第15話 悪役令嬢、今日も水を飲ませる1.冒頭:城の朝は“水を飲むところ”から始まる
朝の王城に、澄んだ水のきらめきが広がっていた。
中庭の噴水のそばには、侍女、兵士、魔導師……身分も部署も違う城の人々が、みんな同じようにコップを手にして立っている。まるで儀式のようでいて、けれどその雰囲気は驚くほど自然だった。
「朝一杯の水を飲むと、魔力がすっと流れる感じがしますね」
「ええ、本当に。昨日より仕事が軽い気さえしますわ」
侍女たちが口元をぬぐいながら談笑する。
一方、訓練前の兵士たちも集団で水を飲んでいた。
「アリア様方式だぞ。やると訓練の怪我が減る」
「だよな。昨日、俺、魔力の暴れが止まったし」
誰もそれを“改革”とも“特別な教え”とも呼ばなくなっている。
ただ――「朝は水を飲むものだ」と城全体が思い込むほど、当たり前の習慣になっていた。
その光景を、少し離れた柱の陰から見守る少女が一人。
アリア・フォン・シュトラール。
かつて悪役令嬢と呼ばれ、今や城に健康を浸透させた張本人だ。
彼女は手にしたノートを胸に抱きながら、ほんの小さくほころんだ。
(……あれ、なんかもう普通に定着してる?
別に世界を変えようとしたわけじゃないのに……)
朝日を浴びた人々が笑い合い、水を飲み、伸びをし、気持ちよさそうに歩き出していく。
その全部を眺めながら、アリアの胸はじんわりと温かくなっていった。
――今日も王城は元気だ。
それだけで、なんだか満たされてしまうほどに。




