15 共闘の誘い
木々の間を風が吹き抜け、泉の水面が波立つ。
そこだけ見れば、夏の日差しが注ぐ森に涼しさを運んでくれる、心地よい光景だろう。
しかし、今の俺はそんなことを感じる余裕はない。
なんせ、ルカと名乗った女と刀の切っ先を向け合っているのだ。
ルカの鋭い視線が俺の挙動を観察している。それは俺も同じだ。
ルカがどう動くか分からない以上、うかつに先に手を出すわけにもいかない。
「二人ともやれ、やれ!」
少し離れた場所から野次を飛ばしてくるのはセツナだ。
なんであいつはこうも緊張感がないんだ。
「村長に果実酒を少しでいいから、貰ってきておけば良かったのう……」
うるさいな……気が散るじゃないか。
ほら、ルカだってぎょっとしてセツナを見ている。
俺の連れが騒がしくて、すまない。
心の中でそう謝っておく。
気を取り直して、ルカと小太刀に意識を集中する。
ルカも首をぶんぶんと振って、あらためて俺に視線を向ける。
灰色の瞳と目が合った瞬間、俺は強く踏み込み、刀を振り下ろす。
ルカが妖かどうか確証が持てない以上、本気を出すわけにはいかない。
相手が人間であれば、できれば斬りたくはない。必要なら、斬ることも辞さないけど。
衛士に捕まったら、禍主探しどころではなくなるから、迷いはあるだろうけどな。
俺の刀に対し、ルカは目で動きをしっかりと見ている。
動体視力はかなりいいようだ。
右の小太刀で俺の刀をいなし、左の小太刀を横に薙ぐ。
おっと、危ない。
後ろに跳んで避け、今度は突きを繰り出す。
だが、胴や頭は狙えない。もしも致命傷を与えてしまっては大変だ。
ルカは身を低くして、突きを避ける。そのまま俺に足払いをする。
なかなかに強烈な威力の蹴りで、ルカの目論見通り、俺は転倒した。
すかさず飛び起きたが、俺が倒れていた場所に、ルカの二刀が突き刺さる。
容赦ない攻撃に背筋が冷えた。
それに蹴られた足がじんじんと痛む。骨は大丈夫そうだが、しばらく痛むだろうな。
再び構えたルカが、今度は彼女の方から踏み込んできた。
初撃を刀で弾くが、彼女の連撃は止まらない。
二刀で交互に斬りかかってくる。
右、左、右――違う、今のは誘導だ。
俺はなんとか防ぐが、この女――速い。
防戦一方をどうにかするべく、力を込め、横一文字に刀を振るう。
ルカはそれを後方に宙返りして躱す。さらに近くの木の幹を蹴り、その反動で勢いよく俺に二刀で斬りかかる。
片方の小太刀は防いだけど、もう片方が俺の頬に傷を作った。
咄嗟に首を傾けていなかったらと思うと、ぞっとする。
ルカは俺が相対してきたどんな妖よりも強い。
しかし、考えてみろ。
妖が刀を使うだろうか。……まあ、使う奴もいるかもしれないけど。
それにルカの動きは人間ができる動きの延長線上にあるものだ。
妖ならもっと理不尽な挙動を取る。
分かりやすいところだと、セツナの狐火がそうだ。あんなのは人間には不可能だ。
「戦ってる最中に考え事なんて、余裕ね!」
ルカの二刀が襲ってくる。
俺は俺でルカの二刀を弾いたり、逸らしたり、受け流したりを繰り返す。
そうする内にルカの動きに慣れてくる。
俺に突出した技術はない。
基本となる素振りや型はセツナに叩き込まれたけどな。
だが、そんな俺に対し、セツナは『汝は相手の動きを見切るのは巧いのう』と言った。
相手の動きに慣れるまでは無理に攻勢に出ず、その把握に努める。
人間であれ、妖であれ、その者が得意とする動きというものがある。
そこから外れた変則的な動きを取ることはなかなか難しい。
だから、俺が攻勢に出るのは、相手の動きを把握してからだ。
そして、ルカの動きは概ね掴んだ。
ここから反撃していくことも難しくない。
……それは言い過ぎだな。
相手の動きを見切れたところで、ルカの速度に俺が追いつけるかは別問題だ。
そう考えると、ルカは本気を出していないのか?
