12 式神使い
「とりあえず、立ち話もなんだし、あっちの茶屋ででも話さない?」
青年が道の端にある茶屋を顎で示した。
木の庇の下に赤い布をかけた長椅子が並んでいる。湯気を立てた茶釜からは、香ばしい茶の匂いが漂ってきていた。
「まあ、話ができる場所の方がありがたいな」
「団子もうまそうじゃしのう」
店内に入ると、さっきまで騒がしかった通りの喧噪が少しだけ遠のいた。
俺とセツナの向かいに座るのが、式神使いだという青年――カイと名乗る男だ。その隣で、着物の少女がまだ額をさすっている。
足元には鼬と白蛇が、揃ってしょんぼりと項垂れていた。
茶と御手洗団子、それから焼きおにぎりを注文する。
食べ物を待つ間に話をする。
「いやあ、さっきは本当にすまなかったね」
カイが気まずそうに頭を下げた。
穏やかな声だが、どこか苦笑いが混じっている。
「元を辿れば、僕の言い方が悪かったんだ。『若いのに妖を連れている人がいる』って話をしたら、この子達が勝手に勘違いしてね」
その言葉に、鼬と白蛇はさらに項垂れる。
少女はというと、ぷいと横を向いたまま、バツが悪そうに頬を膨らませて文句を言う。
「……勘違いさせたあんた達が悪いのよ」
「クロ、やめなさい」
カイが軽くたしなめると、クロと呼ばれた少女は不満そうに唇を尖らせた。
「だってさ、主様。あんな怪しい妖、放っておけるわけないでしょ。昨日だって人間を燃やして――」
「それはそれ、これはこれ。ちゃんと話を聞いてから動くのも大事だよ」
カイの声音は柔らかいが、言葉にははっきりとした芯があった。
セツナはと言えば、茶を啜りながら、どこ吹く風だ。
「気にするでない。軽い仕置きで済ませてやったのじゃ。むしろ感謝してほしいぐらいじゃの」
「どこに感謝の要素があるのよ!」
少女が机に身を乗り出して怒鳴る。
ちょうど注文したものが運ばれてきた。店員さんは俺達の会話の邪魔をしないよう、声を立てずにさっと退いた。
「まあまあ」
俺は苦笑しながら、焼きおにぎりを一つ手に取った。
「勘違いはもう済んだ話だろ。それより、カイって言ったか。お前の方から、『式神使い』ってやつのことを聞かせてもらってもいいか?」
「うん、もちろん」
カイは姿勢を正し、こちらに向き直る。
「改めて自己紹介するね。僕はヨモツ=カイ。式神使いだ」
聞き慣れない言葉だ。
「式神ってのは、つまり妖を従えているってことか?」
「そうだね。妖と契約して、力を借りることで悪い妖を祓う退治人だよ」
カイは卓の下に視線を向ける。
「この子達が、僕が契約している妖だよ。鼬のフウと蛇のスイ」
クロの頭を撫でながら、カイは続ける。
「そして、この子がクロ。口は悪いけど腕は確かだよ。少なくとも、普通の人にも視えるくらいには力がある」
「子ども扱いしないで、主様」
クロがカイを軽く睨む。でもカイの手を払おうとはしない。
「式神はみんなそうやって人の姿を取れるのか?」
俺が尋ねると、カイは首を横に振った。
「いや、そうとも限らないよ。フウもスイも人に変化はしない」
「契約って、どうやって結ぶんだ?」
「簡単に言うと、互いに得になる約束を交わすんだ。力を貸してもらう代わりに、こっちはこっちなりの見返りを用意する。居場所だったり、祓われない保証だったり、食べ物だったり……いろいろだね」
なんか面倒そうだな。俺には向いていない。
「そういう式神使いの家系なのか?」
俺が尋ねると、カイは少しだけ視線を落とした。
「うん。生まれた時から、周りは妖だらけだったよ。父も祖父も、みんな式神使いでね。『お前も早く後を継げ』って言われて育った」
その声音には苦笑が混じる。
「でも、嫌だったんだ。家の中の決まりやしきたりは窮屈でさ。式神をただの道具みたいに扱う親戚も多かったし……」
そこで、フウとスイがぴくりと反応した。
クロも少しだけ真面目な顔になる。
「だから、家を出た。でも、そのおかげでこうしてクロ達とも会えた。で、君は?」
逆にカイが、こちらに問いを投げてきた。
「シンだったよね。君達はどういう旅をしてるの?」
「俺はただの退治人だよ。腕はまだまだだけどね」
そう前置きしてから、ざっくりと事情を話す。
