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海底の楽園  作者: 来蓬
1/4

山で暮らす少女


 ここは海底の楽園。そしてこの物語の主人公は山で暮らす少女……


 "えっ?すでに海底の楽園にいるのに山?海と山、正反対じゃん。どういうこと?"


 読者の皆様の困惑はもっともである。しかしここで説明すると物語の最初だというのに長ったらしくなるので、割愛。どんな世界なんだろうなと想像しながら読んでください。今はこの物語の主人公が山で暮らす少女、朝陽であることが分かっていればいい。

 朝陽の朝は早い。日の出と共に起き、水汲みに向かう。断っておくが、この物語はSF、近未来の物語で間違いない。朝陽は水瓶を持って湧き水の出ているところまで上る。そこには冷蔵庫程の大きさの機械が置いてあり、蛇口がついてある。浄水機だ。朝陽は蛇口を捻り、水を溜める。

 五月の早朝はまだ肌寒い。しかも山の中は木々に覆われ、薄暗い。だが朝陽の心はすでに明るく、お気に入りの歌を歌っている。いくら近未来とはいえ、著作権の関係上歌詞は書くことができない。ただ低音が象徴的な選曲のようで朝の音楽とは思えないとだけ言っておこう。


「あー、しゃっこい、しゃっこい」


 水瓶を溜め終えた後、朝陽は蛇口の水で顔を洗う。


「しゃっこいってどこの方言だろう……聞いた言葉を適当に使ってるんだよな。よっこらせ」


 朝陽は重くなった水瓶を抱えて下る。木の根を滑り止めに的確な足運びで家まで戻ってきた。家と言っても麓まで降りた訳ではなく、山の中である。家の中に水瓶を置いて仕事の支度を始める。縄と簡易な弓矢。それだけを背負って山の中へ歩き出す。

 朝陽は猟師、それも罠師である。17歳と若輩ではあるが、資格も持っているプロだ。朝陽は似通った景色のわずかな違い、木々の形や植生の違いから罠を仕掛けた場所へ迷いなく進む。一つ、二つ、不発。三つ目の罠にイノシシがかかっていた。まだバタバタと身を捩っている。足が縄に縛られているだけで傷はついていない。木の影で朝陽は弓に矢を継がう。


「いただきます」


 そう言った後、矢が放たれた。イノシシの首元へ吸い込まれるように矢が当たる。イノシシはパタリと動かなくなった。朝陽が近寄り、確認するとイノシシは絶命していた。朝陽は手際よくイノシシを縄で縛り、イノシシを後ろに回して担ぐ。


「あー、よっこいせ」


 イノシシの首から血が垂れる。ポタポタと血を垂らしながら朝陽は家まで戻ってきた。家までの道標のように血を垂らしてしまっていいのかと思うだろうが、これは威嚇でもある。家に近寄れば殺すぞと。

 だから彼女は山の中に住めている。朝陽は家まで戻ってひとまずイノシシの下処理を済ませたが、また山に入る。他の罠がかかっていないか確かめるためだ。その行為は獲物がかかっていないことを望んでのことだ。獲物がかかっていればかかっているだけ良いと思うかもしれないが、猟師は山の保全も兼ねている。無闇やたらな乱獲は生態系を崩してしまう。朝陽は他の罠に獲物がかかっていないことを確認すると新たな罠は仕掛けなかった。獲物はすでに狩ったからそれで十分だと判断したのだ。


