13 山村の妖の噂
山道を抜けると開けた場所に出た。
宿場というよりは、山間部に作られた小さな村だな。
今まで通ってきた山道では、木々が好き放題に伸びていた。しかし、村の一角に背の低い木が等間隔に並んでいる。
斜面を下り、近づいてみると、色づき始めた果物がなっている。
林檎、梨、柿、葡萄なんかが育てられている。
あっちの収穫が終わっている木は桃かもしれない。
「果物で生計を立てている村かのう」
「そうみたいだな」
セツナが顎に手を当てて、神妙な顔つきになる。
この顔をする時は、すごく大事なことを言う時か、すごくしょうもないことを言う時だ。
後者が圧倒的に多い。
「果物が豊富ということは、果実酒があるのではないか?」
「そんなことだろうと思ったよ」
村を見渡しても、そんなに住居は多くない。
果実酒を作るにしても、家々で自家用に漬けるくらいだろう。余所に売るほどの規模ではなさそうだ。
「セツナは甘い酒も飲むんだな」
「酒ならなんでも飲むぞ。辛いのも甘いのも好きじゃ。生命の水とはよく言うたものじゃな」
「誰が言い出したかは知らんけどな」
これからよく実りそうな果樹を眺めていると、後ろから声がかかった。
「おやまあ、旅の方かい?」
振り返ると、恰幅のいい中年の女性が立っていた。
日に焼けた顔に笑い皺が刻まれている。
「ああ。あちこち回っているんだ」
「こんな何もない村に来るなんて、珍しいわねぇ」
何もなくはないだろう。
人が生活して、これだけの果樹を育てているのだから。
「それで、旅人さんは何をしにここに?」
「妖退治をして路銀を稼いでいる。何か妖で困っていることはないか?」
禍主を探していることまでは言わなくていいだろう。
「困り事ねぇ……最近、病人が増えたことくらいかねぇ。妖に関係しているかは分からないわよ。そういう話なら、村長さんのところに行きましょ」
道すがら、彼女はよく喋った。
この村の果樹は村人総出で世話をしていることや、あの建物は収穫した果物を一時保管するためのものだということなどだ。
別の蔵では、他の町や宿場で買ってきた酒に果物を漬けているらしい。
当然、セツナがその話題に喰いついた。
「今は何を漬けておるのじゃ?」
「桃だよ。食べきれない分をねぇ。香りがよくて、女衆にも人気なんだよ」
そう聞くと、どこかから仄かに桃の甘い匂いが漂ってくるような気がした。
気のせいかもしれないが。
「病気が流行ってるって話だったが、あんたは元気そうだな」
「はは、あたしは丈夫にできてるからねぇ。寝込んでるのは、子どもとか年寄りが多いよ」
言葉とは裏腹に、女の笑い声にはどこか心配の色が混じっていた。
やがて村長の家に着いた。
他の家よりも一回りほど大きい。軒先には串に刺した干し果物が吊るされ、甘酸っぱい匂いが漂っている。
「村長さーん、旅人を連れてきたよー!」
女性が村長の家の玄関で大声を出す。
「開いとるよ!」
ややあって、中からしわがれた声で返事が聞こえた。
「じゃあ、あたしはこれで」
女性はそのまま元来た道を戻っていった。
「ごめんください」
声をかけて家に上がる。
家人は他にいないのか、迎えに来る者はいない。
セツナと顔を見合わせてから、草履を脱いで上がることにする。
さて、村長はどこにいるやら。
あまり他人の家を歩き回るものではないけど、所在が分からないことには話もできない。
「こっちじゃよ、旅人さん」
縁側の方から、声がした。
行ってみると、小柄なおじいさんが日向ぼっこをしていた。
髪の毛は真っ白で、顔に刻まれた皺が生きてきた年月を物語っている。顎の長い髭も真っ白だ。
「お邪魔します」
「大したおもてなしもできんで、すまんのう。ちょっと待っててくだされ」
村長はそう言って立ち上がり、家の奥に消えていった。
すぐに盆を持って戻ってきた。
「粗茶じゃが、どうぞ」
わざわざお茶を淹れてくれたらしい。
盆には三杯の湯飲みと干し果物がのっている。
村長は縁側に腰を下ろした。
「ふむ。せっかくじゃし、頂こうかのう」
セツナは遠慮せず、村長から少し離れた場所に座り、湯飲みと干し果物に手を伸ばす。
俺は……二人の間に座ればいいのか?
