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21話

 瑠香と別れてから由希は走り続けた。

 校舎を駆け、校庭を抜け、足を動かし続けた。

 まひろの居場所はわかっている。

 由希がアイギスに入る前から、まひろは放課後どこかに出かけていた。

 どこへ行っていたのかは明白だ。

 今では見慣れたマンションにたどり着き、地下へのエレベーターに乗った。

 はやる気持ちのせいで、やけに下降がゆっくりに感じる。

 やがて、アイギスのアジトに到着し、まひろの部屋の扉が見えてきた。

 そして、立ち止まる事すらせずに由希は扉をあけ放った。

「まひろ!」

「へ?」

 あけ放ったドアの向こうには、まひろがいた。

 突然はいってきた由希を、元々大きな目をさらに丸くして由希を見つめていた。

 下着姿で。

「あ、あう……」

 何といったらいいかわからず由希はもごもごと口を動かして誤魔化した。

 まひろも突然なことにどうしたらいいかわからないようで、後ろを向いてそのままになっていた。

「な、何か用?」

「あ、えっと……その」

 やはりこの前の事があったからか、まひろの声音は硬く、由希はくじけそうな気持ちになった。

 由希は慌てて、被りを振った。

 自分は先ほど覚悟を決めたのだ。自分のするべきことがなにか。素直な気持ちをまひろに伝える。

 まひろと最後に別れた時の、胸の痛みを思い出しながら、由希は口を開いた。

「俺、まひろに……」

「ちょっと待って」

「え?」

「まず先に着替えを終わらせてもいい?」

「ああ!ご、ごめん!」

 由希は慌てて扉を閉めた。

 顔が熱くなるのを感じながら、まひろが着替え終わるのを待った。

 やがて、中から声が聞こえてきた。

「もう、いいよ」

「その、失礼します」

 まひろはいつも通りシンプルな服装に身を包んでいた。

「その、さっきはすまなかった……焦ってて」

「焦る様なことがあったの?」

「まあ、急いでいるってわけではなかったけど、その、まひろと早く話したかったというか」

「なにそれ」

 特に起こっている様子はなく、むしろ由希の言葉に対してまひろはどこか嬉しそうな反応をして、由希は思わず安堵した。

「とにかく入って」

「ああ」

 促されて由希はまひろの部屋に入った。

 まひろはベッドに腰かけて、由希は床に座り込んだ。

「それで、話って?」

 由希は一度つばを飲み込んでから、まっすぐまひろを見た。

「ごめん、まひろ」

 由希は大きく頭を下げた。

 まひろは黙って由希の言葉に耳を傾けているようだった。

「俺はまひろが嘘をついてると思ったんだ。あの男、戒の話がやけにつじつまが合っているようなきがして。そもそも、どうしてまひろよりもあいつのことを信じたのかわからないよ。今まで一緒にいたのはまひろだったのに」

 今思えば、本当におかしな話だった。

 しかし、今は由希の中で大体の検討はついていた。

「俺は、5年前のあの事件から、まひろが指輪をつけてくれなかったことをずっと気になっていたんだ」

「そんな、ことを?」

「我ながら女々しいよな。でも、俺はそれくらいまひろとの約束を大切に思ってたんだ。それをまひろがしなくなったっていうことが、まひろとの距離を感じてしまった。5年前から、ずっとそう思っていたんだ」

 申し訳なさと恥ずかしさが身を焦がしそうなくらいだったが、由希は必死に口を動かした。

「でも、そんなの関係ない。だって、まひろはまひろだ。アイギスに来た時に、それを再確認したはずだったのに……あろうことか、人殺しなんて言うあいつの世迷言すら受け入れてしまっていた……まひろを疑ってしまっていた」