やはり妖ではないのか。
しかし、ルカからは妖気を感じる。
……以前、セツナに聞いたことがある気がする。
人と妖の間に子ができることがあると。つまり――
「半妖か」
俺の言葉に、ルカがぴたりと動きを止めた。
「……あたしが半妖だと知って、どうするつもり?」
彼女の表情はかなり険しい。眉間の皺が凄いことになっているし、声には怒気も含まれる。
返答を間違えたら、即斬られそうな雰囲気だ。
人にも妖にも、散々好き勝手言われてきたのかもしれない。
それでも、わざわざ問うたということは、俺の話を聞くつもりはあるようだ。
案外、悪い奴ではないのかも。
「いや、別にどうもしないけど。あー、でもこれ以上戦うのは――」
そう言いかけたところで、空気が変わったのを肌で感じた。
皮膚の内側を撫でられるような感覚だ。
この妖気を発しているのはルカではない。
「ふうむ……良いところじゃったのに、邪魔が入ったのう」
セツナが興醒めとばかりに呟く。
いつの間にか、泉を挟んで俺達と反対側に女が一人立っている。
下半身が蛇のようになっているので、『立っている』は違うかもしれないけど。
長い髪は地面に達し、口が耳まで裂けている。
どう見ても人間ではない。
妖気もかなり強い。
「退治人が増えた」
下半身が蛇の女――蛇女でいいか。
蛇女は老婆のような声でそう言った。顔には喜色が浮かんでいる。
ルカが忌々しそうに蛇女を睨んでいる。
彼女の怪我は蛇女がつけたものなのかもしれない。
「旨そうな人間を探していたんだ。二体も見つけられるとは運が良い」
蛇女はそう言うと、ルカと俺を交互に見た。
どうやら俺も獲物認定されたようだ。
「麓の村に行っていたのはお前か?」
この蛇女が村を『舐め回すように見ていた』妖である可能性は高い。
「そうだ。腹が減ったから、食糧を探しておった」
こいつで確定だ。
「人間なんか喰ってもうまくないだろう」
話のできる相手を食べるというのは、どんな気持ちなんだろうとふと思った。
俺だったら、牛や鶏が話すのを見たら、もう食べられなくなりそうだ。
「食い物だから食べる。それだけだ。だが、お前たちは旨そうだ。退治人は呪力や妖力が強いから、特に旨いんだ」
やっぱりそうなるか。
「セツナ、蛇女が俺を喰うとか言ってるけど、いいのか?」
俺がセツナに問う。
セツナが答えるより先に、蛇女がセツナを見て怯えたような表情になる。
「妾のことは気にしなくてよい。存分にやると良い」
セツナってそんなにやばい妖なのか?
それよりも、セツナがそう言うってことは、俺でもこの蛇女を倒せる可能性があるということか。
見た感じ、結構強い妖なんだけど。
ともあれ、セツナにそう言われた蛇女はルカと俺に向き直る。
「一時休戦しましょう、アマチ」
ルカは俺にそう言った。
先ほどまであった殺気はまだ完全には消えていない。
しかし、俺よりも蛇女の方が厄介だと判断したのだろう。
「あたしはあれを討ちにここに来たの。さっき取り逃がしたというか、深手を負っちゃったから逃げたのよね」
ルカの包帯にはいまだ血が滲んでいる。
深手なのに、さっきみたいに動き回って大丈夫なのか?
彼女のことは少々心配ではあるが、蛇女の対処が先だ。
「俺の本命もあれだ。共闘しよう」
俺はそう提案した。ここでルカと俺が争う利点がない。
疲弊した方から、蛇女に襲われるだけだ。
また、一人で戦うには骨が折れそうだ。
「……いいわ。足を引っ張らないでね」
口では偉そうに言ってくるが、ちらりとこちらを見る目つきはさっきより柔らかい。
少なくとも、完全に敵とは思っていないらしい。
「……善処するよ」
刀の切っ先を蛇女に向ける。
ルカも同様に二刀を蛇女に向ける。
「ほう、共闘か。三つ巴も悪くはないがのう」
背後から茶々を入れるセツナがうるさい。
「どちらから喰おうかねぇ」
蛇女の口から、先の割れた舌がちろちろと出入りする。
「女は柔らかそうだが、妖臭い。男は筋張ってそうだ」
端から俺達を喰うつもりのようだが、そう簡単に喰われてやることはできないな。
「この妖、強いわよ」
「知ってるよ。普通の人にも視えるくらいだからな」
俺は息を整え、刀を握り直した。
以後、1日1回(だいたい18時頃)の投稿になります。