「あー、お腹空いた」


 イノシシの処理のために包丁を叩きつけながら朝陽はそう呟いた。そう、彼女はまだ朝食を食べていない。


「これの処理が終わったら下に降りて朝ご飯、食べよう!」


 もうひと踏ん張りと朝陽は張り切る。朝陽の言う下とは山の下、つまり山の麓のことである。



***



 山を降り、田園の中を歩いていく。この頃には太陽も上がって朝陽の黒く短い髪、少し日に焼けた肌が照らされている。そしてたどり着いたのはある一軒家だった。


「おはようございまーす!」


 扉の前でイノシシ片手に挨拶されるのはたとえ少女だとしても少し恐ろしい。しかし家の住人は慣れた様子で扉を開ける。


「おはよう、イノシシはいつもの場所に置いといて」


 その女性は扉を開けるや否や家の中に戻っていく。言葉が聞こえた頃には背中を向けて長い黒髪が見えるのみ。


「はい!」


 朝陽は元気よく返事をして玄関から土間に向かう。読者の皆様の時代からしても今どき珍しい土間のある家だ。土間とは土足で入れる台所だ。朝陽は縄で縛られたイノシシを台所の壁の釘に掛ける。


「お姉ちゃん、おはよう!」


 五歳ほどの年頃の男の子が土間にやってくる。お姉ちゃんと言っているが、血の繋がりがある訳ではない。


「おはよう。小太郎も朝ご飯の準備、手伝ってね」


 勝手知ったる人の家。いつもこの家で朝ご飯を食べているので、朝陽は何も言わずに支度をする。


「朝ご飯の準備って言ってもお茶碗にご飯よそぐだけでしょ?」


 男の子、小太郎は朝陽の傍に駆け寄って面倒くさそうにそう言った。


「子供と言っても自分のことはできる限り自分でできないとね。大人になってから困るよ」


 朝陽は炊飯器から自分の分のご飯をよそぐ。土間があるのは農作物などを置くためでこの家に電気は通っている。


「子供に色んなことやらせるなんて虐待だ!児童相談所に訴えてやる!」


「うーん、とりあえず何かあったら児童相談所に訴えるということを分かっているのはいいことだと思う。でも私の分のご飯も用意しろとは言ってないから虐待ではないね」


 朝陽は小太郎を抱き上げ、炊飯器の高さに合わせてやる。小太郎は自分のお茶碗にご飯をよそいだ。


「はーい。分かってるよ。でも僕を抱き上げる方が大変でしょ?」


「それでもだよ。あと児童相談所に訴えてやるは脅迫だからやめてね。本当に何かあったら何も言わずに児童相談所に伝えるんだよ」


 棚から箸を取り出し、小太郎の分も渡す。


「はいはい、冗談だよ」


「齢五歳にしてそんな冗談を言える君が私は恐ろしいよ」


 朝陽はそう言いながら冷蔵庫を開けて梅干しの缶を取り出す。


「小太郎はご飯のお供、何にする?」


「海苔!」


 冷蔵庫を閉めて棚から海苔の缶を取り出し、小太郎に渡す。二人は片手に茶碗と箸、もう片手にご飯のお供を持って居間に移動する。土間から畳に上がり、ちゃぶ台に物を置く。畳にちゃぶ台など古い光景だが、朝食はさほど豪華ではない。この古めかしい家でもご飯に味噌汁、焼き魚なんて用意していられないらしい。


「あとは昼食の準備をすれば出かけられる。朝陽、手伝ってよ」


 朝の支度が終わったのか、先程の女性が茶碗を持って居間にやってくる。


「そりゃここを使わせてもらったり、お米をもらいたいですからね。もちろん明日香さんの手伝いはしますとも」


 朝陽と明日香は赤の他人だ。ビジネスパートナーでしかない。朝陽の方は獣肉や山菜を分け与えて明日香の仕事を手伝う。明日香の方は米を分け与えて家や家電を使わせてやる。利害関係以上のことはしない。世間話をするくらいには仲も良いが、家族と言うには……いやむしろこれくらいの方がいいのだろう。利益があるから気持ちよく頑張れる。人間というのは現金な生き物なので。



***



 三人は準備を終えて家を出ると明日香の田んぼへ向かう。しかし明日香の平坦な田んぼの上に人が立っている。カカシか?いやその人は協力者、近所の農家さんが手伝いに来たのだ。無論こちらもあちらの農家さんの田植えを手伝うからだが。


