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わたしを無理やり連れて来た侯爵様はなぜかわたしを溺愛する

作者: 和泉 凪紗

「ア、アメリア! やっと見つけた」



 わたしは今、何故かお城のような大豪邸にいる。

 わたしは仕事で偶然やって来た街でとある男性に会い、何故かそのままここに連れられてきてしまったのだ。

(どうしてこんなことに?)

 何故かわたしを見初めたらしい侯爵様は、わたしのことを妻だと言う。

(頭、大丈夫なのかな)

 妻じゃないと否定したわたしに何故か突然のプロポーズ。

 さっきから『何故か』のオンパレード。

 この頭のおかしい侯爵様は見た目は最上級。

 容姿抜群でお金持ちの王子様や貴族に見初められ、溺愛されてプロポーズだなんてお話の中の世界みたい。

 憧れるようなシチュエーションだったはずなのに……。

(待って。実際に自分の身に起こると怖いんですけど! 何か裏があるの?)




 ***


 コンコンと部屋のドアをノックする音。「入ってもよろしいでしょうか?」と声がする。


「どうぞ」

「失礼します。お茶はいかがでしょうか?」

「ありがとう」


 部屋に入ってきたのはわたしと歳の近いメイドのリズ。彼女はわたしの専属メイドらしい。しかも、わたしが来る前からずっとわたしの専属メイドだそうだ。

(意味がわからないよ。やっぱり侯爵様は頭がおかしいと思う)


「茶葉とお湯をいただければ自分でしますよ」

「いえいえ。そういうわけにはまいりません。わたしはお嬢様の専属メイドですから」

「その、専属メイドってどういうことなんでしょうか? いまいち理解できないと言いますか……」


 わたしの言葉に専属メイド(らしい)のリズも困った顔をする。


「そうですよね。わたしも気持ちはよくわかります。わたしもある日突然、この部屋の管理を任され、この部屋に来る方に仕えるようにと言われましたから……。しかも、そのあと五年も誰もこないのです」


 リズは遠い目をする。

 なんだか申し訳ない。


「なんだかごめんなさい」

「いえ。私はようやくお世話をする方が現れて本当に嬉しいんですよ」


 笑顔で言ってくれるが、「主もいないのに専属メイドって本当に肩身が狭くて……」とぽつりといったのをわたしは聞き逃さなかった。

 わたしは申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

(いや、わたしが何かしたわけじゃないんだけどね)


「本当にごめんなさい」

「謝らないでください。お嬢様に悪いことなど何もありませんし、感謝することしかないんですから」

「本当に?」

「もちろんです。部屋を任される専属メイドなので、お給料も良いですし。それに侯爵様もあんなに笑顔でびっくりですよ。お嬢様のおかげで屋敷の中の空気もすごくいいんです。侯爵様には笑うための表情筋がないのかとみんな思っていたくらいですから」


 わたしと会話しながらもリズはお茶の用意を進めてくれた。専属メイドに指名されるだけあって、手際が良い。


「どうぞ」

「リズも一緒にどう?」


 用意されたカップは二つ。一つにだけお茶が注がれている。


「申し訳ありませんが遠慮いたします」

「え、でも、カップは……」


 お茶に付き合ってくれるのかと思ったのに残念だ。


「それはその……。そろそろ……」


 リズがちょっと困った顔をすると部屋のドアをノックする音がした。


「やっぱりいらっしゃいましたね」

「どういうこと?」


 わたしが疑問を口にすると同時に、部屋ドアが少し開いた。


「アメリア。一緒にお茶でもどうだい?」


 ドアの隙間から噂の侯爵様が顔を出す。

(そういうことね……。リズ、有能すぎじゃない?)

