05黒竜
俺は一か八か望みを掛けて、地竜に対して、〈テイム〉を行使した。
キン!
俺の立っている地面に、大きな丸い魔法陣が現れる。
これは〈テイム〉を行使した際に現れる魔法陣だ。
その大きな魔法陣は俺を中心として半径を広げ、地竜の足元の地面に届く。
魔物をテイムしたいときは、その魔法陣の中にテイムしたい魔物を入れる。
上手くいけば、魔物をテイムが行われ、従魔にすることが出来る。
テイマーとテイムする魔物との間に、絶望的な力量差が無ければの話だが。
「グル?」
〈テイム〉を掛けられた地竜が首を傾げるだけで終わった。
……………………うん、分かってた。
俺なんかが、地竜をテイム出来るなんて微塵も思わなかった。
従魔のいない『ドラゴンテイマー』の俺と地竜との力量差なんて、議論するまでも無い。
「ガルルルル」
地竜は、そのまま何事も無かったかのように、俺にゆっくりと迫る。
確実に来る死の接近に、俺は腰が抜け、尻を地面に付く。
目から留めなく、涙が溢れる。
突きつけられる現実。
ここで、終わりなのか。
必ず、ここから出ると誓った矢先これだ。
考えてみれば、父親は『地獄の裂け目』から出た者はいないと言っていたのだ。
ならば、俺がここから出られるなんて話、夢物語だったんだ。
俺は迫る地竜に対して、尻を地面に付いたまま、後退りしか出来なかった。
だが、俺と地竜の距離はすぐに縮まり、目の鼻の先にまでなる。
地竜の吐息が、俺の顔の肌に当たる。
終わりだ。
そう思った瞬間だった。
ゴオオオオオオオオオオオオ!!!
「何だ?!」
圧倒的な熱量が俺の全身を勢いよく打つ。
俺の視界が一瞬で、赤く染まる。
俺は目を焼き尽くさんとばかりの赤光に、手で顔を覆う。
まるで、この世の終わりかのような熱量だ。
赤い光は、すぐに収まる。
後に残るのは、鼻が曲がりそうな焦げた匂い。
それに周囲の水気が飛び程の熱気。
そして…………丸焦げの地竜の死体であった。
頑丈な鱗を持っているはずの地竜が、体中を炭化させていた。
理解は出来ないが、どうやら謎の炎によって、地竜が焼き殺されたようだ。
誰かこれを?!
違う!何がこれを?!
俺は辺りを見渡す。
よく見たら、丸焦げになった地竜から大きく一直線に、地面が焼かれた跡がある。
地面が焼かれた跡の直線状の先には、
「あれは?」
何かいた。
黒くて小さい何か。
微かに動いている。
俺は立ち上がって、好奇心から近づく。
その黒い何かは、蹲っていた。
「グルル………」
ふと…耳に入ってくるのは、苦しげな鳴き声。
首を傾げながら、黒い何かの目の前に来た俺は、
「っ?!」
酷く驚愕する。
長めの首と尻尾。
黒光りする鱗、金色の眼球。
そして、赤い筋に入った黒い翼。
これは、
「ド、ド、ドラゴン?!」
見たまま、黒い鱗を持ったドラゴン…差し詰め、黒竜である。
人間の俺と同じほどの体格の黒竜がいた。
恐らく、先ほどの大火炎を地竜に放ったのは、この黒竜だ。
ということは、この黒竜は地竜よりも圧倒的に強い存在である可能性がある。
竜集の中で、比較的弱い地竜とは言え、その地竜を焼き尽くすなんて、並みの竜ではない。
地竜に続き、またしても竜種。
しかし、今回は地竜よりも、さらに状況が悪い。
それは黒竜が子供だからだ。
大きさ的に、これは子供だ。
その黒竜の子供は、どうしてか弱ったような感じであった。
だが、そんな事はどうでも良い。
ドラゴンの子供は不味い!!