 改めて自分の考えの残酷さに気付き、由希は胸が苦しくなった。

「まひろはずっと俺を、見守ってくれていたんだ。人殺しだってしてるはずがないんだ。そんなの考えるまでもない。まひろはそんな奴じゃない……本当に、ごめん」

 由希は再び床に額を押し付けた。

 後頭部に痛いくらいまひろの視線を感じた。

「もういいよ」

 由希は不意に気配を感じて、顔をあげると近くにまひろの顔があった。

 昔から変わらない優しい瞳で由希を見つめていた。

「信じてくれたんなら、いい……ありがとう」

「本当に……ごめん」

 まひろは笑いながら被りを振った。

 由希もなんだか照れくさくなって、視線を落とした。

 偶然、まひろの右手が視界に入った。

「なあまひろ」

「ん?」

「許しついでにお願いを聞いてほしいんだ」

「な、なに?」

 仲直りしたてで由希が急な要求にまひろは面喰ったようだった。その勢いのまま由希は言った。

「その、なんていうか恥ずかしいんだけど……指輪を、もう一度つけて欲しい」 

 由希の提案にまひろは驚いて、悩むような顔になった。

「その……いいの?」

「正直、つけていてほしい。我ながら気持ち悪いけど、でもあれは俺たちにとっての約束みたいなもので。まひろにはつけていて欲しいんだ」

「そう……いうもの?」

「正直、ずっともやもやしてた」

「言ってくれればよかったのに」

「恥ずかしいだろ……今はもう既に恥ずかしいことしたし、そのついでに勢いで言っている」

「何それ……まあいいけど」

 まひろが徐に立ち上がった。

「指輪はね、私の家にあるの。ここには持ってきてないの。それをつける資格が無いと思っていたから。実家に置いたままにしてある」

「そう、だったのか」

「由希も一緒にきて」

 由希とまひろは二人で部屋を出た。

 どこか軽やかなまひろの足取りに由希も自分の心が軽くなっていくような気がした。


 由希はまひろに招かれて、彼女の部屋を訪れていた。

 数年ぶりに入る幼馴染の部屋に由希はかすかな緊張を覚えながら、カーペットの床に座った。

やがて、まひろがお茶を持ってきた。

「どうぞ」

「ああ、ありがとう」

「なんか、懐かしい」

 テーブルをはさんで由希の向かいに落ち着いたまひろが不意に呟いた。

「昔は由希もよく私の部屋に来てたよね」

「そうだっけか」

「そうだよ。えっとね……」

 まひろがおもむろに、棚から分厚い本を取り出した。

 中を開くと、由希とまひろの幼少期の写真が納められていた。

「そんなのあったのか」

「知らなかったの?由希の家にもあるはず」

「見たことないなあ」

 由希はなんとなく照れくさい気持ちになる一方で、まひろは懐かしむように笑みを浮かべながら、ページを手繰っていた。

 二人で公園で泥遊びをしている写真、小学校の運動会で一緒にお昼のお弁当を食べている写真、河原で楽し気に水遊びをしている写真。

 そんな風に由希とまひろが若かりし自分たちを懐かしんでいると、

「……あっ」

「……うおっ」

 不意に、由希とまひろが一緒にお風呂に入っている写真が出てきた。

 気まずい沈黙が二人の間に漂う。

「あ、はは、こんな写真いつの間に取ったんだよなあ」

「ほ、ほんとにね」

「写真を見るのはこれくらいにしてよ、ここに来た目的を果たそうぜ」

「ああ、そうね」

 由希の言葉を助け船に、まひろが立ち上がった。

 部屋の奥の方にある箪笥の中を漁りだす。

 居心地の悪い雰囲気から解放されたと由希が安堵していると、徐にまひろが呟いた。

「……どうして」

 まひろがわなわなと震えながら、何かを凝視していた。

「ない……」

「ない?」

 まひろが振り向いた。その顔は蒼白だった。

「お、おかしいわ。由希にもらった……大切にして、ここに確かにしまっていたのに」

「お、おい、まひろ」

 ただならぬ様子に由希がまひろの元へ駆け寄った。

 まひろの手には空の小さな箱が握られていた。

 まひろは何も入っていない空き箱を見つめながら、

「由希にもらった指輪が、ないの。おかしい、絶対にここに入れておいたはずなのに」

「お、落ち着けよまひろ」

 可愛そうなくらいに動揺しているまひろの両肩に手を置いて、由希はなんとか宥めそうとするが、まひろの震えは一向にとまる様子はなかった。

「ごめんなさい、由希がくれた大切な物なのに」

「まひろ!」

 由希がまっすぐまひろの顔を見据えて、呼びかけるとようやくまひろの瞳の焦点があった。

「ごめんなさい、由希。本当に……ごめんなさい」

「いいんだまひろ。そんなの」

「でも、せっかく由希が」

「また買えばいいだろ」

 それでもまひろは罪悪感を感じているようで、由希の右手を見つめていた。

 彼女の視線は由希が今もつけている指輪に注がれていた。

 由希は、指輪に手をかけ、引き抜いてごみ箱に捨てた

「こんなの、もう必要ない」

「え?」

 由希の行動にまひろは驚いているようだった。

 そして恐る恐る聞いてきた。

「いいの?」

「ああ。もともと高いものじゃないんだし」

 安心させるために由希は出来るだけの真剣さを言葉に込めた。

「……うん」

 何とかまひろが納得してくれたようで、由希は安堵した。

 その後は気を取り直したまひろと、新しく買う指輪について等、楽しく話をすることが出来た。

 会話をしながら、由希は先ほどのまひろの様子を思い出す。

 無くしたことを悟った時のまひろの狼狽ぶりからして、彼女がどれだけ指輪を大切にしてくれていたのかが伝わってきた。

 それにしても、一体指輪はどこにったのだろうか。

 やはりまひろの勘違い?

 しかし先ほどのまひろの様子だと、あの場所にあることは確信しているように見えた。

 なら、誰かに盗まれた?いや、小さな子供に買える程度のものだ。盗むメリットがない。

 考えても答えは出なかった。

 とはいえ、由希の中ではもはや指輪がどうなったか事態に大きな意味はなかった。

 二人が長い間一緒にいる幼馴染であるという事実は変わらないし、まひろが由希を思っていることもわかった。

 ただ自分とまひろの信頼関係を確認できたのこと。

 それだけで、他には何もいらなかった。

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