02ドラゴンテイマー
この世界には、俺が【ジョブ】として授かった『ドラゴンテイマー』以外にも、同じテイマー系の【ジョブ】として、動物や獣系の魔物をテイムする『ビーストテイマー』や昆虫や蟲系の魔物をテイムする『インセクトテイマー』、ちょっと珍しいものとして、妖精をテイムする『フェアリーテイマー』がある。
テイムする魔物や動物などを、主に従魔と呼ぶ。
従魔は、テイマーにとって仲間であり、自身の生命線みたいなもの。
『ドラゴンテイマー』は文字通り、ドラゴン…つまり竜種をテイムして、従魔にするための【ジョブ】である。
ドラゴンは、この世界に置いて、最強クラスの魔物。
一匹現れただけでも、街一つ簡単に壊滅できる強さを持つ。
過去には、たった一匹のドラゴンに丸々滅んだとも言われている国もある。
さて……ここまで聞いて、その最強クラスの魔物であるドラゴンをテイム出来る『ドラゴンテイマー』が、不遇職と呼ばれていることに疑問を感じる人が多くかもしれない。
しかし、ここで重要なのは、『ビーストテイマー』が獣系の魔物しかテイム出来ないのと同じように、『ドラゴンテイマー』はドラゴンしかテイム出来ないのだ。
だから、『ドラゴンテイマー』の俺が、『ビーストテイマー』のように、獣系の魔物をテイムすることが出来ない。
え?それの何が問題かって?
ドラゴンは最も弱い奴でも、人など簡単にひと捻り出来る程の強さを有していることだ。
テイマーに関して、もう少し説明をする。
テイマーの基本は自身よりも弱い、もしくは自身と同等の強さの魔物をテイムをしながら、徐々にテイムした魔物を増やしていき、段々と力を付けていく。
そして、より強い魔物をテイムするのだ。
これの繰り返し。
『ビーストテイマー』なら、低位の冒険者でも比較的容易に倒せる魔狼や一角兎、空鳶をテイムして、より強い魔物をテイムしていくような。
だが、テイムは、テイムする側に対して、テイムされる側の力がテイムする側よりも大きく上回っていた場合、テイムが出来ないのだ。
そして、さっきも言ったように、ドラゴンは種類こそ多いが、ドラゴンと言うだけあって、皆強い。
ドラゴンの中でも比較的弱いとされているものは、確かにいる。
ドラゴンの中でも、弱いと言われている代表例は、地竜や水亀竜、岩砕竜、紫蛇竜などがある。
多くのドラゴン種の中では、体格が小さかったり、動きが鈍かったり、これと言った能力も無いようなドラゴンである。
だが、やはりドラゴンは、ドラゴンなのである。
今あげた代表例は、S級の一つ下のA級冒険者でも単身で勝つのは、難しいとされている。
因みに、A級冒険者は国に十人いれば、多いとされるほどの高位の冒険者である。
弱くともA級冒険者が単身では討伐困難な竜種を、最初の状態からテイムするなど、無理な話である。
『ドラゴンテイマー』はスタートの地点で、テイム難易度が途轍もなく高いと言う話ですら無いのだ。
すなわち、『ドラゴンテイマー』という【ジョブ】を授かった時点で、その者は何もテイムできずに一生を終えるということだ。
何とも酷な話だ。
これが『ドラゴンテイマー』が不遇職と呼ばれる所以である。
従魔がいなければ、最弱の魔物と言われるゴブリンでさえ、まともに戦えない。
「「「「「ギギャアアアア!!」」」」」
俺の目の前には、十匹を超えるゴブリンがいた。
ゴブリンは最弱の魔物と呼ばれるように、とても弱く、例えば戦闘系の【ジョブ】である『剣士』や『魔法使い』、『騎士』でなら、【ジョブ】の就いたばかりの初心者でも倒せる弱さである。
だけど、俺には脅威そのもの。
だって、今の俺には従魔なんていないし、従魔になり得る竜種がいたとしても、テイムなんて到底出来ないのだから。
従魔のいないテイマーは、そこらの一般人と大して変わらない。
俺はゴブリンを見据えながら、腰にあるナイフを抜き、身構える。
しかし…………ブン!!
