第5話 月雫の砂時計
「月雫の砂時計……?」
と、フランチェスカがおうむ返しに問いかける。
「ああ、君は知らないか。これは、大切な人に贈るものなんだ。フランチェスカの世界でいうところの、お守りみたいなものかな」
ラビーニャが説明すると、フランチェスカは納得したのか、なるほどとうなずいてペンダントを首にかけた。
月雫の砂時計は、最愛の人に贈るプレゼントの代名詞として、妖精達の間で広く知られている。大切な人を守るという効果がある魔法、月女神の加護がかけられているからだ。この魔法をかけると、砂時計の砂はたとえどんな色だったとしても琥珀色に染まる、という特徴がある。
月女神の加護は妖精なら誰でも使える魔法で、月雫の砂時計は誰でもかんたんに作ることができる。けれど、ナターシャもラビーニャもお互いに贈りあったことはなかった。話に聞いていただけで、二人とも今まで実物を見たことがなかったのである。
ラビーニャの説明が一段落したところで、フランチェスカはそういえば……と思い出したように告げた。
「これをもらう時、おばあちゃんが言ってたんだよね。『このペンダントには魔法がかかってるから、何があっても絶対に手放すんじゃないよ』って」
「え? フランチェスカのおばあちゃんって妖精なの?」
ナターシャがたずねると、フランチェスカは首を横に振った。
「私のおばあちゃんは、れっきとした人間だよ。ただ、ことあるごとに『自分は魔法使いだ』って言ってたっけ。ずっと、冗談だと思ってたけどね」
「もしかしたら、本当に魔法使いなのかも」
と、ラビーニャはどこか確信めいた声音で言った。
「まさか……。魔法なんて、一度も見せてもらったことないよ」
「そっか。でも、こうして君の手もとに月雫の砂時計がある。その砂の色は、魔法をかけないと出せない色合いなんだ。だから、君のおばあちゃんは本物の魔法使いなんだよ。そうじゃなければ、今ここに君がいることの説明がつかないしね」
と、ラビーニャ。
それはたしかにと、フランチェスカは納得する。
「じゃあ、これを月明りにかざせばもとの世界に戻れる……?」
「ほぼまちがいなく、ね。でも、単純に月にかざすだけじゃだめなんだ」
「どういうこと?」
ナターシャがたずねると、ラビーニャは紅茶を一口飲んでから口を開いた。
「人間がここにくる条件に、『満月の夜』と『砂時計の台座に宝石がついている』のと『砂時計を逆さにする』っていうのがあるんだ」
台座に宝石がついている砂時計は、妖精が別の種族――人間などに渡す特別なものだ。満月の光にかざして砂時計を逆さにすると、台座の宝石を介して、妖精の国へとつながる道が開かれるとされている。
「あ! たしかに、この世界にくる前に見た月は満月だった!」
フランチェスカは、思い出したかのように声をあげた。
「じゃあ、こっちでも満月の夜に砂時計をかざして、逆さにすればいいってわけね?」
ナターシャが確認すると、ラビーニャは大きくうなずいた。
「よかったー! それで、次の満月っていつなの?」
フランチェスカは、安堵して言葉を紡ぐ。
「たしか……明後日の夜だったと思うよ」
ラビーニャが、少し思案してから答えた。
「じゃあ、それまでは一緒にいられるね!」
ナターシャはそう言うと、紅茶を飲み干して立ち上がる。
困惑するフランチェスカに少し待つように告げると、ナターシャはキッチンへと行ってしまった。
フランチェスカがラビーニャに視線を向けると、
「人間に出会うのが初めてだし、友達になれるなんて思ってなかっただろうから、浮かれてるんだよ。大目に見てやって」
と、彼女は苦笑しながら告げた。
(たしかに、私も初めて友達ができた時は、めちゃくちゃはしゃいでたっけ)
幼い頃の記憶を思い出し、フランチェスカはナターシャの浮かれぶりに納得する。
「そういえば、さっき、ナターシャに苦手な果物はあるかって聞かれたんだけど、どういうことだかわかる?」
フランチェスカは、ふと思い出した疑問をラビーニャに投げかける。
「それはね、今、ナターシャがいる場所に関係してるんだ」
と、思わせぶりに告げるラビーニャ。
「ナターシャがいる場所って、キッチンだよね? ……ってことは、料理ってこと?」
「ご名答。実は、ナターシャは料理が得意でね。よく作ってくれるんだよ。今日は、君のために作ろうと思ったから、聞いたんじゃないかな」
ラビーニャのその言葉に、フランチェスカは自然と笑顔を浮かべる。
心がほんわりとあたたかくなり、どこかむずがゆさを感じた。
それからフランチェスカとラビーニャは、ナターシャの料理ができるまでの間、他愛もない話で距離を縮めていった。