26話
5年の歳月を経て訪れたその場所は、何も変わっていなかった。
無機質で、何の面白みのかけらもない。
どうして、こんなところに、自分たちは足を踏み入れたのだろうか。
あの時は楽しかった。
まひろと一緒に何かできれば、どこだろうが楽しかった。
それが、なぜかあんな事件を引き起こした。
きっかけは、不幸な事件だったのだ。
戒の仕掛けた罠にまんまと引っかかった、哀れな子供。
それが自分たちだった。
やがて、由希は廃墟の最奥にたどり着いた。
そこに、まひろは一人佇んでいた。
「まひろ」
由希の言葉に、まひろはゆっくりと振り返った。
彼女の表情は、諦めと、悲しみと、ほんの少しだけ、見つけてくれた嬉しさを含んでいるように見えた。
「由希、どうしてここに?」
「お前が、ここにいると思ったからだ」
「そっか」
自嘲するように笑って、まひろは視線を虚空に向けた。
「私たち、小さい頃から色んな所に言ったよね」
唐突な話題に由希は何も答えることが出来なかったが、まひろは気にしていないようだった。
「初めて、私が由希と話した時。砂場で遊んでいた由希に声をかけて、ぶすっとしながら、そのまま砂遊びを二人でしたよね」
「そんなこともあったな」
「一緒の小学校に入ったのに違うクラスになって落ち込んでる私に、由希がすっごく慰めてくれて、すっごく嬉しかった」
次々と言葉がまひろの口からあふれてくる。
「わたしが由希のクラスに遊びに行ってばかりで、クラスの人に私がからかわれてるのを怒ってくれた。それでもその後、私が由希のクラスに行かなかったら、由希が急にプレゼントをくれた」
「それって……」
「指輪をくれて、言ってくれた。悪いやつは俺がみんなやっつけたから。俺が、まひろを守るからって言ってくれた」
由希は頬が熱くなった。そんなことがあったのは覚えているが、まさか自分がそこまで恥ずかしいセリフを言っていたことは忘れていた。
そんな由希を他所に、まひろの声は震えていた。
「でもさ」
「え?」
「この思い出も、本当は全部あのローブの人の物だってことだよね」
まひろは笑っていた。
まるで全てを投げ打ってしまうような、寂しすぎる笑顔だった。
「私は、あの人から生まれた。だから、この記憶はすべて作られた物ってことだよね」
思い詰めるように、まひろは語った。
「あの人が、許せないって言ってきたこと。私は、わかるんだ」
「え?」
「だって、私も由希の事、大好きだもん。もし、私があの人だったら、私だって同じことを考えると思う」
「何言ってるんだよ」
「だから、偽物の私は消えるの」
その言葉に、由希の理屈じゃない部分が爆発した。
「ふざけんな!」
由希の叫びに、まひろは何かを堪えるように、口を真一文字に結んだ。
「お前は偽物なんかじゃない、まひろは、まひろだ」
「でも、やっぱり私は……」
「言っただろ?俺はまひろを守るって」
「だから、それは」
「そんなことない。俺は、まひろに、言ったんだ」
屁理屈でも、お為ごかしでも、詭弁でもない。
それは、由希の、心の底からの、叫びだった。
「俺が守るのは、お前だ!今俺の目の前にいるまひろだ」
この思いは五感じゃ表現しきれない。
「足りないっていうんだったら何度だって言ってやる!だから、消えてたほうがいいなんて......偽物だなんていうな!」
想いという、感覚を言葉に乗せて。
「俺は一生、まひろを守り続ける!」
由希の想いを聞き届けると、まひろの目から涙が溢れた。
「由希......由希ぃ!」
まひろにの元に由希は歩み寄り、優しく抱きしめた。
「私も、由希と一緒にいたい……」
「ああ......俺もだ。暖かな体温。それは確かにここにある。
俺が一生、まひろを守るんだ――
「偽物がよくも抜け抜けと」
「っ!」
由希が振り返ると、そこには「まひろ」が立っていた。
「まひろ」は由希とまひろに冷徹な視線を向けていた。
「偽物風情が、分不相応な事言ってるんじゃないわよ」
「お前の目的はなんだ」
「決まってるじゃない......由希を助けるのよ」
「何?」
声を震わせながら、「まひろ」は言う。
「私は、由希を救うため、それだけのために今までずっと頑張ってきた……オーナーになったらどういう扱いを受けるかは聞いてるでしょ?いや、実際にいま身をもって由希は体験しているはず。そして、そのきっかけを作ったのは私……5年前のあの事件で、由希は私と一緒にレリックに触れて、オーナーとなってしまった」
「まひろ」の声音には後悔がこもっていた。
「私はオーナーになってしまった由希を、もう一度普通の人間に治すすべを探すために、由希の元から離れた。ただ、由希の事は心配だった。だから、私は能力を使って私の分身を作り出して、由希のことを見守ることにした……その結果生まれたのが、そいつ。そして、そいつの経験を私は共有している」
まひろが息をのんだ。
その小さな所作すらも憎らしいという様に、「まひろ」は声を荒げた。
「あんたが由希に好意を向け、ゆきが答えるのが許せなかった。私は、ゆきのためにこんなに頑張っているのに、偽物のあんたばっかりが由希と……でも、それも我慢してた。私が由希をオーナーにしてしまったのだから、苦しみは当然だと思った。でも、由希が言った」
突然、「まひろ」が由希を見た。
その眼は悲しみでいっぱいだった。
「どうして、指輪なんていらないって言ったの?新しいものを用意するなんて言ったの?……私を守るっていってくれたのに……私は、由希のために、ずっと……今までやってきたのに」