突風と思わしき風が吹き付け、十匹を超えるゴブリンの体が全て上下に分かれた。
やったのは俺と同じ赤の髪を携えた巨漢の男……俺の父親のマンドラだ。
父親は背中に背負っている大剣で剣風を巻き起こし、ゴブリンたちを斬ったのだ。
人間業とは思えない業だ。
まさに、セイクリッド王国の英雄と呼ばれるだけある。
「いくぞ、リック」
「は、はい!」
父親は一言話して、また歩き出す。
俺も慌てて、その後を追う。
今、俺と父親がいる場所は、「ターネル」より南東にある「魔境の森」である。
鬱蒼とした木々が周囲の視界を埋め尽くし、日光も遮られ、昼間なのに辺り一面が暗い。
俺の視力では、暗くて数十メートル先が見えない。
普通、森には鳥などの小動物がいるものだが、「魔境の森」は全くと言っていいほどの、そういった小動物には出会わない。
それも当然だ。
「魔境の森」は名前の通り、森の中には、多くの様々な魔物が住んでいるからだ。
しかも、奥に行けば行くほど、魔物の強さが上がっていく。
A級冒険者でも、下手をすれば命を失うほどの危険な場所だ。
数分前、俺と父親は「魔境の森」に足を踏み入れ、奥地に向かっている。
「魔境の森」で出くわす魔物たちも父親の前では、雑魚に等しかった。
因みに、俺が生まれた街である「ターネル」自身は、この「魔境の森」にいる魔物が外に出た際に、防衛線みたいな役割をするために作られた街だ。
そんな「魔境の森」に俺と父親がいる理由は、昨日俺が『ドラゴンテイマー』の【ジョブ】を授かった時に、父親は俺に、「明日、お前を鍛える場所に向かう。今日中に準備しろ」と言ったからである。
だから、昨日の内に準備をして、今日を迎えた。
しかし、まさか俺を鍛える場所と言うのが、「魔境の森」だったとは。
ここで俺を鍛えるという事か?
俺は心の内に、淡い期待を寄せる。
この世界では、授けられた【ジョブ】によって、能力の全てが決まると言われている。
いくら努力しようにも、就いた【ジョブ】とは、関係ない努力は無駄に終わるというのが、この世界の常識。
『剣士』の【ジョブ】に就いた者がいくら魔法を習得しようと努力しても無駄であり、『魔法使い』の【ジョブ】に就いた者がいくら剣術の努力をしても無駄であると言う事だ。
不遇職に就いた俺の場合、俺自身の能力は終わったと言っていいだろう。
だけど………と、俺は自身の頭に願望を浮かばせる。
英雄である父親なら、【ジョブ】に頼らない訓練法があるのかもしれない。
不遇職に就いた俺に、【ジョブ】以外の強さの秘訣でも教えてくれるのかもしれない。
生まれてから、昨日の【ジョブ】を授かるに至るまで、父親は息子の俺に対して一切の関心を見せることは無かった。
父親が俺に何かを教えることなんて、一度も無かったはず。
そんな父親が俺を鍛える場所に向かわせるという事は、元S級冒険者の父親を俺を鍛えると言うことだろう。
英雄と呼ばれた父親が俺に………。
心には期待と共に、喜びという感情が込み上げてきた。
父親は俺を見離してはいなかったという事か。
不遇職の【ジョブ】に就き、将来が絶望的な俺に稽古をしてくれるという事か。
物心ついてからの、初めての父親らしい行動に、喜びを感じずにはいられなかった。
何だか、前を歩く父親の背中が大きく見える。
もし、父親が俺に稽古を付けてくれるのならば、俺も父親の期待に添えるような努力をしないと。
俺は、そのように考えた。
この俺の考えが、全くの見当外れであることを、すぐに知ることになる。
そして、俺は地獄に突き落とされるとは。