 わたしは心の中でげんなりした。でも、主張したいことがあるから丁度良かったのかもしれない。


「侯爵様。返事を待たずにドアを開けられるのは……」


 リズがわたしのために勝手にドアを開けてくれるなと主張してくれる。


「あぁ、着替え中かどうかはわかるから問題ない。安心してくれアメリア」

(えっ? わかるの? 怖いんですけど……)

「侯爵様、そういう問題ではないのですが……」


 侯爵様の発言にリズは呆れている。着替え中でなくても勝手に開けるのはどうなのだろうか。わたしも心の中でリズに同意する。


「え、えぇっと……どうしておわかりに?」


 わたしは思わず訊いてしまった。まさか、どこからか覗いているなんてことがあったら困る。


「それはもちろん愛の力だよ」


 笑顔で言う侯爵様。

(えぇ……。普通に気持ち悪いんですけど……)

 わたしは思わず引きつった顔になる。もちろん、リズも同様だ。


「冗談だよ。気配でわかるから」


(いや、それも普通に怖いですから。と言うか言ってる内容は大して変わってないよ……)


「それより、一緒にお茶を……あぁ、準備は出来ているようだね。嬉しいよ、アメリア。僕を待っていてくれたんだね」

「違います」


 わたしは思わず即座に否定した。が、侯爵様は何も聞こえなかったように隣に座った。

(無視ですか。無視ですよね。もう面倒だわ。考えないようにしよう。それより、今日こそ話を聞いてもらわないと!)


 わたしは侯爵様のペースに飲み込まれないように、話を切り出した。

(ぼやぼやしてたらまた変な話が始まってしまうもの。今日こそわかってもらわないと)


「あの、お願いがあるんですけど」

「何でも言ってごらん。服? 宝石? 何か足りないものがあった? それとも、部屋の内装が気に入らない? アメリアが気に入っていたもので揃えたけど、なんでも言ってくれ」

(わたしが気に入っていたものって何? 初めて会ったはずなのに怖いんですけど。……って怯んでいては駄目よ!)

「そうじゃなくて、いい加減、帰して欲しいんです」

「どこに?」


 侯爵様は不思議な顔をする。心底わからないといった様子だ。


「そんなの、家に決まってるじゃないですか」

「君の家はここだよ?」

(何かの病気なのかな、この人)


「違います。それに、ここには仕事で来ただけなんです。仕事が出来ないと困るんです。皆も心配しているはずです」

「それは問題ないと言っただろう?」

「問題大ありです。取引先にも迷惑が……」

「その取引先は僕だから」

「え?」

「正確には僕が保有している商会が君の取り引き相手だよ。話はつけてあるから」

「そんな勝手なこと困ります。それじゃあ、どんな取り引きをしたのかわからないじゃないですか」

「あとで書類を確認すればいいだろう?」

「そういう問題じゃありません。どんな会話をしたかも重要ですし、信頼関係が大切なんです。今後の取り引きにだって……」 

「君の要望は全て飲み込んであるから大丈夫だよ。心配することは何もない」


 笑顔で何も問題ないと言ってくる侯爵様。

(問題大ありですよ!)


「わたし、いい加減に戻らないと。仕事を失ってしまいます」

「君の仕事は僕の妻じゃないか」


(…………なんで? そんな仕事ってある?)

 隣ではリズも困ったような何とも言えないような、ドン引きした顔をしている。


「そんな仕事ありません。結婚に同意した覚えもありません」

「どうして? 僕たちは結婚していた仲だというのに」


(はい。危ない人。誰かこの人を捕まえてください。って言ってもこの地を治めている人がこの侯爵様だから難しいのよね……)


「本当に覚えていないの?」

「そんな過去はなかったと思いますよ。そもそも、侯爵様にお会いしたのも初めてですし、この街に来たのも初めてです」

「侯爵様じゃなくてギルと呼んでくれと言っただろう?」


 目の前の侯爵様は名前、しかも愛称で呼んでくれと主張してくる。

 仕事柄、面倒な取り引き相手や客に会ったことはある。けれど、この人はその中で群を抜く面倒な人だ。

(よし、逃げよう! これで帰してくれないのなら逃げるしかないわ)


「ギルベルト様」

「ギル」

「えっと、ギル様? わたしには他にも仕事があるのです。この街での取り引きが終わったのなら帰らないと」

「仕事なんてしなくても良いじゃないか」

「いえ。働かざる者食うべからず、です。そもそも、わたしは無理を言ってお世話になっているのですから」

「もちろん、ここにいるなら好きなことをしてもらっても構わないよ。僕もいくつか商会があるし、あたらしいものを作っても良いね」

(話が通じない……)


 わたしが生まれた家はこの国の没落した元貴族だ。没落後は母親の親戚を頼って隣国に渡り、商会で働かせてもらっている。恩を仇で返すなんてことはできない。

(もう無理。絶対に帰る!)