その声音に正真正銘、由希に対する思いを感じた。
偽物でもなく、本物の思いだった。
「だから、許せなくなった」
「それで、俺たちの前に現れたってことか」
「そうよ……でももう一つ理由がある」
「え?」
「見つかったの、由希を助ける方法が」
「何だって?」
「あなたたちが保護している女の子、あの子の能力よ」
「どうして、奏の事を知ってるんだ」
「さっき言ったでしょう。そいつの経験を私は共有してる。そいつを通して、知ったのよ」
まひろが、辛そうな顔になった。
間接的にスパイのような事をしてしまったからだろう。
まひろの辛さを和らげるために、由希は話を促した。
「治療の能力の事か」
「治療?いえ、そんな程度のものじゃない。彼女の能力は、『回帰』よ」
「回帰?」
「物事を元に戻す力。治療はその機能の一部にすぎないわ……つまりその力を応用すれば、由希をオーナーから元の人間に戻すことができるのよ」
「奏はまだ力の使い方を分かっていない。それに、お前に協力をするとは思えない」
「関係ないわ。痛めつけてでも、力ずくで協力させるのよ」
「まひろ」は武器と猛獣を生成した。
「実をいうと、私は由希にも怒ってるんだよ?だから、少し痛い目にあってもらわないとね……それで、隣で私がずっと『看病』してあげて、由希が私以外を愛せなくなったら、その時は回帰の能力で治してあげる」
「やめろ!」
由希の言葉も虚しく、猛獣が獰猛な咆哮をあげた。
「まひろ!」
「まひろ」のいったことに呆然とするまひろが、由希の呼びかけにようやく我に返ったようだった。
「いいか、お前は偽物なんかじゃない!さっきも言った通り、俺はずっとお前を守り続けてやる。その代わり、お前も一緒に戦ってくれ!あいつを、止めるんだ」
由希の思いに、まひろは頷いた。
「うん!」
「あああ、うるさいうるさい!」
「まひろ」が銃を由希たちに向けて乱射する。
二人は辛うじて交わすが、そこに猛獣が襲い掛かる。
由希とまひろは呆然一方で、やられないようにすることで精一杯だった。
苦し紛れにまひろが銃を撃つが、狙いが定まっていない状態で「まひろ」にあたるはずもなかった。
「くそ!」
駆け寄ろうとしたところに、猛獣が由希を襲う。
すんでのところで攻撃を交わすと、獰猛な爪牙が由希の背後に爪痕を残した。
実体を持っているそれは、生物そのものだった。
それを目の当たりにして、由希の中にある予感が浮かんだ。
そうだ。 こいつには実体がある。
なら、試してみる価値があるかもしれない。
由希は回避をやめて、猛獣に向かって手のひらを向けた。その体制を挑発と見たのか、猛獣が勢いよく迫ってくる。
致命の一撃が由希に届く前に、由希は猛獣の頭に触れた。
「がああああう!」
すると猛獣は一瞬にして姿を消した。
「やった……」
賭けだった。
由希の破壊の力は能力で作った生物にも有効のようだった。
脅威だった猛獣は消え、由希を邪魔するものはいなくなった。
「まひろ!」
駆け寄ろうとした由希だったが、
「無駄だよ」
「まひろ」は別の猛獣を数体新たに生成した。ライオンに良く似た四足歩行の生物が、二人に狙いを定めている。
「この子たちは私の魔力で生成した物体。いくらでも作ることができるわ」
「くそ……」
再び由希は猛獣の攻撃にさらされる。
数体を相手となると、死なないようにするのが精いっぱいだった。
何とか一体を能力で破壊しても、次の猛獣に足を止められてしまう。
「あはは!結局、偽物にした約束じゃあ、そんな程度なんだよ!やっぱり由希は私と一緒じゃなきゃダメなんだ」
不幸なことに、まひろに向かって、新たに生成された猛獣が襲い掛かる。
「まひろ」の攻撃だけでも、手一杯なのだから、猛獣の攻撃を受ければ躱せないだろう。
由希は周囲を見渡すが、使えそうな物体もなく、また、「まひろ」に直接攻撃できる隙も無い。
「くそ……!」
由希が己の無力さを呪い、猛獣の攻撃と「まひろ」の攻撃がまひろに届こうとして――
「グガアアアアア!」
突然、轟音が響いて、猛獣が壁まで吹き飛ばされた。
「やれやれ、お前たちはリーダーに相談もなく、勝手に敵の親玉とやりあうんじゃないにゃ」
「ミントさん!」
由希とまひろの呼びかけに、アイギスのリーダーは小さくウインクをした。
「細々した連中は私が引き受けるにゃ。ネコ科の動物は私に任せるにゃ」
「いや、ミントさん猫アレルギーじゃないですか」
「うっさいにゃ!」
言いながら、ミントは再び猛獣を殴り飛ばす。
さらに、残りの猛獣を次々に打倒していく。
「ふざけやがって!」
「まひろ」は毒づきながら、空中に手をかざすと、巨大な機関銃を生成した。
「これで粉微塵になればいいわ!」
今度は弾丸の雨が、まひろに襲い掛かった。
しかし、それらは漆黒の壁に阻まれた。
「私の好きな由希君の好きな人を傷つけさせない」
瑠香の登場に、「まひろ」は歯噛みしたようだった。
「瑠夏、あなた......」
「言いましたよね。あなたを止めるって」
「くっ!」
「ありがとう、瑠香!」
二人の手助けのおかげで、「まひろ」への道が開かれた。
由希は「まひろ」に向かって走り出す。
「や、やめて」
「うおおおおおおお!」
由希はまひろに向かって肉薄した。
自分の思いを、目の前の脅威に向けた。
やがて、触れるくらいの位置に「まひろ」がいた。
そして、
「由希……」
由希は、「まひろ」が小さく自分の名前を呼ぶのを聞いた。




