17 同行の勧誘
蛇女の脅威は去った。
しかし今度は、さっきまで共闘していたルカが俺に小太刀を向けている。
木々の間を風が吹き抜け、夏真っ盛りだというのに、ひんやりとした。
蛇女が現れるまで、俺とルカが戦っていた。だから、それもしょうがないことかもしれない。
きっかけを作ってしまったのは俺だしな。
「さっきの続きよ」
ルカの声は冷たい。
俺が蛇女の水に捕らわれた時、助けてくれた彼女からは俺を気遣う様子があった。
でも、今の彼女はそうではない。
彼女からしてみると、厄介な蛇女を祓うために俺と共闘しただけで、そいつが消えた今、俺を排除する番になっただけなのかもしれない。
じゃあ、俺はどう感じているか。
彼女と直に戦ってみて、正直強いと思った。たぶん、俺よりも強いんじゃないのか?
そして共闘して分かったのは、彼女がとても頼りになるということだ。
さっきの蛇女は俺一人ではたぶん、やられていた。
先日、洞窟に巣食った小鬼の群れを退治した時は、俺一人で全ての小鬼に対処しきれず、セツナの手を借りることになった。
そう考えると、俺一人で妖退治をするのは、そろそろ限界だとも思う。
むしろ、今までよく一人でやってこれたものだ。
……どうしてもの時は、セツナが助けてくれたわけだけど、あまり彼女には頼りたくない。
「黙りこくってどうしたの?」
いきなり攻撃してこないあたり、ルカには分別があると分かる。
「俺に戦う意志はない」
俺はそう告げて、刀を鞘にしまった。チンという涼やかな音が響く。
ルカはなおも小太刀を下げず、俺を睨みながら問う。
「……どういうつもり?」
「目的の妖はさっきの蛇女だからね。ルカに刀を向けたことは謝るよ。すまなかった」
悪いと思ったら、謝る。大事なことだ。
「ちゃんと謝れるのは偉いぞ、シンよ」
セツナに言われると、なんか腹が立つけどな。
「やめろ、子ども扱いするな」
「妾からすれば大抵のやつは童も同然じゃよ」
千年を生きる妖と比べてほしくない。
俺は溜め息をついたが、セツナはまったく気にしていないようだ。
そんな俺達を見て、ルカが思わずといった感じでくすりと笑った。
「敵意がないのは本当のようね」
そう言って、腰の後ろの鞘に二振りの小太刀を器用に納めた。
そして、表情を少しだけ落とし、続けた。
「知っての通り、あたしは半妖よ」
ん?
それがどうしたと言うのだろうか。
たぶん、俺は「訳が分からない」という表情を浮かべていたことだろう。
「半妖はどこにも馴染めないのじゃ」
セツナが説明してくれた。
ルカはほんの一瞬だけ視線を落として、補足する。
「人間からは『穢れた血』、妖からは『人間臭い』と言われてるのよ」
要するに、これまでに人間相手にいい思い出がなかったということか。
「そういうのは気にしないな。そこの酒飲みの妖狐を見てみろよ。俺はそいつと一緒に旅をしているんだ」
「そうじゃ、そうじゃ。シンは酒を奢ってくれるからのう」
セツナが楽しげに笑う。
それはともかくとして、ルカが半妖だからといって、それで対応が変わることはない。
「……変な人間ね」
そう呟いたルカの狼の耳と尾がふっと消える。
出てきた時もだけど、今も驚かされた。
「人間社会で活動するために、人間に変化しているのよ」
聞くまでもなく、ルカが説明してくれた。
セツナが人間に変化しているのと同じことだろう。
もっとも、セツナが人間に変化しているのは、人間の食事と酒を楽しむためだけど。
ルカの場合はもっと切実な理由だ。
「こうでもしないと、周りの人間がうるさいのよ」
きっと俺とは別の意味で、大変な人生を歩んできたに違いない。
「ルカも退治人なのか?」
話題を変える。
彼女が持っている小太刀は二振りとも妖素材の妖刀だ。俺の刀と同じだな。
「ええ。生きていくにはお金も必要だし」
「うむ。酒を買うにも金は必要じゃ」
ちょっとセツナは黙っていてくれないかな。
そういう意志を込め、セツナを睨むと、彼女はそっぽを向いた。
ルカに向き直り、話を進める。
「さっきの蛇女の退治をどこかで依頼されたのか?」
おそらくは俺が依頼を受けた村とは別の村だろう。
蛇女はいろんな場所で、獲物を物色していたに違いない。
「そうよ。あなたもそうなんでしょ?」
「まあね。まさか同じ依頼が別口からあるとは」
俺は肩を竦めた。そのおかげで、ルカと刃を交えることになったのだ。
いや、ここは前向きに考えてはどうだろうか。
ルカと知り合うきっかけになったのだ、と。
これまで、一人では受けられずに断ってきた依頼も、ルカがいてくれたら受けられるんじゃないのか?