 逃げると決心したわたしはその後の会話を適当に流して終わらせた。

 もうこれで終わりだと思えば愛想も振りまける。

 笑顔で対応したわたしに侯爵様はご機嫌だった。

 少しだけ胸が痛んだ気もするが気にしないことにした。


(絶対に逃げるんだから!)



 ***


 時間帯は深夜。この屋敷も人の気配がなくなった。リズにも早々に休んでもらっている。

 部屋には手紙を残してきた。

(迷惑をかけるわけにはいかないものね。わたしが逃げ出したなんて絶対に怒られるわ)

 わたしは部屋のドアをそっと開けて外の様子を確認する。

(よし、誰もいない。気がつかれないようにそっと脱出しないと……)


 わたしはこの街に来たときの服装に着替えて、そっと部屋を抜け出した。悲しいことに自分の荷物は殆どない。あっという間に無理矢理連れてこられたのでほぼ手ぶらだ。

(手持ちのお金でどこかに泊まれると良いんだけど)


 わたしは誰にも会わないように、気がつかれないように慎重に外を目指す。

 無駄に広い屋敷に迷いそうになりながらもなんとか外に出られた。


「よし、なんとか外に出られたわ」


 外の空気が気持ち良い。深夜だからか空気が澄んでいる。

 一人で外に出られて開放感でいっぱいになった。

 そのまま敷地の外を目指す。

(……ってこれ、どうやって敷地の外に出れば良いの? 門までめちゃくちゃ遠いんですけど)


 連れてこられたときは気が動転していたし、馬車だったのでよくわかっていなかった。ずいぶん距離がある。

(あぁ、なんかわたしの為に庭を整えたとか言ってたっけ。余計なことを……)


 立派な庭を横目にわたしは必死に塀が見える方向に走っていった。とりあえず塀を目指し、そのまま塀に沿って歩いていけばいつかは外に出られるはずだ。



「はぁ……はぁ……」

(もう無理……。休憩)

 体力には少々自信があったわたしも、ぬるま湯に浸かった生活と広大な敷地のせいで息をあげていた。


「どれだけ広いのよ、この屋敷」


 思わず愚痴を口にしてしまう。すると、ガサガサっと物音がした。

(誰かに見つかった? それとも侯爵様を狙う暗殺者?)

 手広く商売をやっていてかなりのお金持ちだという侯爵様は色々な人から命を狙われていると聞いたことがある。

(無関係なのに殺されるなんて勘弁だわ。隠れないと)

 わたしは植物の陰に隠れて身を潜める。


 コツ、コツと靴音が近づいてくる。

(わたしの人生、ここで終わり? 屋敷から逃げだそうなんてしたから?)

 コツ、コツとさらに音が近づいてくる。

(これって確実にわたしの方に近づいてきているわよね。もう終わりだ……)



「アメリア。夜のお散歩かい?」

「きゃあーーーっ。……あれ?」

「ご、ごめん。驚かすつもりはなかったんだ。休憩してるようだったから話しかけてもいいかと思って」

(休憩してたんじゃなくて、頑張って隠れてたんですけど!)


「夜の散歩がしたいなら声をかけてくれれば良かったのに」

「どうしてここが?」

「君にはずっと護衛がついているからね。どこにいてもわかるよ。でも、夜は暗くて危ないから声をかけて欲しいな。敷地内は安全だけど、何かに躓いたりしたら大変だからね」

(なんなの、それ……。四六時中、見張られてなきゃいけないの?)

「いえ、この屋敷から抜けだそうとしてました」

(もうやけくそよ!) 

「どうしてだい? 何か不自由なことがあった?」

(全部ですよ!)