こういう山間の村に来るのは初めてではない。
ただし、今まではちゃんと座敷で妖の話を聞くのが常だった。縁側でお茶を飲んだことはない。
仕方なく、二人の間に座る。足は縁側から地面に下ろす。
……なんだ、この微妙に気まずい感じは。
これから村にはびこる病気や妖の話をしようというのに、なんとものどかな雰囲気になってしまった。
「あー、ええと、村長さん?」
「なんじゃ?」
「この村で妖を見たとか、そういう話はないか? あと、病気が流行ってるって聞いたけど」
村長は顎鬚を撫でながら、答える。
「妖かどうかは分からんが、ちょっと前から怪しい女子を見かけるようになったと聞いておる。山にある泉にいたらしいが、最近では村の近くまで来ておるようじゃ。儂は見ておらんからなんとも言えんが、村人を舐め回すように見るらしい。儂らは妖が視えんから、人間かもしれん。ただ大層きれいな女らしい。儂も見てみたいのう、その女子」
村長の表情が少々緩んでいるのが気になる。
「ちょうどその女子が現れた頃からかのう。病気が流行り始めたんじゃ。儂はこうしてぴんぴんじゃがな、ほほほ」
この緊張感のなさは何なんだろう。
「まあ、昔からここの山は不思議なことがあったと聞いておる。妖が棲んでいてもおかしくはない。もしも旅人さんが山に入るなら、それ相応の覚悟が必要じゃよ」
「妖のせいなら、そいつを断てば病気も治まるはずだ。俺は退治人をしている。依頼なら受けるぞ」
妖気に当てられれば病を発症することがある。
その最たるものが禍主というわけだ。
「なら、ぜひ妖退治をお願いしたいんじゃが」
のほほんとした村長だが、それでも村のことをちゃんと考えているようだ。
報酬について話す。
「……高いんじゃが」
村長の眉が情けなく下がる。
「普通の人にも視える妖ということは、強力な妖ということだ。俺の命の危険もあるわけだし、妥当な金額だよ」
怪我をすれば、薬代がかかる。その間、仕事もできない。
「むぅ……村の者と話し合ってくるから、ちょっと待っててくだされ」
村長はしばらく悩んだのち、そう言うと、家から出ていった。
村の外の者を家に置いたまま出ていくとは不用心だな。
俺が盗人だったらどうするつもりなのだろうか。
小さい村で犯罪がないのか、それとも危機感が薄いのか。
「シンも言うようになったのう」
ずっと黙って干し果物を食べていたセツナがのんきに言う。
「誰かさんが酒に金を使うせいで、金欠なんだよ」
「酒代は必要経費じゃろう?」
それが当然みたいな顔で言われても、困るほかない。
「いや、なくても平気だろうが……」
「え……? シンは妾を殺す気なのか?」
その心底驚いたような顔はやめろ。
「それよりもだ。村人にも視える妖ってことは、それなりに強そうだな」
いつまでも酒の話をしているわけにはいかない。
俺の言葉に、セツナも真面目な顔で頷く。
「まあ、そうじゃな」
「まさか禍主ってことはないだろうけど」
「それもそうじゃな。あやつなら、この村などすぐに消えてなくなるわ」
禍主が俺の村を襲った時、病気は広がっていなかった。
力が戻っていなかったのか、あるいは力の大半を俺の家族を殺すことに費やしたのか。
そう考えると、拳に力が入る。
……ここで変に力んでも意味はない。
意識して、指先から力を抜いた。
そうこうしていると、村長が戻ってきた。
再び縁側に腰掛けると、俺に向かって言った。
「妖に喰われる者が出てからでは遅いしのう。旅人さんに正式に依頼を出そう。儂のへそくりからじゃが」
へそくりって……まあ、払えるのなら貰うだけだ。
そして受け取る以上は、仕事を果たす。
「前金とは別に、成功報酬として――」
「果実酒を所望しようぞ」
セツナがびしっと手を挙げた。
こいつ……金がないって言っているのに。
思わずセツナを睨んだが、どこ吹く風だ。
「お嬢ちゃん、そんな年で酒はいかんよ」
村長は常識人だった。
セツナの外見は十代半ばの娘にしか見えないからな。
「案ずるでない。妾はこう見えて、汝より年上じゃよ」
「なら安心じゃな」
それで納得するのか。悪い奴に騙されないか心配だ。
セツナは言い出したら聞かないので、成功報酬は果実酒で決まってしまった。
なんでも、去年のものが出来がいいそうだ。
「そうそう、旅人さん。夕方になると、ここの山は霧が深くなるんじゃ」
村長がふと思い出したように言う。
まだ陽は高い。
「なら、早速行ってみるか」
村長に、妖らしき女がいたという泉の場所を聞き、出発することにした。
村長が出してくれたお茶と干し果物は美味かった。




