6話
由希はまひろに連れられて町はずれに来ていた。開発工事に取り残されたのだろう、寂れたマンションが建てならんでいる。
その中の一つの前でまひろが立ちどまった。
「どこなんだ、ここ」
「由希に、見てもらいたい場所があるの」
「どういうことだよ」
「言ってみれば、私たちの活動拠点」
「えっと、それってどういう……」
「教えるよりも、見てもらった方が早いわ」
そういうとまひろはマンションに入っていった。
由希も慌てて彼女を追う。
古い建物のため、セキュリティは甘いようで玄関のロックはおろか守衛すらいないようだった。
まひろがエレベーターに乗り込んだので、由希も続いた。
何階に向かうのか由希がまひろを眺めていると、突然まひろが階数のスイッチをめちゃくちゃに連打し始めた。
「ちょ、ちょっと、まひろさん」
小さい頃から一緒だった幼馴染の乱心に、由希はいよいよ念仏でも唱えようとした時、まひろの手が止まった。
「だ、大丈夫か?まひろ」
「何が?」
「えっと……その、色々」
「今押していたのは、秘密のコード」
「え?」
「私たちのアジトに向かうための……これを押すことで通常とは違う階層に行くことが可能なの」
まひろが言い終わると同時にエレベーターのドアが閉まった。
「な、なるほど」
そして、エレベーターが下向きに動き出した。
「地上ではなく、地下にエレベータが動くの」
「そういうことだったのか」
由希は心の底から安堵した。幼馴染はおかしくなったわけではなかったのだ。
二人を乗せて、エレベーターはどんどん地下に潜っていく。
高いところに上った記憶はあるが、地中深くに潜っていったことのは初めてだなと、由希は妙な感慨を抱いた。
やがて到着を知らせるベルが鳴り響き、エレベーターが開いた。
その向こうに広がる光景に由希は驚愕した。
由希の目の前には地上のマンションの敷地と同じかそれ以上の広さの空間が広がっていた。
中央には螺旋状の階段があり、どこか客船のロビーを思わせる出で立ちをしていた。由希たちのいる恐らく1階にあたるフロアにはホテルの客室のような扉が並んでいる。2階にも同じ扉が並んでおり、階段を上った先の扉だけは、他の扉に比べて重厚な作りをしていた。
「ここは……?」
「今から支部長に会ってもらうわ」
「支部長って?」
勝手に歩き出そうとするまひろに、由希はとうとう抑えきれずに問いかけた。
「ちょっと待てよまひろ。そろそろ説明してくれ」
由希の中の、今まで自分の胸の内にため込んで来た疑問が爆発した。
「ここは一体何なんだ。なんでマンションの地下にこんな空間があるんだ。支部長ってなんのことだ。あと、あの子の使ってた影みたいなのはなんだ。ついでに言えば、まひろはなんで銃を持ってて、しかもそれが手のひらから生まれてくるんだ。もっと言えば、なんでまひろはあの場所にいたんだ。ついでに、さっき言ってた『オーナー』って何のことだ。……」
「待って……そんな、いっぺんに聞かないで」
まひろも、突然の由希の暴走にどうすればいいか困惑しているようだった。
そんな行き詰った二人の頭上。
階段を上った先にある重厚な扉が開くのが見え、中から人が現れた。
出てきたのは、小柄な少女。
輝くような金色のセミロングヘアに、可愛らしい臙脂色のハットが乗っかって、同色のマジシャン風のワンピースを身にまとっている。
突然の闖入者に由希が唖然としていると、
「あれがうちの支部長……彼女が、すべて説明してくれるわ」
まひろの言葉に、その支部長とやらは不敵に笑った。
そして――
「私がここの支部長、匂坂ミントにゃ。世良由希君、君を歓迎するにゃ!」
由希の疑問がさらに増えた。
由希はまひろとともに、支部長こと、匂坂ミントの部屋に通された。
部屋の中は思いの外普通で、テーブルを囲むようにソファが4つ並んでいる。
由希とまひろが隣同士に座り、対面にミントが座った。
「それではにゃ、聞きたいことなんでも答えるにゃ」
