第1話 転生悪役令嬢、健康の乱れに絶句する:転生と基本状況の確認
まぶたを開けた瞬間、視界いっぱいに広がったのは、金糸をふんだんに使った天蓋ベッドだった。
ゆるふわ姫系の夢でも見てるのかと思ったが、身体を少し起こせばドレスの裾がふわりと揺れて、どうやら現実らしい。
「……え、誰の部屋?」
豪奢すぎるカーテン。磨き上げられた鏡台。床に置かれたスリッパはレースまみれ。
そして自分の手を見れば、細く白い貴族令嬢仕様。
「あ、これ……悪役令嬢アリアの身体じゃない?」
記憶が一気に蘇る。
昨日まで私は、健康オタク社会人女子だった。
推し乙女ゲームの悪役令嬢・アリアが大好きで、攻略対象より彼女の方ばかり目で追っていたくらいだ。
しかし、転生したからといって、私は私のままだ。
まずは、健康第一。
「……うん、とりあえずストレッチしよう」
パキパキと首を鳴らしながら腕を回していると、部屋の扉がノックされた。
「お嬢様、失礼いたします」
入ってきた侍女ルチアは、美しい……美しいのだが、くっきり目の下に隈。顔色は青白い。
寝不足・栄養不足・運動不足の三拍子が揃った、現代で言うなら“即病院案件”の顔。
(ちょっ……イベント序盤の侍女、こんなに不健康だったっけ!?)
ルチアは慣れた動作で銀のトレーを置いた。
その上には、砂糖が見えるほど甘そうな紅茶、バターで表面が光るパン、そして白っぽい謎の肉料理。
「……え、これ朝食?」
つい素で聞いてしまった。
「はい。お嬢様の“軽め”の朝食でございます」
「軽め……?」
油と砂糖の塊を前に顔が引きつる。
(軽めって、どの基準!?
現代だったら“週一のチートデーでもギリ”ってレベルだよ!?)
恐る恐るカップを持ち上げる。紅茶は、もう香りより砂糖の重みの方が勝っている。
「ルチア、これ……いつも?」
「ええ。アリア様は甘党でいらっしゃいますので。
それに貴族の朝はお忙しく、体力をつけるためにも、しっかりとした糖分と脂を」
「……水は?」
「お水……? えっと……お嬢様、飲料水を“こまめに”摂るという奇習のお話をどなたから?」
「奇習じゃないのよ!!」
思わず素の声が出る。
(この国……滅亡フラグとかどうでもいいレベルで、生活習慣病で滅ばない?)
鏡台には一度も開けてなさそうなスキンケア用品。ドレスは重く、肩こりの予感しかしない。
侍女は寝不足。食事は茶色い。
――ゲームには描かれていなかった“不健康なリアル”がそこにあった。
「はぁ……まずは水……いや、その前に朝の軽いストレッチ。
この身体、凝りがひどすぎる……!」
悪役令嬢アリアとしての生活が始まったその日。
私は城内の生活習慣、ぜんぶ改善してみせると、静かに決意したのだった。




