捨てる神あれば拾う神あり
〈前回のあらすじ〉
このシリーズは未来で存在するかもしれない、地球全ての土地が海に沈んだ世界。そして、海底でも耐えうるドームを作り上げた森暁は技術提供の見返りとして世界に対し、楽園改革を行った。そんな世界、海底の楽園での話。東京にやってきた少女の朝陽が主人公。
前回のあらすじとしては、浮浪者の恭平を受け入れ、朝陽は床、瑞希はベッド、恭平はロフトの布団で眠った。翌日、朝陽は恭平と共に布団を買いに行き、こんなことを言った。瑞希の勉強の邪魔になるから昼は外出すること、恭平の分の税金は朝陽が払うから恭平は転職活動に専念することである。しかし、恭平は朝陽の上から目線の物言いに不服だった。
それから三日後の真夜中。恭平は朝陽に組み敷かれていた。どうやら朝陽と瑞希の財布を盗もうとしていたらしい。一体どうなる!?
〈楽園改革〉
・後継制度
血縁によらない完全な養子縁組制。家業を継がせる子供を選ぶ。子供の方も自分で親を選ぶ。そして後継者が名字と財産を継ぐ。
・親子改革
生まれた時にある格差を無くす。子育て費用は全て税金。大人になると次の子供を育てるための税金を取られる。育児に参加すると免除される。育児については義務教育で教えてもらっている。
「はい、確保ー」
朝陽が恭平を組み敷いている。床には朝陽と瑞希の財布が落ちていた。物音で起きた瑞希も状況を理解し始めた。恭平が盗みを働こうとしたところを朝陽が捕まえたのだ。
「財布盗んだってクレカも電子マネーも使えなくて現金が少しあるだけだし、その場しのぎのお金にしかならないだろうに」
朝陽は恭平を組み敷いたまま、こう言った。
「な、なんで俺の心配をする!?」
恭平は声を張り上げた。朝陽の言葉は盗みを咎めるものでなく、盗みをしてもどうにもならない恭平の身を案じるものだったからだ。
「なんで……?うーん、まぁ、前提としてこういう事態は予測してたし、私ならその時捕まえられるという自信があったからかな。現に捕まえられてるし」
盗みを咎めないのは捕まえられる、盗まれないという自信があったからというのは分かった。
「なら俺を警察に突き出すか?」
「警察に突き出したとしても未遂だし、あんたは罰金だけ要求されて放り出されるよ。そうなれば、あとは堕ちるところまで堕ちていくだけだ」
浮浪した大人が行き着く先は違法の世界。公的扶助もないこの世界では、そこに堕ちていく大人は多い。ただ、子供がそうした世界にいることは許されないため、すくい上げられ、負の連鎖は止まる。それもあって、案外今の世界と変わらないくらいの人数がアングラな世界にいる。
「失敗すれば貧困に堕ちていく。それが資本主義。だからといって、社会主義の国に行くつもりもないんでしょ?」
親子改革によって国家もその有り様を変えた。生まれた国があるのではなく、子供が、人が国を選ぶ。人種という記号を無くした結果、文化は土地に根付く。そして、人がその国を選べばその土地の文化を受け入れることになる。
それは経済に関しても同じだ。資本主義か社会主義か。国を選ぶことでそれも選ぶ。このシステムは社会主義の国にとってもありがたい。
社会主義の国は国民全員の生活を保証する。生産手段を国が保有し、労働力である国民に仕事を分配する。その分、国民は管理されることになるし、上位層は甘い汁を吸っている。それでも、受け入れて勤勉に働く。資本主義の国でその恐ろしさを身に染みて理解しているからだ。社会主義の国はある程度生活を保証して、人が国外に流れないようにすれば、勝手に資本主義に疲れた者が流れてくる。逆も然りで、社会主義に疲れたなら資本主義に移動すればいい。
このように、国と人の結び付きを緩くすることで資本主義と社会主義は互いの欠点を補えるようになった。
そうなのだが、資本主義の国で落ちぶれている恭平は社会主義の国で管理されるのも嫌なようだ。
「私が騙していないという証明はできない。それと同時に、私が騙しているという証明もできない」
ここは海底の楽園。自由と平等の楽園である。国以外にも様々な慈善団体、人の弱みに付け入る悪徳な団体が入り交じって存在している。善意と悪意が平等に存在する魔境。警戒すれば救いの手を逃すかもしれないし、警戒しなければ騙されるかもしれない。その行動が正しかったかどうかなんて、その時にならないと分からない。
「だからさ、一か八か賭けてみてよ。私だって賭けてる。私が声を掛けたのは偶然だけど、あなたに騙されてるかもしれないし。まぁ、騙されたところでこうやって取り押さえられる自信はあったけど」
恭平にしてみれば、朝陽の行動に一体何の得があるのだろうと思った。自分を騙すことで得をする、そう仮定した方がこの善意に説明がついた。しかし、そうではない。徳をするのではなく、ただ損をしないから。食費などの諸々の経費を含めても最悪の事態にはならないという自信があったから拾ったに過ぎないのだ。朝陽は恭平に対して、徳をするという期待や損をするという恐怖すら抱いていない。
自分は舐められている。恭平はそう思ったが、同時に安堵した。納得がいった。信じてもいいのではないかと思えた。
「私は苗字持ちだけど、山に何かあれば私も無事ではいられないかもしれないし?私がもし、あなたの立場だったらこうしてほしいと思っただけだよ。まぁ、恩を売って、今後私に何かあった時の助けになる人を増やしてるってだけ」
そんな理由で実際に行動に移せるのは相当の自信家だが、今恭平を取り押さえていることがその自信の証明だった。その証明があったからこそ、恭平はその理由を受け入れられた。やっと恭平は朝陽を信じることができた。
しかし、この家にはもう一人、それもこの家の主である瑞希がいる。彼女は何故恭平を受け入れたのか。恭平は組み敷かれたまま、顔を横に向けてベッドに座る瑞希を見上げる。瑞希は目が合うと視線を下げて、自分の太ももを見つめる。紺一色の綿のパジャマ。これも税金で買われたもの。まだ17歳の子供だから。もちろん、大学に入っても学生として、子供として援助は続く。ただ……
「私もあなたのようになるかもしれないから。それだけ」
働くようになってからどうなるかは分からない。そもそも就職できるのか。就職してからも上手くやっていけるのか。多分生きている限り、ずっとこの恐怖から逃れられない。名字を持っている朝陽でさえ、感じているんだから。
瑞希にしてみたら、恭平は自分に起こりうる未来の姿だから。救いの手があってほしいと思ってしまう。
恭平もその理由に納得した。三人とも感じている共通のものがあるから、分からないはずがなかった。この騒動で、恭平は朝陽と瑞希を信じることができるようになった。
〈次回予告〉
朝陽「いやー、ちゃんと捕まえられて良かったよ」
瑞希「(もしかして、恭平より朝陽の方が怖い……?)」
朝陽「私たちの生活もこれからだよね!次回『三人の生活』」




