01不遇職
この世界では、十六歳になると神様から、【ジョブ】という特殊な技能や能力を得ることが出来る。
得られる【ジョブ】は、『剣士』や『戦士』、『兵士』、『騎士』と言った戦闘系の職だけでなく、『魔法使い』や『魔術師』、『魔導士』、『魔女』と言った魔法系統の職、さらには『商人』や『建築士』、『鍛冶師』、『裁縫職人』など、数え切れないほど多岐に渡る。
得られる【ジョブ】の種類は、大体運で決まる。
十六歳になるまで、誰も自身にどんな【ジョブ】が授かれるか分からない。
【ジョブ】は、授かった人の人生に大きく関わる。
例えば、戦闘系の【ジョブ】に着ければ、国の騎士団や魔物を退治する冒険者として活躍することができ、『商人』の【ジョブ】なら、商人として活躍できる。
つまり、【ジョブ】は、その人の将来を決めるといっても過言では無いのだ。
”当たり”の【ジョブ】に着ければ、将来を約束されたようなものである。
そして、そんな数多くある【ジョブ】の中でも、”外れ”が存在する。
そう言った外れの【ジョブ】を、主に”不遇職”と呼ばれている。
不遇の定義は、不運であることから、自分の才能や人物に見合う相応しい地位や境遇を得ていない状態のことである。
この世界における不遇職の定義は、一般的に…性能が低く、使いどころが全くない【ジョブ】である。
さらに、この世界における不遇職を得た者の末路は酷いものだ。
【ジョブ】で全ての能力が決まると言われている、この世界で不遇職なんて得た日には、死ぬまで周囲からは馬鹿にされ、蔑まれ、罵られる日々が続く。
まさに、生き地獄だ。
だから、【ジョブ】を授かれるときは、みんな心の中で願うのだ。
どうか、不遇職だけは止めてください…と。
そして、そんな不遇職の代表例が……………、
「リックの【ジョブ】は、『ドラゴンテイマー』である」
教会の神父が俺の【ジョブ】を高らかに宣言する。
教会にいる多くの人に見守られる中、俺の【ジョブ】は『ドラゴンテイマー』であると告げられる。
俺の名前は、リック。
ここ、「セイクリッド王国」の南にある「ターネル」という街に住んでいる。
俺は少し前に、十六歳になった。
つまり、【ジョブ】が得られるという事だ。
【ジョブ】は、十六歳になった際に、教会にある水晶に手をかざすと得られる。
俺のような平民は年に何度か教会で行われる「ジョブの儀式」という【ジョブ】を授かる行事によって、誕生日が近い者同士で、まとめて【ジョブ】を貰うのが、この国での通例だ。
今日は、その「ジョブの儀式」の日。
だから、俺は教会に行って、【ジョブ】を得ようとしたのだ。
その結果が……これである。
『ドラゴンテイマー』と聞いて、俺は大きく困惑する。
何故なら、『ドラゴンテイマー』は数多ある【ジョブ】の中でも、不遇職と言われている【ジョブ】だからだ。
この世界での、不遇職の扱いは下手な罪人より酷い。
俺の【ジョブ】が『ドラゴンテイマー』と分かると、教会中にいる人たちが、ざわつき始める。
「き、聞いたか?『ドラゴンテイマー』だとよ」
「ああ、不遇職だな」
「マンドラの息子だから、期待していたけど」
ざわつきは徐々に大きくなる。
最初は俺の【ジョブ】に、困惑をしている者だけであったが、次第にその困惑が失望に変わる。
さらには俺を蔑む視線を向ける者達も段々と現れ始める。
「ぷっ!コイツは傑作だ!」
「だな!ずっと前からチヤホヤされてきたけど、【ジョブ】が不遇職とはな!」
「いい気味だぜ!あ~あ、ずっとアイツの顔を立てるような事してたけど、損したぜ」
俺を笑っているのは、昨日まで英雄である父親の息子だからと言って、俺を持て生やしていた人たちだ。
口々に俺を指さして、笑う。
勝手に俺を持てはやしておきながら、勝手に俺に失望し、軽蔑してきたのだ。
本当に勝手な連中だ。
俺は悔しさで歯を食いしばる。
こっちだって、望んで顔を立ててくれと言ったわけではない。
確かに、生まれた時から周囲にチヤホヤされて、ちょっと調子に乗っていたところは、あったかもしれない。
先程、【ジョブ】は大体運で決まると言ったが、実は【ジョブ】は血統に関して、少なからず影響がある。