「そうですね……それじゃあ、なんで語尾がにゃ、なんですか?」
「由希!」
「へ?」
まひろが珍しく慌てて制してくる。
「それだけは、聞いちゃいけないの……」
「なんで?」
「……聞こえなかったにゃ。もう一度、言ってほしいにゃ」
「えっと、ですからどうして……」
「由希?ホントに」
「はい」
有無を言わせない口調のまひろに、由希は従うことにした。
ミントが仕切りなおすように咳ばらいをしてから言った。
「ここはアイギスという組織にゃ」
「アイギス?」
由希にとってまったく耳にしたことのない単語だった。
「『Anti Emergency、Guardian of that has Interesting constitution』の頭文字と、最後に複数系のsをつけてアイギスにゃ。意味は『緊急事態を防ぎ、興味深い体質を持つ人間を守護する者たち』にゃ」
「それは……いったいどういう組織なんですか?」
その質問を予測していたように、ミントは頷いた。
「アイギスは、由希君のように超能力を持っているものを保護する組織なのにゃ。ちなみにアイギスっていうのはギリシャ神話に出てくる無敵の盾にゃ。守るっていう意味で中々のネーミングにゃろ」
「ちょっと待ってください!」
「んにゃ?」
由希は思わず、ミントの話に割って入った。
「今の、どういうことですか?」
「んにゃ?知らんのかにゃ。ギリシャ神話ってのは……」
「そうじゃなくて!俺に超能力って……何の話ですか?」
「んにゃー?」
由希の反応が意外だったのか、ミントはぽかんとした顔になってから、ミントは笑い出した。
「にゃ、にゃははははははは、由希君、さすがにそれは無理がある冗談にゃ」
呆然とする由希を他所に、ミントは笑いすぎて出たらしい涙をぬぐっていた。
「由希君は先日、その超能力で、不良ごと街を破壊したじゃないかにゃ」
「知ってるんですか」
「もちろんにゃ。アイギスの情報力をなめるにゃよ。加えて言えば、さっきも由希君が一人の少女と超能力を使って戦っていたことも知ってるにゃ」
由希はぐうの音も出なかった。
「あれは、由希君の力が暴走した結果にゃ。でも別に、気にすることはないにゃ。オーナーになる人間は必ず、通る道にゃ」
「でも結果的に、不良学生たちを怪我させてしまったんです」
「別に死んだわけじゃないんにゃ。それに、不良って由希君も言ってるのにゃ。悪いやつは報いを受けるのが当然にゃろ」
「でも……」
「大丈夫。警察には私が手を回しておいたにゃ。病院でほとんど尋問されなかったにゃろ?」
「そういうことじゃなくて!」
「うにゃあ?なら、街が壊れたことかにゃ?それも私が根回ししておいて、今頃は急ピッチで修復が進められてると思うにゃ」
由希はしばらく話していて気付いたことがあった。
どうやらこのミントという人物は、通常の人間とは価値観が違うようだ。
とはいえ、それは組織の上に立つ者にとっては必要な素質なのかもしれない。
アイギスなんて組織を作り超能力者を保護するなんて、まともな真剣で続けられることではないだろう。
そう考えると、由希はこれ以上口を挟むのは非生産的な気がして来た。
むしろ今は、ミントから情報を得ることが先決だろう。
「由希君も気になっていると思うから、そもそも超能力は何なのか、について説明するにゃ」
ミントは立ち上がると、隅に置いてあったホワイトボードを持ってきた。
ペンを持つと、大きく「科学」と書いてそれを〇で囲った。
「この世には科学があることは誰もが知ってることにゃ。先人たちの発見によって、火が生まれ、電気が生まれ、さらに高度な概念が次々と生まれてきている。しかし、まだまだ見つかっていないものもたくさんあるのにゃ」
ミントは先ほど書いた「科学」の外側に大きく「未知」と書いた。
今度はその隣に六角形を書いて、右上から人間の持つ五感を書き込んでいった。当然、六角形の最後の角は空欄となる。
そこに、「新しい感覚」と赤いペンで書きこみ、先ほどの未知を線で結んだ。
