことばかり言っているとしょっ引くぞ」
そうは言っても、依頼として前金を受け取った以上は、ちゃんと仕事をしないといけない。
「今の依頼が終わったら、この宿場を出ていくから、それまでは許してほしいな」
「……いいだろう。二日だけ待ってやる。それ以上は、出ていってもらうからな。妖などと世迷言は住民を不安にする。いいな?」
渋々といった感じで告げる衛士に、俺は肩を竦めて頷いた。
ルカはそっぽを向いている。
衛士達の姿が見えなくなったところで、ルカがぽつりと呟いた。
「衛士って好きになれないわ。妖が視えないくせに、上から目線だし……貧民が被害に遭っても動かないしね」
なんだか含みのある言葉だったけど、俺は追及しなかった。
「まあまあ。視えなくて怖いから、否定したいんだよ。それより、貧民地区に行こう。あの妖について何か分かるかもしれない」
「……行きましょう」
俺達は貧民地区に足を向けた。でかい子どもの妖の手がかりを得るために。