ここまで話してみて、悪い子ではなさそうだし。
断られたらそれまでだけど、何も言わずにここで別れるのは勿体ない気がする。
だから、俺は彼女に提案することにする。
「あのさ――」
「あの――」
ルカと声が被った。
「……あなたから先にどうぞ」
俺に先手を譲ってくれた。
「もし良かったら、俺と一緒に来てくれないか?」
「ほう? それは縁談の口上か?」
セツナに言われて気づいたが、確かにそういう風にも聞こえなくもない。
そう考えると、顔が熱くなった気がする。
「おい、セツナ。今、大事な話をしているから、あっちで虫でも喰ってろ」
「喰わぬわ」
なので、照れ隠しにセツナに当たっておく。
ルカがどう解釈したか気になるところだけど、彼女の返事はどっちにしても聞かなくてはならない。
「で、ルカ。どうだ? 正直、俺一人だと限界を感じているんだ。ルカがいてくれたら助かる」
「……そうね。あたしも一人は厳しいと思ってた。さっきの蛇女だってそう。一人だったらあたしが食べられてたわ」
そう言えば、ルカの腕には包帯が巻かれている。あいつに怪我を負わされ、逃げたとも言っていた。
ああ、怪我と言えば、俺を助けてくれた時に腕を負傷した。
「礼を忘れていたよ。良ければ、これを使ってくれ」
俺は傷薬を取り出し、彼女に渡した。半妖に効果があるかは分からない。
しかし、彼女は目を丸くして受け取った。
「あ、ありがと……」
そう言って、しばらく下を向いていた。そして顔を上げて、俺に言った。
「あたしからも頼むわ。アマチと一緒に行かせて」
真剣な表情だった。
俺としては彼女が受けてくれて喜ばしい限りだ。
「シンでいいよ」
「……よろしくね、シン」
俺はルカと握手を交わした。
それを見ていたセツナが一言。
「若いのう」
余計なことばかり言う奴だと苦笑すると、ルカも小さく笑った。
「さて、とりあえず対象の妖は退治できたわけだし、お互い依頼元に報告しないといけないよな」
「そうね」
「幸い、依頼元は別の村だし、それぞれで報酬を貰うのがいいだろう。別に俺の方はなくてもいいけど」
なんせ、こっちの報酬は果実酒だからな。
「シン、妾に喧嘩を売っているのか?」
「冗談だよ」
凄んでくるセツナをやり過ごし、ルカと今後の相談をする。
結局、一旦分かれてそれぞれの報酬を受け取ったのち、最寄りの宿場で合流することになった。
村まで戻って報告をしてから移動すると、夜中になってしまうので、合流できるのは明日だ。
今夜は村で一泊させてもらおう。
「じゃあ、また明日」
「明日からよろしくね」
こうして慌ただしい『泉の女妖退治』は無事に完了した。
◆
村に戻る頃には、陽は橙に染まり、影も長くなっていた。山間ということもあり、暗くなるのは早そうだ。
村長はいまだに縁側で茶を飲んでいた。
俺のことを待っていたのかは知らないけど、会釈してから、顛末について説明した。
ルカのことは話すと面倒なので、省略したけど。
村長は報酬として準備していた果実酒をセツナに渡す。
それなりの量があるけど、あれ、運ぶの俺なんだよな……少々うんざりするけど、セツナの助言のおかげで蛇女を祓うことができたので、目を瞑るしかない。
こんな山村に宿などあるはずもなかったけど、村長の家に泊まらせてもらえることになった。
「運動の後の酒は格別じゃのう」
セツナのその言葉に、少しだけイラッとした。
俺も果実酒を少し飲ませてもらったが、なかなかに美味かった。
明日からはルカが合流する。
旅が少し賑やかになるだろう。




