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アームワールド

作者: 山中 千
掲載日:2025/11/01

腕が生物の一つとしている世界の腕たちだけの世界で、一つの腕学者が俺たちは人間という生物の一部だと提唱した。混乱する腕世界で、一つの腕が点字新聞や点字本から、世間を見る。

   アームワールド


 どうやら俺たちの体は、手と腕が接続して形成されているらしい。俺たちは一部に過ぎないらしく、他に胴、足、頭とかいうパーツがあるらしい。そんな説を訴えかえた学者がいた。俺は毎朝の習慣の点字の新聞から、その説を知った。俺の凹凸に触れていた指は震えた。震えを自覚して鎮めようと努めたが、制御が効かなかった。感情としては怒りが強かったと思う。コイツは何を言っているのだ。俺たちは一部に過ぎないとでもいうのか。冒涜だ。俺たちは一部ではない。俺たちは単体で行動できる高等生物だ。俺は怒りに指を任せて、説の紙面を触った。その学者の説明図を触って驚愕した。俺たちを含む人間の全体図では、俺たちは申し訳程度にぶら下がっているのだ。胴という部位に接続されているのだが、胴はかなり大きい。世界地図で例えたらロシアぐらいの面積だ。足という部位は俺たちに似たように胴に繋がっているが、俺たちよりも太い。まるで俺たちは下位互換だとでも言いたげな様子だった。その学者曰く、頭という部位が全体図の一番大切な部分であるという。頭の中には脳という器官があり、身体に命令を下すらしい。命令を受けた部位は逆らうことができず、奴隷の如くこき使われる。全体図の一番高い所にあり、俺はそれが気に食わなかった。俺たちは使われるために生きている訳ではない。何が脳だ。ふざけるな。俺たちは単体で、ものを考えたり、感情を芽生えさせたりすることが可能だ。この学者は何を言っているのだ。人権侵害だ。俺は胸クソの悪い思いで、新聞を閉じた。普段、朝はアイロンがけされたシャツのようだ。睡眠で体力がリセットされるのだ。そんな素晴らしい朝に嘔吐物をぶちまけられた、そんな気分だった。


 俺はその日から、気が狂ったとしか思えない説に注目して新聞を開いた。

世間の反応が指から伝わる。民衆の反応も俺と同じようなものだった。呆気にとられる、とただただ驚く者。そんな筈はない、産まれた頃からこの体だったではないかと反論を唱える者。そんなのあんまりじゃないですか、と嘆く者。説は民衆を惹きつけて、皆不快の渦に陥らせた。

当たり前だ、と俺は思った。人権侵害のような説を皆の前で説いたのだ。報いを受けなければならない。


 翌日の新聞からは、彼への罵詈雑言で溢れかえった。高尚な情報源の新聞でさえその様子なので、一世代下のスマートフォン世代によるSNSでは海のように深くて暗いものだった。その情報は新聞から得た。時代に乗り遅れた俺はスマートフォンを使うことができないので、実際に得た情報ではない。


 世間は、彼に色々とあだ名を付けた。馬鹿野郎、クソ野郎から始まり、おおほら、ゲロ説野郎、ちんぷんかんぷん右往左往……などとバリエーションは豊富であったが、結局はほら吹き馬鹿野郎で落ち着いた。色々な意見の丁度中間点で、判りやすかった。

 それからというものほら吹き馬鹿野郎という単語を触れない日はなかった。民衆の意見というのは、徐々に屈折して、もはや意味が通っていないものやヘイトが学者に向いているのをいいことに日頃の憤怒をぶつけ始めた。

 俺はだんだんと民衆の声というよりも学者の声に指を触れてみたくなった。休日に、図書館へ出向き、彼の著書『俺たちはパーツ』を手に取った。


 俺がその本を読んだ感想をいう前に、俺たちの形状や生活について、前提から立ち止まり整理してみる。

俺たちは、肌の表面で外界の把握を行う。空気の揺れを肌の細胞で察知し、他はどの辺に存在しているか、温度からおおよその天候を予想する。子どもは、経験不足であるため、よく他と衝突したり、雨にさらされたりする。が、十歳ぐらいになれば、大体の把握が可能になり、ぶつからなくなり、濡れなくもなる。

 小指は、最も繊細な部位だ。

 肌の細胞の感触は全て小指に集約される。その後、どのような行動をとるかの判断も小指から指令される。俺達は、意志の伝達を行う際に、小指同士のテレパシーを使う。そうやって他とお互いに過ごしやすい生活を育むのだ。小指を使って、コミュニケーションを取る。つまり、点字も小指から生まれる。小指は、司令塔なのだ。

 小指を護るため、親指がある。分厚い親指を盾にして、緊急時は小指を護るのだ。親指が分厚ければ分厚いほど、ゴツければゴツいほど素晴らしい親指という風に賞賛されるのだ。性別を判断するのにも、親指は用いられる。うつ伏せの体制で、親指が左側にあればオス、右側にあればメスだ。俺は、オスだ。

 生命を維持するために必要な栄養素は、主に人差し指からとる。空気中に漂っている微生物を喰うのだ。酸素に含まれる微生物と窒素に微生物の二種が、俺たちの食料だ。前者は味も栄養素も高いが、後者はまるっきり逆だ。酸素は空気の約二割であるため、酸素中の微生物は取り合いとなる。酸素内の微生物が殻になると、しかたなく窒素内の微生物を喰らう。二酸化炭素中の微生物を喰うのは、危険だ。大量に摂取すれば、人差し指の嘔吐、小指の麻痺、薬指の機能停止を引き落とす。

 メスの手の甲には、穴が空いている。性行為は、その穴にオスの薬指を入れ行われる。穴の奥へ突っ込んだり、手前に引いたりを繰り返し、快感を得る。快感が、最大になれば、オスの薬指からドロッとした液体が、メスの内部に流れ込む。うまくいけば赤子が産まれ、生命活動は、持続する。


 著書を読んで、人間というものは俺たちの拡大図のようなものなのかもしれないと思った。俺たちはちっぽけな一部として記されていなかった。俺たちは人間というものにたいして、大切な一部だったのだ。俺が説に傾倒しかかっている理由としては、学者の出身大学だった。東京アーム大学。人間というものの世界では、東京大学というものに該当するらしい。


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想像してみたらなんとシュールな世界……! でも描写がとてもリアルなので、想像が広がりました。 昔川端康成の『片腕』という小説を読んだ時のインパクトを思い出しました(好きなんです、あの作品……) 東京ア…
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