19 子どもみたいなもの
軽食を終え、荷物を降ろすために旅籠に向かった。
妖退治の依頼をしてきた女達の一人が女将さんをやっている旅籠で、安くしてくれるとのことだった。
仕事があるかも分からないまま旅をする身としては、金を節約できるのはありがたいことだ。
仲間には金を酒に変えてしまう奴がいるからな。
ジト目でセツナを見るけど、セツナは首を傾げるだけだった。
女将さんに先導されて、通りを一本入る。
到着した旅籠は小さいながら、掃除の行き届いたきれいな場所だった。
「三人一部屋でいいかい?」
さすがにルカと同じ部屋というのはまずい気がする。
ルカだって男の俺がいるのは嫌がるだろう。
「いや、二部屋――」
「一部屋で大丈夫です」
俺の言葉を遮ったのは、ルカだった。
俺は驚いてルカの顔を見た。俺が言うのもなんだけど、年頃の娘が男と同室は駄目だろう。
しかし、そんな俺にルカは諭すように言った。
「節約しないと。あたし達の仕事は不安定なんだから」
それはそうだけど……これは別問題じゃないか?
そう考えて口を開きかけたが、ルカがこっそり耳打ちしてきた。
「それに半妖のあたしに興味なんてないでしょ?」
……なんて答えるのが正解なんだ?
興味ないと言うのも失礼だし、興味があると言えば気持ち悪がられそうだ。
返答に詰まっていると、セツナの押し殺したような笑い声が聞こえた。
「ぷっ、くくく……ふふ、面白い。実に愉快じゃ」
「うるさいぞ、セツナ」
なんか腹が立つな。
「ずっと妾と同じ部屋じゃったじゃろうに。今更女子が増えたからと、狼狽しよって。くくく」
そりゃそうだろう。
年経た狐と人間の少女――半妖だけど――を比べるのは酷というものだ。
「まあ、セツナはセツナだからな」
なんとかそう言い返すのが精一杯だった。
「なんじゃと? この可愛らしい妾の姿に何も思うことはないのか?」
「はいはい」
セツナの言葉に適当に相槌を打っておく。
「じゃあ三人一部屋ね。こっちだよ、ついておいで」
「あ……」
考え事をしている間に、ルカが話をつけてしまったようだ。
今さら二部屋で、とも言いにくいので、大人しくついていくことにした。
◆
部屋は広いとは言えないけど、三人で寝泊まりする分には申し分ない広さだ。
外には細い煙が上がっている平屋が見える。あれは竈だろうか。
良い香りも漂ってくる。
うどんを食べたばかりだと言うのに、腹が減ってしまう。
荷物を床に置く。
果実酒の入った甕もその隣に置くと、セツナがいそいそとやってきた。
「ふふふ。ようやくお楽しみじゃな」
分かったから、甕に抱きつくのはやめてほしい。
ルカがちょっと引いているじゃないか。
「セツナのことなら気にしないでくれ。酒のために生きてるんだ、こいつは」
「何を運んでるのか気になってたけど、お酒だったのね」
山村での蛇女退治の報酬として受け取った酒だと説明した。
「お金じゃなくて良かったの?」
「金の方がいいに決まってる。セツナが勝手に決めてしまったんだ……」
「セツナ様」
ルカがセツナに向く。
これはセツナに説教してくれるのかもしれない。
俺がいくら言っても聞かないセツナだが、第三者に注意されたら聞く耳をもつかもしれない。
そんな淡い期待を抱く。
「なんじゃ? 汝も酒は駄目とか言うのか?」
セツナが甕を背後に守るように、その前に陣取る。
「セツナ様、分かります。お酒、美味しいですもんね」
しかし、ルカの口から出た言葉はセツナを擁護するものだった。
……えぇ?
まさかの酒豪二人目?