「わたしは家に帰りたいんです」

「この屋敷が気に入らない? 建て替えようか? 使用人を入れ替える? 立地が気に入らないなら新しい敷地に立て直しても良いよ?」

「そういう問題じゃありません!」

「じゃあ……」

「お願いですから、もう帰してください……」


 気がつけばわたしの目からは涙が流れていた。

(悔しい。こんな人の為に泣かなきゃいけないなんて……)


「ア、アメリア……。とにかくここは冷えるから、一度部屋に戻ろう? 温かいお茶を用意させるから」

「結構です。そんなことでリズを起こさないでください」

「わかったよ」


 そう言って侯爵様はわたしをお姫様抱っこのかたちで抱き上げ、顔にストールを掛けてくれた。本当はとても嫌だったけれど、わたしにはもう抵抗する気力は残っていなかった。




 部屋に戻るとリズが温かいお茶を準備してくれていた。


「リズを起こさないでって言ったのに……」

「丁度、目が覚めたところだったのでお気になさらないでください。侯爵様がお嬢様が出かけられたことにお気づきになって、わたしにお茶の準備を命じたんです。冷えるだろうからとお嬢様にストールを持って行かれました」


 侯爵様やこの屋敷の人たちが親切なのは間違いない。でも重たいし、自由になりたい。わたしは貴族として生活できなくても何も困らない。八歳の時には家が没落したのであの生活に特に未練はない。

 むしろ、自由に働いて、恋愛して生活できる今の暮らしが気に入っていた。……恋愛は未経験だけど。



 それから数日、侯爵様は気まずいのかわたしの近くには現れなかった。

(平和な日々だけど、いつになったら解放してもらえるのかしら)

 わたしは無気力な状態で過ごしていた。食欲も無く、リズも心配している。リズには心配かけたくない。それでも、元気でいるなんて無理だった。


「ねぇ、リズ。やっぱりわたしはずっとここにいないと駄目なのかしら」

「わたしとしてはお嬢様に居ていただけると嬉しいのですが、お嬢様は帰りたいのですよね」

「うん。帰りたい。理由もなく、ここに居られないわ」

「理由があれば良いんですか?」

「納得できる理由があればね。はっきり言うと、この状況って誘拐されて監禁されてるのとかわらないじゃない? もちろんリズたちには良くしてもらってるし、感謝してる」

「お嬢様……」

「それでも、やっぱりわけもわからず閉じ込められるのって嫌なのよ。理由があっても閉じ込められるのは勘弁だけど」

「……わかりました。なんとか状況を改善できないか考えてみます」

「リズ、ありがとう。でも、無理しないでね。無理なことはわたしがよくわかっているから……」


 わたしは力なくリズに答えてしまった。リズが心配そうな顔をする。

 リズに心配をかけたいわけじゃないのに。



 翌日、侯爵様は部屋を訪ねてきた。リズに何か言われたのだろうか。


「アメリア。入っても良いかい?」

「わたしに拒否する権限はありません。この屋敷は侯爵様のもので、わたしはここに捕らわれているだけの人間ですから」


 わたしは思わずとげとげしい物言いで返してしまう。少し傷ついたような顔をしているけれど、それを気にかける余裕はわたしにはない。

(悪いのは侯爵様よね……?)


「アメリア……」

「なんでしょうか? お話があるならどうそ。わたしに拒否権はありません」

(駄目だ。こんな風に言ってしまうなんて)


 わたしはかなり失礼な態度を取っているはずなのに、目の前の侯爵様は怒ったりはしていない。なんだか弱々しい。

(わたしを監禁していることを反省したのかしら?)


「アメリア、悪かった。そこまで思い詰めるなんて思わなかったんだ。ちゃんと理由を話すよ」

「理由を話してくれるのですか?」

「信じてもらえないと思って黙っていたんだ。それに、いつか思い出してくれると思って」

「思い出すって言われても……」

「本当に覚えていない? 僕たちは昔、婚約していたことを」

「婚約?」


 婚約者。確かにわたしには遙か昔に婚約者がいたことはある。ただ、家が没落したのであの話は無効になったはずだ。

(この人があの時の婚約者なの? 確かにあの時の婚約者も格好良かったけど)


「そう。君が六歳の頃にも会ったことがあるはずだ。そのときの君は僕の顔が素敵だから結婚できるのを嬉しい、楽しみにしていると言っていたよ」

(自分の馬鹿! そんな頃から面食いだなんて……)

「その婚約者がわたしだとして、その話は私の家がなくなって無効になりましたよね? それなのに、ここにわたしを監禁するなんて理由としては弱いと思うのですが」

「監禁って……そんなつもりはないんだけど」

(いや、立派にこれは監禁でしょうよ。話の続きを訊きたいから黙っているけど)