禍主と呼ばれる厄介な妖を追って旅をしていること。
今回の宿場には、旅の流れで立ち寄っただけであること。
ついでに、旅籠の女将から受けた依頼の顛末も。
カイは黙って聞いていた。
「禍主か……」
その名を口にした時、カイの眉が僅かに動いた。
「知ってるのか?」
「退治人なら誰でも知ってる名前だよ。大昔、病気を広げて大地を枯らした大妖だね。当時の退治人が別の大妖と契約して封印したって話だ」
「ほう、よく知っておるのう」
セツナが横から口を挟む。
なんでお前が偉そうにするんだよ。口元についた団子のタレのせいで、なんとも締まらないけど。
「何か深い事情がありそうだけど、無理はしないようにね。命あっての物種だからさ」
「……覚えておこう」
口ではそう答えておく。
でも、本当に禍主を見つけたら、きっと無理も無謀もするだろう。
普段はあまり考えないようにしているけど、俺はあいつを祓うために旅をしているのだから。
◆
茶屋を出る頃には、日差しが少し傾き始めていた。ずいぶんと話し込んでいたようだ。
通りを行き交う人の数も、朝よりいくらか増えている。
「じゃあ、僕達はこれで」
「ああ、またどこかで」
「うむ。次に会う時まで精進しておれよ、鴉」
「うるさいわね!」
カイが軽く手を振り、三体の式神と共に人波の中へと消えていく。
その背中をしばらく見送ってから、俺は小さく息を吐いた。
「……なかなか賑やかな連中だったな」
「うむ。悪くはない。シンにも旅の供がいれば、もっと賑やかなんじゃが」
「そうだな。セツナにかけられる苦労を分かち合う人がいてくれたら、もっと楽なんだけど」
「言うではないか」
そう言いつつも、セツナはどこか楽しげだ。
「さて、どうする?」
「一旦、宿に戻るか。ゆっくり風呂に浸かりたい」
「賛成じゃ。風呂で飲む酒は格別じゃからな」
「一升飲み切ったんだろ?」
俺の一言で、セツナが固まった。
「……そうじゃった。どうしよう、シン?」
肩を落とすセツナにかける言葉を、俺は残念ながら持ち合わせていなかった。
◆
旅籠に戻り、風呂の準備をしてから湯殿に向かう。
脱衣場に入ると、むわっとした熱気が漂ってくる。
服を脱ぎ、浴室で汗と埃を落としてから、湯舟に身を沈める。
「ふぅ……」
思わず声が漏れた。
心身の疲れが、湯気と一緒に抜けていく気がする。
天井の板を見上げながら、この宿場に来てからの出来事をぼんやりと思い返す。
情念から生まれた妖。
その大元の人間を燃やし尽くしたセツナの狐火。
そして、式神使いの青年とその式神達。
「式神使い、ね……」
妖と人、その境目の上を歩いているような存在だ。
セツナのような妖と一緒に旅をしている自分が言うのもなんだが、ああいう在り方もあるんだな、と妙な感心があった。
その時だ。
「極楽、極楽~」
隣の女湯から気の抜けた声が聞こえてきた。
どう聞いてもセツナだ。
「風呂で飲む酒は格別じゃのう。露天風呂なら、なお良いんじゃが」
「本当に飲んでやがる……」
思わず額を押さえる。
いや、それよりも。
「おい、セツナ。どこで酒を手に入れたんだ? 盗んだのなら、後で一緒に謝りに行ってやるから」
「心配するでない。女将がくれたのじゃ、ふふん」
得意げに言っているが、それはただのたかりじゃないのか?
「それにのう、湯気で酒の香りがふわっと立つのがまた良いのじゃ。これぞ旅の醍醐味よ」
嬉しそうな声音に、怒るのもなんだか馬鹿らしくなってきた。
まあ、いいか。どうせ怒ったところで、セツナは堪えない。
怒るだけ疲れるというものだ。
「……ほんと、酒のことになると元気だな」
呆れ混じりに呟きながら、俺は再び湯に顎まで浸かった。
視界の端で、湯面に映る自分の顔が揺れる。
いつの間にか、眉間の皺は幾分か薄れていた。
「式神使い、か」
もう一度、ぽつりと呟く。
「また、どこかで会いそうな気がするな」
根拠があるわけじゃない。
けれど、不思議とそんな予感があった。
禍主を追う旅はまだまだ続く。
その道の先で、今日出会った連中と再び鉢合わせするのも、そう遠い話ではない気がする。
湯気の向こうから、セツナの鼻歌が聞こえてきた。
それに耳を傾けながら、俺は目を閉じた。




