いざ東京へ
〈前回のあらすじ〉
朝陽「このシリーズは未来で存在するかもしれない、地球全ての土地が海に沈んだ世界。そして海底でも耐えうるドームを作り上げた森暁は技術提供の見返りとして世界に対し、楽園改革を行った。そんな世界、海底の楽園での話。山で暮らす少女の朝陽が主人公」
瑞希「前回は親子改革についての説明があった。子供たちは税金によって育てられ、育児をするとその税金が免除されるため色んな大人が子供を育てる。大人全員で子供を育てるという制度であった。そして朝陽は税金を払うため、東京まで出稼ぎに行くことに。一体どうなる!?というところですね」
朝陽「東京に行ったことはあるけど、長く滞在して出稼ぎをするのは初めてだから緊張するなー!」
瑞希「山で狩りしたり、獣に注意しながら山で過ごすよりも楽だと思うな……私にはできる気がしないもの」
〈楽園改革〉
・後継制度
血縁によらない完全な養子縁組制。家業を継がせる子供を選ぶ。子供の方も自分で親を選ぶ。そして後継者が名字と財産を継ぐ。
・親子改革
生まれた時にある格差を無くす。子育て費用は全て税金。大人になると次の子供を育てるための税金を取られる。育児に参加すると免除される。育児については義務教育で教えてもらっている。
朝陽は電車に揺られ、新幹線に乗り、また電車に乗って友人の家の最寄り駅にたどり着くと出口を出て東京の地に降り立った。目の前にはビル群。それらは上から下まで緑のカーテンに覆われていた。緑の隙間からガラスの窓とコンクリートの壁がチラチラ見えている。やっつけ感のある緑に朝陽は内心苛立った。何故苛立ったのか、それを説明するにはこの世界の環境への考え方を説明する必要がある。
"地球の大地が海に沈んだのは環境への配慮が足りなかったからだ"
何が原因か定かになっていないものの、一般的にはこう言われている。実際大地は海に沈み、ドームが海を支えていていつ天が崩れてきてもおかしくない。そんな状況であれば人々も環境への配慮が大きくなるだろう。空を見上げればいつだって分かる、他人事ではいられない、全ての人に差し迫った恐怖がある。
そこで密閉されたドームの中で酸素を供給するという役割はとても重要視されている。いわゆる植物を植えることで酸素を増やす、緑化運動が活発に行われている。前述した恐怖を皆が持っているので、ビルすら緑のカーテンで覆う、そういったことが行われているのだ。
ただ猟師であり、木々が生い茂る山の管理者でもある朝陽からしてみれば、この程度のことで緑化運動だと言われるのは納得がいかないという思いもある。山を、環境を保全しているという朝陽のささやかな誇りから来る思いだ。ここに朝陽の苛立ちがある。まぁ、だからといって何かを言ったりはしないが。苛立ちは放っておいて、朝陽は友人の家に向かって歩き出していた。
徒歩五分、好立地の場所に友人の家はあった。しっかりとした二階建てのアパート。階段を登りながら少し見上げると屋根が見えた。雨が降っても大丈夫なんだなと思いながら二階に登る。階段登ってすぐが友人、瑞希の部屋だ。
ピンポーン
朝陽はインターホンを鳴らす。少しすると瑞希がドアを開けて顔を出した。
「いらっしゃい。少し散らかってるけど、中にどうぞ」
瑞希は嬉しそうに微笑んで扉を押さえている。
「お邪魔しまーす」
朝陽は扉を押さえるのを引き継いで、部屋の中に入った。玄関で靴を脱ぎ、少し入ると右手にキッチンがあった。特別綺麗というわけではないが、しっかり片付けられている。
「ちゃんと片付いてるじゃん」
朝陽の言葉に瑞希は振り返り、キッチンに向けられた朝陽の視線を辿って苦笑した。
「キッチンはまぁね」
ワンルームで左奥にベッド、右奥にはロフトに上がるためのはしご、右の手前にはデスク。確かにデスクは本や物が乱雑にたくさん置かれているが、デスク周りはそんなもんだろう。充分片付いている。
「ちゃんと片付いてるじゃん」
「そう?」
瑞希はほっとしたのか少し息を吐いた。片付いているなどの感覚は一緒に暮らす上で、ある程度同じである方がいいだろう。それを確かめられて瑞希は安堵した。散らかっていると言ったものの、瑞希にとってはこれが普通でこれ以上綺麗な状態を要求されても日々保つのは大変だからだ。
「私はロフト使えばいいんだよね。見ていい?」
「いいよ。ロフトもそんなに広くないし、私の荷物も置いてるから狭いけど……」
「そんなにハードル下げなくてもそこまで期待してるわけじゃないから……ってこれはこれで失礼か」