 侯爵様はわたしに理由を話すと言ったわりには言いづらそうにしている。


「ここからは本当に信じてもらえないと思うんだけど、僕たちは本当に結婚していたんだ」

「前にも言いましたけどわたしは侯爵様と結婚したことはありません。未婚です」

(わたしに記憶喪失だった過去なんてないわよ)

「……僕は人生をやりなおしているんだ」

「は?」

(意味がわからない。ついにおかしくなってしまったのかしら)

「前の人生では君の家は没落していなくて、僕たちはそのまま結婚した。当時の僕はそこまで君が好きじゃなくて、君の方が僕のことを好きだったんだ」

(え? 気持ち悪い。勝手に記憶をねつ造してるんですけど)

「僕のこと、気持ち悪いとか思っているでしょ」

「はい」

「だから言いたくなかったんだ……。時間が巻き戻ったなんて信じられないよ、普通」

(いや、信じる信じない以前に、人を軟禁してる時点で普通に気持ち悪い人なんですけど)

「で、話を続けると、君との結婚生活は悪くなかった」

(続けるの? そして、何、その上から目線)

「尽くしてくれる君にすっかり僕も惚れ込んでいてね。とても幸せな生活を送っていたよ。だけど、あるとき商売敵に命を狙われてね。君は僕をかばって死んでしまったんだ。結局、その後すぐに僕も殺されたけどね」


 侯爵様は話ながら悲しそうな顔になっていく。深く後悔している顔だ。妄想の中の妻が自分をかばって死んだだけでそんなに後悔するのだろうか。わたしは反応に困ってしまう。

 (妄想にしてはリアルすぎるわよね。本当にそんなことってある?)


「…………」

「で、気がついた時には僕の時間は巻き戻っていた。ちょうど僕たちが婚約した頃だ。なんて幸運なんだと思ったよ。それで、僕たちを殺した商売敵を先に潰してしまおうと不正を暴こうとしたんだ。そうしたら君の家が巻き込まれて没落してしまった……」

(家が没落したのってこの人のせいだったの?)

「すごい壮大な妄想ですね……」


 確かにわたしの家は没落した。不正を暴かれ捕まった人間との関わりを疑われたからだ。実際には関係はなかった。けれど、失った信用を取り戻すまで家が持たなかった。

 それでも、この人のせいとは言い切れない。疑われてしまう方が迂闊だったのだ。実際に遠縁の家は不正に荷担したとして処分されている。

 それに、この人はわたしより多少年上だったとしても当時はまだ子供だったはずだ。何が出来るというのだろうか。


「それで、君たちはこの国から出て行ってしまって、行方がわからなくなってしまった。ずっと探してた。今回、やっと君を見つけたんだ。本当に奇跡だよ!」


 盛り上がる侯爵様に対して、わたしの感情は動かない。


「その話が本当かどうかわかりませんし、信じるのは難しいです」

「そう、だよね……」

「それに家が没落したことに責任を感じていただく必要はありません。わたしたちは幸せに暮らしていますから」


 目の前には自信なさげな様子の侯爵様。犬の耳がついているとしたら完全に垂れ下がっているだろう。

(あれ? この人ってこんなに気弱な感じだっけ?)

 話を聞いているうちに今まで感じたことのない感情がわき上がってくる。

(なんだろう。この感じ……)


 侯爵様のこんな姿は初めて見るはずなのに、なぜか見覚えがあるような気がした。

(侯爵様と知り合って間もないんだもの。気のせいだわ)


「侯爵様の話が真実だと仮定して、人生をやり直しているからと言って、別にわたしともう一度結婚する必要はないでしょう?」

「それはそうかもしれないけれど……。どうしても君とやり直したいんだ。君には何もしてあげられていない」

「別にわたしは侯爵様にして欲しいことはないのですが。そもそも、知り合わずともこれまで普通に幸せに生きてきましたし」

「え? 僕と結婚していないんだよ? あんなに毎日のように僕と結婚できて幸せだっていってたのに。それに貴族じゃなくなってつらい思いをしてきたんじゃ……」

(すごい発言だよ。何様なんだろう。いや、この地を治める領主様だけど……)