例えば、『騎士』の【ジョブ】に付いている者の子供は同じく『騎士』の【ジョブ】や、『剣士』や『戦士』といった近接戦闘系の【ジョブ】に付ける確率が高くなる。
俺の父親の【ジョブ】は、かなり特殊であり、超当たり職と言われるほど、恵まれた【ジョブ】を持っている。
だから、父親と同じ【ジョブ】とは言わずとも、俺も良い【ジョブ】に付けるかもしれないと高を括っていた部分もあった。
俺はふと…父親がいる方を見る。
教会の隅に、一目でわかるほどの豪華な鎧を付け、人が持てるとは思えないほどの大きな剣を背負った巨漢がいるが、あれが俺の父親だ。
圧倒的な強者としての雰囲気を纏っており、周囲の視線を自然と引き寄せる。
細身の俺とは、大違い。
似ているところと言えば、父親と同じ赤髪ぐらいか。
父親の名は、マンドラ。
俺の父親は元々は「冒険者」という、魔物を倒すことを主に生業としている組織に所属していた。
その冒険者と言う組織には、階級という物があり、父親は元々一番上のS級だったのだ。
つまり、最上級のランクを持った人だった。
S級である父親は、ある日…セイクリッド王国に襲来した恐ろしい力を持ったドラゴンを討伐し、その功績は王国中に広く知れ渡る。
父親は、その後も多くの魔物を倒し、国の『英雄』と祭られ、仕舞には王国最強の戦士とまで言われた。
当然、その息子である俺には、多くの期待が寄せられていた。
俺が十六歳になった時に、一体どんな【ジョブ】に付くのか。
父親に劣らない【ジョブ】を授かるのか。
そんな期待があった。
だが、現実は先程知っての通り、不遇職を授かってしまった。
ドン!
誰かに体を押される。
「よう!不遇職者!」
「……………ジョン」
俺の体を強く押したのは、友達のジョンだ。
ジョンは俺に対して、今まで見せたとこが無いような侮蔑を孕んだ視線で見てきた。
いつもは俺に対して、屈託のない笑みを向けていたのに。
突然のジョンの態度の変貌に、俺は目を何度も開閉させる。
「今日で、お前との友達関係は、おさらばだ!」
「お、おさらば?!」
「ああ、そうだ。今まで王国最強の戦士であり、英雄の息子だから、仲良くしてやった。だが、不遇職のお前には、もう用はない!」
「そ、そんな?!」
まさか、昨日まで友達と俺に仲良くしてくれたのは、俺が英雄である父親の息子だからという理由だけだったのか。
惚ける俺を他所に、ジョンは胸を逸らし、誇らしげに言う。
「聞け!俺の【ジョブ】は、『魔法剣士』だ!!」
ジョンは自身の【ジョブ】を高らかに宣言する。
『魔法戦士』、中々の当たり職だ。
魔法系の【ジョブ】である『魔法使い』の特性と戦士系の【ジョブ】である『剣士』の特性を合わせ持った【ジョブ】だ。
器用貧乏になる可能性もあるが、本人の努力次第で、剣と魔法の両方を極められる。
下手をすれば、貴族から従士としてスカウト程の【ジョブ】だ。
「え?ジョン、『魔法剣士』って言ったか?」
「マジで?!」
「当たりじゃん!不遇職の野郎とは大違いだ」
さっきまで俺を馬鹿にしていた奴らは、今度はジョンに群がり始める。
多くの人から褒められるジョンは満更でもない様子であった。
かつて友達だったジョンを遠巻きに見ながら、俺はその場を後にした。
ジョンから離れた俺は、フラフラとした千鳥足で、父親の元に行く。
「……………………父さん、その…………俺の【ジョブ】は………………『ドラゴンテイマー』……だったよ」
報告するのが、辛かった。
父親に激怒されるのかと思ったからだ。
父親の顔を見るのが怖くて、下ばかり向いていた。
自身の息子の【ジョブ】が不遇職なんて、屈辱以外の何物でも無いだろう。
だけど、いくら待っても父親からの返答は無かった。
俺は恐る恐る顔を上げる。
顔を上げた先の父親の表情は、無表情であった。
無表情と言うか、何の感情も無い顔というか。
俺の【ジョブ】が不遇職に何の憂いも、怒りも感じていない顔だ。
「………………そうか。『ドラゴンテイマー』か」
一言、そう呟くだけであった。
俺は茫然としたまま、父親を見ているだけだった。
そんな俺に、父親は口をまた開く。
「明日、お前を鍛える場所に向かう。今日中に準備しろ」
「鍛える場所?」
俺は首を傾げ、意味を父親に尋ねるが、今日…父親が俺に対して話した言葉は、それだけだった。