そんなことを言いながら朝陽ははしごを軽やかに登っていく。瑞希はいつも慎重にゆっくり登っていたので、少し感心した。朝陽はロフトを見てこう言った。
「荷物も置けるし、布団敷いて寝れるし、充分スペースあるよ」
流石に立ち上がるだけの高さはないが、布団を敷いたら寝っ転がるか布団の上に座るのが主になるので、問題ない。朝陽はロフトに荷物を置くとこれまた早々とはしごを降りた。
「私が送った野菜や米は届いてる?」
「届いてるよ。私にも分けてくれて……申し訳ないけど、ありがたいよ」
ベッドの前に立って二人は世間話をする。
「少しでも生活費を減らして娯楽に使って楽し……んでって受験生だし、あまり時間がないか。まぁ、好きに使えるお金を増やすってことで!」
朝陽は一人で喋って納得し、両手をパチッと合わせる。
「私が貰う野菜は売り物にならない野菜でも可って"契約"だから送った野菜も小さかったりするけどね。私がそういうの気にしないからさ」
朝陽は眉を下げて苦笑しながらこう言った。
「全然。貰えるだけでありがたいんだから」
瑞希は微笑みながら頷く。契約という言葉に関しては何も聞かない。瑞希は契約の概要を知っている。
契約とは。それについて伝えるにはそもそも朝陽の収入源はどこにあるのかという問いに答える必要がある。採集や狩猟した物を売っているのか?いや売れるほどの量を狩っていない。狩猟の余りを物々交換することはあれど、主な収入源はそこではない。売れるだけの量を狩ったら生態系のバランスが乱れてしまう。
そう、前述したように彼女は山の環境保全をする管理者である。それによって得をしている者が報酬を払っている。それこそが里山で野菜や米を育てている農家だ。動物が民家や畑に降りて来ないように餌を整え、住処を整え、環境を整えている。それが彼女の猟師としての役目だ。その報酬に彼女は農家から野菜や米を貰っている。そういう"契約"が結ばれている。それだけのことだ。彼女がその報酬を善意で瑞希に分けたこととはまるで違う。
「それでバイトするんだよね。うちの周辺のバイト情報が乗ってる冊子、貰ってきたよ。電子でも見れるけど、色々メモとかするなら物があった方がいいかなって思って……」
瑞希は散らかったデスクの上にある整理された棚の中から冊子を抜き出した。
「そんなことしなくてもこっちで勝手にやるのに……でもありがとう」
朝陽は申し訳なさそうにしつつも好意を素直に受け取る。パラパラとページをめくる朝陽に対し、瑞希は疑問を口に出した。
「どのくらい働く予定なの?」
「んー、フルタイムで週5の8時間くらいかな。二人分の税金払うのにそこまでやる必要はないんだけど、娯楽用のお金も欲しいし。働けるだけ働いとこうかなって感じ」
二人分の税金というのは朝陽と朝陽の山を預かっている竹内の二人だ。竹内との間で朝陽は山を預かってもらう代わりに竹内の分の税金も稼いでくるという契約を交わしている。
「さすが名字持ち。職種によって税金の金額が違うから。二人分の税金を稼ぐなんて一人に課される税金が少ないからできることだし」
冊子から目を離さない朝陽に対し、瑞希は尊敬の眼差しを向ける。税金の金額が違うのは職業によって稼ぎやすさが違うからである。特に農業などは必要性に対し、収入がつり合っていない。絶対に必要なものであるのに収入を稼ぐことに向いていない。そのため、無理に稼がせるのではなく、税金を減らすことで相対的に収入を上げている。
朝陽の猟師という職も山の管理者として必要なものではあるが、稼ぐために山の物を乱獲しては本末転倒、山の保護という役目を果たせない。だから名字持ちは職業によって税金の金額が決まる。名字を持たない会社員やフリーターなどは収入で税金の金額が決まるため、たとえ朝陽と同じ収入でも朝陽の方が手取りが多くなるわけだ。
「この辺にしようかなー」
朝陽は冊子の中からバイトの見当をつけた。一週間後には面接も終わり、無事バイトをすることになった。二人の共同生活にも慣れ、全て順調だった、朝陽は。
〈次回予告〉
朝陽「なんか環境、契約、税金とか堅苦しい話になっちゃったね」
瑞希「しょうがないよ。世の中、世知辛くて堅苦しいってことでしょ」
朝陽「確かにそうかも。次回『出会い』」
瑞希「一体何と出会うの?」
朝陽「そんな人じゃないものと出会うみたいな言い方はやめようよ。出会うの人だから」
〈お知らせ〉
お待たせしました!休止は終わり!これからは二ヶ月に一回、それよりも頻度が落ちるかもしれませんが、投稿していく予定です!