「ほら、これに見覚えはない?」


 そう言って侯爵様は指輪とピアスを見せてくる。三つは同じ石が使われているように視える。

(見覚えがあるような、ないような……)

 わたしが指輪、婚約者がピアスと同じ石で揃えた記憶はある。

 似たような指輪を持っていたような気もするけれど、子どもの頃のことで覚えていない。指輪は家の没落と共に手放すことになったはずだ。


「これは婚約の記念に作ったんだよ。珍しい石が手に入ったからって。元は同じ石でこうやって三つにわけたんだ」

「珍しい石ですか。確かにものは良いようにみえますが……」

「願いを叶える石だそうだよ。多分、本物だったんだよ。こうやって時間が巻き戻ったわけだし」

「そんなことあるわけ……」

「この石の色は元々こうじゃなかった。二度目に手にしたときには違う色になってたよ。元はホワイトオパールのような虹に似た輝きを持つ石だったんだ」


 侯爵様が手にしているものは赤い色の石だ。オパールだとすればファイアオパールに似ている。


「……それって違う石なのでは?」

「同じものだよ」

(だから、なんでそう断言できるのよ)

「一度目と同じ状況で入手した石なんだ。これは最初からこの色だった。きっと力を使って色が変わってしまったんだね」

(もうつっこむのはやめよう。話が進まないわ)


「で、その指輪が過去にわたしが持っていたものだとして、どうして侯爵様が?」

「もちろん、探し出して買い戻したよ。元の持ち主が持つべきものだからね」

(あ、駄目だ。気持ち悪い……)


「六歳の頃になんと言ったかは覚えていませんが、子供の言ったことですし……。それに貴族じゃなくてもわたしは幸せですよ。仕事も楽しいですし。貴族のままだったらこんな風に生きることは難しかったと思いますから。ずっと貴族として生きてきた侯爵様にはわからないかもしれませんけど」

「そんな……」

「侯爵様も自分の幸せを見つけてください。責任なんて何も感じなくて良いんですよ。家が没落したのだって侯爵様のせいとも限りませんし。両親も元気で暮らしていますから。今のわたしでは身分も釣り合わないでしょう? ちゃんと良い人を見つけてください」


 わたしは笑顔で侯爵様を励ました。過去にとらわれず前を向いて生きて欲しい。


「いや、僕は君を愛して……」

「それは過去のことじゃないですか。それに、(妄想の中の)その死ぬ前とやらのわたしと今のわたしは全然違うんですよね?」

「……そうだね。もちろん、同じところもあるけど。でも、僕は君にもう一度愛してると言われたい」


 侯爵様の声がだんだんと声が小さくなっていく。励ましたのに、目の前の侯爵様は元気がない。

(なんだか調子が狂ってしまうわ)


「それにしても侯爵様はどうかしたんですか? いつもはもっと自信に溢れているのに。今はとても自信なさげですね」

「……僕は元々こんな性格だよ。なぜか黙っていると怖いとか冷たいとか言われるけど。アメリアはいつも僕が落ち込むと励ましてくれたんだ。今はこう、強気でいかないと君は反応を返してくれないだろう? あと、ようやく会えて嬉しいのもあるけど」


 たしかにここの領主は恐ろしい人だと聞いたことがある。関わるようなことはないと思って気にしていなかったけれど。

 この話を聞かない感じは作っているらしい。けれど、この強引さは素な気がする。

 

「僕は君のためならなんだってするよ? 身分だって気にしなくて良い」

(なんでもしてくれるなら帰して欲しいのだけど……。あと、身分も気にした方が良いと思う)

「でしたら、帰して――」

「それ以外で!」


 言い終わる前に拒否されてしまった。このままでは話は平行線だ。


「侯爵様のお話を聞きましたけど、やっぱり、このまま黙ってあなたと結婚することはできません」


 私の言葉に侯爵様はしょんぼりした顔をする。

(なんだろう。この気持ち)

 

「どうしても僕と結婚できないと?」


(この人、このまま一人にして大丈夫なのかしら? それに、以前にもこんな風に思ったことがあったような……)

 不思議な感覚に陥りながらも、わたしは目の前の侯爵様のことを考えた。

 わたしに危害を加えるようなことはしないし、わたしの望みを叶えてくれようとしている。家には帰してくれないけれど。

(わたしはこの人のことを嫌いなのかしら? ううん。なぜか嫌いじゃない。監禁したり、話を聞いてくれなかったりするところは嫌だけど、嫌いとは言い切れないわ。わたしって変な趣味があったの?)