「その未知を感じ取り、操る事を私たちは「アナザーセンス」、つまり超能力と呼んでるにゃ。そして、その能力を持っているものをオーナーと呼んでるのにゃ」
由希は始めて、自分の引き起こした数々の事象の答え合わせをした。
ミントの説明は到底信じられなかったが、納得できることもあった。
由希の起こした、原因不明の破壊現象。襲撃してきた少女の操る影のような物体。まひろの生み出した武器。
そして、5年前、由希とまひろを襲った男が使っていた力。
それらが、通常の人間では使えない能力、アナザーセンスということになるのだろう。
「理解したかにゃ?」
「……まあ、理屈は。まだ、受け入れ切れてはいないですけど」
「まあ、その辺はおいおいにゃ」
自分の説明が無事伝わったことが嬉しかったのか、満足そうな表情でミントは頷いた。
次にミントは、ホワイトボードにアイギスと書き、由希、まひろの名前を書いて、それぞれまるで囲み、その後ろに、「CS」と書いてこれも〇で囲った。
「CSは『Calamithy Species』の略にゃ」
由希はその単語の意味を想像してみた。
漠然としていて意味を取るのが難しい。直訳するなら、「災害」の「種類」だろうか。
「そいつらは自分たちを災害をもたらす種族だと言っているのにゃ。だから、Calamithy Species」
「そのCSが、どうしたんですか?」
「由希を襲った女。あいつがCSの一員なのにゃ」
由希の脳裏に、自分を襲撃してきた少女の姿を思い出した。
「あいつらもオーナーが集まって組織されている集団にゃ。ただオーナーたちの保護が目的のアイギスと違うのは、オーナーを集めて積極的に力を行使して、何かを起こそうとしているらしいとの事にゃ」
その説明に由希は妙に合点がいった。先ほど襲撃してきた少女の、奔放で掴みどころのない笑顔には何らかの企みがある様な気がしたからだ。
「とはいえ、うち以上の寄り合い所帯だから、一枚岩というわけではなさそうにゃ。ただ、不規則的にオーナーの施設なんかや、超能力発露のきっかけとされるレリックを収集していたり、秩序を乱す存在であることは間違いにゃい。まあ、早い話が私たちの敵ということになるにゃ」
そこまでいうと、ミントは唐突に手を叩いて、嬉しそうな顔で言った。
「さて、ここからはお待ちかね、由希君の超能力についてにゃ!」
「は、はあ」
「アイギスの独自調査による解析結果によると、由希君の能力は『破壊』にゃ」
一口に破壊と言われても、由希はいまいちピンとこなかった。
「接触したモノを何でも破壊する能力にゃ。これは、非常に強力なスキルにゃ。科学の枠組みで感がても価値は高いし、さらにはオーナーの持つ『レジスト』にも有効のようなのにゃ」
「レジスト?」
また新しい概念が出てきて、由希の理解力はギリギリだった。
「レジストというのはオーナー所有者に確認されている、防御機構のことにゃ。ナイフや銃などの通常の武器に対して抵抗力が付くにゃ。そして、それを突破するには能力による攻撃が一番効果的にゃ。ちなみにレジストの量は、オーナーごとに差があるにゃ」
「つまり、どういうことですか?」
「オーナーは、肉体的にも通常の人間よりも強いってことにゃ」
「えっと……?」
漠然とした理解ではあったが、由希はオーナーという存在がどういうものなのかわかってきた。
これは、大変な社会的不安をもつ存在なのではないか。
そう考えた瞬間、由希は急に眩暈を感じた。
ふらりと崩れ落ちそうになるのを、となりのまひろが慌てて支えてくれた。
「大丈夫?」
「少し詰め込みすぎてしまったようだにゃ。とりあえず、今日は一旦これくらいにしようかにゃ」
「すみません」
「いいにゃ。じゃあ、まひろ後は頼んだにゃ」
「はい、わかりました」
そういうと、ミントはさっさと奥の部屋に引っ込んでしまった。
「とりあえず、部屋、案内するね」
「ああ、悪いな」
まひろに肩を貸してもらいながら、由希は支部長の部屋を後にした。