「おはよう」


 その人の姿が見えてきた。金髪を綺麗にまとめ上げた美しい女性だった。ちょうど朝陽たちが持ってきた稲の苗と同じく、明るい翠色の目をしている。


「おはようございます。よろしくお願いしますね。茉莉さん」


「それ、私の台詞なんだけど」


 朝陽が先に挨拶すると明日香から突っ込まれる。明日香と茉莉の間で協力関係があるので、本来なら明日香が先に挨拶するべき場面である。


「明日香さんは小太郎くんと一緒に見学じゃないですか。今日は私と茉莉さんで作業するんですから私が先に挨拶してもいいでしょう?」


 朝陽が当然とばかりに胸を張っていると茉莉はそそくさと苗の準備をしながら一刀両断する。


「そんなことはどうでもいいからやろうよ」


「はい」


 そんな感じで田植えが始まった。見学している小太郎のために彼女たちは手植えを披露する。


「あー、腰、腰が……」


 ずっとかがんで苗を植えていたので、朝陽は起き上がって背伸びをする。


「鍛え方が足りないんじゃないの?私みたいに綺麗な体を保ってないから……」


 茉莉も起き上がってそう言った。手についた泥以外は陶器のように白い肌が輝いていて、泥の中にあっても美しさが損なわれない。


「私もだいぶ鍛えてる方なんですけどねー。そっちの丈夫な体には敵いませんよ」


「丈夫って言わないでよ。私は可憐で綺麗なんだから」


「えぇ……」


 あちらから鍛え方がどうたらと言ってきたのにと朝陽は呆れ返るしかない。朝陽はまた植え始めたが、口も動かす。


「どうして私の周りの女性はこうも我が強いのか……」


「何か言った?」


「いいえ何も」



***



 太陽が空の真上までやってきて燦々と照らす中、四人は田んぼと田んぼの間、盛り上がったところに座って昼食を食べていた。


「かー、うめぇ」


 イノシシの干し肉を引きちぎりながら食べている朝陽を見て小太郎は若干引いていた。


「硬いよ、これ」


「よく噛んで食べな!」


「おいしくない」


「肉の後に握り飯を食べると美味しいんだよ」


 そう言いながら朝陽はおにぎりを食べている。片手に干し肉、もう片手におにぎりである。小太郎は訝しそうに干し肉を見つめた後、ご飯と一緒に食べる。


「……おいしさがわからない」


 絶妙な間の後に小太郎がそんなことを言うから三人は笑った。


「ハハハ、分からないか。分からないならそれでいいよ。無理に食べなくても。大きくなったら美味しさが分かるようになるかもね」


 小太郎は明日香から子供扱いされたと感じてムスッとした顔になる。


「……おいしい、おいしいよ」


 小太郎はムキになって干し肉を食べ進める。しかし時々顔をしかめている。


「ふふ、本当に無理しなくていいのよ?朝陽なんて大きくなってもコーヒー飲めないんだから」


 茉莉がニヤニヤしながら小太郎に告げ口する。


「大きくなっても食べれないものはある。だってコーヒーは苦いもの!」


 朝陽はむしろ胸を張ってこう宣言した。


「ふふふ、そっかぁ。そうなんだ!」


 小太郎に笑顔を向けられたので、朝陽もニヤリと笑い返した。そんな話をしながら昼食を食べ終え、午後からは機械での田植えに移った。役割も交代して朝陽が小太郎を見守った。



***



 昼の田植えも終わり、夕方になると朝陽は山へと帰る。さっきもらったおにぎり、夕食の分を懐に持って足を踏み出す。少し木々が開けたところに出て、見上げれば空が薄暗くなっている。


()()()()()()()


 偽りの空とは一体どういうことだろうか?

 

〈次回予告〉

朝陽「偽りの空って一体この世界はどんな世界なの!?」

小太郎「子供の僕でも知ってるのに知らないの?」

朝陽「ちょっと何言ってるの!?読者は知らなくて当然なんだからそんなこと言っちゃだめ」

小太郎「はーい、あっ、時間だー。次回「この世界は」。お楽しみに!」

朝陽「誤魔化し方まで心得ている……」


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