 このまま二度と会わなくて後悔しないだろうか。なんとなくだけど後悔するような気がする。確かに、最初に目があった瞬間、不思議な感覚がしたのだ。

 自分の中で一つの答えが出たわたしは侯爵様に話を持ちかける。


「えぇ、ですから恋愛させてください」

「恋愛?」

「そもそも、わたし、きちんと告白もプロポーズもされてません」

「したよ!」

「今日から一緒だね、とか、僕と結婚するんだよ、とか結婚式はいつにしようかは告白でもプロポーズでもないと思います」

「……あれ? そうだっけ?」


 侯爵様の言うプロポーズはわたしには狂気にしか感じなかった。

(えぇ……自覚ないの?)


「あなたはわたしのことを知っていると言いますけど、わたしは何も知らないんです。だからお互いのことを知って、恋愛して、好きになれば結婚するのも構いません。まぁ、身分の問題はありますけど……」

「本当? 身分くらいなんとでもする!」


 侯爵様の顔がぱぁっと明るくなる。すごく嬉しそうだ。

(相手のことを何も知らないうちに拒否するのは良くないわ。それにわたし、恋愛というものをしてみたかったし。丁度良いわよね、多分)

 逃げられないなら少しでも前向きに考えた方がきっと良い。


「ですから、恋愛して、結婚しても良いと思えたら、です」

「じゃあ頑張るよ」

「では、まずわたしを国に帰してください」

「それは出来ないよ。だって、元々君はこの国の人間じゃないか」

「それは過去の話です。今はこの国の人間ではありません。それに仕事も中途半端なんです。きりの良いところまで仕事をして転職します」

「では、この国に?」

「いつこれるようになるかはわかりませんけど」


 何の説明も、こちらでの生活基盤もなければ両親も心配する。


「では、すぐこちらに来ることになりそうだね。次の仕事は心配しなくても大丈夫だよ。僕のところで働けば良いから」

「それはお断りします」

「え?」

「仕事を紹介してもらう義理はありませんから」

「そんなことは……」

「ありません」

「でも、元々僕たちは婚約してたんだよ?」

「それって関係ありますか?」

「関係あるよね?」

「ありませんよね?」


 わたしの反撃に侯爵様がひるむ。


「いずれ、結婚するんだし……」

「まだ決まっていませんよ?」

「そんな……」

「とにかく、はじめからやり直しましょう? その、死ぬ前のわたしとやらは侯爵様が好きだったんですよね。だったら、もう一度好きになる必要があると思いませんか? 今は好きではありませんし」

「……わかった。よろしく頼む」


 わたしは笑顔で侯爵様に手を差し伸べた。

 不思議なことに強引だけど、嫌いなわけではない。なぜだかこの弱々しい人を放っておけないのだ。


「まずは手紙の交換からですね」

「じゃあ、帰る前に一緒に街を……」

「ふふっ。それって最初にするべきことじゃありません? 監禁しても親交は深まらないのに」


 わたしは思わず吹き出してしまった。本当に順番が違うと思う。


「いや、君をここに留め置くのに必死で……監禁してたわけでは……」

「本当にしょうがない人」


 再び訪れたこの国でこんな出会いがあるなんて思っていなかった。

 目の前の人は人生をやり直しているからとか、結婚していたとか信じられないことばかり言うおかしな人。

 これからどうなるかはわからない。それでもわたしたちは良い方向に向かって歩き始めたはずだ。

 身分差は気になるけれど、いざそうなった時はこの人に頑張ってもらうしかない。

 人生をやり直しても、探し出して、またわたしを愛そうとしてくれるのだもの。

 きっとなんとかしてくれるはずだ。

 もちろん、わたしだって結婚したくなるくらい好きになれば、一緒になれるように努力する。


「わたしと結婚したいのなら、わたしにギル様を好きにさせてくださいね」

「あぁ、頑張るよ」


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