「ルカよ、汝は話が分かる良い女子じゃ。シンと違って、酒への理解がある。汝には妾の酒を分けてやろう」
「いいんですか? ありがとうございます!」
「待て待て。昼間から飲む奴があるか」
二人して驚いた顔を向けてくる。
まるで、俺が変なことを言っているみたいじゃないか。
「ルカ、暗くなったら仕事なんだ。酔ったまま妖退治に行くつもりか?」
「え……そうね。分かったわ」
ルカは名残惜しそうに果実酒の甕を見る。
「心配するでない、ルカよ。ちゃんと汝の分も残しておいてやる」
「セツナ様だけずるいです……」
「まあ、セツナは仕事には基本的についてこないからな。蛇女の時が例外だと思っていい」
果実酒を飲み始めたセツナを放っておいて、渋々納得したルカとともに夜を待つ。
依頼の妖が出るのは夜だからな。
◆
夜になり、行動を開始する。
『子どもみたいなもの』が出る家は複数ある。そのうちのどこに出るかは分からないので、実際に行ってみるしかない。
泊まることになった宿には出なかった。
女将さんに他の家の場所を教えてもらい、近くから順に行ってみる。
「セツナ様は本当に来ないのね」
「俺だけだと危ないって判断した時はついてくるんだけどな。どこで判断しているのやら」
ルカの顔つきは真剣なものに変わっている。
酒を欲しがる表情は消え去っている。
まずは一軒目だ。
昼間の茶屋で見た女が出迎えてくれた。
妖の気配は感じないけど、その家の子どもに話を聞いてみる。
「昨日も来たよ。着物を着てた。『子どもみたいなもの』だったよ」
「どこに出たんだ?」
子どもは部屋の角を指さした。
「それは何をしていたの?」
「うーん……にこにこしてた! でも今はいないよ」
ルカの質問に子どもはそう答えた。
子どもには怖がっている様子は見受けられない。
害のない妖だろうか。
何にせよ、今日の出現場所はここではないようだ。
念の為、家の外の確認もしておくか。
家人に断ってから、外に出る。
何の変哲もない三軒長屋だ。周囲をぐるっと回ってみても、怪しいものはない。
こんなことをしている俺達が一番怪しいかもしれない。
そう思っていると、
「おい」
若い男の声がした。
振り向いてみると、二人組の衛士がいた。
不審者を見る目つきで俺とルカを見てくる。
「見ない顔だな。こんな夜中に何をしているんだ?」
喧嘩腰とまではいかずとも、声は険しい。
片方の衛士は刀の柄に手を添えている。いつでも抜く気満々ということか。
血の気の多い衛士だな。
「旅の者だよ」
「あたし達、この家の人に頼み事をされてるんです」
嘘はついていない。
衛士に妖について話すと面倒なことになるので、ここでは伏せておく。
「本当か? 怪しいな」
それでも疑ってくるので、依頼をしてきた女に間に入ってもらう。
それでようやく衛士は納得してくれた。
「最近、子どもの失踪事件が増えてるんだ。疑われるようなことをするんじゃないぞ」
そう言い捨てて、衛士達は立ち去った。
俺達は女に礼を言い、別の家に向かう。ここからそう遠くない場所だ。
そこを訪ねると、妖の気配を感じる。
「いるわね」
ルカが呟いた。
玄関の引き戸を軽く叩くと、家人はすぐに出てきた。
「待ってました。今、『子どもみたいなもの』が来てるみたいで……」
二軒目で当たりか。幸先は悪くないな。
家の中に入ると、子どもに話を聞くまでもなく、対象の妖はすぐに目についた。
部屋の片隅に佇んで、子どもの方を見てにこにこしている。
一軒目の子どもの証言とまったく同じだ。
「……あれは確かに『子どもみたいなもの』だな」
「……そうね」
思わずルカと顔を見合わせた。
「しかし、何と言うか……でかいな」
「ええ、大きいわね」
そう。外見は六歳くらいの子どもだ。
しかし、その体がやたらと大きい。少なくとも俺よりも頭二つ分は大きい。
まあ、妖だしな。
この程度、よくあることだ。
「悪さをしないなら……放っておいてもいいのでしょうか?」
家人の女が尋ねてくる。
今の妖からは悪意は感じない。斬る必要性は現時点ではないだろう。
しかし、その先がどうなるかまでは分からない。
そう考えると、ここで祓った方がいい気もする。
「ルカ、どう思う?」
「悩ましいわね。なんだか無邪気そうな感じもするし……」
「少なくとも、今日中にどうこうってことはなさそうだし、セツナにも意見を聞いてみるか」
妖について詳しいセツナなら、適切な対処方法を教えてくれるだろう。
俺とルカが話し合いをしていると、大きな子どもの妖はいつの間にかいなくなっていた。