何故なら、セイクリッド王国において、ドラゴンの子供、もしくは卵に手を出すのは、御法度であるからだ。
それは、ドラゴンの子供か卵に手を出すと、親のドラゴンの報復に遭うからだ。
子供や卵に手を出すと、親のドラゴンが怒り狂うのだ。
竜種は強く、知能が高いと同時に、子供に対する愛情が強いことで有名だ。
昔、俺と同じ【ジョブ】の『ドラゴンテイマー』の者が、隙を見計らって、ドラゴンの巣から卵を奪い取り、生まれて間もないドラゴンの子供をテイムしようとした話がある。
理解は出来る。
竜種とは言え、生まれたての子供ならば、まだ力も弱く、テイム出来ると踏んだのだろう
だが、それが災いを呼んだ。
卵を盗んだせいで、親であるドラゴンの怒りを貰い、その報復を受けた。
何と、それで国一つが滅んだ。
たった一つの卵を盗んだ程度で、国が滅んだのだ。
だからこそ、ドラゴンの子供や卵を手を出すのは禁止とされたのだ。
そして、ドラゴンの子供や卵がある場所は、大抵親がいるのが常識。
つまり、黒竜の子供がいるという事は、黒竜の親がいるという事。
ドラゴンなんて、さっきの地竜で身を持った知ったように、俺なんて爪の先で倒せるほどの力量差がある。
俺は即座に、その場から離れる。
丁度、近くに身を隠せる岩場があったので、俺はそこに隠れる。
暫くそこで、黒竜の子供の様子を伺っていた。
けれど、どれだけ遠目に見ていても、黒竜の親が現れる気配はない。
黒竜の子供は、依然として苦しそうに地面に蹲っていた。
俺の頭には、様々な疑問があった。
何故こんな、地下の大空洞に、黒竜の子供が?
今更だが…そもそも、黒い鱗を持った竜なんて聞いた事がない。
どうして、黒竜の子供が苦しそうにしているのか?
俺は徐に岩場から身を出す。
ゆっくりと黒竜の子供に近づく。
黒竜の子供は、俺が近づいても攻撃をしてくる気配がない。
俺は意を決して、黒竜の子供のそばまで来る。
黒竜の子供は、腹から血を流していた。
何かで貫かれたような跡。
痛そうだ。
苦しんでいる原因は、これだと思われる。
黒竜の子供は、苦しい様子でありつつも、横目で俺を見ていた。
金色の瞳に、俺が映る。
「ガウ……………」
理由は分からないが、この黒竜の子供からは敵意は感じられなかった。
逆に、助けを求めるような眼であった。
もう一度、辺りを見渡すが、やはり親らしき竜の姿は見受けられない。
親のいない黒竜の子供。
もしかして、コイツも親に見捨てられたのか?
竜の子供が見捨てられる話は聞いたことが無い。
俺がそう考えこむのは、ついさっき実の父親に見捨てられ、大穴へ突き落されたからだ。
仮に、俺が考えている通り、親に見捨てられたのなら、コイツも俺と同じ独りぼっち。
そう思うと、恐怖に混じって、同情や憐れみ、そして…目の前の竜を助けたいという心が芽生える。
俺は何だか親近感が湧いてきた。
俺は腰にあるポーチを漁り、傷薬を取り出す。
この傷薬は、一般的な薬草をすり潰して、塗り薬にしたもので、効果自体はそれほど特出して凄いわけではない。
せいぜい大きめの切り傷や擦り傷を治す程度。
それでも俺は取り出した傷薬を、黒竜の子供の胸に塗った。
これで少しは傷が治るかもしれないと思い。
竜の傷を癒そうとするなんて、何やってるんだ…俺。
「グル………」
黒竜の子供は、ゆっくりと横にしていた首を持ち上げ、俺を見る。
さっきまで苦しそうな様子は、少し緩和されたように見える。
黒竜の子供の胸から流れている血は、一旦止まった。
傷薬は一定の効果は現れてくれたようだ。
しかし、そうなると心配になるには、傷がある程度直った今、この黒竜の子供が俺をどうするのかだ。
地竜を一瞬で焼き尽くす力を持っているのだ。
俺など、一捻り。
暫く、俺と黒竜の子供は見つめ合う。
黒竜の子供が持つ金色の目には、やはり敵意の感じは見受けられなかった。
「グル」
「え?」
突然、黒竜の子供は行動に移す。
俺の胸元に頭を寄せきたのだ。
それは、あたかも俺に甘えるように。
俺は徐に黒竜の子供の頭を抱きしめる。
暖かった。
何だか、温もりを感じる。
抱きしめ終えた俺と黒竜の子供は、また見つめ合う。
黒竜の子供は、何かを待っているかのような顔をしていた。
勿論、俺の感覚だが。
そこで、俺はある事を閃く。
馬鹿らしいと思いつつも、俺は閃いたある事をやってみることにした。
俺は深呼吸をした後、ゆっくりと唱える。
「〈テイム〉」
それはテイマーが魔物をテイムするための呪文〈テイム〉。
俺は、それを黒竜の子供に対して、再び発動させる。
キン。
俺を中心に、大きな魔法陣が現れる。
「グルル?」
黒竜の子供は、魔法陣を興味深そうに見ていた。
その後に、俺に穏やかな顔を向ける。
その表情は、「いいよ」と言っている風であった。
その時、俺と黒竜に見えない糸が貼られたような感覚がした。
そして、俺の脳内に声が響く。
『黒竜をテイムしました』
今日、俺は人生初の従魔である黒竜をテイムしたのだ。